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遥かなる幻想郷まで  作者: ichir0roie
2章:罪なき子
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ともし比べ

学校の庭は、昼の日が当たると土が温かい。

壁ぎわの日なたに、年上の子が五人しゃがんで輪になっている。

真ん中で、いちばん背の高い子が手のひらを上に向けた。

赤い光が出て、ぐるっと回って、輪になった。


「おおー」

「輪だ、輪」

「三日前より太いだろ」

背の高い子が手を振ると、輪は煙みたいにほどけて消えた。


ノアは輪の外に立って見ている。

隣にラウロがいる。

ラウロはノアより頭ひとつ小さくて、背伸びしても年上の子の肩に隠れる。


「次、おれな」

別の子が手を出した。

黄色い光が出て、ふるえて、花みたいに開いて、すぐ消えた。

「花っぽい」

「ぽいだけだろ」

「輪より難しいんだぞ、花は」

「難しくても消えたら負けだ」


背の高い子がこっちを見た。

「ノア、やれよ」

「やんない」

「なんで」

「やんない」

ノアは袖の中で手を握った。

手のひらが少し温かい。

出せと言われると、勝手に温かくなる。


「ノアは出ない子だもんな」

「出ない子」

「出ない子がなんで見てんの」

背の高い子が笑って、みんなが同じ顔で笑った。

「ラウロもだろ。お前まだ灯らないだろ」

「おれ、五つだ」

ラウロは顎を上げて言った。

「五つのくせに見んなよ」

「見るくらいいいだろ」

ノアはラウロの袖を引いた。

「行こ」

「どこ」

「塀」

ラウロはまだ輪のほうを睨んでいたが、引かれるままについてきた。


塀の上は日なたで、座ると尻が温かかった。

下で、また「おおー」と声が上がった。

「あいつら、輪ばっかだな」

「輪、偉いの?」

「偉いんだろ。出せるやつが偉い」

ラウロは自分の手のひらをじっと見た。

「おれ、いつ出るかな」

「知らない」

「お前は?」

ノアは答えなかった。

手を袖に入れたまま、足をぶらぶらさせた。



坂の井戸は、夕方になると風が下から吹き上げてくる。

ノアが桶を持って降りていくと、井戸のまわりに子どもが四人集まっていた。

真ん中に、獣人のブランがしゃがんでいる。

背は高くないが肩と腕が厚く、耳の先が少し垂れている。

顔には無精ひげが伸びて、酒の匂いが漂う。

この前、鼠の傷を見せてくれた人だ。

今日は袖をまくっていて、腕の傷は黒いかさぶたになっている。


「おっちゃん、冒険者だろ」

「だから何だ」

「冒険者ならすごいの出せるだろ、ともして」

「やめとけ」

「ともしてよ」

「ともして」

「やめとけって言ってんだろ」

おじさんは桶に縄をかけながら、子どもたちを追い払う手つきをした。

けれど子どもは離れなかった。

ノアも、桶を置いて輪の後ろに立った。


「……一回だけだぞ」

おじさんは縄から手を離して、手のひらを上に向けた。

灯った。

灰色がかった、くすんだ光だった。

豆くらいの大きさで、じっと動かない。

見ているうちに、なんだか気持ちまで沈んでくる。


しばらく誰も何も言わなかった。

それから、いちばん小さい子が笑った。

「ちっちゃ」

「豆だ、豆」

「なんか暗い」

「おっちゃん、それ冒険者の灯りかよ」

おじさんは手を閉じた。

光は指の間で消えた。

「だから、やめとけって言ったろ」

怒っていなかった。

声はいつもと同じで、少し眠そうだった。


おじさんは首から下げた札を引っ張り出して、指でつまんで見せた。

銅の板に、三本の線が刻んである。

「これ、この前も見せたな」

「銅の三」

ノアが言うと、おじさんはノアのほうを見た。

「覚えてたか。……腕はあるんだよ、俺は。鼠だってあの日のうちに片づけた」

「じゃあなんで三?」

「灯りだ」

おじさんは札を服の中に戻した。

「色と量でな、上が止まる。腕はそこから先の話だ」

「なんで?」

「そういう決まりだからだ」

「なんで決まり?」

「言うなよ。子どもの聞く話じゃねえ」

おじさんは縄を引いて、水の入った桶を上げた。

子どもたちはもう笑い飽きて、坂の上に散っていった。


ノアは自分の桶に水を移してもらった。

「おっちゃん」

「なんだ」

「大きいと偉いの?」

おじさんは桶を持ち上げて、しばらくノアを見た。

