第40話 無茶と低迷(1)
トン
カンカンカン
ザッッ
訓練場に木刀を打ち合う音が響く。
模擬試合の審判を務めているのはレオン。
これは、パーティー内の若手同士が行なっている日常的な修行の一つである。
リュークは一歩進んで打ち合ったあと袈裟斬りに。
カイはそれを受け止められず押し倒されて首筋に剣を当てられた。
カラン
カイは負けを認めて、自ら剣を落とした。
「リュークの勝ち」
「ああ、俺の負けだ……」
カイの太刀筋には精細がなかった。
素直に引き下がったことにもレオンは違和感を感じている。
最近のカイはおかしい。
フェルハートがダンジョン探索に連れて行くと言っても断るし、仕事が終わるとすぐに帰ってしまう。ギルドの地下にある訓練場で定期的に行われている模擬戦には顔を出すが、以前とは様子が違う。
「もう一本、やるか」
「いや、今日はここまでにしよう」
「どうしたんだ、カイ。調子でも悪いのか?」
「ああ、今日は今ひとつだ……まだ足らないか。仕方ない。剣のスピードを上げるには……」
剣を見ながら敗因が何かを考えているようだが、総じて覇気が感じられない。カイらしくない。いつもなら、悔しさを露わにして再戦を挑んでくるはずなのだ。
「もっと……。もっとだ。強さが必要だ」
ぶつぶつ言いながら木刀を棚に戻し、階段の方へ向かっている。
そして登ろうとした時に一瞬、顔を顰めた。
レオンはそれを見て声をかけた。
「カイ、どこか悪いのか」
「いや、調子悪いだけだ。リュークの相手はレオンやってくれないか?」
「そりゃいいけどさ」
「じゃあ……頼む」
「ちょっと待てよ。カイ!…………行っちまった」
カイは訓練場を後にした。
「調子が悪いなら休めばいいじゃないか」
リュークはそうぶつぶつ言いながら、カイが使っていた木刀を見ていたが……
「何だこれ! レオン、ちょっと来て」
「どうした? リューク」
「カイの使っていた木刀。持ってみてくれよ」
「何だこの重さは! もしかして剛練刀か!」
剛練刀。
大剣を装備するベテラン剣士用の特殊な木刀だ。
長さこそリュークと同じだが1.5倍以上の重さがある。荷重がかかる相手に対する時に集中的に鍛えるための特殊な練習刀。
カイの体格では捌き切れるはずがない。
「あいつ何を考えてるんだ」
「そういえばさっき階段登る時、顔をしかめてなかった」
「リュークも気づいたか。あいつ、なんでそんな無理な練習してんのかなぁ」
「でも、行っても聞かないよ。たぶん」
二人はカイを追いかけて問いただそうとしてやめた。
正直に話しすとは思えなかったからだ。
「そう言えば、最近夜中に外で何か音がしない?」
「たぶんカイだよ。おそらく自主練」
二人はリーダーにこのことを相談することにした。
「フェルハートさん。お話があるんですけど」
「なんだレオンとリュークか。カイはどうした?」
「実はそのカイのことなんですけど……」
模擬戦に負けても悔しそうにしていなかったこと。
重い刀で体を痛めているかもしれないこと。
「剛練刀か……わかった。このまま続けていけば確実に肩を壊すな」
「それが心配で」
「だが、言っても辞めない、と」
「ええ」
フェルハートは「フム。仕方のない奴だ」と言ってちょっと考えた後、カイが最後に悔しがっていたのはいつかと尋ねた。
「うーん………あっ、たぶん今月の月間ランキングが張り出された時だと思います」
「僕もそう思います。優馬たちが六位で、僕らは十五位だったのを見た時、ものすごく怒ってて近寄れなかったぐらいだった」
「なんで、あんなに怒ってたんだろう。しかも、僕らカイに睨みつられたような気がするんです」
「なるほど……そりゃ、もしかして」
フェルハートは話を聞いた後、「ちょっと待ってろ」と言って窓口の方へ向かう。
そして、何事かをフィオナに告げて戻ってきた。
「レオン、ベルナールを呼んできてくれないか」
「はい」
レオンはギルドを出て『暁の守護者』の定宿に向かう。
そこにベルナールはいるはずだ。
