第41話 無茶と低迷(2)
『エリシオンの灯火』の一週間は、このところ一定のパターンで仕事をこなしている。
まる一日かかる依頼を受けるのは二日間。午前中は訓練、午後は半日の依頼または常設依頼といった感じで三日間。
そんなある日の夕方、ギルドで報酬を受け取った優馬はうかない顔をしていた。
「優馬、依頼報告で問題があったの?」
「いや、それは滞りなく。でも、次の依頼どうしようかと思って」
「あー、なんとなくわかった」
「アルン。どう言うこと? 何がわかったの? いつも通り掲示板から選べばいいんじゃないの」
「実は僕らの依頼のこなし方が問題になってる、って言うんだろ?」
「そう、当たり。今日フィオナに言われちゃったんだけど……」
気になる一言は「そろそろ次のステップに進んだら?」というものだった。
その心は『エリシオンの灯火』の特殊な依頼のこなし方に起因している。
優馬、アルン、ミリアの三人は優秀だ。
とにかく仕事が早い。ギルドに張り出される初級の仕事を半分の時間ででこなしてしまう。失敗もなく早期解決手当も得られるため、報酬は倍以上である。
最初は仕事過多であるとギルド側も考えていたが、報告を聞く限り体調面で無理をしているわけではないらしい。
しかし、それなら問題ないかと言うとそうもいかなかったのである。
「ねーねー。アルン、優馬。説明してよ」
「わかったよ、ミリア。えっとね……。最近僕らは仕事をかなりいいペースでこなしているよね」
「ええ、昨日もエルフィナに褒められたもの。ちゃんとついていけてるのね、って」
「それで、俺たちは今までの仕事を控えて、もう少し上の仕事をして欲しいって言うんだ」
「どう言うことなの?」
ミリアにはどこがまずいのかわからなかった。
それはこのカルディアという小さい町のギルドならではの問題だからである。
『エリシオンの灯火』の成功によって、カルディアでは冒険者志望の若者が増えている。
カイたちもパーティの若手組『暁の守護者(B)』として仕事をこなすようになり、さらにこの機運に拍車がかかっていた。
これは今までになかったことだ。
しかし、依頼の数は限られる。
中級以上の依頼には余裕があるが、初級の依頼は枯渇気味なのだ。
張り出される依頼書も最近は取り合いになりかねないほどである。
依頼書がなければ、常設依頼をこなすしかない。
初心者にできるは、せいぜい、近い場所での薬採取や町の手伝いなどである。
「最近は薬草採取のパーティが多すぎて、ギルドの買い取りも限界に近い、って言うんだ。でも、新人は下手に討伐に手を出せない」
「それはそうよ。怪我をしたらポーション代で赤字になりかねないもの。常設依頼の買い取りを拒否されたら新人パーティは食べていけないわ。元々、初級の依頼は多くないから私たちも朝一番で仕事を取って……って」
そこまで言いかけてミリアは気づいたらしい。
「そういうこと!? 私たちが若いパーティの取り分をなくしてしまってる、って言うの?」
「……ああ。先週デビューしたピートのパーティ『新緑の翼』から苦情が入ったらしい。初級者用の依頼を三枚まとめて持っていかれては困る、って」
「あー、あれね……でも全部が全部じゃないよ。最後のヤツは ”中級落ち” じゃない」
アルンとて、依頼をごっそりと持って言ったのはやりすぎだった、とは思う。
ただ、最後の一枚については文句を言われる筋合いはない。
あれは、難易度が高く報酬が少ないため、中級者に断られた依頼だからだ。
今の優馬たちには受けられるが、初心者には到底無理。
「それに、優馬。あの日は仕方がなかったでしょ? あれ以外だと常設依頼しかないし。それも、エイデンシェールでの薬草採取と一角ウサギの討伐も当分の間は控えてくれ、って言われるし」
「まあね。面倒なことになったなあ……」
フィオナから話を聞いた時、優馬は「一言言ってくれればいいのに」と思った。
だが、彼女もピートにそれを尋ねると「格上の優馬たちになかなか言い出しづらくって……」と返されたそうだ。
ピートはカイ達とは仲が良いが、優馬たちとはあまり親交がない。
最初は希望の若手である『エリシオンの灯火』を尊敬の目で見ていた彼らも、仕事の大半を取られては我慢がならなかったらしい。
ミリアは「どうしろ、って言うのよ」と机に突っ伏した。
アルンはアルンで「難しいよなぁ」と肩肘ついて考え込んでいる。
なぜこれほどに悩んでいるのか?
フィオナの言う通りステップアップはできないのか?
