第35話 迷える新人(1)
イベントの準備。腹のさぐりあいです。
朝から雨。
異世界にも傘はあるんだが、ワンタッチなどという便利な仕組みはない。
おまけに上に止めるところが甘くて抑えてないとズリ下がってしまうのだ。
「優馬、お早う……って、何やってんの? ちゃんと魔力流した?」
「魔力って」
「こうするのよ」
ミリアが傘の根元を触ると、リングが閉まり傘は落ちてこなくなる。
こういうところはやっぱり異世界だな、と思う。
ギルドにつくと、アルンが掲示板の前で仕事を探していた。
「やあ、アルン。今日は早いね」
「まあね。ほら、少しはカッコつけないとさ」
「だな……」
ジョルジュ商会一斉検挙は大成功した。
『エリシオンの灯火』には大金が転がり込んだ。
それなのに気勢が上がらない理由は「自分たちが主導したと思った作戦が、多くの人たちに守られて初めて成立していた」からだ。
公的には伏せられているが、内情を知っているヤツは山ほどいるのだ。
ザマアミロ、と思ってる連中。報酬額をやっかむ輩。
気にしても仕方がないが、吹っ切るには時間が必要だ。
珍しくフィオナが窓口の外に出ている。
他の職員は床の掃除。
柱にある時計を見ると……まだ八時。
新しい依頼はまだ張り出されていない。夜勤パーティーはとっくに仕事を済ませ報酬の山分けも終わり。
カウンターサービスの朝定食を平らげたら早々に引き上げるはずだ。
閑散しているフロアは誰もが暇である。
「お早う、フィオナ」
「あら、優馬さん。随分早いですね」
「大金が入りましたからね。ここらで気を引き締めないと」
勤めて明るい声を出す。
失敗が尾を引いているのはバレバレである。
けれど。
「そうですか。でも、良いところに来てくれました。実は優馬さんにお願いしたいことがありまして……すいませんが新人を一人預かってもらえませんか」
隣には見かけたことのない女の子が一人。
年恰好は僕らとさほど変わらない。
腰には剣を差しているが、前衛でやっていくには華奢すぎるような気がする。
「私、アスティアといいます。……魔法使いになりたいんです」
「へっ?」
唐突に彼女はそういった。
何だろう。この違和感。
魔法使いだとは思わなかった。
目の前にいる子は、まっすぐな視線で僕を見ている。
性格も素直そう。
どう考えたらいいんだろう?
「優馬。朝からナンパ?」
「違うわ! フィオナにこの子を紹介されて。なんでもウチで預かってくれないか、って」
「ふーん、その娘。剣士みたいな格好してるけど神気を感じるわ。治癒師に向いてるんじゃない?」
さすがはミリア、ひと目見ただけで神気持ちであることがわかるんだ。
まあ、僕も治癒師っぽいとは思ったけど……
そこにアルンが戻ってきた。
「優馬、ミリア。彼女は誰?」
「アスティナさん。魔法使い志望らしい」
「へぇー、なんか不思議な感じだね」
アルンも何かを感じたようだ。
ここは僕がどうこう言わないほうがいい。
フィオナに紹介を任せよう。
「えーと、フィオナ。彼女をウチのパーティに預けたい、って聞いたんですけど。細かいことは僕も聞いてないんです。ミリアとアルンも揃ったことですし、一から話してもらっていいですか」
「アスティアは一週間前に登録したばかりの新人よ。まだ、仮登録なの。どういう冒険者になるか悩んでいてね。最初は地下の道場で修行したあと初心者パーティーに参加してもらったんだけど……二、三度仕事をした後、追い出されてしまったのよ」
そう言われると何と答えていいのかわからない。
ミリアとアルンも微妙な顔をしている。
「ああ、勘違いしないで。彼女が悪いわけではないわ。入った時はとても歓迎されたらしいの。でも、魔物に囲まれパーティーが瓦解しそうになった時、彼女が剣の一撃で倒してしまって……。結局、ダンジョンを抜けるまで陣頭に立って魔物を退けたそうよ」
なるほどね。
可愛い女の子にはしゃいだあげく、ダンジョンを抜けるまで世話になるようでは、メンツもプライドもズタズタだろう。
「それは凄いな。どこで剣を覚えたの」
「お父さんが元冒険者で、小さい頃から一通り冒険者のことは教えてもらっていて」
「なんで僕らのパーティーに?」
「それは……」
「ちょうど良いレベルのグループがなくてね」
言い淀むアスティア。
フォローに入ったフィオナの理由で全てわかった。
まあ、自分で初心者では修行にならないとは言いずらいわな。
「ああ、それだけじゃないの。彼女は元々神官で魔法使い志望。ミリアと同じだから彼女の参考になるかな、と思って」
