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第34話 勇み足

 ルヴァンがフェルハートに捕まった時、優馬とアルンは治癒ブースの周辺にいた。

 計画では一斉に商会の販売ブースへ殺到することになっている。


「次は僕らの番だな」

「うん」


 二人には ”結果を出したミリアに負けてはいられない” という気持ちがある。

 突入班ではない。でもこの捕物に一枚噛みたい。


 その衝動が二人を突き動かしていたのだ。



 販売ブースに近づくと、すでに全員が配置についているのが見える。

 あとは商会の人間を一斉検挙の号令を待つばかりとなったその時、優馬の姿に気がついたメルギアスがブースのバックヤードに駆け出す。



 それは二人にとって思いがけない出来事であり、反射的にメルギアスを追いかけてしまう。


「よせっ! 優馬、アルン」


 声を掛けたのは、このブースの検挙担当『旅路の剣』のリーダー。

 だが静止する声は届かない。すでに二人はバックヤードに駆け込んでいた。



 こうなっては仕方がない。


「全員突入! 一般人はいない。商会の者は全員捕縛しろ」


 怒号と破裂音の中、商会とギルドの両者の戦闘が始まる。


「な、なんだ。お前ら。ええい、ブースに冒険者どもを入れるな」


 机や椅子が倒され、商品がぶちまけらる。

 揉み合いに殴り合い、中には過激な薬品の瓶もあるというのに、誰もが冷静さを失い敵を倒すこと以外何も頭にない。

 阿鼻叫喚の中、危険な薬剤の瓶が割れ、あたりの空気は一気に悪化する。


「優馬の奴、先走りやがって」


 リーダーはそう吐き捨てた。完全に想定外の事態だ。

 確かにバックヤードに駆け出した人物は要警戒リストの一人ではあったものの、焦る必要はなかった。



 包囲が完了した時、美しい魔法光が空を覆っていた。

 エルフィナの魔法結界である。


 魔法的事象を全て打ち消すそれは、いかなる魔法もどんな魔道具も無効化することができる。

 優馬とアルンが慌てて駆け込む必要は何もなかった。メルギアスが、冒険者たちが商品のストックに目をつけていることに気づいていたとしても、だ。



 この男もとうに腹を決めていた。


 奴らはいずれ踏み込んでくる。ルヴァンもフォルジオッカもここに来ていない以上、何かあったと考えるべきだ。

 孤立無援、となればまずは証拠隠滅。


 頼みの綱は腰のベルトにくくりつけた小さな袋に入っている凶悪な粉、魔炭粉である。



 バックヤードに駆け込むなり、魔炭粉を狭い部屋に振り撒いた。


「仕方ねぇ、ルヴァンの旦那。恨まねぇで下さいよ。それっ!……………なぜだ。変わらねぇぞ」


 裏帳簿はもちろん、商品のラベルや段ボールの外に書いてある全ての文字が意味のわからない染みに変化するはずだった。

 だが、何ひとつ変わらない。粉は中を舞い、そのまま床に散らばるだけである。



 それを好機と見た優馬たちは再び、メルギアスに襲いかかる。


「アルン、挟み撃ちだ」

「わかった」



 駆け出すアルン。続いて優馬がメルギアスに襲いかかる。


 だが、相手は一枚も二枚も上だった。

 懐に隠し持っていた小剣を一瞬にして構え、その刃先を突き出してきた。それをかわす余裕がない優馬は、自分の未熟さを後悔しながら、異世界での人生を終えていたはずだった。



 しかし


 キンという音と共にメルギアスの小剣は弾かれる。

 優馬は勢い余って横の机に突っ込み、したたかに左の頬を打った。


「ローウェルさん?」


 優馬は顔の痛みを忘れ、自分が助かったことを知る。

 助けた相手はここにいるはずのない『旅路の剣』のリーダー。


 メルギアスは一瞬目を見開き、やがて仕留め損なった悔しさに目を細める。

 それを隙と見て今度はアルンが突っ込もうとするが……


「よせっ」


 ローウェルが一喝する。

 アルンはすんでのところで後ろに下がった。


 その足元には一本の投げナイフが刺さっている。メルギアスに隙などなかったのだ。

 だが、そのメルギアスにしてもこれ以上は無理。



 相手が悪い。

 ローウェルはこのカルディアでもフェルハートと双璧と言われるほどの実力を持つ剣士なのである。


「どうする?」

「降参しますよ。アンタはそこの小僧っ子どもとは違うようですからね」



 メルギアスは正面にいるローウェルに抵抗する様子を見せず、諦めて小剣を手放した。

 その剣先およそ5cmのところにあったのは、優馬の首筋。

 まさにギリギリであった。



 『旅路の剣』のリーダーが、メルギアスを素早く捕縛する。


「助かりました。でもローウェルさん。確かルヴァンの担当のはずでしたよね」

「まあ、あっちが早く片付いたんでな」


 ローウェルはそう返したが、アルンは「そんなはずは」と呟いたあと、何かに気づき、優馬の手を掴んでローウェルにもう一度礼を言うとテントを出た。


「アルン。どうしたんだよ」

「僕たち……最初から僕たち守られてたんじゃない?」


 その一言に優馬はハッとして「そうか」と言った後、首をゆっくり横に振った。



 フィンはその様子を見て。


(たわけが。まあ、いい勉強になっただろう)


