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遥かなる幻想郷まで  作者: ichir0roie
3章:闘争
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奇跡を望む

切り通しでピエトロを施術師の小屋へ預けた晩から、五日が経った。

二月の二十五日。

台地の岩のくぼみに溜まった水が、夜のうちに薄く凍って、朝はまだ割れずに残っている。


この五日、昼は施術師の小屋をのぞいて、夜は荷車の轍を追った。

ピエトロの声は、日ごとに細くなった。

きのうの昼に戸の布をくぐったとき、寝台のピエトロは何か言おうとして口を開けた。

出てきたのは、かすれた息だけだった。

ガレナの水袋が、枕もとに置いたままになっていた。


轍は、台地の白い岩場に出るたびに途切れた。

ゆうべ遅く、灯りも持たずに崖の縁の道を上がっていく荷車を、ブランの鼻が見つけた。

干し魚の匂いがした。

それから五人で、夜通し後をつけた。



夜が白みはじめたころ、荷車は台地の奥で止まった。

その先の地面に、大きな口が開いている。

底は見えない。

縁のこちら側から向こう側まで、石を投げても届きそうにない。

下町の荷役たちが、ボッカ大穴と呼んでいる縦穴だ。

鐘を抱えたヤスミを追って飛んだ晩に、空から見た穴。

今度は、地面に伏せて見ている。


穴の縁に、古い石を積んだ小屋が一つあった。

砦の名残の番所だ。

槍を持った見張りが三人、その前に立っている。

荷車が着くと、三人はそろって穴に背を向けて、番所の陰で焚き火にあたりはじめた。

見ていない。

見ないことにしているんだ。


荷車を引いてきた手伝いの若い男の人たちが、穴の縁に立てた太い柱へ駆け寄った。

柱のてっぺんに滑車が掛かっていて、縄が穴の中へ垂れている。

二人がかりで縄を引くと、穴の下から大きな籠が上がってきた。

籠には、木箱が積んであった。


五人で、番所から離れた岩陰に伏せた。

穴の底から、冷たい風が吹き上がってくる。

湿った石の匂いがした。


宿のおばあさんの話が、耳の奥に戻ってきた。

鐘が鳴って、天使さまが降りてきて、悪魔を東の穴へ押し戻した。

東の穴。

ここのことじゃないの?