「あんた、出ないほうか」

ノアは答えなかった。

「……出ないほうが、楽なこともあるぞ」

それだけ言って、おじさんは坂を下りていった。

桶の水が、一歩ごとに揺れて少しずつこぼれていた。



住まいの戸を開けると、魚を焼く匂いがした。

母さまが台所にいて、火の前に立っている。

ピリムは窓の桟にいて、光の粒がゆっくり膨らんだり縮んだりしている。

眠いときの揺れ方だ。


ノアは桶を置いて、母さまの背中に言った。

「母さま、ともし、教えて」

母さまの手が止まった。

魚をひっくり返す箸が、そのまま宙に止まっている。

「輪。年上の子、輪が出せる。花も。僕も出したい」

「ノア」

母さまが振り向いた。

声が低くて短かった。

「外では、絶対にともさないで」

「……うん」

「絶対よ。誰の前でも。学校でも、井戸でも」

「うん」

ノアが二度うなずくと、母さまは息を吐いて、箸を置いた。

「約束してくれる?」

声がいつもの高さに戻っていた。

「する」

「じゃあ、家の中でだけ。ピリム、戸を見ていてくれる?」

「見張りは本職ですよ」

ピリムの光が桟からふわりと浮いて、戸のそばに移った。

「誰か来たら風で桶を倒しますねえ」

「倒さなくていいの」


母さまはノアの前に膝をついて、ノアの右手を取った。

「手のひらを、お椀にして」

ノアは指を丸めた。

「指の付け根に集める気持ちで。手のひら全部に出さないで。ここだけ」

母さまの指が、ノアの手のひらの真ん中を軽く押した。


灯った。

白い光が、手のひらの上でぱっと広がった。

輪にはならなかった。

丸くて、大きくて、天井まで薄く照らした。

「大きい」

「大きすぎるわ。小さく」

「小さく、できない」

「できるわ。息を吐いて」

ノアは息を吐いた。

光が半分になった。

「それで十分。それ以上出さないで」

「輪は?」

「輪はまだいいの。小さくできるようになってから」


ノアは手を閉じたり開いたりした。

開くたびに白い光が出て、閉じると消えた。

「母さまのは?」

「私のは、いいの」

「なんで?」

「今日はノアの練習でしょう」

母さまは立ち上がって、魚のほうへ戻った。

また箸を取った。


「七つになったら聖堂で見せるんでしょ。背の高い子が言ってた。灯りの帳に書くって」

母さまの箸が、また止まった。

今度は短かった。

「……その話は、七つになったらね」

「もうすぐ七つだよ」

「灯記しは秋よ。まだ先」

魚が焼ける音だけがした。


ノアは手のひらを閉じたまま、母さまの背中に聞いた。

「灯りが大きいと、偉いの?」

母さまはすぐには答えなかった。

魚を皿に移した。

皿を卓に置いた。

それから、ノアの向かいに座った。

「大きいとね」

言いかけて、止めた。

「……大きいと、遠くからでも見つかるわ。それだけ」

「見つかると偉い?」

「偉くはないわ」

「じゃあ井戸のおっちゃんは?」

「おっちゃん?」

「銅の三。灯りが豆だから上がらないって」

母さまは、少しのあいだノアの顔を見ていた。

「……偉いかどうかは、灯りでは決まらないの。決めている人がいるだけ」

「誰?」

母さまは答えなかった。

代わりに、ノアの皿に魚を乗せた。


「食べなさい。冷めるわ」

「母さま」

「食べなさい」

戸のそばで、ピリムの光が一度だけ速く揺れた。

「欄が埋まりませんねえ」

「ピリム」

「はいはい」

光は桟に戻って、また眠いときの揺れ方になった。



翌日の学校の庭は、風が強くて土が冷たかった。

壁ぎわに、また輪ができていた。

背の高い子が、赤い輪を二つ重ねて出していた。

「二重だ」

「すげえ」

「昨日できなかったやつ」


「ノア」

背の高い子が、ノアを見つけて手招きした。

「今日はやれよ。出ないなら出ないって見せろ」

「……いいよ」

ノアは輪の中に入った。

ラウロが後ろについてきた。


ノアは右手を出した。

手のひらを上に向けて、指を、丸めなかった。

指の付け根に集めなかった。

息を吸ったまま、止めた。

手のひらは温かくなった。

けれど、何も出さなかった。


「ほら」

「出ない」

「ほんとに出ないんだ」

「灯らず」

誰かが言った。

「灯らず、灯らず」

背の高い子が笑って、みんなが同じ顔で笑った。

「ラウロもやれよ」

「おれは五つだって」

「五つでも出るやつは出るんだよ」

ラウロは顔を赤くして、手を出した。

