第51話 最終日前夜(1)
今回の依頼は、明日最終日を迎える。
途中、ヴァルマンと人夫の一件はあったものの、それ以外は大過なく日程を消化していた。
争っていた二人も作業に復帰し、あとは収穫作業を残すばかりである。
収穫物の出荷は明日。
『エリシオンの灯火』は、積み込みを終わったところでお役御免。現地解散である。
「優馬、眠そうだねぇ。昨日も探ってたの?」
「おはよう、アルン。まあ、そんなとこ。ここ『ローデスメイト農園』って名前じゃん。経営者のローデスメイトさんはどこにいるのかな、って思ってさ?」
「そんな人はいないよ。農園の名前は農園長がつけたらしいよ。経営は『ドレノイア商会』が一手に行なっていて、会長室がここにもある」
「へぇー、そうなんだ。覗いたの? 何か面白いものあった?」
「ドレノイア会長の古い写真が一枚。親子で写ってた」
優馬は「子供。子供……ねぇ」とひとりごちた。
そして、歓迎の挨拶の時以来気にしてもいなかった農園長バルドのことが気にかかっていた。
すでに収穫は終盤。あとは、工夫たちが、出荷個数を確認している状況である。
「それで、この野菜。どこ行くんだっけ」
「ランプ・トランシト」
「どこそれ?」
「カルディアを出て、北西にしばらく行ったところにある大きなドレノイア商会の集積場だよ。明日、ここを馬車で出てからは『暁の守護者』が護衛任務につき、商会の集積場まで行くって依頼書に書いてあったでしょ? 本当にどうしたの」
「ふぁあ……。もう眠くって」
アルンは処置なし、と言わんばかりに手を広げた。
夕方からお別れパーティーが開かれた。
人夫たちにも商会側から酒と料理が振る舞われ、夜遅くまで宿舎は賑やかであった。
しかし、それも日が変わるまでには終わる。
翌日は出荷が控えているのだ。
農夫たちは前日までの激務があり、早めにベッドに入るもの、部屋に入ったところで大の字になっていびきを掻いているもの。さらに、部屋にたどり着く前に酔い潰れてそこかしこで寝こけていた者もいた。
冒険者たちは一人また一人と酒宴を抜け出していく。
最後の追い込み作業は厳しく、早く休むものがいたとしてもおかしくはなかった。ただ、お開きになる頃には、農園の宿舎にいるのは雇われた人夫たちのみ。
もちろん、マークすべき人物には若手と女性メンバーで、酌をし肴を勧め、飲み潰しておいたため、その不自然に気がついたものはいなかった。
彼らが向かった先は、あの事件の夜に集まった農園の外にある掘立小屋だ。
全メンバーが揃っているので、狭い小屋はギュウギュウである。
フェルハートが話を切り出した。
「狭いとこ悪いな。話に入る前に、お前たちは大丈夫か? 特にロデリックとサラサ」
「大丈夫なことあるかよ。ったく、ロクでもないモノを盛りやがって」
ロデリックはそう吐き捨てた。
実は商会が用意した酒には、質の悪い睡眠薬が入っていたのだ。
何か仕掛けてくると予想していたフェルハートは解毒薬を用意していた。
だが、耐性があるロデリックとベルナールには、それを飲まずに酒をあおったのだ。
「済まなかった」
「大丈夫ですよ。久しぶりにやりがいのある仕事ができて俺も嬉しいんですから」
ロデリックを気遣っているのは、今回の仕事が長期療養中から復帰だったからである。
実際、酒に入っていた薬はタチが悪く、解毒薬を飲んでもサラサは体調がすぐれなかった。
さっきまで部屋の隅にみかん箱を並べた即席ベッドで休んでいたのだ。
「サラサさん、大丈夫ですか。解毒の治癒の祈りを……」
「ミリアさん、ありがとう。楽になったわ、もう大丈夫」
どうやら今後の予定に支障はなさそうだ。
ここからが本題である。
「この酒もあの麻薬と関係があるの」
「ええ、麻薬を作るのに失敗した時の副産物の一つです。解毒薬を飲んでも影響が残ることがあります」
商会は本気だ。
わざわざ麻薬がバレる危険を冒してまで、こんな睡眠薬を使うとは。
「ケリをつけにきてるんじゃないんですか。今夜のうちにブツを運び出す可能性は?」
「それは大丈夫だ。見張りから報告があった。箱詰めはしたが、そのまま出荷待ちになっているらしい」
そこまでで、一旦話を切ったフェルハートは一同を見渡して。
「お前ら何をやった。報告を聞こう、まずは優馬から」
「グラントスが戻ってきました。至って普通で、ステータスをかけた時のような神経質さはなくなっています」
「おかしな様子はないか。では、ゼラードはどうだ」
「残念ながらステータスを見ようとすると必ず邪魔が入り……」
フェルハートは「敵の本丸だからな。仕方がない」と言って、話を打ち切った。
次は、アルンである。
「今日はグラントスをマークしてました。酒の席でお酌をしてやりました。想定通りです」
「だが、奴があの酒を飲むわけがないだろう?」
「そりゃもう、ぐっすりと。事前に奴の酒をすり替えていたもんで」
「先にそれを言え」
「すいません」
笑いが起こった。
ずいぶん簡単に引っかかってくれたものだ。
「となると、気になるのはドランだな」
彼が商会の手駒であることは最初から丸わかりだった。
冒険者たちはドランを泳がせておき、冒険者たちが商会を探っている様子を包み隠さず見せていたのだ。
おかげで、奴らはドランをこちらを探る切り札としていたらしい。
「ドランに対しステータス魔法は通りました。あの男は小心者で、上司に自分の失敗を報告できないタイプです。今晩のことを聞かれても『ちゃんと見張りはしていた。問題はなかった』というに違いありません」
「そこまでわかるのか。本当に優馬の力は侮れんな。で、ドランは今、どうしてるんだ」
「そりゃ、ぐっすりと」
酒の席では目立たないように隅にいたドランだったが、ミリアの灼で舞い上がり盃を重ねて、今はすっかり夢の中である。
「奴らが動けなかった理由はそれか! 優馬とアルン、良くやった」
フェルハートは満面の笑みで、冒険者たちを労った。
だが、それで終わりとはいかない。
「お前たちの働きには満足している。だが、主犯が誰なのかが今だにわからん。何かないか」
うーん、と考え込む一同。
その中で控えめに手を挙げる者が。
「おっ、ロデリック。何かあるか」
「大したことないんですがね。この農園のトマト収穫量はは大したことないのに、馬車と出荷用の箱が多すぎるんじゃないか、と思いまして」
「いや、重要なことだ。確かにそうだな。もし、そうならどれくらい空き箱ができると思う」
「はい。ぎっしり入れたら、一番上以外は不要なはずです」
大量に余る空箱は何のために――
どうにも噛み合わない頭の中のピース。
そこで、優馬が手をあげた。
「関係があるかはわかりませんが、実は一つ仮説があります」
「いいぞ。言ってみろ」
全員の注目が優馬に集まった。
終了予定の会議は、もう一つの山を迎える。




