第31話 イベント開始
イベント当日。時計台の鐘が九時を告げる。
開場と同時に客が会場になだれこんでいく。
「講演の前の席を確保するぞ」
「あー、走らないでください」
「うわぁ、押すなよ」
「危険です。警備担当者が誘導しますので、無理に進むのはやめて下さい」
大変な騒ぎである。
治癒会場となる教会のホール、講習で使われる別棟にそれぞれ人が入場し始め、ジョルジュ商会の販売ブースにもたくさんの人が並んでいた。
冒険者たちは皆頑張っていた。イベント慣れしていないため人を捌くのに苦労してはいるが、全体的にはスムーズに進行している。
カイやレオンも張り切っていた。
新人冒険者の配置を決め、会場を見回って問題がないかを確認。いつもパーティーの若手として人から指図される立場だった彼らにとっては現場責任者の仕事が誇らしいのだろう。
だが、一番混乱しているのはジョルジュ商会のブースである。
前々日に急遽、会場の割り当てが変更されたのだ。ジョルジュ商会側も「急な変更は困る」と抗議をしてきた。
「商会のブースに興味ある方も随分いらっしゃるようで、売り場面積に余裕を持たせることになりました。会頭からも売上の心配をされているようでしたので」
「えっ、ああ……ありがとうございます」
会頭の意向を汲んで商会の販売スペースを広げたと言われては、引き下がるしかなかった。
『エリシオンの灯火』の三人も仕事を開始していた。
アルンは、新人に混じって荷物を運び机を並べ、ミリアはアルシェン教の神官として無料治癒会場に詰めていた。問題は優馬である。元々は警備担当及び教会の関係者と冒険者の連絡役という役回りだったはずなのだが、準備に追われる神官たちのサポートをしているうちに警備業務はすっかりお留守になってしまっていた。分け隔てなく全ての神官の雑用を手伝っているように見えるが、必ずミリアが見える範囲で仕事をしていることに気づいたものはいない。
そこにフェルハートがやってくる。
「おはよう、優馬。どうだ。調子は?」
「おはようございます。もう、朝から大変ですよ。準備が進むのはいいんですけど、何せやることが多くて……どうですか? お客さんは来てくれますかね」
「心配ない。すでに開場待ちの列はすごいことになってる。教会側にとっても嬉しい誤算だろう。それで……。例の件はどうなんだ。いるのか?」
「はい、います。予定通り」
優馬が答えたのはジョルジュ商会のスパイについてである。
そこににこやかな顔で一人の男が通りかかる。
会頭の代わりに商会の総合責任者として現場を任されてるルヴァン・クラージュである。
ジョルジュ商会はあてが外れっぱなしである。
冒険者ギルドに警戒されていることは分かっていた。何か仕掛けてくるかと思ったが、まだ動きはない。会頭ヴィクトールの罪状のうちいくつかは露見しているだろう。だが、商会の裏帳簿が相手の手に渡らない限りは切り抜けられると踏んでいる。
ルヴァンは内心のイライラを顔に出さなかった。
その顔色に焦りはない。警戒を怠らず販売ブースの管理者やあちこちで一般人のフリをしている幹部連中に「今日は動くな。相手は尻尾を出すのを待っているからな」と忠告して回っていた。
敵の動きは鈍い。
それが明白になったおかげで優馬は悠々と自分の仕事を進めていた。
作業に没頭しているフリをしながら隙をみては、スパイに対しリーヴァス・アルタを唱えて注目度を確認。何人かにはブロックされたが、大抵はそのままステータスの確認に成功した。下っ端連中はなるべく優馬の方を見ないようにしてはいたが、注目度は全員MAXの100である。お前の動きは片時も見逃さないぞ、と言わんばかりである。
それに対し、好悪度数は-20。
それほど敵視されていないということは、おそらくは『見張れ』と言われているに過ぎないのだろう。
今のところかなり上手く行っている。うまくいきすぎている。
優馬はちょっとだけ引っ掛かりを覚えたが、”今は行くべきだ” とその迷いを押し殺すことにした。
一方その頃、ジョルジュ商会の幹部たちもギルド側の動きを注視していた。
「お前ら、ちゃんと見張ってるんだろうな」
「もちろんでさぁ」
「連中の動きはどうだ」
