第48話 作業開始
数日の準備期間ののち、一同は農園に集合した。
名目は冒険者が参加することに対する歓迎式典だが、実際はただの顔合わせである。その割に格式は高く、来賓の中には豪華な馬車で乗り付けている者もいるらしい。
「アルン。あれ、どこのお偉いさんなんだろう」
「きっと、取引相手なんじゃない? お貴族さまも高級トマトが好きってこと」
農園のトマトはフィレンティア王国の食の中心マルバーニアにも出荷されていると言う。
本当なら人夫と作業管理者だけでもいいのだろうが、今日は初日と言うこともありここで働くすべての人夫と商会の関係者が揃って、と言うことなのだろう。
まずは壇上に上がった会長の挨拶が始まった。
「冒険者たちよ、良く来てくれた。私が会長のグレゴリオ・ドレノイアだ。この農園はドレノイア商会の基幹事業の一つである。紆余曲折はあったものの、大過なく事業を拡大してきたのは諸君のおかげである。これからも農園のために尽力していただきたい。悪い噂も聞こえているとは思うが、私は断じてそのようなことがあったとは考えていない。諸君たちの働きによって、払拭されることを期待する」
挨拶が終わると、冒険者たちは普通に拍手をしていたが、集められた人夫たちはおざなりだった。
会長は気にする様子はなく慇懃に手をあげて答え、壇の階段を降りた。
(フィン、あれが会長か。どうする。確認しておく?)
(まだ早い。やめておけ、まだマークされているかもわからんのだ。いくらエルフィナに鍛えられたと言っても絶対はない。相手に気づかれる可能性がある限り、今『リーヴァス・アルタ』の力がバレるリスクは負えない)
(りょーーかい)
フィンがそういうなら、ここは動かぬ方が吉。
炭鉱の件もある。どこに何が絡んでくるのか、まだわからないのだ。
壇上では次のお偉いさんの挨拶が始まっていた。
「この農園統括兼生産流通部長を務めているゼラードだ。横にいるのが、長年この農園に携わっている農園長のバルド。私は常時ここにいるわけにはいかないので、このバルドがこの農園を取り仕切ることになる。君たちの面倒も彼が見ることになるだろう」
いかにも切れ者。
それに比べて、バルドは年寄りくさく、くたびれていて覇気がない。紹介された時もお辞儀をしたが、それ以上でもそれ以下でもなかった。総じて言えば義務を果たしている、という感じだ。
問題はゼラードが周りを見渡しながら挨拶している途中で一瞬、視線を止めたように見えたことだった。
(今、こっち見たよな?)
(ああ、向こうも冒険者をマークしていると考えた方がいいだろう)
(やっぱり、今日はステータスの魔法はやめといて正解だな)
優馬はホッと力を抜いて、あとは適当にこの名ばかりの歓迎会を見ていることにした。
長い挨拶も次で最後だ。
入れ替わり三人の男女が登壇した。
いずれも商会から派遣されてきた人間である以上、軽視はできないが今はスルーでいいだろう。
直接関わることになるはずの人たちである。
どうせ作業が始まれば、ひととなりは自然につかめるはずだ。
三人三様の挨拶だったが、いずれも印象としてはボソボソという感じ。
やる気が感じられない。
だが、ロデリックには、それ以上に気になることがあるようだ。
「なあ、優馬。あいつら、あんまり仲がよさそうには見えないよな」
「そんなこと言ってると、フェルハートさんにどやされますよ」
「聞こえやしないよ」
「まっ、確かによそよそしい感じはしますね」
ミリアは呆れている。
かなり小声で話しているので聞かれる心配はないが、ロデリックまでもがこの調子だとは。
式次第は進み、滞りなく終了する。
用意された農園内の宿舎に移動するところで、またロデリックが優馬に話しかける。
「怪しいヤツは確かにいるようだが、お前さんはどう見る――アレ、使ってないのか?」
「なっ! どうしてそれを」
優馬は目を見開き、隣にいたアルンはハッとする。
特別な力を持っていることは全員に告知されてはいるが、内容は伏せられているはずだからだ。
「ロデリックさん、知ってるんですか?」
「ああ、俺もエルフィナとは長い付き合いだからな。一応は、な。……それでお前さんたちの初見は」
「完全に当てずっぽうですが……。何人かは過去の事件に関わってると思います」
「僕もです」
「ほほぅ、流石だな」
ロデリックは満足そうに手を上げて「それじゃあまたな」と言った。
どうやらそのまま宿舎に戻るらしい。
優馬はとりあえず農園を一回りしようかと思っていると、サラサとミリアが畑を見ている。
「何してるんですか」
「散歩。私たちってさ。作業が始まるときっと内勤でこもりっきりになるじゃない」
「なるほどね。でも、これから宿舎で役割分担の発表だろ」
「ええ、だからちょっとだけ、ね」
話だけ聞いていると至極まともではあるが、ミリアの手にあるガラス容器は魔法植物や毒物に対応したものである。
サラサにしても、散歩しては大きめのカバンを下げている。
「それじゃあ、僕も一回りしておこうかな」
そう言って、林の方に歩いて行った。
彼女らを見張っているものがいるのかどうかを確認するために。
優馬は彼女たちをサポートすることにした。
サラサとミリアは見事に育っている畑の中を歩いていく。
「サラサ。これ全部、高級トマトなんですよね。甘くて瑞々しくてフルーツみたい、って、聞いてます」
「そうね。身が締まっていて崩れにくいから、王都まで……あれっ? この葉っぱって」
「ダメです! 触らないで」
ミリアはサラサを制止し、キョロキョロと見渡すと、林の中に優馬がいるのが見えた。
両手でマルを作っている。監視の目がないなら今がチャンスである。
「小さな結界を張ります。この手袋をして、その葉と蔓を採取してこのガラス容器に入れて下さい」
「わかったわ」
サラサは手早く、作業を終わらせると、ガラスの容器を持ってきたカバンに入れた。
ミリアは結界を解いた。
「これって、炭鉱のヤツと関係あると思う?」
「おそらく。でも、エルフィナに鑑定してもらわないとわかりません」
「そうね。ベルナールに任せましょう」
これは、事件の鍵を握る重大な証拠と言えるはずだ。
だが、二人はさして嬉しそうな顔も見せず、農園を後にする。
“うまくいき過ぎている”
冒険者としての感が、彼女らを警戒させていた。