下へ行けば救われる、って、この下のことなんだ。


穴の口と番所の古い石を見比べてから、隣のブランとイルウェンのほうへ顔を寄せた。

「ねえ。ここ、昔の戦で悪魔が上がってきた穴じゃないかな。宿のおばあさんが言ってた、東の穴だよ」


ラウロが、籠を引き上げる手伝いの人たちと穴の口を、目で行き来させた。

声を落として、こっちへ顔を寄せてくる。

「そうらしいな。番所の石もやたら古いし。……あの荷車の連中、ここを通ってたのかよ。

まさか、あいつら悪魔だった、なんてことはねえよな」


イルウェンは外套の襟に顎を埋めたまま、半分の目で穴の口を見ていた。

ラウロのほうは見ない。

「悪魔、いるよー。……天使だって、いるんだから」


ラウロがイルウェンを横目で見て、すぐ穴へ目を戻した。

岩についた手に、力が入っている。

「こわいこと言うなよ。……ったく」


ガレナが、背のコッコの布の上から柄を握った。

ラウロをにらんで、声を押し殺す。

「なにビビってんだよ。悪魔だろうがなんだろうが、怖くねえ。出てきたら、あたしがぶっ倒してやる」


ガレナ、頼もしいな。

でも、悪魔って聞くと、黒い翼のあいつの顔が浮かぶ。

ぶっ倒すかどうかは、まだ決めてない。

決めるのは、下で見てからだ。

ガレナのほうへ小さくうなずいて、また籠へ目を戻した。

「うん。そのときは、前はガレナに頼むよ」


ブランが、四人の顔を順に見た。

口の前に、指を一本立てる。

番所の焚き火と見張りの背中を確かめてから、身を低くしたまま岩陰を出た。

「いいか、おしゃべりはそこまでだ。見張りの目は火に向いてる。岩の陰を拾って奥へ回るぞ。

俺の後ろにつけ」

番所から遠い側の岩を伝って、穴の縁を奥へ歩きだす。

四人で、その背中についていった。



日が高くなるまで、岩陰から岩陰へ移って、穴の縁を回りこんだ。

昼すぎ、柱から二十歩ほどの岩の裂け目に、五人で伏せる。

番所は、柱の向こう側になった。

ここからだと、柱の足もとまでよく見えた。

滑車の脇から、縄を編んだ足場が穴の中へ垂れている。

暗がりの、ずっと下のほうまで続いていた。


籠が上がってくるたびに、手伝いの人たちが木箱を下ろして、荷車に積んでいく。

近くで見ると、木箱の板に、細い線を何本も組んだ図が刻んであった。

円が一つ。

そこから、木の枝みたいに線が分かれていく。

どの箱にも、少しずつ違う図がある。

焼き印でも、荷札の字でもない。

何の図なんだろう。


谷のほうの道から、荷車が二台上がってきた。

荷台から下ろされたのは、首や手首に布を巻いた男の人と女の人で、十人ばかり。

みんな、腰を一本の長い縄で縛られている。

布の下から、灰色に固まった花の跡の縁がのぞいている人もいた。

手伝いの一人が、縄の端を引いて歩かせながら、明るい声で言った。

「もうすぐだ、下へ行けば救われるからな」

籠の前まで連れてこられた先頭の四人が、籠に押しこまれはじめた。

四、五人ずつ乗せて、下ろすつもりなんだ。

番所の見張りは、陰から出てこない。


腰を縄で縛って、籠に押しこんでいる。

あれのどこが、自分で選んだ顔なの。

ドラージョの裏通りで荷車を見送ったのは、荷台の人たちが自分で残ると決めて、前に立ったからだった。

この人たちは、縛られてる。

選べてない。


退き際はブランに聞くって決めた。

でも、籠が下りたら、もう届かない。


振り向かずに、小声で言った。

「ブラン、ごめん。行く」

岩の裂け目を蹴った。

外套の内から、黒鉄の短剣を抜く。

翼は畳んだまま、低く走って籠の前の列へ回りこんだ。

籠の縁に押しつけられている先頭の男の人の腰の縄を、手伝いの手もとで断ち切る。

「動かないで。縄、切るから」


縄が切れて、男の人が籠の縁から転げ出た。

