第2話 ホーンラビット
冒険者登録を済ませて依頼を受けた。
これから薬草採取に行くのだが、フィンは金物屋に立ち寄れという。
歩いて二時間もかかるのに、買い物なんてする暇あるのかな。
ギルドを出て町役場に向かって歩き、その路地を曲がって……ここか。
何を買うんだろ?
もう金なんてほとんど残ってないのに。
「いらっしゃい」
「えっとこれを下さい」
「毎度あり」
こんなもんがねぇ。
何を買ったかは秘密だが、背嚢の重みが増えた分だけ役に立ってくれるといい。
そのままカルディアの南門を抜けて、エイデンシェール大草原へ。
◇
薬草採取は大変だった。
採取自体はうまくいったんだけど、道中が問題で毒のある植物、人を襲う木のつる。
まあ、フィンのアドバイスで避けることはできたんだが、その代わりの道が厳しくて……
でも、それもよしとしよう。
問題は今の状況だ。
どうしてこんなことになってるんだ。
「気を抜くな。隙を見せると飛びかかってくるぞ」
「わぁてるよ!」
目の前にいるのは一角うさぎの群れ。
最初に見つけたのは二匹、それが増えに増えて今は十匹以上。
キィィ、キィィ
グルゥゥゥ
「アレを用意しろ、慎重にな」
周りを注意しながら、背嚢から慎重に取り出した。厚さ5mm、30cm四方の一枚の鉄板。
フィンに言われてこの草原にくる前に、立ち寄った金物屋で買い求めたものだ。
笑っちゃうよね。これが対魔物の切り札だ、って言うんだから。
「こんなもの、どうするんだ?」
「いいから右手に持て。草むらから飛び出してきたらそれで払うんだ」
盾がわりにするなら左手に持つはず。
そうしないのは、あのスピードで向かってくる相手に生半可な腕でナイフを振っても怪我をするだけだからだろう。
こんなただの鉄の板一枚でどうにかなるとは思えないが、他に役に立ちそうなものはない。
不安な気持ちを抑えて右手の鉄板に意識を集中する。
「くるぞ!」
フィンの一言に鉄板を構え直す。
草むらが激しく揺れた。
ガサガサガサ
キューーーーーー
何かが飛び出してきた。それ以外何もわからない。
言われた通り右手に持っていた鉄板で払おうとしたが、それどころじゃなかった。避けるだけで精一杯。
「次、右からくるぞ」
「何匹いるんだよ!」
草むらに赤い目が光る。
鉄板に当たる一瞬に見えた姿はうさぎ。
だが、それは僕が知っている地球のそれとは似ても似つかない獰猛な生き物だ。
来た。
ガサガサッ
カーーーン
甲高い音がした。
潰してやるつもりだったが弾かれた。勢いに押されたのだ。
鉄板の衝撃が腕全体に響く。あれが体にぶつかっていたら、ただでは済まなかっただろう。
だが、あの勢いで鉄板にぶつかっておいて魔物の方も無事なのはなぜだ?
「あれでダメージなしなのかよ?」
「ああ、身体強化がかかっている。説明は後、もう一匹いるぞ。無駄口を叩くな!」
クソッ。
体格差だけは有利な点だと思ってたのにな。
だが、次はやってやる。
距離も長い。真正面から走ってくる姿も丸見えだ。
でも怖い。
避けるのも無理。
フゥー、と息を吐き、覚悟を決める。
左手のナイフを腰のフォルダに戻し、鉄板を両手で構え直した。
ガン
「うわぁぁぁ」
見た目からは想像もつかないショック。
何とか鉄板を離さずに持ちこたえる。
尻餅はついたが。
しかし。
どこに行った?
魔獣の姿が見当たらない。
座り込んだままで襲われたらたまったモンじゃない。
慌てて見渡すと、両手にゴソゴソとした何かが動く感触が――鉄板に穴があき、ツノが突き出ているじゃないか!
