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遥かなる幻想郷まで  作者: ichir0roie
3章:闘争
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63/99

得意顔

ブルチャ野の村から戻って、十九日が経った。

九月の八日。

夜明けの風が、袖の中まで冷たくなっていた。


東門を出てすぐの空き地は、隊商の待ち合わせに使われている。

幌をかけた荷車が三台、轅を東へ向けて並んでいた。

馬の鼻息が、白い。

隊商の主らしい男が、荷車の轍をしゃがんで確かめては、門のほうを見ている。


東の街道を、野盗の出る区間の先まで送る護衛。

夕方には引き返す、日帰りの依頼だった。

灰鷹の詰所の帳場は、依頼を「もう一組と割る」とだけ言って渡した。

相手が誰かは、言わなかった。


五人で空き地に入ると、先客が四人いた。


日に焼けた骨太の若い男が、荷車の轅に片足をかけて立っている。

その脇に、猫背の男。

丸い顔に、愛想笑いの皺が目尻まで刻まれていて、上着の隠しの中で何かを指で転がしている。

赤茶の髭を伸ばし放題にした大柄な男は、まだら毛の犬を足もとに座らせて、大きな欠伸をした。

少し離れた荷車の陰には、小柄な女が一人。

煤けた栗色の髪を古布で押さえ、背を丸めて、荷車の荷札のあたりを眺めている。


轅の上の男が、こっちを見た。

目が丸くなって、それから口が大きく開いた。


ノアは、足を止めた。

坂の下の、網の匂いのする声を思い出す前に、その声が飛んできた。


「よお、ノア! ブランの旦那も! もう一組ってのはおまえらかよお!」

ピエトロは轅から足を下ろした。

両腕を広げて、大股で寄ってくる。

途中でガレナの背の白い大剣に目をやって、眉を上げた。

「……ガレナ、なんだその馬鹿でけえ剣。ま、いいや。見ろよ、こいつらがおれの組だぜ」

親指で、後ろの三人を順に指した。

「口の回るウーゴ、腕っぷしのゴッフレドと犬、荷番のノラ。頭はおれ、ピエトロ・カルーゾだろがよ!

今日はおれたちが前張ってやっから、おまえらは後ろでのんびりしてりゃいいんじゃねえの」


四月にドラージョの酒場で、自分の名で稼ぐと言って一人で発った背中だった。

五月で、日焼けが一段濃くなっている。

胸の反らし方は、坂の上で木登りの勝負を挑んできた頃と変わらない。


ガレナが一歩、前に出た。

背の剣の柄を、親指で叩く。

ピエトロより頭一つ低いところから、睨み上げた。

「馬鹿でけえ言うな、コッコだ。後ろでのんびりなんかしねえよ。前はあたしが先だ」


「まあまあまあ!」

猫背の男が、二人のあいだに半歩割って入った。

隠しから指を抜いて、ピエトロの肩を軽く叩く。

それからガレナに、こっちの四人に、順に頭を下げた。

「ご紹介にあずかりやした、ウーゴでさ。いやあ頼もしいお嬢さんだ、コッコってえのはその剣の名前で?

