第32話 一斉検挙(1)
冒険者ギルドは閑散としていた。
今は昼を過ぎたところ。元々、この時間にたむろしている冒険者は少なくて当たり前。ほとんどは外で何らかの仕事をしているし、休むなら宿でゆっくりしているはずだ。
だが、それにしたってここまで人気が少ないギルドというのは異様だ。
しかも、どことなく忙しない雰囲気がある。
フロアにはイライラした様子でギルマスのロイが周りを気にしているし、職員は忙しく歩きまわっている。
だが、その違和感を指摘できるものはいないだろう。
ギルドの仕事の中には冒険者に関わりのないものもあるし、国、地方、そして町の役場からの依頼で書類仕事が立て込むのはよくあることなのだ。
冒険者がほとんどいないギルド。
あり得なくはないが、いつもとは違うどこか張り詰めた空気をまとっていた。
それが不意に打ち破られる。一人の冒険者がギルドに駆け込んできた。
ミリアだ。
入ってくるなり、フィオナに向かって手で丸を作っている。
それを見ていたロイが叫ぶ。
「検挙実行! 出動!!」
フィオナが奥の会議室のドアを開けると、よくもまあこれだけという大勢の冒険者がギルドの出入り口に向かい通りへと駆け出していく。
彼らはこの時のために待機していたのだ。
作戦は発動した。
もう、隠す必要は無い。
その様子をギョッとして見ていた二人の男が慌てて外に出ようとしたが、フィオナが呼び止めた。
新人ギルド職員と制服姿の出入りの業者の二人。
「ポグエル。どこに行くの? 就業中よ」
「ちょっと急用で業者さんに呼ばれてるんで」
そう言って再度出口方向に足を踏み出すが、目の前にはこの場所における絶対権力者がいた。
「ほーっ、用事が? だが『ああ、そうかい』と聞くわけにはいかないな」
「ギッ、ギルマス!」
憤怒の表情でロイは職員に命じてポグエルを拘束した。
その隙に出て行こうとしていた制服の男も逃げることは叶わなかった。
「商会について話してもらおうか」
「何のことだか……」
その制服がジョルジュ商会のものであることは、カルディアの人間なら誰でも知っている。ここまできてまだシラを切るつもりなのかとギルマスはため息をついた。
それからニヤッとポグエルに笑いかけた顔は、怒っている時の数倍も恐ろしかった。
カルディアの町を二十名近くの冒険者が走っていく。目指すはジョルジュ商会本社社屋。それがあるのはメインストリートの終端地点。冒険者はそこに近づくと二手にわかれ、半分は正面入口にもう半分は裏手の勝手口へ。
ものの五分で配置は完了した。
だが、まだ踏み込むことはしない。逃げだす者に対処するため包囲を固めることが先決である。
そこにロイが駆けつけ、裏手組に合流する。
「ギルマス! わざわざあなたが来るとは思いませんでしたよ」
「ああ、グラントか。ご苦労。どうだ。敵さんの様子は」
「今のところ人の出入りはありません。ヴィクトールは中にいるようですが」
「そうか……」
通りの向こうにはジョルジュ商会のビルがある。派手な看板。表には見張りを兼ねた客引きが二人。愛想は良いがとても堅気には見えない。中には商会会頭であるヴィクトール・ジョルジュがいる。イベントではすることがなくて帰ってきたのだ。だが、どうせ出てくることはない。当然逮捕する予定ではあるが、この男は主犯であっても重要な証拠となる書類を握ってはいないだろう。
問題はもう一人の重要人物であるルヴァン・クラージュである。
この男がもし商会から外出するとなれば裏手だが、今は閑散としていて動きはない。
「何か、気になることでも?」
「ああ、少しな」
ロイはこの機会にジョルジュ商会を徹底的に叩くつもりでいる。
そのためには、何としても裏帳簿を手に入れる必要があるが、ここにあるかはわからない。すでに商会員の大多数がイベントに出払っているのだから、持ち出している可能性もあるのだ。だが、それならそれでいい。問題はなかった場合ではなく、処分されることなのだから。
「魔法を使えるやつはいるか?」
「ここで派手な魔法を使うと町は火の海ですぜ」
「いや、まさか。こちらから攻撃魔法を使うことはない。問題は裏帳簿をダメにされぬよう魔法の無効化をしたいだけさ」
ロイが考えていたのはゼロス・アーケインの一件だ。あれは失態だった。
あの日、エルフィナがゼロスを警戒していながら、新人の登録最中に魔炭粉を使われ書類を無効化されたことで、取り逃したと報告を受けている。今回、裏帳簿にそれが使われると重要な証拠が失われることになる。それだけは避けたい。
今回同じ轍を踏まないためには魔法及び魔道具による隠蔽工作を阻止する必要がある。
「そう言うことですか。それならフェリクスとセレスティナがいます」
「ああ、あの二人なら大丈夫だろう」
グラントが上げた二人は手練れだ。
二人で魔法の無効化を行った後に踏み込めば、証拠隠滅を防ぐことができる。
あとは、裏帳簿がない場合にどうするかである。現地の情報が欲しいが……
そこにミリアが走ってきた。いいタイミングである。
「ああ、ミリアか。ご苦労。現地をことを聞きたい。ルヴァン・クラージュはイベント会場に来ているか?」
「はい、います」
「それなら来た早々悪いが、戻ってもらえるか。フェルハートに連絡して欲しい。現地にいる冒険者を総動員して、ルヴァンを捕らえろ、とな。一切の責任はギルドが取る」
「わかりました」
「ああ、エルフィナに魔法無効化結界を張ってもらうのを忘れずにな」
