第37話 迷える新人(3)
翌日、優馬は指導の残りをダンション探索に当てると決めた。
方針はこうだ。
午前中は二階層で魔物狩り。これでまずは日々の食い扶持を確保。
お昼を食べてからは三階層に向かう。討伐はせず回廊から外れた玄室に移動。
そこでアスティアに魔法の特訓をしようというのだ。
「攻撃魔法で一番使うのはショット系ね。これだけ大きな玄室ならファイアーボールを放っても問題はないけれど、熱いのは確かだし遅くて直撃させるのは難しいから」
「それはわかります。それ以外は」
「うーん、守りだとウォール系かしらね」
「それは私の魔力だとちょっと」
そんな会話から始まり、次に練習。
まずはファイアーショット、ロックブリットなどを数回繰り返した後、ミリアは「的が欲しいわね」などと言い出した。
そこで、優馬とアルンは手頃な魔物をこの部屋に追い込むことに。
「優馬、これキツイんだけど」
「まあ、仕方ないよ。今日はミリアに協力する、って言っちゃったし」
魔物の誘導は骨が折れる。
自分を守りながら敵に追わせる重労働である。
アスティアもしんどいらしい。
ファイアーショットの魔力消費は少ないが、ミリアは同時に十発以上の火弾を要求する。
「魔力が持たないです」
「これくらいできないと攻撃系の魔法使いとしてやっていけないわ。まだ余裕があるでしょう」
「えっ、あー、もう少しなら……」
特訓は続き、「まあまあね」とミリアが腰に手を当ててOKを出した時、すでに二時間が経過していた。
床には倒した魔物の死骸が散乱。
ミリアはへたばっている他のメンバーを尻目に、ナイフを死骸に突き立て魔石を回収していく。
「他の素材はいいわよねぇ。あんまりゆっくりしてるとなくなっちゃうから」
「ああ……はあはあ。それで……いいよ」
解体は迅速に。欲しい素材はお早めに。
ダンジョンの基本なのだが、いかんせん『エリシオンの灯火』が依頼で潜るのは今回が初である。
「ごめん……ね。ミリアに……ずっと……やらせて。はあはあ」
アスティアが申し訳なさそうにそう言った。
その後も訓練は続き、ギルドに戻ったのは日がとっぷりと暮れた頃、時間としては少し遅い程度。
しかし、疲労度からするとパーティー史上最悪レベルだった。
「優馬のとこ、かなり厳しいらしいな」
「うん、聞いたよ。珍しく『ゾルタンの迷宮』に潜ってるらしいけど、魔物を追い立てて新人の的にしてるって」
「マジかよ。それって……」
「ああ、ミリアが全部仕切ってるらしい」
「可愛い顔して鬼かよ」
とんでもない風評が広がっていた。
一番最初に気づいたのはアルン。次いで優馬だ。
本人には聞こえないところで噂話をしているせいで、ミリアは気づいていない。
優馬は念話で相棒と相談である。
(フィン、このままじゃまずいよなあ)
(大したことじゃないと思うがな)
(また、そんなこと言って)
フィンは面白がって取り合ってくれない。
冒険者の評判なんて精霊にはどうでもいいらしい。
優馬は気にするのをやめた。
バカバカしくなったのも事実だが、それより先に考えなくてはならない問題がある。
訓練の最後でアスティアが言ったひと言。
「私、魔法使いに向いてないのかなあ」
そんなことはないというのは簡単だ。
アスティアを預かった以上、自信をなくしたまま返す訳には行かない。
では、どうするか。
指導方法についてギルドからは何も言われていない。
ただ「彼女に一番ふさわしい役割は何か」ってことははっきりさせたいはず。
役割欄はパーティー編成の条件として考慮される。
たかが登録項目の一つ、と割り切ることはできない。
ミリアは本人の希望を通すのが一番だと言うだろう。
どうしたものか……
「優馬、優馬! ちょっと聞いてる?」
「えっ、あー、アルン?」
先ほどから何か話しかけていたらしい。
気がつかないうちに生返事をしていたらしく若干おかんむりの様子。
「………ごめん。なんだっけ」
「もう、本当に優馬は………。えーとね。こんな資料を見つけたんだけど」
差し出されたそれは、古い資料だった。
表紙には『冒険者登録要覧』とあり、発行年度はなんと約100年も前のものである。
「これ何。ギルドの内部書類?」
「うん。当時はギルドの登録方法がバラバラで、あるギルドでは登録が認められるけど、他のギルドでは却下されるなんてことがザラだったらしい」
「まあ、そういうことはあるだろうな」
「それを解消するため、王都の冒険者ギルドの依頼で作ったものらしい」
この資料がどう言うものであるかは分かった。
だが、そんな古い資料が何の役に立つのか。
パラパラとめくっていくうちにあるページに目が止まる。