引っかかって抜け出せないようだ。
「優馬、トドメを刺せ」
「わっ、わかった」
ナイフを取り出し鉄板に刺さった魔物にトドメを刺す。
ギュアアアアア
身の毛がよだつほどの叫び声を上げて絶命するウサギの魔物。
それを見ていた周りの魔物が動きを止めて様子を見ている。
「油断するな」
「ああ」
当然だ。
状況は不利。
おまけにこの穴あきの鉄板はもう使えない。
どうする。
来るのか来ないのか。
何も起こらない――
逆に周囲からは怯んだような波動が伝わってくる。
ガサガサと音がして気配は遠ざかっていった。
仲間が殺されたからか、はたまたフィンの見せる幻影が魔物を怯えさせたのか。
それはわからない。
「もう、いない……よな?」
「大丈夫だ、安心しろ。今のを見て逃げて行ったようだ」
「助かったあぁぁぁぁ」
フィンが緊張を解いたのを見て、僕もへたり込む。
右手はまだ震えている。
「……怖ぇな、魔物」
「いい経験になっただろう」
冗談じゃないよ。
もし、防ぎきれなかったら腹を突き破られて絶対死んでたよ。
「なんで初仕事がこんなギリギリの命懸けなんだよ!」
「ああ、私もここまで厳しいものになるとは思わなかった。だが……震えも止まってるじゃないか。来る途中で会ったゴブリンの時は、ずっとビビってたのに」
あれっ、確かに。
もう、水筒の水を持つ手も震えてはいない。
妙に落ち着いていられるのはなぜだ?
「成長したのさ。お前もな」
「そうかなあ」
本当か? ちょっと嬉しい。
この世界に来た初日にして、一応成果が出せたんだから。
あとは帰るだけ。
すでに日は西に傾きかけている。
初めての戦闘で緊張が続いたせいか、ずっしりとした疲労が肩にのしかかる。
このまま長居するのは、さすがに危険だ。
「とっとと帰るぞ」
「わかっておる」
カルディアの町への帰り道。
なんと鉄板に刺さった一角うさぎは死んでいるものの、そのままの姿である。
「これ、持って帰るのか?」
「当然だ。こんな小さな一角ウサギでも魔獣だ。討伐ポイントも付いて金にもなる。恐らくそいつは本来の依頼である薬草採取より、よほど良い値が付くだろう」
「美味いもの食えるかな」
「ふっ………それはわからんがな」
何だよ。思わせぶりじゃないか。
まあいい、少しは懐が暖かくなるんだし。
帰り道は一時間半。
行きより三十分以上早い。やはり一度でも通った道は違うようだ。
カルディアの町が見えてきた。
「思ったより早く戻れたな」
「ああ、恐らくこれで基準は超えているだろう」
「何の話だ?」
フィンはよくわからないことを言い、町に着く手前で姿を消した。
入り口の門番が声をかけてきた。
「よお、戻ってきたか。初仕事はどうだった」
「何とかなったよ。ほら」
「おっ、ホーンラビットか。凄えな」
やはりこの魔物、図体の割に大物であるらしい。
小腹も空いていたが、冒険者ギルドに真っ直ぐ向かうことにしよう。
通りには街灯の光があふれ、田舎町ながら清潔なこの町は別の表情を見せる。
ギルドのドアを開けると、昼に登録した時とは違いかなり混雑していた。
雰囲気も違う。仕事を終えた猛者どもが獲物を携え、血で汚れた武具を担いでいるのだ。
いかにも荒くれといったハルバードを持った大男。タバコを燻らす魔女姿の女性。随分と濃いメンツが集まっているようだ。
登録の時に感じたものとはまた別の場違いな雰囲気に慣れない。
それだけじゃなく、少し嫌な視線も感じる。
(なんか見られている気がするんだが、気のせいかな?)
(ああ、さっきとは何か違う。明らかに優馬を意識しているようだ。用心しろ)
気のせいではないようだ。
(誰かが僕に悪意を持ってるってこと?)
(いや、さまざまな感情が入り混じっておる。ほとんどは単に好奇な目で見ているだけだ。ただ、一つ二つ妙な気配がある。安心はできん)
これだけ人がいるとなるとフィンにも、一人一人が何を感じているかわからないらしい。
どうしよう。
(手早く、依頼達成の報告をしてこい)
(わかった)
依頼は達成したんだ。とにかく終了報告と獲物の買い取りをしてもらうのが第一。
平静を装い冒険者用窓口に向かう列に並ぶ。
仕事後の高揚感に薄ら笑いを浮かべている者。凹んだプレートメイルをコンコンと叩いている者。
ほぼ全員が依頼終了の報告のため提出物を持って並んでいるのだ。
もちろん、それは僕も同じだ。だが、怖い。纏っている雰囲気が違いすぎる。
あまり刺激をしないように静かにその列の最後尾につく。
(報酬をもらったら、すぐに帰った方がいいかな)
(ああ、それがベストではあるんだが……)
フィンが何度も言い淀んでいるのが気になる。
帰れない事情が何かあるのだろうか。
初依頼はうまくいった。
あとは、報酬を受け取ってすぐ宿に戻るつもりだったのだが……