「リュークはあまり馴染みがないだろうから、奴について話しておこう。ベルナールはもう歳だから最近では下調べを担当することが多いが戦闘センスは抜群だ。昔は腕力も強かったが、今は別の強さがあるんだ」
「別の?」
「ああ、奴はパーティの指揮が上手い。いつも中衛に位置していてな。俺たちが前衛で飛び出した時にその配置から、後衛がどこで何をすべきかを適切に指示してくれる。それだけじゃなくて、奴自身も前衛に出て相手の牽制をしつつ、前衛に指示を飛ばしてまた中衛に戻る。その繰り返しを何度しているうちに不思議と『暁の守護者』の必勝パターンになっているのさ」
「それは凄いですね」
そんなことを話しているうちにレオンがベルナールを連れてきた。
「リーダー。私に何の用です」
「ベルナール。お前に『暁の守護者(B)』の指導を頼みたい」
「ギルドには何て言うんです?」
「それなら、もう掛け合ってきた。今月一ヶ月限定でベルナールを『暁の守護者(B)』としてカウントしてくれるそうだ」
「わかりました……カイが見えないようですが」
「ああ、あいつは一旦外す。とりあえずレオンとリュークを指導してみてくれ」
ベルナールはそれを聞いて「それは……ああ、そう言うことですか」とうなづく。
フェルハートが何を狙っているのかがわかったようだ。
「『暁の守護者(B)』の指導、拝命しました」
わざとらしく敬礼までして、その頼みを引き受けた。
早速、ベルナールは訓練場でレオンとリュークの模擬戦を何度が見た後、「明日から『エリシオンの灯火』と毎日定例模擬戦を行う」と宣言。
しかも、カイにはその見学を命じたのだ。
日程は、毎日朝に三試合。一週間継続の予定。
最初にこの話を聞いた時は面食らったが、優馬たちは断ることなど考えてもいなかった。
フェルハートにはパーティー創設時から世話になりっぱなしである。
初日の朝、ギルドで朝食を食べながら今回のことについて話をしていた。
「基本的に三対三でやるのよね」
「ああ、でもベルナールさんは指揮が中心で、手は出さないって話だ」
「カイはやらないの? 戦力的に厳しいと思うけど」
「見学だって言ってたよ」
「ふーん……それでいいのかしら」
アルンとミリアは納得がいかないようだ。ただでさえ、最近は優馬たちに歯が立たないことが多い。しかも一番善戦していたのがカイなのだから、これで勝てると考える方が不思議だ。
朝食が終わって地下に移動する。模擬戦の始まりだ。
『エリシオンの灯火』はここで思っていたのとは違うことに気がついた。
戦闘に参加しないはずのベルナールがカイとリュークと同列に配置しているのだ。
「これじゃあ、ただの三対三じゃない」
「そうだね。でも、これの方が訓練になる」
「……まあ、いいわ」
「やる以上、勝利を目指そう」
「「「おう」」」
最初は、アルンが仕掛けた。
出足が遅いレオンを叩くつもりだ。
しかし、そこに一瞬ベルナールが顔を出す。
「ウッ!」
「下がれ、アルン」
アルンが怯んだうちに、レオンが体勢を立て直していた。
このままではリュークと挟撃される可能性がある。
「了解。ミリア出て」
「わかったわ」
優馬はミリアを外から仕掛けさせてアルンが孤立するのを防ごうとした。
だが、ベルナールが今度はミリアを牽制してくる。
仕方なく、優馬が前に出てアルンを援護しながら下がらせる。
「大丈夫? アルン」
「何発か喰らっちゃったよ。でも、まだ行ける」
「まずはミリアと合流しよう」
ベルナールの作戦が読めない以上、無理はできない。
年齢から想像もできない激しい切り込み、あと一歩で剣を切り結ぶというタイミングで引き上げる。それにホッとした瞬間にレオンとリュークが突撃してくる。
タイミングを間違えるとメッタ打ちを喰らいかねない。『エリシオンの灯火』は絶えずメンバーが孤立する瞬間をケアしながら戦わなければならなかった。
着実にポイントを稼がれ、そのままタイムオーバー。
結局、その日は『暁の守護者(B)』の二勝一分。
『エリシオンの灯火』は惨敗したのである。
「まいったなあ」
「まさか、あんな手で来るなんて。とにかくベルナールさんが読めないんだ」
「そうね。でも、結局一回も攻撃してこなかったのよ」