籠を押さえていた手伝いが「おい!」と叫ぶ。

柱の脇の男の人たちが、滑車の止めを外した。

籠が、中の三人を乗せたまま、がらがらと縄を鳴らして穴の暗がりへ下りていく。

三人は籠の縁にしがみついたまま、顔も上げなかった。


間に合わなかった。


縄を切られた人たちは、その場に立ち止まって、自分の腰とボクの刃を見比べている。

荷車の脇から、手伝いの若い男の人が二人、棍棒をつかんで駆けてきた。


後ろで、舌打ちが一つ聞こえた。

ブランが岩の裂け目から出てくる。

走りながら、両の手のひらに黒に近い灰の灯りを溜めていた。

駆けてくる二人の足もとへ、その手をかざす。

「ガレナ、押さえた奴の棍棒を叩き落とせ。斬るなよ。ラウロ、縄の解けた連中を岩陰まで下げろ。

……ノア、文句は後でまとめて言う。手を止めるな」


灰の灯りの重みで、二人の膝が同時に地面に落ちた。

棍棒を握ったまま、立ち上がれずにもがいている。


ガレナが脚に朱の灯りを薄くまとって、裂け目から跳び出した。

背のコッコを布ごと抜いて、峰で一人目の棍棒を叩き落とす。

続けて、二人目の棍棒も。

乾いた音が、二つ鳴った。

「寝てろ。動いたら次は手だからな」


ラウロは剣を抜かずに、身を低くして走ってきた。

転げ出た男の人の腕を取って立たせて、岩の裂け目のほうを手で指す。

「立てるか。こっちだ、あの岩の陰まで下がれ。走れなきゃ俺の肩につかまれ」


ブラン、ありがとう。

文句は全部聞く。

今は、手を止めない。


列に沿って走って、腰の縄を一本ずつ断ち切った。

切った人の背中を、ラウロのいる岩陰のほうへ軽く押す。

「あっちの岩陰へ。ラウロについてって」

一人、また一人と、縄から外れた人たちが岩陰へ下がっていく。

籠で下りていった三人のほかは、みんな縄から外れた。


最後の一人を裂け目に押しこんで、ラウロが柱のほうへ駆け戻ってきた。

イルウェンも、肩掛けの鞄から抜いた筒を腹の前に握って、その後ろについてくる。

柱の脇の男の人たちは、籠の縄を柱に巻きつけて止めたまま、手を出してこない。

柱の向こうの番所の見張りは、まだ一度も振り向かなかった。



谷のほうの道から、もう一台、荷車が上がってきた。

灰色の幌が掛かっている。

干し魚の匂いがした。

轅を引く手伝いの横を、腹の突き出た茶虎の猫の獣人が、のんびり歩いてくる。


グラッソだ。


グラッソは穴の縁の手前で足を止めた。

縄の切れ端の散らばる地面と、膝をついた手伝い二人と、短剣を握ったボクを、細い目で順に眺める。

それから腹を揺らして、柱の前まで歩いてきた。

縄の切れ端を爪先でよけて、岩陰に固まった人たちに目をやる。

ボクの外套の下の、翼のふくらみで目が止まった。

湿った肉球の手を、ぽんと打ち合わせる。

「おやおや、こいつはめずらしい。羽のついたネズミが、穴ぐらまで来なすった。

坊っちゃん、いや嬢ちゃんだったかね。ずいぶん遠くまでご苦労さんだよなあ」

笑ったまま、岩陰のほうへ顎をしゃくった。

「縄なんぞ切ってもなあ、そいつらは試しの材料さね。ここまで連れてくりゃ、あとは縄に繋いで籠で下ろす。

泣こうがわめこうが、下へ運びこめばわしの仕事は済むんだよ」

足もとの穴を、肉球の指でさす。

「この穴はな、地下のパンデムにつながっとる。

わしらの隊も、おまえさんらの知っとるベリアトの旦那も、もとはそこから上がってきたのさ。

パンデムから種を運んできて、地上の人間で試す。生き残ったのを、下へ連れて帰る。

それが任務ってやつさね」


試しの材料。

任務。

パンデムなんて、知らない。

でも、この穴の下から来て、人で試して、残ったのを連れて帰るって言った。

ベリアトも、そこから。

あいつも、それをやってたの?