「最初は一人で修行していたんですが、全然うまくいかないんです。初級の魔法は覚えたんですが、それ以上が全然ダメで……。何回か魔法を連発すると、動けなくなるくらい疲れちゃって……」
それでか。
魔力が足りないのか、コツが掴めないのか。
まあ、魔法使いのことは僕にはわからないけど。
でもなぜ魔法使いなんだ。
治癒師にならなかった理由はあるんだろうか。
「治癒師が嫌いなわけじゃないんです。ただ、ちょっと所属してた教会でイヤなことがあって……」
「それって、お布施のこと?」
「……はい」
聞こうと思っていたことをアスティアは自分で話してくれた。
それはいいのだが、ミリアの言った「お布施」とは何なのか。
「優馬とアルンはわからないわよね。治癒師……いえ、これは王国の宗派の問題だから」
ミリアは説明を始めた。
アリシェン正教では、信者であるかどうかは関係なく無料で治癒を施している。
この国の宗派の中では珍しい方なのだそうだ。大抵は治療に対してお布施と称して金銭を要求するらしい。
「私たちは『お金なんかいらない。ただ、困っている人のために』と思っていたのに、司祭様が裏で高額な費用を要求するのを見てしまって」
ああ、アスティアは ”お金を取る方” なわけね。
「よくあることよ。気にしない方がいいわ。どこの宗派かは聞かないほうが良さそうね」
「そうしてくれると助かります」
ホッとするアスティア。
その辺は僕らのいた地球と同じ、っちゃー同じか。
「それなら、うちの教会に来て修行をし直すのはどうかしら?」
「その……さすがに、それには抵抗があって……」
「そっか、そうよね」
来る者は拒まずのアリシェン正教とは違い、他の宗派では、信者が他教に移ったことを気にする宗派も多い。
仕返しが怖いのかも知れない。小さなことでも敵に回すと面倒なのが宗教団体である。
「それで……。私、魔法使いにはなれないのでしょうか」
「なれないとは言わない。でも、向いてるようには見えないわね」
「ミリア! それは失礼じゃない?」
ミリアの歯に衣を着せない指摘にアルンが抗議する。
だが。
「はい。はっきり言ってもらった方がいいです。魔力も少ないですし」
「いえ、そういうことじゃないのよ。あなた、本当に魔法使いになりたいと思ってる?」
「……はい」
一瞬の躊躇があった。
「ミリア。俺も一つ聞いておきたいんだけど、魔法使いに必要なものって何?」
「魔法を唱えたいという意志。渇望と言ってもいいわ」
確かに、アスティアにはそれが見えない。
「やっぱり、私を『エリシオンの灯火』に入れてはもらえませんか?」
「魔法使いとして?」
「……はい」
答えに一瞬の躊躇があった。
でも、その瞳には決意がある。
けれど、彼女を伸ばすことができるのかな?
面倒を見るとすれば、担当はミリアになる。
「優馬。彼女を『エリシオンの灯火』に入れてもいい?」
「?! ……ああ、もちろん!」
本人がその気なら応えはない。
「アスティア。ウチのパーティに入るのは構わない。でも魔法使いに成れるかどうかはわからないよ?」
「構いません。ダメなら剣士でも……治癒師でも構いません。とにかく今、私は冒険者になりたい!」
気持は伝わった。
と同時に彼女の真の望みがわかったような気がする。
「なるほど。それじゃあ、魔法使いを目指すけどダメなら他の役割でもいいってことだね?」
「はい!」
ミリアとアルンをチラッと横目で見る。
「アルンもそれでいい?」
「もちろん」
「とりあえず、二週間ぐらい一緒にやってみようか」
「ありがとうございます!」
アスティアを預かることになった。
「君を『エリシオンの灯火』で預かることにするよ。但し、僕らは『アスティアが冒険者としてのどういう役割を担うかは見極めないこと』にする」
「それってどういうことですか?」
「それを決めるのは、やはり自分でないと」
「わかりました!」
ミリアは「優馬らしいわね」といい、アルンはそれにうなづいているが、ちょっと心外だ。
「それじゃあ、仕事を始めるけど、僕らには仕事を始める時の合言葉があるんだ」
僕はアスティアにそれを伝える。
そして、その言葉を四人でそれを叫んだ。
「「「「| エリシオンに向かって《アシア・エル・エリセオ》」」」」
こうして『エリシオンの灯火』は新人冒険者を新たに迎え、新しい一歩を踏み出すことになったのである。
いよいよ次回はイベント当日です。