その答えは『エリシオンの灯火』の特殊性にあった。
まず、いくら好調であるとは言ってもデビューして数ヶ月のパーティである。
確かに三人とも体はできているが、大楯を使う重戦士や能力の高いシーフがいるわけではないので、ダンジョンの中層に向かうには厳しい。
構成から言っても軽戦士二人と治癒担当一人では、中型以上の魔物に対応できない。
若いと言うのも信用という面ではデメリットになる。
例えば、護衛などは依頼書の年齢制限で受けられないことがほとんどだ。
要するに、初級としては立派だが、中級とは呼べないひ弱さだ、と言うことだ。
「おーい、お前ら。何たそがれてんの?」
「カイかぁ。いいよなあ。何にも悩みがなさそうで」
「んだと! アルン! ちょっと模擬戦の対戦でリードしてるからって調子に乗んなよ」
掴みかかりそうなカイをレオンが止めて、アルンを指差した。
「これが調子に乗ってるように見える」
「いや、……ダレ切ってるな。本当にお前らどうしたんだよ?」
アルンは答える気がない。
優馬は難しい顔をして腕を組んでいるが、足を投げ出して椅子をグラグラさせている。
あっ、こけた。
それを見て、仕方なくミリアが説明を始めた。
「私たちのパーティはピンチなのよ」
「お前たち、先月も六位だったじゃん。何が問題なんだよ」
「それがね……」
ミリアが状況を説明するとカイは俄然調子に乗ってくる。
いつも『エリシオンの灯火』の後塵を拝することばかりだった自分たちが有利な立場に立ったのだ。
「やっぱお前たちの戦い方の問題じゃねーかよ。俺たちはもう中層入れるんだぜ」
「そうなの。良かったわね」
「ほんとにね、おめでとう」
「なんだよなんだよ。張り合いねーじゃねーか」
ミリアもアルンも悔しがりもせず、気のない返事を返したもんだからカイは拍子抜けした。
レオンはそんなカイの肩をトントンと叩く。
「カイ、調子に乗るなよ。ウチが中層入れるのはベルナールさんがいてくれるからなんだぞ」
「まあ、そうだけどよ……」
『暁の守護者(B)』は現状、カイ、リューク、レオンの三人にベテランのベルナールを含めた四人で活動している。
つい先日、彼らはダンジョンの四階層に入ったのだ。ベルナールの存在が大きいのだが、彼らは元々、戦士とシーフを志望していた。リュークも体が大きい方だ。体格的にはダンジョンか中層の魔物にも対応できるのである。『エリシオンの灯火』にベテランが入ったとしても同じようにはいかない。それなら力のあるベテランをパーティーに入れると言うのも一つの手ではあるが、三人にはそのつもりはない。
そんな中。優馬がポンと手を打つ。
アルンとミリアが振り向く。
「焦っても仕方がない。うちは少しペースを落とそうと思う」
「いいんじゃない。俺ちょっと一人でやってみたいことがあるんだけど」
「よし、アルンはやることあるんだな。それじゃあ、ミリアは」
「私は魔法をもっと使えるようにしたい。エルフィナにこの前相談したら、午前中なら時間取れるって言うから、しばらく午後だけしか依頼こなせなくなっちゃうけど」
「わかった。構わないよ」
「それじゃあ、明日は一日休みにするか。次の仕事は明後日の昼にギルドで来て決めよう」
「「おーー」」
カイとレオンは唖然としている。
リュークは近くに来てうんうんとうなづいている。
「レオン。あいつら何であんなにお気楽なんだ?」
「マイペースなだけだろ」
「いや、ああ言うところが『エリシオンの灯火』の強さなんだよ」
「リューク。そりゃ考えすぎじゃねーか。優馬のことを買い被りすぎだ」
「そうかなあ」
カイたちがどうのこうの言っている間に、優馬は窓口に行って仕事量を減らす相談をフィオナと始めていた。ミリアはエルフィナに魔法を習う算段をつけたらしい。アルンは図書館に行くとギルドを出て行ってしまった。
その日を境に『エリシオンの灯火』が、ギルドに来る機会は減った。
以前は完全休養の日曜以外はほぼ毎日顔を出していたのに、今はほぼ半分。
一日フルに仕事するのは週一回、午後から仕事をするのが週二回。
「あいつら最近何してんだろう」
「昨日アルンは図書館にいたぜ」
「ふーん。たまには朝、顔出せばいいのに」
『エリシオンの灯火』の活動縮小のせいで模擬戦も減り、カイは手持ち無沙汰だ。
そんなカイのためにレオンはベルナールに聞いた話を始めた。
アルンは最近、シーフの技術を勉強している。
ベルナールのところに相談に来て、必要な技術や道具について聞きにきたそうだ。
「ほう、感心ですな。それだけの物を使っているのに飽き足らず、もっと上を目指そうと」
「いえ、今のままでは道具に使われているだけなので」
それを聞いたベルナールは「そう言うことなら少しだけ」とナイフ捌きや宝箱の罠解除などを一つ一つ教えてくれたそうだ。
