第30話 開催準備
アルシェン正教会から大規模なイベントの開催が発表された。
いつもの無料治癒会だけではなく、講習会や講演会も行うという。
“町の衛生についての意識改革” を目的とし、衛生知識の啓発も含まれていた。
だが、人々の興味はその祭り自体にある。
たくさんの露店や冒険者により様々な実演を出し物として楽しむつもりなのだ。
すでに町は、この話題でもちきりになっていた。
このイベントの発案は教会、主催は冒険者ギルドということになっていた。
本当の発案者は優馬であるが、事情はミリアが司祭に説明済みであり事前に了承を得ている。
臨時のブース作りは町役場に一任。ギルド側も近隣の廃屋を買い取り、冒険者たちによる実演や休憩施設として利用できるように進めていた。
こちらは教会から冒険者ギルドに依頼する形になっていたのだが、報酬はゼロである。
話が持ち込まれた時、「報酬がないのでは引き受ける冒険者はいない」とギルド内では難色を示した者もいたが、いち早くエルフィナが手を上げ、職員やベテラン冒険者から賛同者も相次いだため、そのまま受け入れられることになった。
イベントの三本の柱である無料治癒、講演、講習については、薬品や清掃道具や洗剤など多くの消耗品が必要になる。これにはジョルジュ商会が自ら無償協力を申し出てきた。
当然、ガメツイ商会がただで協力をするはずもなく、提供したすべての製品を ”当イベントで利用されています” と明記した上でジョルジュ商会のブースで販売することが決まっている。
一方、ギルド側からも出し物が予定されている。
”いざという時の怪我や病気に対する初期治療方法” という実演回を特設テントで行うのだ。
担当は冒険者たちであるが、これは適任と言える。年がら年中、魔物と戦っているのだから、怪我は付きもの。ポーションや魔法による治療、三角巾などの使い方は初心者のうちから叩き込まれている。
『エリシオンの灯火』の三人はそれには参加しない。
ミリアは神官として活動することになっているし、優馬とアルンは周辺警備を担当する手筈になっている。ガルドの指名依頼の一件で、ジョルジュ商会からマーク対象になっている二人がそこらじゅうをウロウロすることで、敵に人数を割かざるを得ない状況にするのが目的である。
しかし、役割は決まっても人が足りない。
講習を担当する冒険者も、警備にも中心となって動けるものがいない。これはあくまで一斉検挙をカモフラージュするための作戦であるため、腕自慢の冒険者の多くがそちら側を担当することになっているからだ。
そこに頼もしい援軍が現れる。
「よう、エルフィナ。面白そうなことやってんな。俺らにも一つ噛ませろよ」
「いいの? フェルハート。一銭にもならないのよ。だいたい『暁の守護者』に怪我の初期治療の指導なんてできるのかしら」
「大丈夫だ。カイたちにはみっちり仕込んである。怪我が絶えないからな。逆にアイツらぐらい治療の経験積んでるヤツも少ないんじゃないか」
『暁の守護者』はパーティーごと参加してくれるようだ。
だが、それを隣で聞いていたカイはムクれている。
「ひどいですよ。俺たちだって怪我したくてしてるんじゃないんですから。それに最近稼ぎが厳しくて……。少しぐらい礼金は出ないんですか」
「今回は諦めろ。たまにはカルディアの人たちの役に立てるようなことをしてみろ」
「ダンジョンの素材集めだって町の人の役に立つじゃないですか」
「カイがそんな殊勝な心がけで素材をとってるとは思えないけどな」
「なっ! レオン!! お前だって金がないって言ってたじゃないか」
所詮こんなもんである。
「あー、お前ら。今回は全員参加しろ。メシぐらいは俺が奢ってやるから」
「「「はーい」」」
パーティーリーダーにそう言われては従うしかないが、不満はない。
若手三人カイ、レオン、リュークは半ば強制参加ではあるが、彼らはこの町出身であり、町のために働きたいと常々思っているのだ。
