第42話 Breakthrough(1)
カルディアの冒険者ギルドにおいて、最近の話題といえば新人パーティーの台頭である。
しかも、飛ぶ鳥を落とす勢いだった『エリシオンの灯火』の活動は最近停滞しているが、それ以外の若手パーティーは元気だ。
新パーティーが続々誕生し、それまで燻っていた若手パーティも力をつけてきた。その一つが『暁の守護者(B)』だ。ベテランが一人入ったことにより純粋な若手パーティーとは言えないものの残りの三人は十代である。実績も上がっていて評判も高い。
「『エリシオンの灯火』は最近、仕事から帰ってくるのが遅いって聞いたよ」
「ああ、以前から早すぎると思ってたんだ。獲物の処理が雑だったんじゃないか」
「それで怒られて解体に時間がかかってるとか」
「あり得そう」
言われのない中傷だが、優馬たちは気にしてはいない。
仕事の帰りが遅くなっているのは、依頼が終わった後に現地で訓練を積んでいるからである。
討伐した魔物や採取した素材はミリアが作ったポーチに入れておけば、劣化を防ぐことができるのだ。
「いいの? 言わせといて」
「いいんじゃない。他のパーティに依頼の横取りしてると思われるよりマシだよ」
『エリシオンの灯火』の三人も最初は悩んだのだ。
だが、気にしても仕方がないし、彼ら自身の中で整理はついていた。
すでにギルドの噂話は、もう一つの新しい話題に移り変わっていった。
「ねぇ、マルナーの話聞いた?」
「聞いた聞いた。最近、散木帯が広がっているんでしょ。怖いわよねー」
マルナーの散木帯とは、カルディアから隣町トルドに向かう道の近くにあるまばらな木の集まりだ。マルナーは、広葉樹の一種で春と秋に大きな実をつけることで有名だ。果実は美味であり高値で取引される。しかし、近隣の村でそれを取りに行く者はいない。
この実を大好物にしている魔物がいるからである。
魔物の名はビーモンキー。
体は普通の猿より少し大きく、そのスピードは速い。空中で軌道を変えることができ、弓や魔法で狙うことを困難にしている。五匹を超えると中級冒険者もおいそれとは近づけないのだ。
「ねぇ、なんでビーモンキー、って言うの?」
「空中で光るのよ。その時、蜂みたいな羽根が一瞬見えるらしいわ」
「へぇー」
マルナーの散木帯は拡大している。
そして、その実を求めるビーモンキーも増え続けている。
このままでは、散木帯に近い村が遠からず危険に晒されることになる。
すでに果実の強い香りが、村の中にまで漂ってきているのである。
そこに突然、外回りのギルド職員が入口のドアをバタンと乱暴に開け駆け込んできた。
その様子を見て窓口からも職員が出てくる。間違いなく緊急の案件だろう。
噂をすれば影が指す。
「緊急の依頼です。ゾゾの村の子供が果実の匂いに釣られてマルナーに行ったらしいのです。三人以上の中級以上の冒険者パーティーを募集します。どなたかいませんか」
ベルをカランカランと鳴らして、外回りから話を聞いた窓口の職員が冒険者たちに呼びかけた。
答えるものはいない。
しばらくして何人かの中堅冒険者が口を開いた。
「今の時間は厳しいぞ」
「ああ、『暁の守護者』も『旅路の剣』も出払っているからな」
「そうですよね……」
色良い返事は返ってこない。
彼らはいずれもソロの冒険者である。
「臨時のパーティーを組むことはできませんか?」
「……そりゃ普通の依頼ならできねーことはないけどよ……」
「マルナーだからな」
「第一、募集は三人となってるが、マルナーに行くのにその人数でいけるのかよ」
乗り気の冒険者はいない。
引き下がることができない職員は、さらに情報を開示する。
「実は子供が向かったマルナーの周辺は他の木からかなり離れていて、猿の数もその木に限っては三匹を超えないそうなので」
「そういうことか……それでもな」
躊躇するソロ冒険者たち、相手は手強い。
連携に不安がある以上、臨時のパーティーを組むのは難しい。
そんな時、優馬が手を挙げた。
「それなら、僕ら『エリシオンの灯火』が行きます」
「無理です! いくら成績がいいあなたたちでも。中級のパーティーでさえ手を焼く相手ですよ」
