第53話 荷馬車の重さに潜んでいたもの
最終日の朝。馬車の準備は完了済み。
昨日中に作物は積み込まれていて、あとは出発を待つばかりになっていた。
先頭の馬車には商会の責任者とお偉いさん、作業の責任者を務めたフェルハートが乗り込む。護衛に『暁の守護者』の面々が分乗しているものの、荷馬車に搭乗するのは御者のみ。貴族の移動と異なり、馬車五台のみの質素な隊列である。
今はまだ出発前。
馬車を引く馬を世話する人や荷物が崩れないかチェックする人などが周りを取り囲み、どこもかしこも多くの人でごった返している。
「こんなに人が来るとは思ってなかったよ」
「まあ、お偉いさんがくるんだからお付きの人もいるし、馬の世話をする人も普段は顔を合わさないからね。それが一堂に会するとなれば、こうなるのも仕方がないよ」
「ふーん、アルンは随分詳しいんだな」
リュークはこんな状況なのにどうして落ち着いているのかアルンに尋ねたが、その理由は的確にしかも当然のように答えられ、冒険者として差をつけられているように感じた。
最後にアルンに言ったのは、半分は悔しく、もう半分は羨ましい一言だった。
だが、今回に限りそれは間違いだ。
元々アルンの家は商家であり、両親に連れられて別の町に行くことも多く「商隊を組むとなれば人でごった返すのは当たり前」という認識。いわば見慣れた風景だったのだ。
そして、その経験は今日の商隊が荷物を運ぶ際の常識から逸脱していることも一目で見抜いていた。
「あそこまで頑丈な馬車を用意するのはなぜなんだろう?」
「何かおかしな点があるのか」
「ああ、だって積荷はトマトだよ? 積み重ねると潰れちゃうから、どうせそんなに積めるはずないんだ」
「じゃあ、トマトの箱を丈夫にすればいいじゃないか」
「そうすると箱代が高くつく。箱だけ返してくれ、なんて言っても誰も聞いてくれないからね。トマトの重量に対して、あの巨大で頑丈な車輪は完全にオーバースペックなんだ。それに……」
話を続けようとしたところにロデリックが割り込んできた。隣にはベルナールもいる。
「ほお、面白そうな話をしてるな」
「話を続ける前にこれを」
右手の腕輪に手を当てる。キラリと光り結界魔法が展開。即席の盗聴防止である。
これからする話を聞かれない方が良いと彼は判断したのだ。
周りの喧騒が小さくなる中、ロデリックは周囲を警戒。
ベルナールが話をうながす。
「続きをどうぞ」
「ええ、あれだけ堅牢な馬車を使うこともですが。それ以上に、荷台が変なんです」
「と言うと」
「トマトだけではあそこまで馬車が沈み込むはずがありません」
「そう言うことですか。これは決まりですね」
「おー、お手柄だ! アルン」
ロデリックはアルンの頭をクシャクシャと乱暴に撫で、隣でリュークは「凄え」と言っている。
ベルナールはすぐにフェルハートに伝えようとしたが、カイにもう一度確認することにした。
「他に何か聞いてないか?」
「そういやあ、サラサがトマトを運ぶのに腐敗防止用の草を大量に使うのは意外だとか……」
それを聞いた優馬はベルナールを止める。
重すぎる馬車と強すぎる腐敗防止。
果てしなくイヤな予感があった。
「ベルナール。全員を馬車の近くに張り付かせて下さい。フェルハートのところには僕が行きます」
優馬は先頭の馬車に走っていく。
だが、馬車のドアを開けようとしたところで、人にぶつかってしまった。
「あっ、すいません」
「いや、構わんよ。出荷でごった返しているからね。ぶつかるぐらい当たり前さ」
今まで見たこともない人物……いや、一度だけ見たことがあるような気がする。格好からして貴族に違いないが、どういう人物か直接聞くわけにもいかない。しかも、周りにいるお付きの者も十人以上。全て馬に乗っている。
もし、この連中が隊列に絡んできたら……
こうなっては仕方がない。
こんな大勢のいる前では、いくら影実行と言えども安全とは言えないが、一がバチか。
優馬は賭けてみることにした。
(リーヴァス・アルタ)
見えた! 結果は黒。真っ黒だった。
(フィン、まずいぞ。ここでは何もないと思っていたが、そう甘くはなかったみたいだ)
(どう言うことだ。説明しろ。あの貴族に何が見えたんだ!)
