第24話 何事も経験?
パーティーを結成して、まだ二週間。
これからは三人で依頼を受けることができる。
ソロでは危険と言われた討伐仕事もこれからは堂々と受けられるはずだったのだが――
ここ数日ミリアは私用で参加できていない。
結成して間もないパーティにとって、お互いを知り実力を確認し合いメンバー同志の連携を深めることが重要な時期である。積極的にそういう仕事を増やしておきたいところだったのに。
「今日もミリアは休み」
「ああ、そうらしい。きっと教会の仕事が忙しいんだろう」
「まあ、仕方ないね。それじゃあ、優馬。何か二人でできる仕事でも探す?」
「うーん、そうだなぁ」
実は優馬はそれほど気にしてはいない。
パーティーを組んで日も浅いのだ。「そのうちミリアも参加してくれるだろう」ぐらいに考えている。
特に ”冒険者らしい仕事をやりたい” と言うこだわりはない。
アルンと二人でもパーティーとして受けられる仕事もなくはないが、そこまでして討伐や連携が必要な依頼に手を出すつもりはなかった。
それよりもっと大事なことがある。
それはアルン自身が ”普通の冒険者仕事に慣れる” こと。
実のところアルンはこのギルドにおいてまだ信用されているとは言えない。
ゼロスに騙されかけ、優馬に助けられたことで頼りないという印象がついてしまっている。それを直接アルンに言うつもりはない。自信をなくしたり萎縮したりはさせたくないからである。
アルンの剣士としての実力は初心者としては腕の立つほうだと思う。
だが、はたから見て冒険者としては未熟に見えることも確かなのだ。
つまり優馬の希望はアルンをひとりだちさせること。
できたばかりのこのパーティーだっていつまで続くかわからない。そう考えるとたとえ解散したとしてもメンバーの一人一人が、やっていけるようにしたいと思っていた。
「アルン。町の仕事ってあんまりやってないよね」
「うん、剣士になりたいと思ってたから、なるべく狩りの仕事をやってて……。とは言っても今まではせいぜい街道沿いのはぐれゴブリン退治ぐらいなんだけど」
はぐれゴブリンなんぞ群れからはぐれた死に損ないにすぎない。一般人にとっては危険なので討伐はするが、冒険者にとっては初心者でも楽勝な腕試し程度の仕事だ。
アルンもこの仕事じゃ修行にもならないと思っていた。せいぜい他の仕事よりマシだと考えただけだ。
「それじゃあ、今日は別の仕事やってみない? この町で定番のヤツ。あんまり希望者はいないんだけど……」
「それって下水のダークスライム回収だよね? あんまり気が進まないなあ」
「まあまあ、何事も経験だってば。これもこの町に貢献する大事な仕事だよ」
下水のダークスライム回収とは、下水浄化槽から溢れ出したスライムの死骸を汲み取って捨てる仕事である。これはカルディアの町から依頼されている半常設依頼であり、ギルドでは掲示板に貼り出してはいない。窓口で受け付けを済ませる必要があるが、これは希望者がバッティングするのを避けるためである。
だが、こんな仕事を率先してやりたい者などいない。少しでも引き受けやすくするためにギルドは依頼料に色をつけているぐらいなのだ。
「優馬はこれやったことがあるの?」
「ああ、一回だけだけど。もう、臭くてベトついて大変だった。服がダメになったからあの時は赤字になっちゃってさ」
「それならなんで……」
「いや、そうとは知らなかったから、ってのが一番の理由だけどさ。僕はカルディアに着いた日に冒険者登録したからね。冒険者になってまだ一ヶ月。この町で過ごしたのもまだ一ヶ月、ってわけ。まあ、そんなわけでこの町のことをまだよく知らないのさ。それで、一通りの仕事をこなしておいた方がいいと思ったんだよ」
「それじゃあ、僕もやったほうがいいね。僕は生まれた時からこの町にいるけど、この町の中でやる冒険者仕事はほとんどやってないから」
「よし、窓口で依頼を受けたら古着屋に行こう」
「わかった」
優馬とアルンは窓口でこの仕事を受けた。早い者勝ちであるはずのこの仕事は案の定誰も受けてはおらず、フィオナからも「大変だけど頑張ってね」と同情混じりの視線をもらいながらギルドを後にした。
二人は古着屋でなるべく安く動き易いボロ着とボロ布数枚を買い、町の浄水場に向かった。
「こんにちわ。ダークスライム回収に来たんですけど」
「ああ、ご苦労さん。ギルドから話は聞いてるよ。優馬にアルンだね。やり方はわかる?」
「僕は一回やってるんですけど、アルンは初めてなので説明をお願いします」
「そうか。やることは浄水場の入水口と出水口付近に黒いベトベトがくっついていたら、それを取り除き、回収すること。それが仕事だ。道具はそっちにでかい木ベラがあるからそれ使ってくれ。回収は麻袋に止水草を塗りこんでから入れてくれればいいから。終わったら焼却待ちの倉庫に持ってきてくれ」
「「わかりました」」
二人はまず入水口の方に周り、蓋を開けて詰まりを確認する。すると黒いネバネバした塊があちこちにこびりついているのが見えた。まだ、入水口を塞ぐまでは行っていないがこのままあと一週間も放置すれば溢れて大変なことになるはずだ。
「うわぁ。入水口にもあるのか」
「ん? 優馬。どういうこと?」
「普通は出水口にしかスライムの残骸は出ないんだ。こっちにもこのギトギトがあるとなると今日は大変だよ」