今はいい。

目の前の、こいつだ。


短剣を下げずに、グラッソへ一歩向き直った。

「ねえ、試しって何。任務って、誰に言われてやってるの。それでみんな苦しんでるんだよ。

腕が石になって、首が灰色に腫れて。ピエトロだって、もう声が出なくなった」


グラッソは髭を指でしごいて、喉を鳴らして笑った。

ボクの言葉を、手を振って払う。

「へへ、知ったこっちゃないねえ。誰に言われたかなんぞ、おまえさんに言う筋もないさね」

細い目が、さらに細くなった。

「ピエトロか。あれはいい材料だったよ。灯りを使える者ほど、試しの出来がいいのさ。

……おまえさんらも、とびきりいい材料になりそうだよなあ」


いい材料。

施術師の小屋の寝台で、口を開けても、かすれた息しか出なかった顔。

それを、こいつは。


グラッソの目が、ちらりとボクの後ろへ動いた。

「それよりな、そんなに長話しとってええのかね」

肉球の指が、ボクたちの後ろをさす。

「ほれ、後ろ。フォスコ、今度こそしくじるんじゃないよ。へへへ、まさに袋のネズミさね」


後ろ。


振り向くより先に、灰色の腕が横から来た。


いちばん後ろにいたガレナが、とっさに布にくるんだままのコッコを体の前に立てる。

殻の腕が、刃の腹ごとガレナを打った。

鈍い音がして、ガレナの体が縄の切れ端の散らばる地面を三歩ぶん転がる。

振り抜いた腕の先が、ブランの肩をかすめた。

ブランが片膝をつく。

腕の勢いは、まだ止まらない。

ラウロがイルウェンの外套の背をつかんで、地面へ引き倒した。

二人の頭の上を、殻が唸って通る。

その先にいたボクの背中に、殻がぶつかった。

息が詰まって、体が前へ飛ぶ。

柱の手前に、肩から転がった。


「しくじるも何も、まだ一発目だぜ。旦那は気が早えな」

低い声だった。

笑ってもいないし、怒鳴ってもいない。

殻の腕の男の人が、振り抜いた右腕をゆっくり下ろす。

幌の荷車から降りて、ボクたちの後ろへ回っていたんだ。

ドラージョの先の、白い切り通しで見た腕。

右腕の付け根の殻は砕けたままで、奥の灰色の細い筋から、汁がにじんでいる。

目の下の隈も、あのときと同じだ。

「話しこむのは勝手だがよ、背中くらい見とけ。羽が付いてても、目は前にしか付いてねえってもんよ」


喉の奥で、短い笑いが一つ鳴った。

男の人は、それを飲みこむみたいに口を閉じた。

左の殻の指で、右腕の根に巻いた汚れた布を押さえる。

「……おっと。まだ早え」


切り通しのときと、声が違う。

あのときは、何を言っても届かなかった。

がなって、笑って、拳が止まらなかった。

今は、こっちの顔を見て、しゃべってる。

そのほうが、こわい。


手伝いの二人が、そのすきに地面を這って、荷車の陰へ逃げこんだ。

柱の脇の男の人たちが、滑車の縄を巻き上げている。

下で三人を降ろしてきた籠が、空になって穴の縁まで上がってきた。


グラッソが腹を抱えて、小走りに柱へ寄った。

転がったボクを、大回りによける。

上がってきた籠の縁をつかんで、上着の裾をたくし上げ、籠の中へ乗りこんだ。

柱の脇へ、下ろせと手を振る。

それから、柱の向こうの番所へ声を張った。

「番所の旦那がた、ネズミ退治だよ。手間賃ははずむからね。

……ほい、ええぞフォスコ、そのまま遊んでおやり。薬はあとでたんとやるからな」

籠の中から、ボクを見下ろした。

「……嬢ちゃん、羽があっても、穴の底までは追ってこれんだろう。一度で彫った、直しは無しだよ」


滑車がきしんだ。

籠が、穴の縁から下がりはじめる。

猫の丸い顔が、縁の高さまで沈んでいく。


背中が、痛い。

でも、翼は折れてない。

ガレナが転がった。

ブランが膝をついた。

なのにあいつは笑って籠に乗って、また下へ逃げる。

ドラージョの裏通りでも。

白い切り通しでも。

森の外れでも。

人を前に立たせて、自分だけ、いつも。


片手をついて、上体を起こした。

下がっていく籠を、にらみつける。

「グラッソ! キミはいつもいつも逃げてばっかりだ! 絶対に、許さないから!」