……ピエトロの旦那、ここはひとつ、前を分担ってわけで、手柄は山分け、どうです。

ブランの旦那方も、今日一日よろしく頼みまさ」


荷車のほうで、隊商の主が咳払いをした。

そろそろ出たい、という顔をしている。


ブランは、ウーゴに軽く顎を引いた。

隊商の主に片手を上げて見せてから、二つの組を見回す。

「おう、よろしくな、ウーゴ。……いいか」

一人ずつ、指で差していった。

「前はピエトロとゴッフレド、犬を先に歩かせろ。ガレナ、お前はその後ろ、先頭の荷車の脇だ。

ラウロは真ん中の荷車、イルウェンとノアは最後尾。俺は灯さずに、少し先と脇を見て回る。

ノラ、あんたは荷から離れるな」

声を一段落とす。

「野盗の出る区間に入ったら声は出すな、合図は俺が出す。囲まれたら荷車を寄せて守る、深追いはしねえ。

手柄の山分けは、帰ってから酒の席で揉めろ。行くぞ」


ピエトロが、ガレナの額を指で弾いた。

「おまえはおれの後ろだってよ、コッコの姉ちゃん」

ガレナが額を押さえて何か言い返すより先に、ブランへ親指を立てる。

「旦那、話が早えや、前はおれらが張る! ゴッフレド、犬起こせ、行くぜえ!ノラ、荷から離れんなよお!」


先頭の荷車へ歩いていくピエトロと、すれ違った。

ノアは、その背を拳で軽く叩いた。

振り返った顔に、笑って目を細める。

「久しぶり、ピエトロ。前は頼んだ。ガレナの額を弾くのはなしだよ」


ピエトロは一瞬だけ口をつぐんで、それから鼻を鳴らした。

答えずに、前へ歩いていく。

その後ろで、髭の大男が重たげに腰を上げた。

犬の首を撫でて、ブランのほうへ顎をしゃくる。

「へいへい……おい、起きろ。仕事だべ。……旦那、こいつの鼻は兎の巣穴だって嗅ぎ当てるだ。

俺が子犬から仕込んだ相棒だで、野盗なんざ先に見っけてくれるべ」


ノアは、イルウェンと並んで最後尾の荷車へ歩いた。

イルウェンは半分の目で、前を行くピエトロの背を見ていた。

「元気ー」



荷車は重く、馬の足は人の歩きよりも少し遅い。

畑が切れると、街道は低い丘のあいだを縫う登り下りになった。


最後尾からは、前がよく見える。

ピエトロと犬が、一つ目の丘の登りにかかった。

隊商の主が、この先の丘を二つ越えたあたりからが野盗の出る所だと、前へ声をかけた。

その声が届いたのかどうか。

ピエトロは荷車を振り返って、舌打ちをした。


「とろくせえなあ! ゴッフレド、おれらは先に丘のてっぺんまで出て下を見とくぜ、犬も放せ!

