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第50話 忘却草

 グラントスは姿を消す直前、三班の班長に変更になった。

 変更になった直後はにこやかに冒険者たちと接していたのに、一週間を過ぎた頃から出勤が不定期になり、ついには連絡がつかなくなった。


 その理由は優馬にあるのだが、もちろん人夫たちには秘密である。



「最近、グラントスさん、おらんな。三班の作業は誰が見てるんだべか」

「ああ、それなら代わりの人が商会から来てるから大丈夫だと思いますよ」


 人夫の疑問にレオンはそう返した。

 そのうち知れ渡るだろうが、今、失踪の件を人夫に話すわけにはいかない。



 商会がどう出てくるかを見る絶好の機会だからである。


 ベルナールは「グラントスが最近、農作業に参加していないようだ」と報告。

 それに対し、商会は班長の離脱について詫びを入れ、代わりに人をよこすと言うのだ。


 対応としては、普通だが、逆に言えば ”普通すぎる”。

 あれだけ、冒険者を警戒していたのに。



 代わりに来たドランという男、仕事に慣れず現場に支障が出ていた。


「結局、俺たちが尻拭いかよ。レオンも三班に行ったっきり戻ってこないし」


 カイのボヤきが止まらない。

 もちろん、優馬は体調不良で今日も宿舎でお休みである。



「お茶が入ったわよー」

「よーし休憩」


 休止の声をかけたのはゼラードである。

 ドレノイア商会農園統括兼生産流通部長。


 普通ならありえないお偉いさんの来訪。

 ここで尻尾でも出してくれれば、と冒険者は手ぐすねを引いていたのだが……



 事件は朝十時の休憩タイムに起こった。

 サラサとミリアがお茶を用意して全員に配っているところ……。


「あれ、お茶が二つ余ってるわ」

「変ね」


 お茶をもらっていない人夫がいないか確認しようとしたその時。


 ゴガァァァン

「ギャァァァァァ」


 大きな物音と悲鳴が聞こえた。


「あれ一班の方だぞ」


 こんな時に限って責任者がいない。

 フェルハートがギルドに呼び出しを受けて不在なのである。



 カイとアルンが駆けつけてみると、一班の管理する物置小屋が潰れている。

 入り口だけは残っているが、三方の壁が外向きに倒れていた。


 中は丸見え。中には二人の男。両方とも一班の人夫だ。

 一人は怪我をしていて、もう一人と口論している。


 怪我をしている男は激怒していて、足を引きづりながらも相手に掴み掛かろうとしている。


「カイ、止めるぞ」

「ええっ、あいつをかよ」


 カイが腕を押さえにかかる。


「やめて下さいよ。ヴァルマンさん」

「うるさい。こいつのせいで! こいつのせいで!」


 ヴァルマンの持つでかい丸太を必死に止めるもズルズルと引きづられ。

 限界に達する直前、アルンが横から小突いてヴァルマンの重心をずらす。


「うおぅ」


 ズバーーン


 思わぬところから力を受け、バランスを失いもんどりうって倒れ、手から離れた丸太をカイが蹴飛ばした。



 一瞬の静寂の中、ゼラードが駆け込んでくる。


「何をしている!! ヴァルマン、お前か」

「違います、ゼラード様。悪いのはコイツですぜ。コイツのせいで足を折っちまったんです」


 ゼラードは二人を見て、首を振り「両方から話を聞こう」と言った。


 ヴァルマンは小屋が細工されていて怪我をした、と言い、指差された人夫は手を横に振り、自分ではないと主張する。

 埒が開かない。


 だが、説明のつかないことが……


「さっきから、聞いていておかしなことがある。この小屋に来た理由はなんだ」

「へぇ。お盆が足りないからここに取りに行くようにと」

「誰に頼まれたんだ」

「えーと………あれっ!?」


 人夫の様子が突然変わった。

 まるで今までどこで何をしていたかわからないようだ。


 しかし、それを苦しい言い訳だと取ったものがいる。


「ほら、やっぱりお前がやったんだ。最初からお前は俺を馬鹿にしていた。今日ここに来るのを知って小屋に細工したに違いねぇ」

「オラはやってない」


 人夫は無罪を主張した。

 しかも、ここに来たのは自分の意志ではない、と。


 だが、もしそうなら誰に頼まれたのか。それも言わないのはおかしい。

 どっちつかずの態度は自分を不利にするだけである。



 当の人夫はただ怯え、自分の運命が悪い方に向かっていることを思い蹲って泣き始めた。

 どこか知らない場所に連れていかれ、決して元の生活に戻ることはない、と。


 ここは ”呪われた農場” なのだから。



 人夫は容赦なく引っ立てられ連れて行かれる直前。

 アルンが押しとどめる。


「ちょっと待って下さい」

「なぜ止める。この者は理由もなくこの小屋に来ているし、ヴァルマンが怪我をしているのも事実だ」

「ですけど、この小屋に細工をしたとは限りません。第一ヴァルマンさんがここに来た理由はなんですか。それがわからないと人夫を疑うのは無理ですよ。これだけの事故です。簡単な細工で小屋を破壊することなどできませんから」