グラッソは籠の縁に肘をかけて、こっちを見上げた。

肉球の手を、ひらひら振る。

「おお、こわいこわい。嬢ちゃん、そんなに睨んだら、可愛い顔がだいなしだよなあ。へへ、またどこかでな」


籠は穴の暗がりへ沈んでいって、すぐに見えなくなった。

滑車の縄だけが、きしみながら下へ送られていく。



岩の裂け目から、縄を解かれた人たちが、身をかがめて出てきた。

谷の道は、殻の腕の男の人の後ろだ。

みんな、男の人の背中と、殻の腕を見比べて、動けずにいる。

男の人は振り向きもしないで、顎で谷のほうをしゃくった。

「行きな。お前らは追っかけても、薬一本にもなりゃしねえ」

一人が走りだすと、ほかの人たちも続いた。

幌の荷車の脇を抜けて、谷の道へ駆け下りていく。

男の人は、その足音が遠くなるまで待ってから、谷の道の真ん中に足を開いて立った。

殻の両腕を、だらりと下げる。

「さて。おい、お前ら。今日は伝承者さまはいねえぜ。どうする」


伝承者さま。

白い切り通しで、この腕の拳を、黒い左手一本で受け止めた背中。

今日は、いない。


男の人が、空を見上げた。

日は、まだ高い。

「決めるなら早くしな。日が傾くころには、俺はこんなにおしゃべりじゃなくなる」


柱の向こうで、怒鳴り声が上がった。

番所の陰から、見張りの三人が、とうとう槍を構えて出てくる。

荷車の陰からは、手伝いの若い男の人たちが五、六人、棍棒や鉄梃を握って続いた。

穴の縁を回って、こっちへ来る。

後ろは、殻の腕。

前は、槍。

横は、底の見えない穴だ。


ブランが、かすめられた肩を押さえて立ち上がった。

殻の腕の男の人から、目を離さない。

一度口を開きかけて、止める。

柱の向こうの槍を目の端で確かめて、息を吐いた。

両の手のひらに、灰の灯りを溜めはじめる。

目はそのまま、顎だけをボクのほうへ向けた。

「退く……っつっても、退く道はあいつの後ろだ。あいつを背中に乗せたまま縄を下りゃ、縄ごと落とされる。

やるしかねえ。……ノア。覚悟はいいか」


ブランが、ボクに聞いてくれた。


前は、こいつに何も効かなかった。

翼の根をつかまれて、岩に叩きつけられた。


今度は違う。

柱の手前で立ち上がった。

左手に黒鉄の、右手にブランの短剣を構える。

殻の腕の男の人の正面を、まっすぐ見た。

「うん。ここで、こいつを越える。それで下へ行って、グラッソを捕まえる」


ガレナが、転がった地面から跳ね起きた。

コッコの布を引きはがして、放り捨てる。

白い刃を両手で握って、腕に朱の灯りを通した。

ボクの横に並んで、殻の腕をにらみつける。

「よし。この前の仕返しだ、殻野郎。今度は割るだけじゃ済まさねえからな」


男の人が、ガレナの刃を見た。

砕けた右腕の付け根に、殻の指が触れる。

口の端が、少しだけ上がった。

「そいつはどうも。割ったのはお前だったか。借金がまた増えちまったぜ」


ラウロが背の短い剣の柄に手をかけて、こっちへ一歩出かけた。

柱の向こうの怒鳴り声に、振り向く。

足を止めて、向きを変えた。

柱の脇へ回りこみながら、短い剣を抜く。

「よし、俺も! ……って言いたいとこだけど、前が騒がしいぞ。イルウェン、一緒に前を押さえよう」


イルウェンが、筒を握ったまま起き上がった。

外套の土を払いもしないで、ラウロの後を追って柱の向こうへ歩いていく。

途中で一度だけ、こっちを振り返った。

「うん、わかった。……ノア、気をつけてー」


うなずいて、前を向いた。

ボクの前は、殻の腕だ。


柱の向こうで、ラウロとイルウェンが、槍と棍棒のほうへ向き直る。

柱のこっちでは、ボクとガレナとブランが、谷の道を塞ぐ殻の腕と向き合った。

背中のすぐ後ろで、ラウロの靴が砂利を踏む音がする。

殻の継ぎ目の花の印が、昼の光に白っぽく浮いている。

穴の底から、冷たい風が吹き上がってくる。

黒鉄の柄に、指をかけ直した。

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