これで『暁の守護者』から四人が参加。
その後、フェルハートが定宿でメンバー全員に話をするとベテランメンバーも賛同。流石に怪我で療養中の一人は不参加なのは仕方がないが、最終的に六人と相なった。
その後も人員の確保はトントン拍子で進む。
特に中堅パーティー『旅路の剣』が参加を表明。警備面の心配は無くなった。会場整理の人手不足も解消。
懐具合が厳しい初心者には、ギルド側とエルフィナ、フェルハートで話し合いが行われ、救済策も講じられることになった。
例えば、イベント中の食事の支給、イベントで使用するポーションの作成のための材料確保と補助。普段採取している薬草の買取に少し色をつけることになり、彼らが参加しやすい土壌が出来上がっていた。
準備は着々と進み、開催まであと二週間に迫ったところで参加各団体の顔合わせを兼ねた合同ミーティングが開催され、会場の見取り図と人員の配置が検討された。
講演の司会は、教会側から司祭が、冒険者側からはフェルハートが担当する。だが、フェルハートほどの実力者が司会だけを担当するはずがない。表向き司会担当のみ、とすることが可能になったのは、『旅路の剣』が参加により警備に余裕が出たからである。
議題は順調に消化されたが、ジョルジュ商会の派遣人員に注文がついた。
「供与していただく道具と洗剤の管理に六名、販売ブースにも増員が必要ですし、交代者を含めて八名の追加を。それと現場責任者として二名を指名していただきたいのですが」
「もちろん洗剤についてよく知っているものを配置するつもりです」
ルヴァンはその発言をある程度予想していたらしい。
だが、エルフィナの注文はそれを超えていた。
「いえ、単に詳しいだけでなく正規の商会員を配置して頂きたいです。何かあっても困りますので」
「そこまで商会にご負担いただくのもどうなのでしょうか?」
だが、最近加入した冒険者ギルド職員ポグエルがそれに異を唱えた。
この男はジョルジュ商会からの回し者であることはすでに了解済みである。
「いや、今回のイベントは初の試みだ。どこでなにがあるかわからん。各部署に信頼できる者を配置するのは当然と考えるが」
「そうですね。ギルドとしてもどこで責任問題が発生するかわからない以上、必要なことだと思います。新人のポグエルにはわからないかもしれませんが」
フィオナは名指しで身内であるポグエルに対し辛辣に指摘。
周りから見れば新人が出過ぎた真似をして上司に嗜められたように見えるはずだ。
「すいません。余計なことを申しました」
「まあまあ、そう熱くならず……。こちらとしても責任者の配置の重要性は認識いたしました。正商会員を必ず配置することにいたしましょう」
ルヴァンはすぐに了承した。
この条件は痛いが仕方がない。せっかくギルドに潜り込ませたポグエルがこの体たらくではどうしようもなかった。
ジョルジュ商会には正規の商会員が少ない。
黙って掃除をしていればバレないが、客の応対が続ければボロが出る。
本拠地である商会自体が手薄になるのは好ましいことではないが、ルヴァンはここで弱みを見せるべきではないと踏んだ。
だが、もう一人はお気に召さなかったらししい。
「おい! 勝手に」
「何かまずいことがあるのか。ジョルジュが数人の責任者も出せない、と?」
「それは……いえ、問題ありません」
出席しているもう一人の商会代表は会長派だ。
当初は、ヴィクトール本人だけが出席する予定だったが、会長派としてはあの男の専横を許すわけにはいかず同席したのだか、結局はこのありさまだ。
仕事ができる人間は敵の監視や状況の報告も優秀だ。
責任者として両派閥から貴重な人材を配置せざるを得ない状況になった。本当なら、優馬やエルフィナの監視に割り当てるつもりだったのに、である。
一方、ルヴァンにとってもこれは計算外である。ここまで多くの人員を投入するハメになるとは思っていなかった。
