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遥かなる幻想郷まで  作者: ichir0roie
3章:外伝
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家族

「……フランカ。刃物が出たら、棒より先に足を使え。一人で奥まで入る」

詰め所の戸を開けたところで、背中から声がかかった。

頭のコスタンツァは、椅子で帽子を目まで下ろしたままだ。

起きているのか寝ているのか、何年いても分からない人だ。


波止場裏の路地には、夜になると霧が這いこんでくる。

フランカは樽の陰に腰を落として、ジロの小屋の裏口を見ていた。

闇市に流れる禁じられた品の出所を追う役を、自分から頭に申し出て、半年になる。

去年の夏の満月の夜、この路地の口で見た、背の高い黒髪の男。

布をかけた箱と、縄も無くついていく男。

あれから、自分の手帳の頁が少しずつ埋まってきた。


裏口が、細く開いた。

中から、獣脂の明かりが一筋こぼれる。

影が一つ、横向きに出てきた。

袖を切った麻の上着で、腕を肩まで出している。

胸に、布をかぶせた小箱を抱えていた。

戸が閉まって、明かりが消える。

影は肩をすぼめて、路地を古道具屋のほうへ早足で歩きだした。


あの袖無しの上着は、ニーノだ。

頭が、弟みたいにかわいがって育てた子だ。

半年追って、やっと箱を抱えているところを押さえられる。

一人で奥まで入るなと、頭は言った。

けれど、ここはまだ表に近い。

古道具屋に着かれる前に止める。

頭の顔がちらついた。

それで手を緩めたら、また何も守れない。


足音を殺して、壁ぎわを小走りに追った。

古道具屋の手前の角で、影の前へ回りこむ。

黒い棒を横にして、路地の幅いっぱいに突き出した。

「ほら、そこまでだよ、ニーノ。その箱、布の下を見せてもらおうかね」


ニーノは小箱を胸に引き寄せて、半歩下がった。

左の耳の銅の輪が、霧の中で鈍く光る。

棒の先から、こちらの顔へ目を上げて、薄笑いを浮かべた。

「おっと、夜中に通せんぼたあ物騒じゃねえか。……こいつはな、代価取りの品だ。

届けて、約束の代価をきっちり取り立てる。それが俺の仕事ってわけだ。てめえが邪魔していい品じゃねえぜ。

どきな」

抱え直した拍子に、布が少しずれた。

下から、白っぽい殻のようなものがのぞく。


殻。

卵か、貝か。

何だい、ありゃ。

代価取りだの約束だの、知ったことではない。

誰の品だろうと、夜中にこそこそ運ぶものに、ろくなものは無い。

後ろに誰かいるという顔をしているが、名前を出されたって引くものか。

フランカは棒を下ろさずに一歩詰め、棒の先で、布のずれた所を指した。

「仕事だろうが何だろうが、夜警の前を通るなら中を見せな。その白いの、何さね。誰に届けるんだい」

ニーノは片手で布を引っぱって、殻を隠した。

「へっ、見せる義理なんざねえよ、でかい姉ちゃん。代価は誰にも渡さねえ!」

身をひるがえして、来た路地を逆へ走りだした。



霧の中を、ニーノの背中が跳ねていく。

少し左に寄る走り方だった。

フランカは棒を担ぎ直して、追った。

路地の出口が見えた。

出口の石段に、誰か座りこんでいる。

帽子を目まで下ろして、腰に鞘の擦れた短い剣を横に差している。

指の真鍮の指輪が、三つ。

頭だ。

詰め所の椅子で居眠りしていたはずの頭が、そこにいた。


ニーノは足を止めずに、石段の脇を抜けようとした。

頭が、座ったまま片手を伸ばした。

ニーノの手首をつかむ。

けれど、走ってきた勢いのまま、ニーノは手首をひねった。

座ったままの片手では止めきれない。

手首が抜けて、ニーノは石段の脇を転がるように抜け、路地の先の暗がりへ消えた。

フランカは石段の前で、足を止めた。


頭は立たなかった。

帽子の下から、ニーノの消えた暗がりを見ている。

つかんだほうの手を、膝の上で握って、開いた。

それから、こっちへ顔を向けた。

「……今夜はしまいだ。この先は袋小路が三つある、一人じゃ入るな。戻るぞ」



夜更けの詰め所で、頭はいつもの椅子に座っていた。

フランカは棒を担いだまま、その前まで歩いていった。

座ったまま、片手でつかむなんて。

港で刃物が出たら、誰より早い人だ。

立てば止められた。

わざと逃がしたとまでは言わない。

けれど、あの子だから手が鈍ったのだろう。

半年かけて、やっと尻尾をつかんだのに。

棒の先を床について、頭の前に立ちはだかった。

「頭。あんた、立たなかったね。あそこで立ってりゃ捕まえられたよ。あの子を育てたのは知ってる。

けど、今は頭があの子を追ってるんだろ。何で座ったままだったのさ」


頭は椅子に座ったまま、こっちを見上げた。

それから帽子のつばを指でつまんで、目まで下ろした。

「……追ってるさ。十四のときから」

それきりだった。


十四のときから。

ずるいよ、頭。

そんなことを言われたら、それ以上は詰められない。

追うというのは、捕まえるためだけではないのだ。

ノアを、遠くからずっと見ていた自分と、どこか似ている。

けれど、自分は書く。

見たものは、見たものだ。

あの子の名を消したら、頭の代わりに、自分が目をつぶることになる。


フランカは頭の前を離れて、壁ぎわの腰かけに座った。

懐から、自分の手帳を出す。

夜警の日誌ではない。

小さな、自分の手帳だ。

書いた。

布をかぶせた、手のひらほどの小箱。

布の下に、白い殻。

運んだ者、ニーノ。

名の上で、一度ペンを止めた。

線は、引かなかった。

手帳を閉じて、懐へ戻す。

椅子のほうで、指輪の触れ合う小さな音がした。

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