第五十六話:電脳ポルターガイストと、氷河期の怪
筋肉の次は頭脳派! 文化部連合によるスマートロック施錠と煙幕による生徒会室包囲網!
しかし、一般生徒相手に手加減しつつ無傷で制圧しようとした結果、引き起こされたのは完全なオカルト現象でした。
PCモニターを突き破って飛び出した青い腕が眼鏡を直す『電脳ポルターガイスト』に、校則違反アナウンスと共に靴底だけが床に凍りつく『局所氷河期』!
恐怖と混乱に包まれる文化部員たちを完封した直後、夕焼け空を裂いて帝都から白銀の天馬馬車が飛来する――!?
「愛妹を救う!」と特大の勘違いをして魔導大剣を抜く筆頭騎士の姿に、生徒会全員が白目を剥くクライマックス前哨戦をお楽しみください!
廊下に綺麗に並べられ、スヤスヤと安らかな寝息を立てる運動部員たちに、セナが保健室から持ってきた毛布を手際よく掛けていく。
「全員に毛布掛け終わり〜! ラグビー部主将、寝言で『タンポポ摘みにいくんだ……』とか言ってて超ウケるんだけど!」
生徒会室へ戻ってきた私は、腕を組んで満足そうにフンスと鼻を鳴らす。
「怪我人ゼロ、廊下の破損ゼロ! これなら教頭にも文句は言わせないわよ!」
タクトはソファにドスンと腰を下ろし、腕甲の留め金を緩めながら大きく肩を落とす。
「怪我はないっすけど、一般生徒の前で派手なパルクールと謎の安眠ピンク煙をぶっ放した時点で、言い訳のハードルは限界突破してますけどね……」
「結果としてフラッグは無傷です。規約上、防衛ポイントは満点ですよ」
パチチッ……!と天井の蛍光灯が激しく点滅し、生徒会室の明かりが一斉に落ちる。
夕暮れの薄暗い茜色だけが窓から差し込む室内。
「……あれ? 停電? ブレーカー落ちた?」
直後、生徒会室の両開き扉のスマートロックが『ガチャン! ピピッ、ピピッ!』と甲高い電子音を立てて外側から強制施錠される。
タクトが即座に立ち上がり、ドアノブを回す。
「……嘘だろ、ドアが開かねぇ! 外からスマートキーの制御をロックされてます!」
セナも窓に駆け寄って確認する。
「窓もダメ! 3階の外壁シャッターが非常モードで降りてきてる!」
リサはこの状況を冷静に分析する。
「ブレーカーの自然落ちではありませんね。外部からの意図的な給電停止と遠隔施錠です」
カタカタカタッと、薄暗闇の中でノアの魔導端末だけが青白く発光する。
ノアが眼鏡のブリッジを押し上げ、キーボードを電光石火のスピードで叩き始める。
空中に展開された立体モニターに、本校舎3階を取り囲むトラフィックと監視カメラのハックログが滝のように流れる。
「学内LANのファイアウォールを突破されました。侵入元は2階の第2パソコン室。……仕掛けてきたのはパソコン部、科学部、新聞部からなる【文化部知性派連合】です」
同時に、部屋の隅にある給気ダクトの隙間から、シューッ……と無害だが視界を真っ白に染める「科学部特製のカラー発煙筒」の煙がじわじわと吹き出し始める。
「うわ、ダクトから煙が出てきた! 科学部のやつら、発煙筒投げ込んで視界奪う気かよ!」
セリアが優雅にハンカチを口元に当てて分析する。
無害な着色グリセリン煙幕ですわね。毒性はありませんが、視界を完全に遮断するつもりですわ」
へー!!今度はそう来るんだ!!