(あの貴族もお付きの連中も全員凶悪犯だ。恐らく、馬上の連中は隊列に同行するつもりだ。このまま計画通りに進めるのはまずい)
今回、商隊を丸ごと捕まえる作戦の根幹は「人の多いところを避ける」ことである。
出発までごったがえす農園を避け、荷物を検め悪事を暴くのは一回目の休憩場所。
そこなら『暁の守護者』に加えてギルドからの派遣組、さらには『エリシオンの灯火』も加わって、数的に優位に立てるはず。
商会の動きは完全に把握しており、休憩地に向かう余剰人員がないことは確認済みだった。
ところが優馬が今掴んだ情報。想定外の敵である馬上の連中である。
この貴族配下の連中が隊列に付き添った場合、休憩地でのパワーバランスは奴らの方に大きく振れることになるのだ。
優馬は急いで、フェルハートの元に走った。
「すいません。急用がありまして」
「なんだね。君は? これから出発なんだ。ここには商会のお偉いさんもいるのだよ」
「あー、すいませんねー。実はフェルハートさん……」
怒っている商会の人間を無視して、今知った事実を話す。
みるみるフェルハートの顔色が変わり、懐から何かを出して空中に投げた。
ウォォォォン
警報の魔道具が作動し、冒険者たちが全員駆け寄ってくる。今投げたのは馬車の積荷改めをするという合図だったのだ。
「何をしたんだ。これから出発という時に! ここで騒ぎを起こしたらどう言うことになるかわかってるんだろうな」
「わかってますよ。ですからやるんです」
抗議する商会の人間を意に介さず、大声で宣言する。
「これから馬車の荷物改めを行う。我々『暁の守護者』、『エリシオンの灯火』の冒険者以外は馬車から離れろ」
冒険者のうち半分は積荷をひっくり返し、中を調べ始めている。もう半分は抜刀し盾を構えて、襲ってくる者がいないか見張りついた。ここだけ見たら冒険者たちの方が悪人だ。
馬車の周辺は大混乱である。すでに数人が冒険者に向かって行き、打ち倒されていた。悲鳴が上がり、大半の人夫と商人たちは逃げ出していく。もちろん、全員というわけではなく、遠くの建物の影に隠れてこちらを伺っている者もいる。
(フィン。貴族とお付きの連中を抑えてくれるか)
(もうやっている)
一瞬の認識阻害。
冒険者が馬車に取り付くまでの
貴族とお付きの者たちは出遅れた。
それを苦々しい顔で見ているのはゼラードである。
「まずいな。ここで証拠を押さえられるわけにはいかん。おい、グラントス。これを使え」
「まさか! これをやるんですか? 奴らを手にかけたら冒険者ギルドを敵に回しますよ」
「構わん。あれが見つかればどの道終わりだ。お前も捕まれば牢から出られやしないんだぞ」
「チッ! とんだ貧乏くじだ」
グラントスはゼラードに渡されたオーブを見た。
大規模爆裂魔法のルーンが刻まれたそのオープは強く握るだけで周辺一帯をふき飛ばす威力がある。証拠を掴まれるわけにいかないゼラードは、あの三台の荷馬車の中身を何があっても確認させるわけにはいかなかったのである。
もちろん、そのオーブを使った者が生き残ることができなかったとしても。
「ブレンダ!」
「なんだい。これ以上ヤバい話に乗る気はないよ」
「そんなこと言っていいのか。お前にも後ろ暗いところがあるのはわかってるんだぞ」
「……何をすればいいの」
「ヴァルマンに ”日の当たる場所でトマトを剥くな” と言え、そして俺のところに来るように言うんだ。その後お前がこへ行こうと構わん」
「それはっ! ……わかったわよ」