ウーゴ、おまえは荷車の脇で目え開けとけよお! ノラ、なんか見えたらでけえ声で……あ、声出すなってか。

とにかく荷から離れんな!」


声出すな、を、本人が一番大きな声で言っている。

ノアの隣で、イルウェンが小さく息を吐いた。


ピエトロは歩みを速めて、登りを先へ出ていく。

ゴッフレドは、ついていかなかった。

膝に手をついて、肩で息をする。

犬の首を軽く叩いて、丘の上を顎で示した。

「……へいへい、頭。ほれ、行け、頭について嗅いでこい。……俺あ、こいつの鼻があれば足はいらねえべ」

犬だけが、ピエトロの後を駆けていく。

大男は、荷車と同じのろい足で登りをのそのそ歩いた。


前と先頭の荷車のあいだが、空きはじめた。


土手の上を歩いていたブランが、小走りに下りていった。

ピエトロに追いつき、肩口を掴まずに横へ並ぶ。

最後尾までは声は届かない。

ブランが丘の上を指さし、それから荷車のほうを指さすのが見えた。

振り返って、ガレナに手で前へ出ろと合図する。


ピエトロが、何か言い返した。

唇を尖らせて丘の上を見上げ、それから喉に手を当てる。

「ほれ、戻れえ、仕事だべ」

風に乗って、その声だけが最後尾まで届いた。

ゴッフレドの声だった。

訛りも、間延びした語尾も、そっくりそのまま。


丘の中腹で、犬が耳を立てて振り返った。

そのまま登りを駆け下りて、ピエトロの足もとへ戻る。


「あれ」

ノアは口の中で言った。

坂の下で、母親の声を真似て年下の子を呼び出しては笑っていた、あの声。

犬まで、真似できるのか。


前の荷車の脇では、ゴッフレドが立ち止まって、自分の犬を見ていた。



二つ目の登りにかかったころ、真ん中の荷車の脇で、ノラがラウロに話しかけていた。

ノアのいる最後尾からは、声は聞こえない。

ノラの指が、幌の縁から覗く荷札を一枚、そっと裏返すのが見えた。

ラウロがその荷札を指で表に戻して、半歩ずれる。

ノラと、街道の左の藪とのあいだに立つ位置だった。


あとでラウロが言うには、こうだった。


「ひい、ふう……あ、気にしないどくれ、癖でさ。あんた、ラウロだっけ。うちの頭がうるさくて悪いね。

そっちの組は長いのかい? あの獣人の旦那、ずいぶん場慣れしてるだろ、ね?」

ノラは、荷車の陰に背を丸めたまま、愛想よくこっちを向いた。

ラウロは左の藪から目を離さずに答えた。

「二年ちょいだ。親父は場慣れしてる、だから俺らも声は出さねえ。

……荷札は数えなくていいだろ、あんたの荷じゃねえ。それと、そこだと藪が見えねえぞ。こっち寄れ」


ノラは肩をすくめただけで、寄らなかった。

それきり、口をきかなかったという。


前では、ガレナがゴッフレドの横に並んでいた。

大男は欠伸をしながら荷車と同じ足で歩き、目はほとんど犬の背にしか向いていない。

ガレナがその脇腹を、肘で小突いた。

「おい、欠伸すんな、前見ろ」

そのまま足を速めて、また少しずつ先へ出はじめていたピエトロの外套の裾を、後ろから掴んで引く。

低い声だったが、前の風向きで、最後尾まで切れ切れに届いた。

「また出てんだろ、下がれ。旦那が手を挙げたら止まる、振ったら荷車まで下がる。それだけ覚えとけ」


ピエトロは、裾を掴んだ手を払いのけた。

「……出てねえよ。おまえが言うなよ、先に突っ込むのはいっつもおまえだろがよ。

手え挙げたら止まる、振ったら下がる、だろ。分かってらあ、おれは頭だぜ」

肩をすくめて、半歩だけ歩みを緩める。

口は尖らせたまま、目だけは土手のブランを追っていた。


ゴッフレドは、小突かれた脇腹を掻いた。

欠伸を飲み込んで、のそのそと足を速め、ピエトロの横に並ぶ。

犬の頭を撫でながら、低く言った。

「へいへい、見てるだよ。……頭、俺の声真似で呼ぶでねえ。こいつは俺が仕込んだだ、俺の声で動くんだべ」


ピエトロは返事をしなかった。

前の三人とその後ろのウーゴのあいだで、話し声が減っていく。

残ったのは、荷車の軋む音と、馬の蹄の音だけだった。



昼を過ぎて、二つ目の丘を下りきったところで、街道は切り通しに入った。


丘の腹を削った道だった。

両側の土の壁は、人の背の倍ほどもある。

上には灌木が茂っていて、壁の上から下の道は丸見えのはずなのに、下からは上の茂みの奥が見えない。

長さは、五十歩ほど。

切り通しの中は日が届かず、土の匂いがひやりとする。


ブランは手前で土手をよじ登り、左の壁の上の灌木へ入って見えなくなった。


切り通しの向こう、出口の近くに、手押し車が一台傾いていた。

車輪が一つ外れている。

その脇に座り込んだ男が、こっちへ片手を振っていた。

何か呼んでいるらしいが、最後尾までは聞こえない。


前で、ピエトロが切り通しの入り口で足を止めた。

片腕を横に出して、ゴッフレドを制する。

その手のひらに、一瞬、暗い青がにじんで、すぐ握り込まれた。

「……止まれ、ゴッフレド。犬も押さえとけ。

ありゃ呼んでやがる、手え振って人を寄せるのはおれの十八番だぜ。旦那の手が上がるまで動くなよお」

ピエトロの足先が、落ち着きなく土を蹴っている。

それでも、前へは出なかった。


ノアは、左の壁の上を見上げた。

灌木の陰から、ブランの手が出た。

挙がる。

止まれ。

それから、大きく振られた。

荷車まで下がれ。

続けて、右の壁の上を指して指を三本。

出口の脇を指して、手のひらを開いて五本。

最後に、手が強く後ろを指した。

隊商の後ろ。

今、下ってきた丘の斜面。


ノアは振り返った。

最後尾の荷車の後ろで、斜面の藪が揺れていた。


手押し車の脇の男が、立ち上がった。

指を咥えて、鋭く口笛を吹く。


出口の脇の窪みから、刃物を持った男が五人飛び出した。

切り通しの中を、入り口へ駆けてくる。

右の壁の上の灌木から矢が一本飛んで、先頭の荷車の馬の足もとに突き立った。

馬が嘶いて、棹立ちになりかける。

同時に、後ろの斜面の藪が割れた。

棒や鉈を手にした男が、六人ばかり。

斜面を駆け下りて、最後尾の荷車へ向かってくる。

隊商の主の裏返った声が、切り通しの壁に跳ね返った。


「下がれ下がれえ!」

ピエトロが、ゴッフレドの胴着を掴んで引いた。

犬ごと、先頭の荷車の前まで駆け戻る。

振り向いて、両手を前に突き出した。

手のひらから暗い青が溢れて、水を張ったような膜になって広がる。

「ゴッフレド、荷車の前で踏ん張れ! ウーゴ、馬押さえろ!