私は目をキラキラと輝かせて不敵に笑う。
「筋肉の次は頭脳戦ってわけね! 配電盤落として電子ロックで閉じ込め、煙幕張って裏からダクト経由で腕章を回収する作戦かしら?」
机の上に置かれた『黄金の腕章』を、私はガッシリと掴んで掲げる。
「さあノア、どうする? 部屋から出られないと防衛戦が手詰まりになっちゃうけど?」
ノアの瞳のハイライトがスッと細まり、画面の青い光を反射して冷徹な光を宿す。
「問題ありません。……僕の管理するネットワークに、市販のツールごときで土足で踏み込んできた報いを受けてもらいましょう」
タクトはノアの冷たい横顔を見てドン引きしてる。
「……うわ、ノアの目が完全に『ハッキング結社の首領』の目になってる……。相手、ただの高校のパソコン部だぞ……」
「一般生徒相手ですから、機材は壊しません。……ただ、トラウマになる程度の『怪奇現象』をパソコン室へプレゼントしてあげます」
ただの一般生徒によるネットワーク侵入に対し、国家最高峰の電子戦能力を持つノアが、手加減なしの「お仕置き」を起動する瞬間だ。
ノアがエンターキーを静かに『ッターン!』と叩き込む。
第2パソコン室には、20台以上のデスクトップPCやノートPCがずらりと並び、薄暗い室内を液晶の光が照らしている。
中央の席でキーボードを高速タイピングするパソコン部長と、メガホンを片手に指示を出す新聞部長。
画面には、生徒会室前の砂嵐の監視カメラと、裏口ダクトへ向かう科学部突入班の進行ルートが表示されている。
「ふふふ、勝ったぞ……! 生徒会室のスマートロック施錠完了、空調給気口もハック成功だ! 腕力バカの生徒会め、頭脳戦ではウチの敵ではない!」
「突入班、黄色い煙幕を焚きながらダクトから侵入しろ! 日没まであと25分、黄金の腕章を回収すれば、新聞部の部室拡充と予算倍増はウチらのものだーっ!」
「「おおおおっ!!」」
突如、室内にある20台以上のPCから「ビビビビッ!」と凄まじい電子警告音が同時に鳴り響く。
画面に表示されていた制御マップや監視カメラ映像が一瞬で砂嵐へ崩落する。
代わりに、漆黒の背景に眩い青藍色の文字列(原初術式コード)が滝のように凄まじい速度で逆流スクロールを開始する。
マウスもキーボードの入力も一切受け付けなくなり、部屋中のスピーカーから「ピーーーッ」という鋭い高周波ノイズが響く。
「なっ……!? なんだこのトラフィック!? 外部から逆探知されてる……!? バカな、ウチのファイアウォールがコンマ2秒で消し飛んだぞ!?」
「画面が言うことを聞かない! キーボードがロックされた! 電源ボタン長押ししても切れないぞ!?」
「落ち着け、LANケーブルを物理的に引っこ抜け! 遮断すれば――」
パソコン部長が床に這いつくばってLANケーブルに手を伸ばそうとしたその瞬間。
目の前の液晶画面が、まるで水面のように波打ち、青白い燐光を噴き上げる。
ボフンッ!という不思議な破裂音とともに、液晶のガラスを突き破るようにして、青白い幾何学光条で編まれた『実体化した光の腕』が現実世界へズボッと飛び出してくる。
飛び出した青い手は、怯えて固まるパソコン部長の顔面へスッと伸び、その瓶底眼鏡のブリッジを親指と人差し指で「クイッ」と優雅に押し上げる。
さらに周囲の机でも同じ現象が多発する。
キーボードを叩こうとする新聞部長の手首を画面から生えた青い手がガシッと掴んで机に固定し、科学部員のマウスをヒョイと取り上げてゴミ箱へポイと捨てる。
パソコン部部長は目の前数センチに浮かぶ青い腕を見て、顎が外れそうに硬直する。
「……ひ、ひぃ……っ!? が、画面から……手が生えて……俺の眼鏡を直して……る……!?」
「ぎゃああああああああっっっ!! 手首掴まれた! 離せ! 離してくれぇぇぇ!!」
「オカルトだぁぁぁっ! 電脳ポルターガイストだぁぁぁっ!! 物理法則どこ行ったんだよぉぉぉっ!!」
パニックで絶叫する文化部員たちをあざ笑うかのように、20台のモニターが一斉にパチッと切り替わる。
画面いっぱいに映し出されたのは、前日セナが激写した『満面の笑顔で親指を立てるアイラ会長の特大ドアップ写真』。
全スピーカーから、ノアの感情を排した冷徹なアナウンスが響き渡る。