「ヴァルマン、ここには何をしに来たんだ」

「俺は、その……あの……」


 ヴァルマンの様子も変だ。

 彼もまた自分がここに何をしに来たのかをわかっていないようなのだ。


 だが、ゼラードはそのどちらにも触れず、煮え切らないヴァルマンの態度に舌打ちし「もういい」と言った。

 二人を二日間の謹慎処分にすることを申し渡し、その場は解散になった。


 アルンたちには、人夫の変調の理由には心当たりがある。

 エルフィナからの鑑定結果はまだ、返ってきていないが十中八九は麻薬だろう。



 そして、あの様子だとゼラードはそれを知っていたはずだ。

 だとすると、二人を解放したのが解せない。

 すぐに拘束して、どこかに連れて行くとアルンは思ったのだ。


「失敗したなあ」

「何を?」

「ゼラードの尻尾を掴むのを、さ」



 カイはアルンの物言いを恨めしそうに聞いていたが、倒れた壁の向こう側の木に隠れ、手でOKマークを作っているのは。

 ――優馬とフェルハートだ。


「いや、悪い悪い。実は――」


 ちっとも悪いとは思えない様子で優馬が何か言おうとしたが、それをフェルハートが遮った。


「おっとそこからはここではまずい。移動するぞ」



 四人は農園の外にある掘立小屋へ。

 中にはギルドで使ったものと同じ盗聴防止の魔道具が作動していた。


「グラントスがクロなのは間違いない。ヴァルマンは仕込みだ。実際、大した怪我ではないしな。問題はゼラードなんだが……優馬、掴めたか?」

「すいません。感のいい男で、なかなか隙を見せないんです。鑑定しようとしてもいずれも失敗。ステータスを弾く魔道具でも持ってるんですかね」

「いや、そういう物は使っていないと思う。ゼラードはもういい。グラントスを追ってくれ」

「えっ、戻ってくるんですか?」

「ああ、どう言うことなのか。俺にもわからん」


 商会から連絡があり、グラントスが戻ってくるらしい。

 これで、主犯がゼラード。実行犯がグラントスであるという図式が崩れてしまった。



「リーダーは優馬と犯人を尾行していたんですか」

「いや、俺は主にゼラードをマークしていた。優馬は見つけ次第おかしな奴を全部調べてもらっていたんだがな」


 その表情は冴えない。

 


 トントン


 小屋がノックされた。

 フェルハートが手首につけた腕輪をドアに向かってかざすと、ドアの取手が緑色に光る。

 ここに入っても問題ない人物であると言うことである。


「お待たせ、やっぱり思った通りあれは麻薬だったわ。名前は忘却草。奴らの資金源よ」

「やっぱりか」


 ミリアとサラサが小屋に入り、懐からここで取れる野菜に似た植物を机に置いた。


 忘却草。

 一年草で葉の形以外はトマトに酷似した実をつける。

 だが、使うのは実ではなく葉の方だ。

 これを煎じて飲むと恍惚とした幸福感に包まれるのだ。つまり麻薬の一種である。


「これを売り捌いて商会は利益を上げているわけで、あいつらをしょっぴく証拠としては十分なんだが、問題は事故の方だった」

「どういうことですか?」

「あの実を食べても何も問題はないからな。葉を煎じて飲むことを知らないのにあれだけの事故が発生した理由が分からなかったんだ。事故のほとんどは人夫が突然暴れ出すというものだったからな」


 そう言って、一冊のノートを机の上に広げた。

 エルフィナのレポートである。


「こいつは、近くにいるだけで影響を受ける。少しずつ知らない間に」

「そう言うことですか」



 辿ってきた細い糸が繋がり初めていた。

 フェルハートは炭鉱の暴動で、商会が人夫を薬漬けにしているものと考えていた。


 だが、実際は事故だったのだ。

 農作業の間に麻薬は徐々に浸透し、誰もが自分の行動に自信が持てなくなる。


 彼らが突然副作用で暴れ出すたびに、ギルドの調査報告を誤魔化していたのだ。


「でも、ミリアたちが解明した」

「おうよ、優馬。あの子は優秀だな。サラサと二人で危険な農地を歩き回ってもらったんだ。絶えず魔法で麻薬の効果をシャットアウト。おかげで、影響を受けておかしくなる元凶が何か突き止めることができたんだ」

「凄いですね」

「まあ、分かるまで時間がかかったがな」


 これで今まで ”呪われた農園” と言われるわけがはっきりした。

 確かに知らぬ間に麻薬に侵される農園に相応しい名であったわけだ。


「今、ミリアが持ってるそれが、麻薬の草なんでしょ。直に持ったりして大丈夫なんすか?」

「ああ。今は不活性化してあるから平気だ。この麻薬は応用範囲が広くてな。試薬を追加することで記憶を失わせることができる。むしろ、魔法使いたちの間ではその用途の方が有名なんだ」

「ああ、だから忘却草と言うんですね」


 麻薬の正体はわかった。

 となれば、まず先にやるべきは麻薬の影響拡大の阻止だ。


「この麻薬の影響は抑え込めるんでしょうか」

「ああ、それについてはもう対策を開始した。麻薬の中和剤を人夫の食事に入れるよう手配済みだ」


 優馬たちは、それを聞いてホッと胸を撫で下ろした。

 これで今働いている人夫たちを救うことはできるだろう。



 だが、首謀者は誰だ?

 行方不明の者たちはどこにいる?


 事件はまだ、混迷の中にあった。



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