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第33話 一斉検挙(2)

 イベントは大成功だったと言える。


 第一要因は、近隣の老人たちなどの従来の参加者だけでなく、イベントを楽しむために来た家族連れが多数来場したことだ。セミナーや清掃具の販売ブースに立ち寄り、便乗して多数出店している露店での食べ歩きを楽しんでいた。


 冒険者たちの働きも見事なものだった。

 初めての大型イベントであるにも関わらず、さしたる混乱も起きず、治療会場、講習会場ともに大過なくイベントが行われたのは、冒険者ギルドが中心になり教会、町の役人たちと入念に打ち合わせた結果であろう。



 昼を過ぎ、会場は人が減り始めた。

 もともと怪我も病気もない来場者が多かったのだ。治癒希望の列が早めに解消するのは当然とも言える。

 午後になると見たいところは一通り回り、露店で食事を済ませた来場者たちの多くが家路についていた。



 そこにミリアが戻ってくる。


 かなり戸惑った表情で周りを見渡しているのは、商会本社での一斉検挙の張り詰めた空気とまったりしたフェス会場とのギャップのせいである。

 落ち着いた平和な風景に流されそうになるが、パチンと自分で頬を叩いて気合いを入れた。



 大捕物が始まる。本番はこれからなのだ。


 するとそんな様子に気がついた優馬が走ってきた。


「随分、険しい顔してんな。……それで、商会本社はどうだった?」

「成功よ。あっちにいた連中は捕縛済。あの薬に侵された人も救助できたのは良かったわ。商会はもう言い逃れできないはずよ」

「それは喜んでいいことかわかんないね」

「まったくよ」


 二人は苦笑いをしながらそう言った。

 今回、一斉検挙を決めたのはギルドである。商会が悪事を働いていることが明白であるからだが、せっかく捕縛しても商会員それぞれの個人レベルでの小さな罪しか見つからなければ、ジョルジュ商会はトカゲの尻尾切りをすることで組織としてまた復活する可能性があった。

 だが、複数の人質が見つかり、薬に侵されていたことが明るみに出た以上、商会が活動停止になることは確定したも同然である。

 優馬とミリアが苦笑いをしていたのは、それが商会を解散に追い込む切り札になったからである。薬に侵された人質が見つかったこと自体は素直に喜べる話ではないのだ。


 そこにアルンも駆けつけてくる。


「お疲れ様、ミリア。裏帳簿は見つかった?」

「ううん、アルン。ダメだったわ。でも、商会を活動停止に追い込むことはできると思う」

「それは良かった。でも、やっぱりそれじゃあスッキリしないよね。やっぱり裏帳簿が見つけないと」

「ええ、全貌がわからないとまだどこかで苦しんでいる人がいるかも知れないし」

「わかった。フェルハートとエルフィナに知らせに行こう。会場にいる商会職員は全員把握済み。検挙のための人員配置もバッチリ整っているよ」


 当然だ。こんな軽口が叩けるのも、商会の息がかかっている人間が付近にいないとわかっているからこそ。


 三人は話を終わるとそれぞれに打ち合わせで決められた場所に向かう。

 ミリアは教会の中に、優馬はフェルハートのいる詰所に、アルンはジョルジュ商会のブースへ。


 既にイベント来場者の客層がガラッと変わっていることは誰の目にも明らかである。

 アルンの言った通り、ギルドの計画通りの人員配置は完了している。

 

 つまり、冒険者はイベントを見に来た客に紛れる必要はない。

 ジョルジュ商会の連中に勘付かれても問題はない。


「ルヴァンの旦那、どうも様子が変ですぜ」

「商会本社に事情を聞きに行った連中はどうした」

「帰ってきません」


 ルヴァン・クラージュはまずいな、と思った。


 明らかに後手を踏んでいる。

 商会の状況を知ろうと使いを出したが、一人も帰ってこない。自分の手駒のうち、腕利きの何人かはこのイベント会場にいるが、あちこちに分散している。

 何より自由に動けない。急遽ブースに必要な人数が増えてしまったのだ。治癒会場が落ち着いた後、暇だったブースに客が押し寄せてきて商会の店員はおおわらわである。一昨日、急遽商会の売り場が拡大することになったが、商売上文句は言えないし、取り仕切ることになっているのは売上げを意地汚く自分のものにしようとヴィクトール会頭派である。

 予想より売り上げが伸びているのは喜ばしいはずなのだが、利益はほとんどヴィクトールの物になる。結局、ブースが回らなくなり自分の子飼いの連中をヘルプで出した。これで多少たりとも金は入ることにはなったが、この会場内には使える手駒がほとんどいなくなってしまったというわけである。


 もちろん、ルヴァンは商会がマークされていることは折り込み済みではあったが、こうもあからさまにやられると流石に焦りもする。客に扮装していた連中もすでに、冒険者であることを隠そうともしていないのだから。


 奴らは動いてくるだろう。さて、どうするか、とルヴァンは独りごちる。

 商会本社はもうダメだ。恐らく冒険者どもに踏み込まれている。危険だとは思ったが、帳簿を持ち出してきて良かった。当然、こちらでも捕まる危険はあるが、見つかっても判読できないよう万全の対策はしてある。

 あとは、この会場から逃げ出せれば一番なのだが……


「フォルジオッカ。冒険者どもの隙をついて逃げられるか」

「無理でやすね。奴ら、完全にこちらの動きを掴んでるようでやすから」

「帳簿は大丈夫なんだろうな。今、どこにある」

「ブースでやす。メルギアスが商品のストックに紛れ込ませているはずです」

「いざとなったらわかってるな」

「はい。魔炭粉の用意はできてやす。破棄することになれば痛いですが、見つかるようなら処分します。証拠は残しやせん」


 当初、ルヴァンは裏帳簿をどうするか迷っていた。

 商会本社に置いておくなど持ってのほか。となると自分で持つか、部下の誰かに持たせるかだが、メルギアスとフォルジオッカの立てた策を聞いて、この男は万全の対策を施していた。