「問題ありやせん。装備屋の親父は普通に営業しているらしく、この会場には顔を出さないようです。エルフィナは治癒ブースから出てこないのでわかりやせんが、優馬とアルンには大きな動きはありません。それより、開場待ちの客はすげえことになってやす。こりゃあ、ウチもかなりの儲けが期待できるんじゃねぇですか?」
幹部は店の掃除用具を片手に弄びながら、下っ端の報告を気のない素振りで聞いている。
だが、その返事は辛辣だ。
「ふん。どうせ貧乏人しか集まってねぇよ。この程度じゃあ儲けも大したこたぁねぇ。人数かけた割に合わねぇよ。商会の店舗は閑古鳥だしな」
「そんなもんですかねぇ……。でも、そうするとあっちはかなり手薄になってヤバいってことですかい?」
「ばかやろう。見張ってるギルドの連中も全部こっちにいるんだ。その心配はねぇよ」
彼らにはギルドがイベントに総力を結集しているように見えているらしい。
だが、幹部はそう言って下っ端の心配を払拭しながらも内心はまずいと思っている。
流石にそれを顔には出しはしない。
柔和な店員のフリで開店準備を続けてはいるが、この状況をどう打開するか頭の中でフル回転させている。
ギルド側、商会側それぞれの思惑が渦巻く中、イベントは大変な活況を呈していた。
中でも一番混雑しているのは、神官による無料の治癒が行われている教会のホール周辺である。
「ずいぶん賑わってるのねぇ」
「ええ、ここまで皆さんに来て頂けるとは思ってませんでした。いつもより少し長くお待ちいただくかもしれません」
「いいのよ。出店でもたくさんあって、とても楽しいわ」
いつも教会で治療を受けている老人たちも楽しそうだ。中には途中で具合が悪くなる人もいたが、会場を見回っている冒険者が詰所に誘導し休ませるようになっている。
カルディアの町中にある廃棄された店舗をギルドが安く買い上げ、今回、詰所として利用しているのだ。冒険者が常駐しており、ポーションを用意し臨時休憩所、案内所としての機能を持たせていた。
「無料の治癒を受けたいからはこの列に並んで下さ〜い。割り込みはダメですよ〜」
「あー、孫と逸れてしまったんじゃが」
「それなら、この突き当たりの詰所に行って下さい。迷子はそこに連れて行くことになってますし、いなければ冒険者が付き添って一緒に探しますから」
「すまんのぉ。行ってみるわい」
リュークは汗を拭って周りを確認しながら案内列の看板を持っていた。
そこに見回り担当のレオンがやってくる。
「よう、リューク。看板持ちも大変だな」
「まーな。でも、見回りも楽じゃなさそうだな。人が多すぎで一回りするだけでも一苦労だろ?」
「ああ、こんなになるとは思わなかったよ。あっちでカイが道にはみ出してる露店の親父とケンカしてるしさあ」
近所にはこの機会を商機と捉え、ちゃっかり臨時の露店を開くものまでいて界隈はすっかりお祭り気分だ。
だが、冒険者たちは少しも浮かれていない。
この仕事の本当の目的はジョルジュ商会の検挙なのだ。
商会の連中には目を光らせている。
「優馬がさっき何もしないでミリアとだべりながら露店で買い物してたんだよ」
「俺たちこんなに苦労してんのに。あいつらデートか?」
「いや、講習会の担当だから、ぶらついてるだけだろ。まだ時間があるし」
「いいご身分だよなあ」
リュークとレオンはそうボヤいてはいるが、優馬とミリアが無防備で目立つ行動をしているのはわざとである。
商会が一番マークしているのはエルフィナだが、彼女は講習会の中心であるから会場から出てくることはない。となれば、次の標的は優馬とアルンである。彼らにはバッチリマークが張りつていることに優馬はもう気づいていた。
問題はミリアについてである。彼女がフリーならこの策略はかなり成功に近づくのだ。
優馬はそれを見極めるために動く。
「そろそろ休憩しましょう」
「「「はーい」」」
十時になったところで、治癒チームが休憩に入る。このグループは女性の神官ばかりである。
神官のリーダー格が声をかけ、仮設テントに入っていく。一緒に優馬もそれに続く。中には机と椅子があり、各自は水分補給をしたりお化粧直しをしていたりである。この辺は普通の女の子と変わらない。ここは冒険者も休憩に使うところなので、優馬もこのテントの中にいることができるのだ。テントの突き当たりにはさらに仕切られた複数の小スペースがある。着替えやプライベートの用事がある場合は、使用中の札をかけて、その仕切りの中で行うことができる。