「えっ! これすげーな」
「でしょ?」
膨大な種類の冒険者の役割が記載されていた。
過去に登録された役割の全て。その数は五百超。
「それでね。ここを見てもらいたいんだけど」
指差したところに書いてあったのは『冒険者』という役割だった。
「これはダメだろう。冒険者の役割が『冒険者』って」
「でも、この注釈を読んでみて」
「えっ、なになに『一つの事に特化はしていないが、冒険者としての資質を持つ者に対する役割。突き抜けた技術がなく、いわゆる器用貧乏な者がこれを選ぶことに一定の利があると考える。登録時の技量にのみ注目することで、開花する才能を摘んではならない』か」
「ピッタリでしょ?」
「確かにな。アスティアにはこれしかないと思う。だけど、これギルドが認めるかな」
「うーん……掛け合ってみるしかないね」
方針は決まったものの、交渉が必要になる。
「ダメだったらどうしよう……。だいたい、役割欄なんて無駄なんだよぉ。登録の時しか使わないだろ?」
「また、優馬はそんなこと言って」
言い分はもっともだと思う。
でも、果たしてギルドは認めるか。
「通そうよ。この文書を持ってきたってことは、アルンだって自由でいいと思ってるんでしょ?」
「まあ、ね」
「ネタならあるよ。この本の奥付けを見てみてよ」
「げっ!」
裏表紙から一枚めくったところには、王国印があった。
これは国が認めた正式な書物である印だ。
ギルドが国に左右されない組織だが、その権威を無視することはできない。
「現状のギルドの『冒険者登録要覧』だって、この本からの抜粋しているらしいよ。その原本たるこの本なら……」
「うん、行ける!」
翌日、優馬はこの件について全員に話をした。
アスティアは最初困惑していた。
「いいのかな」
「これで行こうよ。結局、アスティアは魔法使いになりたいんじゃなくて『ただただ冒険者になりたい!』なんでしょ」
「はい!」
その一言で彼女は腑に落ちたようだ。
自分は魔法使いにならなければならないという強迫観念に囚われていた、と。
ミリアの説得をどうしようか悩んでいた優馬であったが、意外にも「いいと思うわ。私も魔法使いを強要するつもりはないもの」とあっさりしたもの。
あとは、件の本を携え、冒険者ギルドの窓口に持ち込むだけである。
「アスティアさんの件でこの資料を見てもらいたいんですが」
アルンが資料を差し出す。
フィオナはしおりが挟まっているページを開けた。
『冒険者』という文字を見て眉を顰めたが、商会の編集担当者が記載した注釈を読んでこめかみをポンポンと叩く。
奥付けを確認してから「少しだけこの本をお預かりしても良いですか」と。
アルンがうなづくと、フィオナは小さな会議室に優馬とアルンを案内した。
数分後、フィオナとギルマスであるロイが会議室にやってきた。
「お前たち、面白いものを持ってきたな。こんなものギルドの職員でも見たことのあるやつはいないぞ」
「まずかったでしょうか」
「いや、逆にありがたいくらいだ。これは、今の『冒険者登録要覧』を作る元になった本なんだが、これを見ると肝心なことがいくつも抜け落ちているのがわかる」
そこで、話を一旦切り、一枚の紙っぺらと資料とを見比べる。
「フィオナ。お前の見立てではアスティアはどうだ」
「そうですね。新人とは言えない才能の持ち主ですが、彼女の希望していた『魔法使い(攻撃系)』は残念ながら、彼女に適しているとは言えない状況でした」
「『でした』とはどう言うことだ?」
「特訓の結果、魔法使いとしても十分やっていける、と優馬さんから聞いています」
「なるほど。それならこの資料を持ち込んできた理由はなんだ」
ロイはちょっとニヤッとしながら優馬にそう尋ねた。
それに優馬も同じように微笑みながら答えを返す。
「もったいないと思ったからですよ。役割に縛られる現状はバカらしいです」
「ほお、言うじゃないか」
大胆な物言いに周りはヒヤヒヤしているが、優馬はさらに続けた。
「この『冒険者』は彼女に合っている。ならば、それを採用すべきです。何でも屋みたいですけど、彼女ならベテランと混じって活動できますから」
「それが本人の希望でなくても、か?」
「いえ、希望通りですよ。彼女は『ただ冒険者になりたい』だけですから」
ロイはしばらくその古い資料を見ていたが、その視線を上げた。
「フン。食えないヤツめ……。わかった。思った通りやってみろ。条件は誰も文句を言わないレベルまでアスティアをレベルアップさせること。それを持って指導終了とする。彼女の役割欄に『冒険者』と記入することを許可しよう。あー、聞きそびれていたが、本人はこの役割について了承しているのか?」