 と吐き捨てた。だが、その念話からは安心したような波動を優馬とアルンは感じていた。



 続々と冒険者が入ってきてダンボールと商品を運び出していく。

 何人かは中和剤を出して床に撒き、魔炭粉がついた商品には筆でベタベタと塗りつけていった。これでエルフィナの結界が切れた後も魔炭粉の影響を受けることはない。

 優馬とアルンがバックヤードを出た時、ジョルジュ商会の店員たちは全員が捕縛されており、冒険者も数人が残って運び損ねた商品が残っているかどうか確認して回っているだけだった。


 ここにジョルジュ商会一斉検挙計画は成功裡に終了したのである。



 ルヴァンは徹底的に調べられたが、裏帳簿を見つけられなかった。

 だが、フェルハートがフォルジオッカから取り上げた魔札から、裏帳簿は必ずこの会場のどこかにあるとギルマスのロイは見抜いていた。

 そうなると一番書類がありそうなのが商会のブースである。


 ここを探せば確かに裏帳簿は見つかるはずなのだが……既にほとんどの冒険者は撤収している。



 エルフィナとフェルハートが優馬たちの元にやってきた。


「お前ら、ドジ踏んだんだって?」

「いやぁ、まぁ………」

「優馬、確かあなたが中心になって立てた作戦よね?」

「えーーーと。……………面目ない」


 フェルハートはやれやれとため息をついた。

 メルギアスに突っ込んだ時に左頬を負傷した優馬に魔札を渡した。


「さあ、お前らの仕事だ。裏帳簿を探してもらおう」

「「…………はい」」


 本当ならメルギアスが駆け込んだバックヤードの段ボールだけを確認すれば早く済んだはずだった。

 優馬とアルンが段取りを守っていれば……である。


 ブースの中はめちゃくちゃ。イベント会場の待機所は商会の製品で一杯。

 どれがブースのどこに配置されていたかもわからないありさまだ。


「アルン、やろうか……」

「……うん」


 優馬とアルンは魔札を近づけ、商品の山の中から裏帳簿を探す。

 しかし、最後のやらかしが二人の頭から離れない。


「ねぇ、優馬。もし相手がゼロスだったら僕たちやられてたよね」

「ゼロスか……確かにな。アイツならあそこで剣を引くことはないと思う」

「僕ら、弱いね」

「そうだ……な。まあ、今は忘れよう」

 

 それからは二人は作業に没頭したが、見つかったのは朝になってからだった。


「あー、これだぁ」

「うーん、ギルドに持っていかなくちゃ」


 二人はのろのろと待機所を出る。

 そこにミリアが待っていた。


「やっと、見つけたのね。それじゃあ、これは私が届けておくわ。あなたたちは、はい。これ」


 優馬とアルンに渡したのは、サンドイッチとコーヒーが入ったバスケットだった。


「おー、すげーな」

「ほんとだ。腹減ってたんだよ」 


 二人は夢中で食べている間にミリアは冒険者ギルドに向かった。


 後日、冒険者ギルドはジョルジュ商会の解体、財産の没収。お呼びに裏帳簿によって明らかになった関係者の逮捕を発表した。中には町の役人や上下水道のスライム浄水場の監督なども含まれていた。

 さらに、一部は隣町のトルドにも及んでいることが明らかになり、計画ではフィレンティア第四の都市マルバーニアにまで手を出すつもりであったようだ。


 そんな大仕事を成功させた優馬達ではあったが、今はまだそれを知らない。

 今は得られるはずの大きな報酬よりも勇み足でメルギアスにぶっ飛ばされた頬がズキズキと痛んでいた。

 徹夜明けで腹ペコに流し込んだメシは味気なく、砂糖を入れたはずのコーヒーは苦いものだった。


 ようやく、そこで二人はミリアがいなくなったことに気づく。


「いっちゃったね。後でちゃんとありがとう、っていわなくちゃ」

「あー、そう言えばあれも言ってない」

「仕方ないよ。あとでいい……や」


 メシを食べ終えたあと、そのまま寝こけてしまったのである。



 そこにフィンが現れた。


「色々あったが、今は眠るが良い。よくやった。一歩前進ウン・パッソ・アバンテ


 それは優馬とアルン、そしてミリアがいいそびれた一言だった。


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