それからブレンダはヴァルマンに近づき、耳元で何かを囁いた。するとヴァルマンの様子が変わった。明らかに目の光が虚になり魂が抜けたような様子でグラントスのところに歩いてきた。
「おれは…何をすれば…いい」
「よし、来たわね。これをそっと持って。そっとよ。それからあの並んでる馬車の四台目まで行ってからきつくにぎるの」
「四台目…きつくにぎる…」
ヴァルマンはのろのろと馬車に近づいていく。
それに最初に気づいたのはカイだ。
「おい。近づくな」
「四台目…きつくにぎる…」
「なんか様子がおかしいぞ。コイツ」
リュークとレオンが駆け寄っていく。カイと3人でヴァルマンを止めるつもりだ。あの怪力にはそうでもしないと対抗は無理だからだ。だが、それをミリアが止めた。
「ダメよ。あれは豪爆のオーブ、巻き込まれたら辺り一体吹き飛ぶわ。逃げてーーーー」
「よし、おいこれ借りるぞ」
「やめろ、カイ。そんなもんで防げる代物じゃないぞ!」
カイが優馬のバックラーをひったくってヴァルマンの前に飛び出した。そこはもう4台目の馬車の目の前だ。こうなってはもう誰も近づけない。もし爆発したらヴァルマンはもちろん、カイも助かるすべはない。
しかし、冒険者たちは諦めない。サラサはカイ自身に身体強化のバフを。ミリアはバックラーの直前にゾーンの盾を包むように展開。フィンは魔法の位相を変更し、爆風を上方にずらした。
三者三様の魔法がカイを守ろうとしたが、それで十分とは決して言えない。ヴァルマンが右手を前に出し、カイがバックラーを構えた。
そしてオーブを握りしめた瞬間、大爆発が起こった。
ドォォォォォォォォォン
そこにはヴァルマンはいなかった。おそらく爆発の中心で蒸発して遺体も残らなかったのだろう。それに対し、カイの姿はあった。だが、荷馬車に叩きつけられ、大量の血に塗れた彼にもう息があるとはとても思えない。本当なら影も形もなくなるはずのあの位置で、遺体だけでも残った方が奇跡なのだ。
確かにミリアがバックラーにかけた魔法はよくあの爆風に耐えた。サラサのかけた身体強化は吹き飛ばされたカイをバラバラにすることはなかった。そして、フィンの魔法はそのほとんどの爆風を上方に方向変換することに成功していた。
そして、その甲斐もあって、カイが身を挺して守った荷馬車は無事であった。
「「「「「カイィィィーーーーーーー!!!」」」」
「あーーーーー。カイが死んじゃったあぁぁぁぁ」
カイは血まみれのまま動かない。誰もが近寄れる雰囲気ではない……と思われたところでレオンがつかつかつかと寄っていく。そして、真っ赤に染まったカイをくんくんと嗅ぐと。
「ウッ、トマトくさ」
するとカイはうっすらと目を開ける。
「なんだよう。レオン」
「「「「ウオォォォォォ〜、カイィィィ」」」」
みんなが駆け寄って行く。その横でレオンがつぶやく。
「やっぱ生きてたか」
遠巻きにしていた人夫や商人は未だ遠巻きにしているものの、恐る恐る戻ってくる。そんな中、冒険者たちは周囲はめちゃくちゃになっていた中、無事であった荷馬車を確認して行った。
「ありました。忘却草です。これ末端価格で、商会の年間売上五年分にはなりますよ」
「その下の箱はなんだ?」
「……死体です。死体がぎゅうぎゅうに詰め込まれて」
その後は、大変な騒ぎになった。死体はかつてここで働いていた人夫のうち、行方不明になったものたちであった。遺体の周りには特殊な石が積み込まれており、これが消臭の役目を果たして腐臭を防いでいたのだ。ただし、その重さがこの犯罪を露見させた。
全ての調査が終わった。
ゼラードと会長のグレゴリオ・ドレノイアが呼ばれ、フェルハートが死体について問いただした。