「もちろん」
優馬の返事で会議は終わった。
ダンジョンのフロアで待っていたアスティアに結果を告げた。
「僕らはアスティアの役割に『冒険者』を推奨しようと思う。オールラウンダーとして活躍したらどうかな、ってことなんだけど。指導の期限はあと二日。その方針で進めて良いかな?」
「私は良いですけど……」
『冒険者』の敷居は高い。ほとんどの役割を平均以上こなさなければならないからである。
アスティアが隣にいるミリアを気にしている。それは、未だ魔法使いとしての力が劣っていると自覚しているからである。
「大丈夫よ、アスティア。あなたの魔力が少し足りないけれど、まだ時間はある。きっちり残りの二日で仕上げてみせるわ」
「ありがとうございます」
四人はその後、またダンジョンに向かった。
ミリアの訓練は、まず午前中は今まで通り魔法の修行。最初は渋っていたアルンも、魔力が回復する間にシーフとしての技を指導。昼には全員に治癒魔法を施し、午後は剣士やタンク役としての研鑽を積んでいった。
そして、一週間の指導期間が終了。
アスティアの魔力は初級冒険者の平均を上回るレベルに到達、まだ伸び代があるようだ。
「これなら、魔法使いとしてもやっていると思うわ」
ミリアが太鼓判を押した。
「今までありがとうございました」
「いや、こっちも勉強になることばかりだったよ。ところで、この指導にはオプションがあるのは知ってるよね。アスティアさえ構わないなら、このまましばらく『エリシオンの灯火』で一緒に活動しても良いんだけど」
「はい……。でも、えーと、今回は辞退しようと思います」
「わかった。それでね。実はウチでは依頼が終わったら、一つ合言葉を言うことにしてるんだ。それを一緒に言ってくれる?」
アスティアはうなづいた。
ミリアが合言葉を教え、四人はギルドの端っこで手を重ねた。
「 「 「 「 一歩前進」」」」
その言葉はこの二週間頑張ってきた彼女にこそ、ふさわしいものだった。
「アスティア。また、何かあったら一緒に仕事しよう」
「はい。もちろん」
後日、優馬はフィオナからアスティアのことを聞いた。
彼女はパーティーに属さずギルド預かりとなり、様々なパーティーの助っ人として働くことになったという。レベルの低いパーティーの助っ人として、あるいは人数が必要な中堅パーティーに臨時参加して重宝されているらしい。
順調そうで何よりである。
その話を聞いて『エリシオンの灯火』の三人は安心したのだが、一つだけ気になっていることがある。
「なんで彼女は『エリシオンの灯火』に入らなかったんだろうね。優馬は理由を聞かなかったけど、何か知ってたの」
「いや。あれだけキッパリ辞退したんだし、何かしら事情があるとは思ったけど、聞いても仕方がないと思ったんだよ。本当のことが言えないのなら気まずくなるし」
「つまり、理由の如何にかかわらず、引き留めても無駄だと」
「そうそう」
「優馬らしいね」
アルンはそれで納得したようだった。
ただ、ミリアだけはちょっと引っかかるものを感じていた。
そして、ある日、優馬が偶然アスティアと話しているところを見かけた。
「しばらくぶりだね。頑張ってるみたいじゃない」
「ああ、優馬さん。ぼちぼちやってますよ」
「ところで……。『エリシオンの灯火』に入らなかった本当の理由をこっそり教えてもらえない?」
「いえ。不満なんて何にもなかったです。ただ、レベルが高くてずっとついていけるとは思えなかったから」
「いや、それ本音とは違うよね。まあ、無理にとは言わないけど」
そういうと、明らかにアスティアは気まずそうにしながらも。
「最初に指導を受けることになった時に、若い人たちから忠告を受けたんですよ」
「どんな?」
「『エリシオンの灯火』はミリアさんの姫パーティーだから邪魔しちゃいけないぞ、って」
「そんなことないよ……」
「でも、私が魔法の練習する時に、優馬さんもアルンさんも魔物を追い立てるために顎で使われてましたし……」
「いや、あれは……」
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」
ポカンとした優馬を置き去りにしてアスティアは窓口の方に。
さらに、それを柱の陰から見ていたミリアは握り拳をブルブルさせて顔を真っ赤にして絶叫した。
「ちっがーーーーう!!」
「どうした、ミリア!」
「優馬。違うわよね。そんなことない……わよね?」
優馬はそっぽを向いた。
その後、ミリアはパーティー内の雑用を率先してやるようになったという。




