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第47話 炭鉱の異変

 デカい馬車だ。八人乗りが二台。それを引く魔馬も尋常ではない。

 馬車に揺られながら優馬は、この陰鬱な道に見覚えがあることに気づいた。


「アルン、この道」

「うん、『シェルノックスの洞窟』だね。でも、これ一本道だったと思うんだけど……うわっ!」


 急に馬車は方向を変えた。


 バキッ、ズゾゾォ


 獣道と言うのも憚れるようなその道は、魔蔦ストグルヴァインの群生地である。

 人が通ろうものなら、たちまち絡め取られ、締め殺されてしまうだろう。


 馬車はそれをもろともせず、絡みつく魔の蔦を引きちぎりながら進んでいく。


「何ですか、これ。ほかに道はないんですか」

「ない……。すまんな、優馬。炭鉱は秘密でな。ここは人が近寄らないので便利なのだ」


 そりゃそうでしょうよ、と思いながら優馬は必死に手すりに捕まっていた。



「そろそろ、話してくれますか。今から行くところについて」

「ああ、わかった」


 ボースヴァイン炭鉱。

 カルディアの北、ケルズホーン山脈の中にあるその炭鉱は一般には知られていない。

 知っているのはギルドと町役場の一部のみ。


 働いているのは犯罪奴隷である。


「どう言う場所なのかはわかりましたけど、奴隷なら反抗しないように何か処置をしていないんですか」

「ああ、そのはずなんだがな。どうやら、痛みをもろともせず、暴れ回っているらしいんだ。詳細はついてみないとわからん」


 その一言のあと、誰も言葉を発しなかった。



 煙が上がっているのが見えてきた。

 鉱夫が何人か倒れている。ほかに誰もいないのは、管理棟に避難しているからだろう。


「ひどいな。ここで降りよう。サラサは鎮静魔法の準備を、カイとレオンは怪我人を救護室へ」

「いいけど、さっきの話だと私だけじゃ厳しいかも知れないわ。そうね……ミリア、あなた何か相手を鎮める魔法はない?」


 ミリアはちょっと首を捻り、バツの悪そうな顔で答えた。


「暴れている相手を止めるだけなら、昏倒魔弾(ビートスタン)がありますけど」

「ずっ、ずいぶん物騒な魔法を知ってるのね」

「それでいい。ミリア、頼む」

「わかりました」


 我を忘れた人間を止めるのは難しい。

 フェルハートは、怪我人が増えることを避けることにした。



 馬車を降り、三人一組で坑口に向かう。

 いくつもある入り口のうち、一つだけが崩れかけている。


「いたぞ。スレッジハンマーを振り回している。気をつけろ」

「二人で行きます」


 優馬とアルンが、正面から迫り直前に左右に開く。

 狂乱状態の奴隷は、優馬に狙いをつけた。


鎮まれ(ルーエ)


 それを危険と見たサラサが鎮静魔法を唱えるが、止まらない。


 優馬は動かない。

 怖気付いたのか、と周りが焦った瞬間、奴隷の死角にはアルンが!


 ドスッ


 一撃で意識を刈り取っていた。



「やるな。アルン、優馬。ミリアも」

「私は何にも……」

「いや、もしもの為に昏倒魔弾(ビートスタン)を用意していたな」

「はい」


 その指摘に、カイたちは目を丸くしていた。



 一時間後、奴隷は救護室で目を覚ました。


「オラ、どうしただ」

「何も覚えていないのか」

「ハンスがおかしくなって止めに入ろうとしたところまでは覚えてるだが……」


 炭鉱の管理人を呼び、メモを渡した。


 それには “ハンスとは誰だ。今はどこにいる。口で答えず、答えはこれに書いてくれ” とある。


 管理人は一瞬、訝しげにフェルハートを見る。

 だが、逆らうつもりは毛頭ない。



 返事を書き足されたメモには、こう書かれていた。


 “この男はボーフム。

 ハンスはここにいた犯罪奴隷。先ほど坑道で死体が発見されております。

 二人ともローデスメイトで暴力沙汰を起こし、この炭鉱で労役に就いておりました”


 フェルハートはできるだけ、感情が表に出ないようにそれを読むと、サラサとミリアを呼んだ。


「この男はボーフムと言うらしい。体調をみてくれないか。必要なら治療も行って欲しい。

「わかりました」


 介抱しながら、傷の手当ても同時に行なっていく。

 一通りの治癒魔法をミリアがかけ終わった後、サラサが状態異常をチェックする。


「あっ、これは」

「サラサさん。治療に問題がありました?」

「ううん……でも、ミリア。できたら、心のケアに効果がある魔法を強めにかけてくれる」

「いい……ですけど」


 ミリアは両手を広げ「マインズエンブレイス」と唱えた。

 心の抱擁と呼ばれる精神の異常や疲労に効く神聖魔法である。


「それでいいと思うわ。ありがとうミリア」


 サラサは満足すると、急いでフェルハートに知らせることにした。



「これ、麻薬の影響よ」

「なんだ、と」


 フェルハートの目が大きく見開かれた。

 そして、管理人にボーフムについて保護観察とすること。当分、仕事を休ませるように、とも。


「町役場の許可を取らずに、いいのでしょうか」

「構わないさ。ギルドから話を通しておく。それで奴隷の刑期が伸びることはない。そこだけは約束しよう」


 初めて管理人の表情が緩んだ。

 続いて、サラサが薬の包みを渡す。


「いくつか薬を持ってきました。あの症状では、鎮静剤以外、どれほどの効果があるかはわかりません。もし、何か必要があればギルドまで連絡を下さい。きっと用意できると思います」

「あっ、ありがとうございます!」


 フェルハートは「ああ、この管理人は本当に奴隷たちを心配していたんだな」と思った。


 亡くなったハンスに手を合わせ、一同は炭鉱を辞した。



 帰りの馬車の中、優馬がポツリとこぼした。


「まさか、ここでローデスメイトの名前が出てくるとはね」

「うーん、確かにそうだけど、元々あそこで罪を犯した人の多くがここにいるんじゃない?」


 アルンがそう返したところで、話すかどうか迷っているサラサをフェルハートが制する。


「実はな。あの奴隷は麻薬に侵されていたんだ」

「本当ですか!?」


 ローデスメイトで何が起こっているのか。

 皆の心にあるのは、今回の依頼が一筋縄ではいかない、ということだけだった。



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