『――不法アクセスログを全件記録。以後、生徒会ネットワークへの侵入を試みた端末は、壁紙を永久に会長の写真に固定します』
「悪魔だ……! あの1年書記、人間じゃねぇぇぇ!!」
「突入班に連絡しろ! 作戦本部は壊滅だ! 正面突破しろォォッ!」
完全に戦意を喪失した文化部員たちが、椅子を蹴倒して我先にと第2パソコン室の扉から逃げ出していく。
電子戦部隊の悲鳴を聞きつけた非常階段のダクト突入班(科学部約20名)が、「こうなったら力押しだ!」と発煙筒を手に生徒会室裏口へ駆け上がってくる。
カンカンカンッ!と非常階段の鉄板を踏み鳴らし、科学部と新聞部の男子生徒約20名が3階連絡通路へ駆け上がってくる。
科学部の先頭部員が、シューシューと激しい音を立てる「黄色と紫のツイン発煙筒」を廊下へ投げ込む。
あっという間に連絡通路が濃密な着色煙幕で覆われ、視界が数十センチ先も見えない状態に。
「本部がパニックになってるが構うな! 煙幕で目隠しは完了したぞ! このまま生徒会室の裏口ドアを蹴破って腕章をぶんどるぞォッ!」
「うおおっ! 特製煙幕の中で誰が生徒会室に入ったか分かりゃしねぇ! 腕章を取ったもん勝ちだーっ!」
インカムから聞こえるパソコン部長たちの「手が生えたァァ!」という絶叫をノイズと勘違いした突入班リーダー(科学部副部長)が、モップの柄を槍のように構えて叫ぶ。
ドアの内側で腕甲を構えるタクトが
「うわ、黄色い煙がドアの隙間からモクモク入ってきてる! リサ先輩、俺が偏向障壁で風起こして押し返しますか?」
と聞くが、リサは至って冷静に答える。
「不要です。……校内での火気使用、および無許可の煙幕散布。生徒指導部として、看過できませんね」
生徒会室の机に置かれたマイクを、リサが手袋越しに優雅に引き寄せる。
カチリ、と放送スイッチをオンにした瞬間、裏口連絡通路の天井スピーカーからリサの凛とした澄み切った美声が響き渡る。
『――校内規約第8条、構内における火気・危険物の無許可使用。並びに生徒指導部通達・廊下での危険歩行』
「げっ!? 放送スピーカーから副会長の声が……!?」
『頭を冷やしなさい。【局所冷却処分】を執行します』
リサの左手から、冷涼な青白い冷気パルスが壁の配線コードへと音もなく浸透していく。
スピーカーから流れる声の振動そのものに、リサの無詠唱氷結術式が上乗せされる。
『ピキピキピキッ……バリバリバリバリィィィッッ!!』
スピーカーの「処分を執行します」の合図と同時に、連絡通路の床板が一瞬で白銀の霜に覆われる。
床面から、ガラス細工のように透明で鋭利なミニ氷柱がニョキニョキと無数に急成長する。
煙幕の中をダッシュしていた20名の足元めがけて氷が走り、スニーカーやローファーの靴底だけを地面の床板へ完璧にカチコチに氷漬けにして縫い止める。
走っていた勢いのまま上半身だけが前に持っていかれそうになり、全員が「おっとっとっと!?」と変なポーズで急停止。
「うわっ!? と、止まった!? なんだこれ、足が地面から離れねぇぇぇっ!?」
「えっ、床が凍ってる!? なんで!? 今5月だぞ!? なんで廊下がスケートリンクになってんだよ!!」
「靴が……靴底がガチガチに床と一体化してる! 脱げない! 引っ張ってもビクともしねぇぇぇ!!」
「ひいぃぃっ! 局所的氷河期だーっ! どんな超冷却ガス撒いたんだよ生徒会ァァッ!!」
足首から上は全くの無傷で自由なのに、両足の靴裏だけがコンクリートに溶接されたかのようにビクとも動かない。
裏口ドアがガチャリと静かに開き、リサが姿勢正しく廊下へ歩み出てくる。
タクトが後ろから換気扇を回し、煙幕の黄色い煙をあっという間に屋外へ吸い出していく。
晴れ渡った廊下に現れたのは、足元を氷漬けにされて変なポーズのまま固まる20名の男子生徒たち。
リサは手にした保温トレイから、購買で買っておいた「温かい缶ココア」を一本ずつ、ガタガタ震える生徒たちの手に優雅に手渡していく。
「はい、ホットココアです。冷えた身体を温めなさい」
科学部副部長は缶を受け取りながら涙目で
「あ、ありがとうございます副会長……って、そうじゃなくて! これどうやって解くんですかぁぁぁ!!」
と叫ぶ。