「………………」
「私は知らん。なんでこんなことが……」
「知らないわけがなかろう」
「いえ、会長は知らないと思いますよ」
ゼラードは黙秘し、会長は何も知らないと言った。フェルハートが追求したところで、一人の老人が近づいてそういった。
「バルド、お前は知っていたのか」
「はい。私は全てを知っていました。ゼラード坊ちゃんがしていることを止められず申し訳ありません」
「なんということだ」
会長の相貌は一瞬にして変わり果てていた。いきなり老け込んでしまったかのようだった。
結局、ゼラードは「こんなジジイがいるから」とか「俺に対する仕打ちへの報いだ」などと言ってはいたが、事件については何も喋らなかった。
後日、ギルドからあらためて調査が入り、ドレノイア商会の組織的な麻薬の非合法大規模栽培と販売。大量の人夫を迫害及び殺人、さらに麻薬による中毒患者多数というとんでもない罪状が明らかになった。特に今まで栽培途中で暴れだして死亡した人夫の遺体を冒険者の護送付きで運び出せるチャンスと見ていたことが仇となった形だ。
フェルナールは今日の迎えるにあたり何度となくギルドと相談をしていた。
すでに調査を進めていたベルナールが集めた書類により証拠は十分であるが、言い逃れを許さないために現行犯逮捕が絶対の条件というのが両者の共通の見解だった。しかし、行方不明の遺体まで抑えることができるとは考えていなかった。
まさか、これだけの遺体があり麻薬中毒患者を出していたとは完全にギルド側の予想を超えており、被害に対する賠償がどれくらいになるのかはまだ算出もできない有様であると言う。
ともあれ、この事件の解決は大きなニュースになり『エリシオンの灯火』の初めての中級仕事は大成功を収めたのだ。今回の影の1番の殊勲者は優馬であったが、秘匿すべきステータス魔法の件もあり、その栄誉は別のものに与えられた。
「へへ、俺が一番の功労者だぜ」
「何言ってんだカイ。お前、百回死んでもおかしくないぐらい危ないことしたんだからな」
「そうよ。次に無茶したらゾーンの盾が間に合うかわかんないわ」
「なんだよ。俺が責められるのかよぉ」
ギルドではしばらく『暁の守護者』、とりわけ特別栄誉の表彰を受けたカイの話題で持ちきりだった。
「いいの? 優馬」
「構いませんよ。そう言えば、エルフィナさん。あの時にはお世話になりました」
「ああ、あれね。分析は大変だったけど、結構楽しかったわよ……移動が大変だったけど。顔を見られるわけにいかなかったし」
「なんか幽霊騒ぎになってたんですよ。ローブで隠して高速移動してたでしょ」
「走っているように見せてたつもりなんだけどね」
小屋に調査結果を急いで持っていく際に、上空を飛んでいくわけにもいかず体を浮かして移動していたらしい。
「おう。お前らか。本当に世話になったな。優馬は大活躍だったしな」
「いいえ。フェルハートさん。僕は最後のアレが悔しくて……」
「あの貴族か。まあ、作業してた時は一回も顔を出さなかったんだから仕方がないさ」
「でも、資金的に苦しいのは知ってたんですから、バックの存在を考えるべきでした」
「まーな。それで………どうだ。初めての中級依頼の感想は」
「楽じゃないですね」
そう言ってギルドの椅子に腰掛けたままノビをして、フーッと息を吐いた。フェルハートは「それは違いねーな」と言って、カウンターに歩いて行った。
そろそろ酒場がオープンする時間だ。今日ばかりは睡眠薬を気にすることなく、思い切り飲める夜なのだった。