確かに最初の発言通りベルナールは指示に徹していた。
だが、決して後ろでどうのこうのと言うだけではない。隙があると見ると即座に自分自身が前線に出て、剣を振りかぶるのだ。それが、一つの合図になり、レオンとリュークが突進する。
『エリシオンの灯火』としては、ベルナールが攻撃してこないとわかっていても無視することができなかった。冒険者である以上、目の前にショートソードを突きつけられれば、体が自然に動いてしまう。
せめて、その剣筋だけでも見極めようともしたのだが、ベルナールは一度も剣を振らなかった。
だが、『エリシオンの灯火』以上にショックを受けていたのが、見学していたカイである。
『暁の守護者(B)』においてエースは自分、ポイントゲッターも自分だと思っていた。確かにベルナールさんは凄いと聞いていたものの、今日は一回も手を出していない。
レオンとリュークだけがポイントをあげ、優馬たちを翻弄し続けたのだ。
「どうした。カイ」
「リーダー!!」
唖然としていて、カイは隣にフェルハートがいたことにも気づかなったのだ。
そんなカイを次の一言がさらに驚かされる。
「ベルナールはうまいだろう。優馬たちのバランスを崩すことだけを徹底している」
「相手の剣を弾いて体勢を崩した方がいいじゃないですか」
「そのためには強い剣が必要だ、と」
「…………」
ここまで言われればカイにもわかる。
フェルハートは剛練刀のことを言っているのだ。
――怒られる
カイはそう思ったが、フェルハートがいったのは違うことだった。
「レオンとリュークも悔しかったんだと思う。見ただろ、あの喜びようを」
「ええ、意外でした。あいつら、負けても『仕方ない』なんて言ってたんだから」
目の前で『エリシオンの灯火』に三連勝したリュークとレオンが小躍りしていた。
それを見ているカイに笑みが浮かぶ。
もう、心配にいらない。
だが、もう一つ聞いておかなければならないことがある。
「もう、剛練刀は使うなよ」
「いえ、俺が強くなる必要はあります」
フェルハートはカイの右手と肩を掴んだ。
「痛っ!」
「このままでは体を壊すぞ。今のお前では、あの剣に耐えられない」
「でも、俺が強くならないと……」
わだかまりだとはカイ自身気づいている。
だが、理屈ではわかっていても感情がそれを許しはしない。
「三人で強くなればいいじゃないか。レオンとリュークが信用できないか?」
「それは…………」
ソッポを向くカイ。
どう答えても嘘になる。
だいたい卑怯だろ、どうして二人は自分で言わないんだ。
「レオンたちはカイがイヤなら『暁の守護者(B)』は終わりにしてもいい、と言っていたぞ」
「えっ!」
「それだけ心配なんだ。だから自分たちが言っても聞かないから、俺に止めてくれと言ってきたんだ」
「あいつら……そんなことを」
「これ以上、心配をかけるな。俺にもあいつらにも」
カイは黙って頭を下げた。
「とりあえず、あと六日間ある。ベルナールから学び、リュークとレオンの戦い方を知れ」
「俺も戦います」
「ダメだ。お前はまずその肩を治すことだ。長く冒険者として仕事がしたいだろう?」
そうだ。
“いつか国中に名前が轟くようなカルディアの冒険者になりたい”
カイは、気持ちを押し殺して、こう答えた。
「そう、ですね…………わかりました」
一週間続いた模擬戦は連日『暁の守護者(B)』の勝利に終わる。
カイの負傷は完治し、ベルナールの特別指導は終了した。
翌週からカイが復帰したが、『暁の守護者(B)』は『エリシオンの灯火』にボロ負けした。
「だから、突っ込むだけじゃダメ何だよ!」
「わあってるよ! ……くそ〜」
クセと言うものはそう簡単に直らないものだ。
レオンとリュークに揶揄われ、フェルハートにはお灸を据えられる羽目になった。
けれど、もう大丈夫。レオンとリュークとうまくやっていけるだろう。
『暁の守護者(B)』の成長にはいささか時間がかかりそうだが……
「ベルナール。今度はカイの指導もお願いする」
「りょ、了解しました」
フェルハートはため息をついた。