 まず、裏帳簿を見つからない場所に隠し、たとえ、見つかっても単独では判読することは叶わないようにすること。

 そして、その管理を自分の片腕であるメルギアスに行わせた。



 ルヴァンはこれに絶対の自信を持っていた。

 だが、ファルジオッカから聞かされた報告に、だんだんとその自信が揺らいでいく。


 当初はファルジオッカに会場にうろつかせ、一般客に紛れておのぼりさんを装わせていたのだ。

 だが、彼の報告では確実に監視の目が自分に向けられており、遊撃隊としての意味がないと言うのだ。


 今は隣に控えさせている。

 裏帳簿の鍵となる魔札を持つファルジオッカが隣にいるのは愚策でしてかないが、単独で行動できない以上仕方がない。



 “大丈夫なはずだ。裏帳簿が暴かれる心配はない”


 もう一度、自分にそう言い聞かせるルヴァンの周りで、不意に会場で人の流れが変わる。

 イベント会場の外に何人かの神官が出ていく。治癒会場に並んでいた市民もそれに続いていく。


「あれは何だ」

「分かりやせん」



 困惑するルヴァンとファルジオッカ。


 そこにミリアが走り込んできた。数人の魔法使いと共に。

 中心にはエルフィナがいる。


「OKです。治療希望者はもう会場にいません」

「わかったわ。それじゃあ術を展開します」


 イベントのメインである教会を中心に大規模魔法陣が広がった。

 それを唱えるエルフィナと数人の魔法使い達の輪にはミリアも加わっている。


 詠唱が終わると魔法陣は消え、周りには大規模魔法の残滓が広がった。全員が魔力の消費にへたり込んでいるが、会場全体を覆う魔法結界を張ることに成功した。もう、この広いイベント会場のどこにいても二時間は魔法を使うことはできない。


「ルヴァンの旦那。まずいですぜ、魔法を封じられやした」

「魔道具もダメか」

「へい」


 ルヴァンは虚を突かれた。

 このイベントの主業務は怪我や病気に苦しむ市民に治癒魔法を施すことである。

 まさか全魔法使用不可の結界など使うとは思わなかったのだ。通常は何の変哲もない木片に見える魔札も、この状態ではバレる可能性が高い。もし、魔札が取り上げられ、魔炭粉も無効化された状態で裏帳簿が冒険者たちの手に落ちたら全てが終わりである。


 その事実に呆然としているうちに、冒険者たちがルヴァンとファルジオッカに詰め寄る。


「観念しろ! お前たちの悪事はお見通しだ」

「何のことですかな。私は見回りをしているだけですよ。ジョルジュ商会は誠心誠意、お客様のための清掃用具や薬品などを提供しているのです。何かブースで手違いでもありましたかな」

「ブースの商品は全て取り押さえた。そのにいた店員達もな」


 ルヴァンはまだ虚勢を張っていた。

 今、周りにいる冒険者は若手ばかりだ。フォルジオッカの実力ならこの包囲網を抜け出すチャンスはまだあると踏み、後ろ手で指示を出す。時間を稼ぐから逃げ出すタイミングと手立てを考えろとサインを送る。


「何か証拠があるのですか」

「ああ、ジョルジュ商会本社で人質が見つかった。全員、薬に侵されていたよ。お前たちはもうおしまいだ」


 ルヴァンはチッと舌打ちをした。

 小さな声で「だからヴィクトールは甘いと言うんだ。使えないヤツめ」と悪態をついている。フォルジオッカだけがその声を聞き、この場をどう切り抜けるかを考えているが難しい。若造ばかりとは言え、この配置は絶妙だ。


 抜け出せず捕まったらどうするか。

 最悪の場合、もし捕まったとしても裏帳簿だけでも処分することができれば、臭いメシを食うにしても短い刑期で済む可能性がないではない。なーに、商会本社から見つかった証拠だけなら、全て会頭であるヴィクトールの暴走と言い逃れすることは可能だ。


「こんな時は強気だ」と自分に言い聞かせるルヴァン。

 頼みの綱はフォルジオッカ。

 だが……


「お前は!」

「観念しろ!」


 シュッ、スッ――ドゴッッ

 

 剣を振る音が数回、何かを引きずる音、そして撲打音。


「うっ、クソッ。抜け出せん」


 ルヴァンが振り返るとフォルジオッカが膝をつき、ギルド製の特殊捕縛縄でグルグル巻きにされていた。

 やったのは大剣の大男。手のひらで弄んでいるのは、魔札だった。


「まさか、フォルジオッカがこうも易々と捉えられとは! ウッ、お前は……フェルハート」

「ああ、こいつはやばそうだったんでな。俺が直々にとっ捕まえに来たってわけさ」


 冒険者パーティー『暁の守護者』リーダーの勇名は、フィレンティア中に響き渡っている。

 ルヴァンは膝をついた。だが、その目はまだ光を失っていない。


「こいつが我らの手にあるのにまだ諦めてないのか?」

「それがどうだと言うのだ。使いどころのない魔道具などいくらでもくれてやる」

「何だとっ」


 若い冒険者が、この口の減らない悪党の胸ぐらを掴む。

 フェルハートは、それを押し留める。


「よせっ。これ以上、コイツを痛めつけても帳簿は見つからん」

「ですが……。諦めるんですか?」

「いや、こっちにもまだ策はある」

 

 そう言って顔を上げた先には、商会のブースがある。

 ルヴァンの目は大きく見開かれた。




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