「日没の演習終了チャイムが鳴れば、自然と解凍されるよう調整してあります。反省しながらそこで大人しくしていなさい」
タクトは後ろから見て額に手を当てる。
「……画面から腕が生えるわ、廊下が突然マイナス20度になるわ……。もう言い逃れできないホラー物件っすよウチの生徒会……」
私は室内からひょっこり顔を出して親指を立てる。
「いいじゃない、これで文化部連合も完全無力化完了ね!」
運動部に続き、頭脳派の文化部連合も怪我人ゼロで完全制圧。
裏口連絡通路で氷漬け(靴底固定)になった文化部員たちに温かい缶ココアを配り終え、生徒会室へ戻ってきた一同。
ノアが端末の遠隔操作で第2パソコン室のフリーズを解除し、リサが手帳に「文化部20名、鎮静完了」とチェックを書き込む。
タクトはソファの背もたれにドスンと倒れ込み、両手で顔を覆って深いため息をつく。
「画面から青い腕が生えて眼鏡直すわ、廊下一面がマイナス二十度のスケートリンクになるわ……。もうオカルト物件の言い訳すら通用しねぇっすよウチの生徒会……」
ノアは眼鏡を指先でクイと押し上げて言う。
「機材の破損はゼロ、人的被害も軽微な足元の冷えのみです。合理的かつ非殺傷の制圧でしたよ」
私も胸を張って満足げに笑う。
「そうよ! 怪我人ゼロなんだから大勝利じゃない! さあ、日没まであと何分!?」
リサが壁の時計を見て言う。
「残り15分です。……ですが、演習の最終盤、最も厄介な時間がやってきます」
ドスンドスン……!と、中央階段の吹き抜けから校舎全体を軋ませるような重低音が這い上がってくる。
運動部の別働隊、文化部の残党、そして一般生徒たち有志、総勢数百名が中央階段の踊り場に集結しつつある地鳴り。
ノアの立体モニターに、階段を埋め尽くす大量の熱源反応が赤く点滅する。
セナが窓枠から廊下を覗き込んで口笛を吹く。
「うっわ……! 残った連中、全員中央階段に集まってきてるよ! ラストスパートで数で圧殺する気満々だね!」
「いい度胸じゃない! 最後は全員まとめて相手してあげるわ!」
タクトは起き上がって腕甲を構える。
「はいはい、最後は俺の偏向障壁でピンボールにして全員おねんねさせりゃいいんでしょ――」
タクトが防壁を張ろうと一歩踏み出したその瞬間。
生徒会室のガラス窓がビリビリと激しく震え、学園上空の大気が強烈に爆縮する轟音と暴風が吹き荒れる。
「な、なんだぁぁっ!? 空から爆音が――!?」
「窓の外見て! なんか超豪華な空飛ぶ馬車が突っ込んできたんだけど!?」
「あれは……公爵家の紋章……!?」
私は窓に駆け寄り、目を点にして固まる。
……う、嘘でしょ……? まさか……
茜色に染まる夕暮れの空を突き破り、雲を切り裂いて出現したのは――
ヴァルハイト公爵家の純白の紋章を掲げ、巨大な光の翼を羽ばたかせる二頭立ての『白銀天馬馬車』
生徒会室の窓の真正面、わずか十数メートルの至近距離でホバリング急停止する。
天馬馬車の御者台に、白銀の全身甲冑を纏った長身の美男子が仁王立ちしている。
赤髪を夕風になびかせ、その双眸は「愛妹を暴徒から救い出す」という狂気じみた決意で血走っている。
ギルバート・フォン・ヴァルハイトその人だ。
「――待たせたな、アイラァァァッ!!」
「千名の暴徒に囲まれ、孤立無援で耐え忍んでいたお前の無念……この兄が、我が剣にかけて雪いでみせるッ!!」
「反徒どもよ、我が愛妹から離れろォォッ! 妹の平穏を脅かす者は、このギルバートが一人残らず両断してくれるわァァーーッッ!!」
ギルバートが馬車を蹴り、窓を突き破る軌道で空中ダイブを開始する。
私は窓枠を掴んで頭を抱え、絶叫する。
「お兄様バカじゃないのぉぉぉぉーーっ!? これただの学校の演習だから! 剣をしまいなさい剣をぉぉぉっ!!」
タクトも白目を剥いて叫ぶ。
「帝国最強の剣士が一般生徒相手に魔導剣抜いて突っ込んできたぁぁぁ!? そっちの味方を止めろーーっ!!」
中央階段から押し寄せる全校生徒数百名の総突撃と、窓の外からガチ武装で突入してくる勘違い最強シスコン兄。
外も内も完全に阿鼻叫喚の地獄絵図と化す中、演習のクライマックスだ。
ごめんギルバート兄様、ネタ枠にして。
リサさえもノリノリな第9章です。
タクトの胃痛が悪化します。