「了解です」
ミリアは走り出した。
それが魔炭粉対策であることはわかっている。あの時、被害に遭ったのは当のミリアだったのだから。ロイはミリアが教会の方に走り去った後、号令をかけた。
「突入!」
「「「「「「ウオォォォォ」」」」」
冒険者が商会に突入していく。
すでに店の中で乱闘が始まっている。
ドガッ、ゴォォォ
バアァァァン
「なんだテメェら」「会長! ギルドが攻めて来やしたぁ!」
「追い返せ。あの薬を使え」
一人の商会員が棚の奥にある小瓶を開けて、あたりに振り撒いた。それこそ、エルフィナが調合した薬に細工をした劇薬だった。少しでも吸い込めば激しい幻覚に囚われるはずだが、何もおこらない。
冒険者たちが踏み込む直前にフェリクスが魔法無効化結界をかけたのである。調合した薬が魔素を使った魔法薬である以上、その効果はほぼゼロとなっている。
「なぜだ」
「うるさい。大人しくお縄につけ」
「クソッ、ふざけるな。全員出てこい。こいつらを叩きのめすぞ」
暴れ出す制服姿の店員は、本性を表しただのゴロツキと化していたが、すでに冒険者が制圧を完了しつつあった。元々ここは客と商談する場所であり、武器などは用意されていなかった。フル装備の冒険者に敵うはずもない。
「裏だ。裏口に急げ」
「ダメだ。こっちにも冒険者の野郎が!」
ドォォォン
店員の一人が奥から吹っ飛ばされ、店のホールまで転がっていく。
そこに会頭ヴィクトール・ジョルジュが現れる。
「誰だ。何の権利があってワシの店で暴れていやがるんだ!!」
「俺がお前を捕まえるために来てやったんだよ」
「おっ、お前はロイ・エルバート!」
「ほぉう、この商会は町のギルマス程度は呼び捨てか」
ヴィクトールは後退りながら、何か策がないかと周りを見渡している。
だが、頼りになる手下はイベントに出払っている。ここにいるのは越巾着と下っ端のゴロツキしかいない。それでも精一杯の虚勢を張ってロイを睨みつける。
「うるさい! 一体、商会が何をしたって言うんだ!」
「罪状は上がっている。あとは証拠次第だな」
裏手から冒険者がなだれ込んできた。
と言うことは、もう商会は全部制圧が完了したと言うことだ。
「ギルマス。幻覚剤を嗅がされた住人を保護しました。例の薬も押収済みです」
「効果は」
「幻覚剤、自白剤としての効果があります。服用を続けていた数人が危険な状態です」
「十分だな。あとは帳簿だが」
「すみません。見つかりませんでした。こうなったら、壁の中までほじくり返して……」
「いや、それはいい。既にコイツらは重罪人だ」
ロイは静かにそう言った。
今回一番の心配は何も証拠を見つけられないことである。小さな罪ならいくらでも見つかるだろうが、それでは一斉検挙はやりすぎということになってしまう。
だが、人質を取っていたことが明白になった。しかも違法な薬剤を使っている以上、重罪は確定だ。
それに帳簿にもまだ当てがあるのだ。
冒険者たちもホッとしていた。
ギルマスの一言でどうやら失敗したわけではないと分かったからだ。
一方、捕まった商会員はすでに意気消沈し、ゴロつきどもも逃れられないと観念している。
だが、ヴィクトールだけはまだ諦めていないらしい。
「ふん、そいつらはルヴァンがやったことだ。ワシは知らん」
「そんな話が通らないことぐらいわかんねぇのか!! まあ、いい。お前は良くて炭鉱送り十五年。場合によっちゃあ即座に縛り首だ」
トドメを指すようにロイが怒鳴りつけた。
恨みがましい目をしたヴィクトールと商会員、ゴロつきたちは全員連行されていく。外に出ると町の役人が数人心配そうに見ている。いずれも商会と繋がっているものたちだ。今まで商会と繋がって甘い汁を吸っていたことどう誤魔化すか考えているのだろうが、黙って見ているだけなのは少なくともここで騒ぐと不利になると思っているからだろう。
やがてギルド職員もやってきて、ロイとどこに収容するか相談を始めていた。なかなか決まらないのは、これだけの人数が一斉に犯罪で捕まると言うことは想定されてなかったのだから仕方がない。
「そうだ。魔物捕獲用の檻があるだろう。あれでいいんじゃないか」
「ギルマス。それはいくらなんでも……あれはかなり獣臭いですよ。いくらゴロツキだと言っても流石に」
「二、三日のことだ。それまでには町の犯罪者用の留置場が用意してもらえるさ」
そこでロイは町の役人たちの方に向き直る。
「そうだろ。役人さんたちよ!」
「はっ、はいぃぃ!」
商会の本社一斉検挙は終わった。
後の処理は進み、冒険者もほとんどが引き上げ、今は警備のために数人が残るのみだ。だが、まだ終わりではない。
「それじゃあ、イベント会場に行くぞ。参加する冒険者は一緒にこい。臨時ボーナスも出そう」
「「「「おぉぉぅぅぅ」」」」
残念ながら裏帳簿は見つからなかった。だが、ロイはまだ諦めていない。
イベント会場では一斉検挙の第二幕が始まる。そこには今回の主犯格ルヴァン・クラージュがいるはずである。
ジョルジュ商会本社の一斉検挙は呆気なさすぎた。
あの男はこの場所を信用してはいなかったと言うことだ。
つまり、奴は誰も信用せず、裏帳簿は自分で持ち歩いているに違いない。
「それに……あっちにはエルフィナがいるからな」
カルディア一の飲んだくれ魔法使いをロイは信用している。
ゼロスの時とは違う。打てる手は全て打った。
彼女ならどんな手段で隠そうとも暴いてくれるという確信があった。