ガレナ、来る奴はおれの膜で止めっから、止まった奴をぶっ叩けよお!」


ゴッフレドが腰の太い棍を抜いた。

猫背を起こし、両足を開いて、荷車の前に壁のように立つ。

「上がりだ、おめえら、ここで上がりだべ!……おい、離れんな、俺の脇で吠えとけ!」


ウーゴは、首をすくめて馬の左側へ飛び込んだ。

右の壁から、馬の体の陰になる側だった。

轡に手を伸ばして引き下げながら、体は馬と荷車のあいだに縮めている。

「どうどうどう! 暴れんな、ちげえねえ、矢だべや!……頭ぁ、馬は押さえてまさ!

上のやつ、誰か黙らしてくれってわけで!」


真ん中の荷車では、ノラの姿が消えていた。

幌の下、荷台と車輪の陰に、小さく丸まっているのが見える。

外套の内から、細い刃物を一本抜いていた。


前の荷車の脇も、真ん中の荷車の脇も、空いた。


右の壁の上から、もう一本矢が飛んだ。

暗い青の膜にめり込んで、勢いを失い、だらりと垂れ下がる。

切り通しを駆けてきた五人の先頭が、膜に突っ込んだ。

粘りに足を取られて、つんのめる。

だが二人目の肩がぶつかったところで、膜が薄くなった。

残りの男たちは、膜の脇を回り込んで荷車の前へ迫る。


後ろの六人は、最後尾の荷車まで、あと二十歩。


ノアは、腰の短剣を抜いた。

年明けに、ブランから渡された古い短剣。

「イルウェン、荷車の後ろを守って! ボクが前で止める」


返事を待たずに、荷車の後ろから斜面へ跳んだ。

一跳びで、先頭の男の目の前に降りる。

振り上げられかけた鉈の、手首を蹴り上げた。

骨に当たる、硬い手応え。

鉈が宙に跳ねて、藪の中へ落ちた。

そのまま二人目とのあいだに立ちはだかる。


背中で、イルウェンの間延びした声がした。

「ノア、左、空けて。……そっちは、わたしー」


ノアは半歩、右へずれた。

脇を回り込もうとした二人の足もとで、光が弾けた。

荷車の後輪に背を預けたまま、イルウェンが灯りの筒を構えている。

土が跳ねて、一人が転んだ。

もう一人がたたらを踏んで止まる。

残りの三人は、斜面の途中で足を止めて、互いの顔を見た。


前では、真ん中の荷車からラウロが出ていた。

剣を抜いて持ち、膜の脇を回り込んでくる男たちの進路に立つ。

荷台の下を一度だけ見下ろして、何か言った。

それから前へ声を張る。

「ガレナ、右の二人は俺がもらう!」


「右はやる、ラウロ!……左はあたしだ、らあぁっ!」

ガレナが背のコッコを抜いた。

脚に、朱がうっすらと灯る。

全開ではない。

一足で、左端の男の懐に入った。

白い大剣の峰が横に薙いで、男の刃物を叩き落とす。

金物が土に転がる音。

男は手首を抱えて、膜の脇まで下がった。

ガレナはそれを追わずに、荷車の前に立ち塞がった。


棍を構えたゴッフレドの足もとで、犬が吠え立てている。


右の壁の上で、弓の男たちが矢をつがえ直した。

弓先が、こっちを向く。

最後尾のほうだった。


「ノア、イルウェン、荷車の陰に入れ! 右の上から弓だ!」

ブランの声が、左の壁の上から降ってきた。

ノアは斜面から跳び戻って、荷車の陰に入った。

見上げると、ブランは灌木から身を起こしていた。

右の壁の弓の三人へ、手のひらを向けている。

手のひらの上の空気が、黒っぽく濁って見えた。

「……来いよ。……伏せてたいなら、そのまま伏せてな」


右の壁の上で、三人の男が、上から見えない手で押されたように灌木の中へ這いつくばった。

弦の切れる音が一つ。

三人とも土に顔を押しつけたまま、起き上がれない。


ノアは、ブランの手のひらを見た。

もう、何も見えなかった。


矢が止んだ。

切り通しの中ほどで、口笛の男が手押し車の陰から顔を出した。

右の壁の上を見上げて、短く二度、口笛を吹く。