「ふーん、そうなんだ。でも、聞いてたほど酷い匂いじゃないね」
「ああ、入水口はまだマシだよ。でも、一応これで口の周りを覆っておいた方がいいよ」
そう言って優馬は古着屋で買ったボロ布をマスクがわりにして見せた。
「そうか。それでボロ布を何枚も買ったんだ」
「うん、まあそれだけじゃなくてタオルがわりにもするけどね。今日は仕事終わった後も普段使っているタオルは使わない方がいいから。全部捨てることになるからね」
「そんなに酷いんだ」
「まあね。でもなんでこんな汚いスライムなんて使うんだろ。こんなでっかい浄水場が田舎町にあるのも解せないし」
「えっ、優馬知らないの?」
「うん」
アルンは笑いながら「そうじゃあ、ここができた時の話でもしようか」と言った。
それにコクコクとうなづく優馬。この町ではスライム浄水場については誰でも知っていることなのに、日本から来た彼は何も知らないからだ。今更誰にも聞けないスライムの働きについては、知りたいことの一つだったのだ。
商人の息子であるアルンの説明は、当時のカルディアの経済状態から、ギルマスのロイが投入した私財の回収にどれくらいかかったかまでかなり詳細なものだった。
「ふーん、そういう経緯があるんだ。それで、仕組みの方は? こんな汚いスライムを使うことないだろ」
「いやいや、違うって。それも説明するから」
アルンは「まず勘違いしている人が多いんだけど」と言って、ここで使われるスライムについて説明をした。
まず、浄化槽には魔法のコーティングが必要なこと。その中でスライムが浄化処理が行われていること。
「どうせそのコーティングが一番仕事してるんじゃないの。スライムの浄化はオマケでさ」
「いや、そんなことないよ。魔法は浄化槽を守ってるのさ。スライムが大量のゴミを処理するときに水槽自体が溶けてしまうことがあるので、その予防のために必要なんだ」
随分とアルンは物知りのようだ。その後も説明は続く。
汚れを取るのは主にブルースライムの役目で、グリーンスライムはニオイ成分の分解に必要らしい。
「なるほどね。じゃあ、ダークスライムってのは何なんだ?」
アルンは「それはねぇ……」とちょっとイヤそうな顔で話を続けた。
ダークスライムという生き物は実は存在しないのである。
その正体はブルースライム、グリーンスライムの死体である。汚水を浄化すると一定数のスライムが劣化し、ついには死に至る。死んだスライムは魔法コーティングされたフィルターを通過し、沈殿物と一緒に出水口から漏れ出てしまうのである。
「つまり、僕らの仕事はその漏れ出たスライムの死体を回収しているってこと?」
アルンが「そうだよ」と答えようとしたところで、パチパチと手を叩いて身なりの良い男があらわれた。
一見、カタギのようであるがどことなく胡散臭い。派手で金のかかっていそうな服だが趣味が悪く、柔和な顔をしているようで荒事も厭わないと言うような……
優馬は日本にいた時にこういう連中と会ったことがある。いわゆるインテリヤクザと言われる手合いである。
「実に博識な冒険者がいますな。こういう人達がいればカルディアも安泰でしょう」
「それはどーも」
「ですが、いけませんな。やはり清掃は専門家がやるべきでしょう。それに知ってますか? この町にも貧民と言われる者たちがいることを。君たちのように高級取りが彼らの食い扶持を奪っているんですよ」
「僕らは別に高級取りなんかじゃありません。それに、この仕事は希望者が少なく冒険者ギルドでも半常設依頼になってるんです。人の食い扶持を奪うなんてお門違いです」
「なるほど。しかし、このような非効率な仕事が町の予算を不当に食い潰しているという意見もあるのです。まあ、あなたたち冒険者のせいとまでは言いませんけどね……。では、失敬」
そう言って男は去っていった。
「何だあれ、感じ悪いな」
「ほんとだね。でもあの人、この町では有名人だよ」
「なんて人?」
「ルヴァン・クラージュ。ジョルジュ商会のお偉いさんだけど、カルディアでは名士で通ってる」
「へぇ〜、まあ、いいや………仕事仕事」
優馬とアルンは仕事に戻った。
横には大八車があり、大きな樽がくくりつけてある。あらかじめ止水草を塗り込んだ麻袋に溜めたヘドロ状のダークスライムの残骸をその樽に入れては、また側溝に馬鹿でかいヘラを突き入れては掬い上げる作業を続け、夕方になってやっと一段落ついた。
「アルン。ここまでにしよう。キリがないから」
「やっと終わったかあ。それにしてもこんな大変な仕事、よく優馬は一人でやってたね、って……そういえば、フィンは?」
「この仕事には耐えられないって」
「アンデッドのいるダンジョンは平気なのに?」
「ああ、何でもダークスライムの存在がきついらしい。普通のスライムも汚物も別に気にしないけど、スライムが汚物に穢されて死ぬ時の断末魔が聞こえるらしい。精霊ってのもそれはそれで大変なんだろう」
「ふーん、そうなんだ」
もし、優馬がルヴァンをリーヴァス・アルタで調べておけば。あるいは、もし、フィンがこの日の仕事に同行していれば、この後の奇妙な事件は起こらなかったのかもしれない。
しかし、この日一日ベタついた汚れと格闘し疲れ果てていた二人は、仕事が終わりにシャワー浴びた途端、すっかり記憶の彼方に押し流され忘れてしまった。