「でも、緊急で他に引き受ける人がいないんですよね」
「そうなんですけど……」
子供を見殺しにしたくはない。
かといって、未熟な冒険者を送って二次災害を発生させてしまったら……
おまけに最近の『エリシオンの灯火』には精彩がない。
迷ってはいるものの断るつもりでいる職員の肩に手を置いた者がいた。
「彼らにやらせてみて下さい」
「フィオナ。流石に無理です。ビーモンキーなんですよ」
「相手は大型魔獣ではなく三匹以下。速度に関しては中級に引けを取らない『エリシオンの灯火』なら」
「でも……」
「わかりました。この件に関しては私が責任を持ちます」
フィオナは緊急依頼書に自分が責を負う旨を一筆書き込む。
それを優馬に渡し「お願いね」とひと言。
優馬は「大丈夫。心配しないで」と返す。
用意を始めていた『エリシオンの灯火』は、ギルドの扉を開けて飛び出して行く。
カルディアの町からトルドに向かう街道を進み、もうすぐ散木帯への曲がり道と言うところで、アルンは優馬に行った。
「何か勝算があるの」
「言っても、サルだろ! 時間はかかっても討伐はできると思うけどなあ」
その言葉にフィンが姿をあらわした。
あまりに楽観的な優馬に釘を刺すつもりらしい。
「そうはいかんぞ。今までの魔物とはレベルが違う。お前たちではまず攻撃が当たらん」
「マジ?」
これまでも格上の魔物と戦ったことはあった。
威力はともかくスピードで引けをとったことはない。
だが、フィンはこのままでは負けると言う。
「よし、作戦を変更しよう。”子供の救助” は変わらないが、あとは生きて帰ること!」
「それだけ? ま、まあ、それが大事よね」
「なっ、何とかなりそうだね」
自信なさげのミリアとアルン。
そこにフィンの一言が。
「……最後のが一番難しいことに気付いているか?」
「あは、あはは」
優馬の頬に一筋の冷や汗が流れていることをフィンは見逃していなかった。
それから、現地に着くまで押し黙っていた優馬が唐突に言った。
「あのロープでも使うか」
「ロープ、ってランキングでもらったヤツ」
「そそ。木に縛り付けて『なんちゃって移動式命綱』にする」
ミリアは天を仰ぎ、アルンは首を振り。
「「それだけはやりたくなかった」」
と言った。
散木帯に到着。
確かに一本だけ他の木から50m以上離れてポツンと立っている。
「いたわ。まだ無事よ」
その根元には1人の男の子が疼くまっており、近くには石が転がっている。
猿は木の上部にいるようだが、逃げようとすると石を投げつけられて、動けなくなっているらしい。
キー
キキーッ
ウッキ、キーーーー
甲高い声で鳴く猿たち。
自由自在に飛び跳ねる様子をよく見るば、それが不自然な動きであるとわかるだろう。
物理的にあり得ない方向に軌道を変え、石を投げ、威嚇を繰り返す。
経験の少ない冒険者なら、見ただけでビビってしまうのだが。
そんなこと意にも介しない。
「ミリア。木のてっぺんに向けて牽制する魔法を一発頼む」
「了解!」
「その隙にアルンはロープを貼るんだ。根元と幹とロープで三角形になるように」
「つまりフェノメナの崖でやった訓練みたいにやるんだね」
「そう!」
「優馬はどうするの」
「当然、正面から突っ込む」
「「り、了解」」
楽観的な癖に一番大胆な行動をとる優馬に、一瞬答えが遅れるアルンとミリア。
だが、立ち向かうその姿に躊躇はない。
精霊のフィンは、子供に見られてはいけないので姿を消したままだ。
(フィン、これでいいよな)
(大丈夫だろう。新しいステータスの力を見せてやれ)
優馬にも新しい武器はある。
それは新しい情報戦。
人間にしか通用しないステータスの力が、魔物にも少しだけ効くようになったのだ。
(リーヴァス・アルタ)
呪文の詠唱と同時に、猿の意図が優馬の脳裏に浮かぶ。
どちらに動きたいか感じ取ることができる。
今回のような強さより速さが問題になる場合、大きな力となるだろう。
それでも今回の仕事は、これまでより遥に厳しい。
中級冒険者パーティでも難しい緊急案件に『エリシオンの灯火』の果敢な挑戦が始まる。