何も出なかった。

「灯らずが二人」

「灯らず組」

「二人で塀にでも登ってろ」


ノアは手を引っ込めた。

手のひらはまだ温かかった。

握って、袖に入れた。

「行こ、ラウロ」

「……うるせえ」

ラウロは背の高い子に言ってから、ノアについてきた。


塀の上は風が強かった。

ラウロは登るのに三回かかった。

ノアは一回で上がって、ラウロの手を引いた。

「灯らなくても塀は登れる」

ラウロは尻をついてから、そう言った。

「あいつら、輪を出しても塀は登れねえ」

「うん」

「おれ、出るようになっても、あいつらとはやらねえ」

「なんで?」

「なんか、やだ」

ノアは足をぶらぶらさせた。

下で「おおー」と声がした。


「お前」

ラウロが横を見た。

「ほんとに出ないのか」

ノアは風の音を聞いていた。

「……出ない」

「ふうん」

ラウロはそれ以上聞かなかった。

「明日、お前んちの飯だろ。イワシ?」

「イワシじゃない。たぶん」

「なんでもいい。腹減ってる」



夜の住まいは、鍋の湯気で戸のところまで温かかった。

ラウロは靴を脱ぐのに時間がかかって、母さまに「ゆっくりでいいのよ」と言われて、余計に急いだ。

卓には、魚と豆のスープと、パンが三つ。

ピリムは桟で、光を少し速く揺らしていた。

お客が来ると、だいたいこの揺れ方になる。


「いただきます」

ラウロは小さい声で言って、匙を持ったまま、しばらく動かなかった。

「おいしい?」

「……うん」

母さまが箸を止めて、ラウロの顔を見た。

「あんまり減ってないみたいだけど」

「食べてる」

ラウロはスープを一口だけ飲んで、また匙を置いた。

母さまはノアと目を合わせて、それ以上は聞かなかった。


スープが半分になって、母さまは鍋を取りに立った。

台所は卓から三歩で、母さまの背中がこちらを向いた。

ノアは卓の下に手を入れた。

ラウロの膝を、指でつついた。

ラウロが下を見た。

「まだ灯らずのこと気にしてんの」

「気にしてねえよ」

声がすぐに返ってきて、それが答えだった。

ラウロは膝の上で自分の手を握って、開いて、また握った。

「おれ、七つでも八つでも出なかったら、どうする」

「出るよ」

「なんで分かるんだよ」

ノアは分からなかった。

言葉が出てこなくて、かわりに手を出した。


手のひらをお椀にして、指の付け根に集めて、息を吐いた。

白い光が、卓の下で一度だけ灯った。

豆くらいの大きさで、ラウロの膝と、ノアの膝と、卓の裏だけを照らした。

すぐ閉じた。


ラウロの口が開いていた。

匙を持ったまま、動かない。

「な……」

「しー」

ノアは口の前に指を立てた。

「言わないで。母さまにも。誰にも。ラウロにだけ見せた」

ラウロは卓の下と、ノアの顔を、二回ずつ見た。

「なんで、おれに」

「元気なかったから」

それだけだと足りない気がして、もう一つ足した。

「ラウロもきっと出るようになるよ!」

ラウロはしばらく黙っていた。

それから、小さく笑った。

「約束な。おれにだけ」

「約束」

ラウロは匙を置いて、卓の下でノアの手を握った。

ノアの手のひらは、まだ温かかった。

ラウロの手は、それより少し冷たかった。


桟で、光が速く揺れた。

「僕は何も見てませんよ」

ピリムが小さく言った。

「報告の対象ですけどねえ」

「だめ」

ノアが言うと、光はくるっと回って、また元の揺れ方に戻った。


「何がだめなの?」

母さまが鍋を持って戻ってきた。

「ピリムが鍋にいたずらする」

「しませんよ。今日は」

「今日は、って言ったわね」

母さまが鍋を卓に置いた。

ラウロが、噴き出すみたいに笑った。

笑いながら、卓の下でノアの手を握ったままだった。


「ラウロ、おかわり」

「する」

「さっきまで一口だったでしょう」

「今は違う」

ラウロは匙を持ち直して、スープを飲んだ。

「ノアも」

「する」


帰るとき、ラウロは戸口で靴を履くのにまた時間がかかった。

母さまが台所に戻った隙に、ラウロが小さい声で言った。

「灯らずでいいよ、おれ」

「なんで」

「二人のほうが、からかわれても平気だろ」

ラウロはもう片方の靴を履いて、坂を駆け下りていった。

戸を閉めると、桟の光が一度だけ速く揺れて、それから何も言わなかった。

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