そのまま出口へ向かって駆け出した。

前の男たちも、後ろの斜面の男たちも、それを合図に背を向けた。

切り通しの向こうと丘の藪へ、散っていく。

しばらくして、右の壁の上の三人も、這うようにして灌木の奥へ消えた。


切り通しに残ったのは、車輪の外れた手押し車と、転がった刃物と鉈だけだった。


隊商の主が荷車の陰から顔を出して、荷と馬と御者を数えはじめた。

誰も、大きな怪我はしていない。


ピエトロが膜を解いた。

両手をぶらぶら振って、転がった刃物を一本拾い上げ、頭の上に掲げる。

肩で息をしながら、隊商の主へ大股で歩み寄った。

「へっ、見たかよお! 矢あ止めたのも、先頭つんのめらしたのもおれの膜だぜ!旦那、荷は無事だろ?

おれらピエトロ組が前張ってりゃこんなもんじゃねえの!」


荷台の下から、ノラが這い出してきた。

外套の土を払って、刃物を内側へしまう。

馬の陰から、ウーゴが顔を出す。


ノアは短剣を鞘に収めて、荷車の後輪に手をついた。

イルウェンが、筒を鞄に戻しながら、半分の目でピエトロのほうを見ていた。

「手柄ー」

それ以上は言わなかった。



隊商は野盗の出る区間を抜けて、丘の向こうの水場で次の護衛に引き継がれた。

隊商の主は二つの組の依頼書にそれぞれ済みの印を押して、礼を言って東へ去った。


夕方。

二つの組は、西へ、ドラージョへの街道を引き返した。

日が丘の端に傾いて、街道に長い影が伸びる。


ピエトロの組の四人が前を歩いている。

こっちの五人は、声の届かないくらい後ろだった。


ピエトロは懐から依頼書を取り出して、夕日にかざした。

ひらひらと振ってから、三人の肩を順に叩いて回る。

「どうよお、済みの印だぜ! 野盗十何人追っ払って誰も怪我なし、上出来じゃねえの!

ゴッフレド、おまえの踏ん張りよかったぜ。ウーゴ、馬よく押さえたな。ノラも荷から離れなかったろ。

今夜はおれの奢り……いや、取り分出てからな!

次はもっとでけえ依頼取ってくっからよお、おれは依頼取ってくる係だからな!」


ウーゴが、隠しの骰子を指で鳴らしながら横に並んだ。

大げさに頷いて、ピエトロの肩を叩き返す。

ちらりと後ろを振り返り、遠くの五人に愛想笑いを向けてから、前へ向き直った。

「いやあ、さすが頭だ! あの青い膜がなきゃ、おれも馬もいまごろ串刺しってわけで。

酒場じゃこう言いやしょう、ピエトロ組が十何人蹴散らした、ってね。

……で、頭、取り分のほうは、おれぁ馬一頭ぶん守ったってことで、ちいと色つけてもらえやすかね?

まあまあ、奢りの話はそのあとで」


ゴッフレドが、大きく欠伸をした。

棍を腰に戻し、しゃがんで犬の背をわしわしと撫でる。

立ち上がって、ウーゴの肩越しにピエトロを見下ろした。

「へいへい、上がりだ上がりだ。……色つけるならこいつにもだべ、頭。

誰より先に唸って知らせたのはこいつだ。肉の一切れくれえ出してやってくれ。

……ウーゴ、奢りはおめえの色つきの分でな」


ノラは、三人の後ろを歩いていた。

外套の埃を払いながら、指を折って何か数えている。

肩越しに後ろの五人を一度見てから、ピエトロに向き直って、にっと笑った。

「ひい、ふう……十何人ってのは盛りすぎだろ、ね? 半分は勝手に逃げたんだ。

……ま、酒場じゃ好きに言いなよ、頭。で、それいくらになる話?

あたしは荷一台まるごと守ったんだ、取り分は頭割りでいいけど、きっちり今夜のうちに出してもらうよ」


丘を一つ越えると、夕霞の向こうに、ドラージョの東門の灯が見えた。


ピエトロは三人に手をひらひら振って黙らせた。

振り返って、両手を口に当てる。

「取り分は詰所で割るって!……おーい、ノア! ガレナ! 旦那あ!今日はおれらが前張ってやったぜえ!