なりたいものを捨てるのではなく、自分に必要な何かを考えていたようだ。
軽戦士を目指すのは変わらない。
だが、パーティ内ではシーフとしての能力があってもいいんじゃないか、と。
「いいんじゃねーの。あいつら、全員身軽だけど専任の斥候役はいなかったからなー」
「不満そうだな」
「別に不満はねーよ。ただ、意外にちゃんと考えてやがるなって。差をつけられたら癪だろ……で、ミリアは?」
「魔法使いを目指してんじゃないの。ずっとエルフィナさんに何か習ってたし」
「でもミリアってアリシェン正教の神官だろ? 聖属性の治癒魔法専門じゃないのかよ。普通の魔法と神官の魔法、って……賢者を目指しているとか」
「まさか。たぶん違う何かだと思うけど……」
レオンの想像通り、ミリアは賢者を目指してはいない。
元々、ミリアは神官であり回復役として冒険者になると誰もが思っていた。だが、彼女は守られているだけなのは性に合わなかった。そこで、エルフィナに魔法を習い、攻撃型魔法使いとして冒険者デビューを果たしたのだった。
『エリシオンの灯火』に入ってからは、魔法使いと治癒師の両方の役割を果たすことになったが、そのこと自体に不満はなかった。だが、それだけでいいのか、という疑問を彼女は持っていたのだ。
回復だけでなく攻撃にも参加。それも後方からの支援や詠唱している間、守られながらの攻撃魔法などではなく、前衛からの速射型攻撃魔法や短剣を使った物理攻撃にも参加できないか、と考えていたのだ。
だが、いくら活発な女の子でも、前に出るのは危険すぎる。何か守る手段が必要だった。
そんな、ある日。
いつものように覚えた魔法のおさらいしていたところ、不思議なものがミリアの前に浮かんでいた。
「エルフィナ、これ何?」
「えっ、わからないわ……どうやったの」
それはほんの出来心で、聖気と魔力を複合してみた結果だった。
見た目は水玉のようでもあり、レンズのようでもある。
大きさから言うとバックラーに近いが半透明で中がどうなっているかはわからない。
「触ってみていい」
「いいですけど、危険かも知れません」
「そうね……」
それからエルフィナはミリアの作った不思議なそれを木で突いたり、魔法の火で炙ったりしてみた。
その結果わかったのは、これは一種の防御領域であると言うこと。
相反する聖属性と魔の属性の両方を持つこの空間は物理攻撃も魔法攻撃も通さない。
「名付けて『 聖魔の守護』ってところね。これ便利かも。これもっと大きくできる?」
「やってみます………えーと……うわっ、無理です。やろうとすると聖気バカ喰いして倒れそうになります」
「とするとちょっと中途半端ね」
これが使えれば、ミリアは前線に出ることができる。
だが、現状はバックラーより少しマシな程度しかカバーできていない。
それが「中途半端」と言った意味である。
しかし、ミリアには別の考えが閃いていた。
確かに優馬とアルンは速い。けれど、自分もそれほど足が遅いわけではない。
この盾だって、一瞬なら大きくすることができる。
もし、スピードさえ二人に追いつくことができたら……
「私これがあれば、前線に出られると思う」
「盾として使うって言うの? ミリア、正気?」
「うん。私、やってみる。体を鍛えて……そうだ! これからは魔法攻撃を避ける訓練も追加して、お願い!」
「……仕方ないわね。言い出したら聞かないんだから」
こうしてミリアは今までと戦い方を変えることにした。スピードを付け、優馬やアルンと共に前線で戦うつもりなのだ。
“魔法攻撃ができる回避盾、治癒師の役目も担う遊撃部隊。いざと言う時には『聖魔の守護』でタンクもこなす”
よくばりで贅沢な、前代未聞の役割を担うことにしたのである。
しかし、これはまだエルフィナ以外誰も知らないお話――
その頃、カイとレオンは呑気に話を続けていた。
「ミリアはよくわかないけど、結局治癒師に変わりはないだろう」
「そりゃそうだろう」
それを聞いていたミリアは知らん顔で「ほんとは違うけどね」と呟いていた。
「ミリア。何か言った?」
「ううん、何にも〜」
「そう? あとは優馬か。あいつは何やってんだよ……」
カイにそう尋ねられたもののレオンにもわからない。昨日も一人で冒険者ギルドには来ていたものの、窓口でフィオナに一言二言話しただけであとは机に座ってボーっとしていただけである。
「そんなんじゃ、アルンもミリアも心配だよなぁ」
「そう思うだろう。ところが二人とも『優馬は放っておいても大丈夫』って言うんだよ」
「わっかんねぇなあ」
活動を縮小した低迷中の『エリシオンの灯火』は、人知れず、”今まで誰も目指さなかったちょっと変わった中級パーティ” に向かっていたのである。