手駒も多く使わざるを得ないこの状況では、新薬の開発計画はしばらく凍結するしかない。
「うまく行きましたね。エルフィナ」
「ええ、これだけ教会に人数を集めることができれば、店は手薄になるわ」
会議が終わった後、エルフィナと優馬は思い通りの結果にほくそ笑んでいた。
アルンとミリアはそれを遠くから別々に知らん顔しながら見てはいるが、意識はそこにはない。気にしている先には裏口のそばにいるギルドに出入りしているジョルジュ商会の手先がいる。職員と「明日も会議室の掃除に伺います」などと会話を交わしているが、何か暗号で伝えているかも知れない。相手のギルド職員はポグエルである。
「あの職員もグルなんですよね」
「間違いなく、ね」
そこにフェルハートが帰ってきた。
早速、優馬にチャチャを入れる。
「お疲れさん。また、悪巧みしてるのか?」
「そんなことしてませんよ。人ぎきの悪い」
優馬とフェルハートが来たとなれば、当然カイ、レオン、リュークがそこに寄ってくる。
さらにアルンとミリアも手招きをして呼び寄せてしまう。これでは、優馬とエルフィナの作戦は台無しである。怪しい相手がいるところでミリアには絡まないようにしていたのだ。親しそうにしていれば、関係性がバレるかもしれないのだから。だが、フェルハートには考えがあった。
「お前ら、エルフィナ一人に負担させといてなんとも思わないのか」
「ああ、それですよね。気になってたんですよ。僕らも出します」
優馬はすぐに気持ちを切り替えてフェルハートの話に乗っかった。優馬、アルン、ミリアはすぐに財布から、少なくない金額をエルフィナに渡す。
それを見てカイ、レオン、リュークも渋々財布を開いた。
「そんなに気にしなくてもいいのに」
「いえ、後でたんまり稼ぎますから」
「優馬、言うようになったな」
エルフィナが皆からカンパを受け取った。これで、この付近にいる若い冒険者全員にフェルハートが寄付をさせたように見えるはずだ。ミリアが特別視されることはないだろう。
それを見ていたジョルジュ商会の人間は出て行った。
どうやら、もうエルフィナや優馬を注視する必要はないと思ったようだ。
フェルハートの作戦は成功したのだ。
「優馬、相手を泳がせて尻尾を出させるというお前らの作戦も悪くないが、今は敵を排除しておいた方が楽だぞ」
「勉強になります」
作戦立案の優馬たちは、フェルハートに一礼すると書類の準備に奔走し始めた。
イベントの準備という名目で会議室が確保されている。
参加者はこの作戦の本当の目的を果たすメンバーのみである。
その様子を見ていた一人にフェルハートが声をかけた。
『旅路の剣』のリーダーであるローウェルだ。
「最後のとこ、頼むぜ」
「ルヴァンの方だろ?」
フェルハートはニヤッと笑いながら、その口の端を少し歪めている。
彼らの興味はイベントではなく、本当の目的にある。
「それなんだが……」
「なるほど、そっちか。わかったよ。若いヤツは元気がいいからな」
ローウェルは苦笑しつつ、どこか楽しげにそう言った。
フェルハートは肩をすくめると、口の端を少しだけ上げ「大捕物になるな」とひとりごちた。
そこにフィオナが声をかける。
「さあ、始めますよ。もう皆さん揃ってますから」
「わかった。すぐ行く」
フェルハートとローウェルが会議室に入り、盗聴盗撮防止の魔道具を使用しての会議が始まった。
そこでイベントの裏で行われる本当の目的が話されることになった。
カイ、レオン、リュークの三人は、ジョルジュ商会の検挙という真の目的を初めて知り唖然としていた。
会議室の扉が閉まり盗聴防止が解かれると、外の喧騒が戻ってきた。
——あとはイベントの開始とその裏にある本当の計 画を待つばかりである。
6月から更新頻度を週2回(水曜・土曜)に変更します。
投稿時間はこれまで通り20時50分です。
次回の更新は6/3(火)となります。
今後とも本作をよろしくお願いします。