また依頼割るときはピエトロ組に声かけろよお!」

向き直って、胸を反らす。

「……行くぞおまえら、酒場で手柄話だ!」


ノラは肩をすくめて、その後ろについた。

「へいへい、詰所でね。頭が先に酒場で使い込まなきゃいいけどさ」

背を丸めて歩きながら、少しずつ歩みを緩めていく。

前の三人と、後ろの五人とのあいだに、一人だけで入った。



ノアは、ピエトロに片手を軽く上げて応えた。

笑ってから、前を見る。


前を行く四人のうち、小柄な女だけが遅れていた。

背を丸めて歩きながら、ときどき横目で、こっちの顔を一人ずつ眺める。

ブラン。

ラウロ。

イルウェン。

ガレナ。

それから、ノア。


ノアは、その目と一度だけまっすぐに目を合わせた。

女は、すぐに前を向いた。


ノアはブランのそばへ寄って、声を落とした。

「ブラン、あの人がずっとボクたちの顔を見てる」


ラウロが反対側に並んだ。

ノラの丸めた背を目で追いながら、低く言う。

「顔だけじゃねえ。朝は荷札数えて、一枚裏返して読んでた。

藪の見えねえとこに立って、出たら真っ先に荷台の下だ。……癖だとよ。親父、あれはただの荷番じゃねえぞ」


ガレナが、前を行くピエトロの背に向かって舌を出した。

それから大声で叫ぶ。

「前張ったのはあたしだろ! 次はお前の膜より先に叩くからな!」

すぐにラウロの横に寄って、声を落とした。

ノラの背を、睨んでいる。

「……なあ、荷番ってなんだよ、荷を見張る役だろ。そいつが荷札読んで、人の顔数えてんのかよ。

気持ちわりいな」


前のほうから、夕風に乗って声が切れ切れに届いた。

「……ピエトロ組が十何人蹴散らした、ってね……」

「……次はもっとでけえ依頼だぜえ……」

笑い声が、門の灯のほうへ遠ざかっていく。


ブランは、歩みを緩めなかった。

前を行く四人の背を、とりわけ遅れて歩く小さな背を見たまま、しばらく黙っていた。

それから、ゆっくり口を開いた。

「……見てたのは、お前らだけじゃねえよ。

あの切り通し、前と後ろの挟み方が、荷車の数も護衛の数も知ってたみてえに綺麗だった。

……と言いてえが、証はねえ。俺の勘だ」

耳の先が、少しだけ動いた。

「いいか。ピエトロには言うな、あいつは顔に出る。ノラの前じゃ、組の依頼の話はしねえ。

詰所で割るときは、俺が帳場に立つ。……湿っぽい顔は、酒飲みながらにしろ」


ガレナは口を開きかけて、閉じた。

背のコッコの柄を握り直して、ノラの背から目を外し、前を向く。

「……分かったよ。言わねえ。けど、あいつがなんかしたら、あたしが真っ先に叩くからな」


イルウェンは、何も言わなかった。

半分の目で、遠くの四人の影を見ていた。


東門の灯の下で、ピエトロが一度だけ振り返った。

済みの印の依頼書を、頭の上に掲げて振ってみせる。

ウーゴとゴッフレドと犬は、振り返りもせずに門をくぐった。

ピエトロも、それを追って門の内へ消える。

小柄な女は門の脇で一度立ち止まって、こっちを見た。

それから、ゆっくりと三人の後を追っていった。


ノアは、門の灯をしばらく見ていた。

外套の下の荷を、背負い直す。

坂の下で、ノアを灯らずと笑ったピエトロ。

船倉の暗がりに、ノアの後から潜ってきたピエトロ。

その後ろを、今は誰も見ていない。

「ピエトロ、気をつけて」


ガレナが、ノアの横に並んだ。

門の灯を見たまま、鼻を鳴らす。

「……あいつの膜、矢止めたのは本物だった。

けど、すぐ先に出るし、デカいのは欠伸ばっかだし、ばらばらだろ、あの組」

少し黙った。

コッコの柄を握る手に、力が入る。

「名を上げたら組んでやるって、言ったんだ。あたし。……それに、あの女だ。

ピエトロ、自分の後ろなんか見てねえよ」


ガレナは、足もとの土を一度だけ蹴った。

乾いた土が、夕風に流れた。


門の灯が、一つ増えた。

点灯夫が、通りの灯りをともしはじめたのだ。

ノアは歩き出した。

四人の消えた門へ、五人で歩いていく。

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