その一つに優馬が入り、別の一つにミリアが。
二つのスペースは特別で中で繋がっている。しばらくして、そこから出てきたのはミリア一人。妙にキョロキョロしていたが、テントから外に出て治癒を待つ列に沿って歩き始めた。ジョルジュ商会の販売ブースに立ち寄り、道具や洗剤の管理の人たちにも労いの言葉をかけ、一回りしてテントに戻った。
(リーヴァス・アルタ)
ミリアは知らないはずの呪文を何度も何度も心の中で唱えた。
その魔法は相手が優馬に対する注目度と好悪度数を知ることができる。
注目度は “優馬をどのように認識しているか”、好悪度数は “優馬に対し好意的であるか悪意を持っているか”。
ところがフィンの幻視術により、その対象が変わる。
相手にとって優馬が神官姿のミリアに見えている以上、リーヴァス・アルタの結果としてわかるのは“ミリアをどう思っているか” なのである。
目に見える範囲にいる商会の人間全部に呪文を行使していく。
一般人を装っている商会のスパイ、ブースの販売員、道具などの管理担当など。
結果は最高。
誰もミリアのことをマークしていない。
しかも、ステータスを覗いていることも悟られなかったので、ジョルジュ商会の回し者の素性と能力が手に取るようにわかった。
テントに戻った優馬は再び仕切りの中に入り、ミリアの姿を解く。
「なんか変な感じね。優馬が私の姿でいたなんて」
「こっちは面白かったよ。拝んでくる人もいたし」
「そりゃ、神官やってればそういう人もいるわよ………。それで、結果は」
優馬は手でマルを書いた。
もちろん、ブースで声を掛けた時は瞬間的に注目度は上がったが、話が終わればゼロに戻っていた。商会でミリアに関心を持っているものはいないということだ。
「あっ、一人だけ注目度が80の人がいた」
「えっ、まずいじゃない」
「でもその人、好悪度数も80だったよ。ミリアに惚れてたみたい」
「いやだぁ。気持ち悪いこと言わないでよ!!」
ミリアが優馬をグーパンチ。
ボコっといい音がしてバッタリと倒れたまま優馬がブツブツと何か言っている。
「ゆうまはみりあからぱんちをくらった。ゆうまはしんでしまった。げーむおーばー」
「何、言ってるの?」
ミリアに通じるわけがない。
おふざけはともかく、これでミリアは自由に動くことができる。
神官姿とミリアと冒険者の時のミリアは全然印象が違うので、同じ人間だと見破れるものはいない。
「早速、ギルドに行ってフィオナに連絡してくれる?」
「えーっ! 今? 私、午後から神官として治癒担当なんだけど」
ゆくゆくは冒険者一本でやっていくつもりのミリアであったが、所属している限りは教会の仕事もきっちりやりたいのだ。このあと治癒会場で体の悪い参加者に治癒魔法をかけていく予定だったのだ。
「商会の幹部がイベントに集中している今が、一番のチャンスだから」
「うーん、仕方ないかぁ。神官の仕事はちゃんとやりたかったんだけど……。まあ、いいわ。ところで冒険者の服に着替えるのは教会寄ってからの方がいいのよね?」
「それで頼む」
ミリアは割り切り優馬の指示通りにした。
フリーに動けるとわかっても油断はしない。この仮設会場からの方が冒険者ギルドに近いのだが、横着はせず教会で着替えてからギルドに向かうことにしたのだ。神官が教会に戻るのはおかしなことではないし、教会には裏門があるから気づかれずに出ていくことができる。
ミリアは冒険者ギルドに急ぐ。
会場にいるジョルジュ商会の手下の数は、優馬のリーヴァス・アルタのおかげで完全に把握できた。思ったよりもその人数は多く、思ったよりも商会の幹部が多く参加している。
下っ端が心配していた通り、ジョルジュ商会の本社店舗はこれ以上ないくらい手薄なのである。
本気で商会に鉄槌を下す千載一遇のチャンスがやって来ていた。
(フィン、これだけこっちに商会の連中が来てるなら大丈夫だよな)
(ああ、いくら臨時でゴロつきを集めたと言っても限界があるからな)
——時は来た
目指すはメインストートの端にある商会の本部。
今、ギルドの冒険者たちが強襲すれば、商会に防ぐ手立てはない。




