第23話 面倒な注文
ルヴァン・クラージュは現状に満足していない。
単なる管理職で終わるつもりはないが、ジョルジュ商会のトップを狙っているわけでもない。
“やろうと思えばヴィクトールなど、いつでも追い出せる―― ”
そう思っている。
狙いはもっと大きな利権なのだ。商会はきっかけにすぎない。
だが、最近は隣町のトルドでも仕事を受けるようになっており、業績は順次拡大中。しばらくはこの流れに乗っておくのも悪くないと考えている。
「どうだ。計画は順調か」
「売り上げは伸びています。ですが、以前として浄水システム関連には食い込めていません」
清掃事業はこの町の要。
その中核がカルディアが誇る浄水システムなのである。
これを独占できれば、水道料金の値上げも清掃事業の高額請負も思いのまま。町の環境維持を人質にとり、気に入らぬ相手を排除することすら可能だ。
だが、現実は甘くはなかった。
問題は冒険者ギルドである。
中でもギルマスのロイ・エルバートが何より邪魔なのだ。
ボンクラな町長と町役場をいくら取り込んでも、事業の中核である上下水道のシステムを手中にすることができない。冒険者ギルドが運営にガッチリ食い込んでいるし、誰もが嫌がるダークスライム清掃業務を引き受けている以上、追い出すことは無理だからである。
そこでルヴァンは別の方法を考えた。
高度な魔法清掃薬の開発である。
何も清掃事業は上下水道システムだけではない。
市民の衛生に対する認識は高く、清潔にすること自体が生活に根付いている。路上の掃除や店舗、宿泊施設の清掃などにこの町の住民は金を払ってくれるのだ。
商会はその意識にさらに踏み込もうとしていた。
掃除業務が終わった後、普通なら床や壁、机や家具は元どおりとなる。
それが汚れる前より綺麗になるとしたらどうだろう。ゴミがなくなるだけでなくピカピカになる。確かに掃除は済んでいるが、こびりついて仕方がないものとして今まで諦められていた黒ずみまでを無くすことができたなら……
それを可能にするより高いレベルの清掃サービスを提供しようというのだ。
そのために商会は魔法薬の生成、錬金術に詳しい魔法使いに新薬を発注していた。
ところが、良い結果が得られていない。
その理由は発注内容にあった。
実はこの薬、表向きの『高度な清掃薬』だけでなく、もう一つの効果を期待されている。
極めて剣呑な用途のための。
ルヴァンは小さな私室に入って行った。
周りには三人の部下がいる。
「例の薬はどうなっている」
「急がせてはいますが、なかなか成功しないようで。やはり作成に魔力が必要となると本職には敵わないようでして」
「そうか、それなら私が引き取ろう。こんな時くらいしか魔法使いなんぞ役に立たないがな。使えるものは使わないと」
「お願いしやすぜ。俺たちじゃ、とても受けてはもらえませんから」
ルヴァンは新薬開発の依頼先を変えることにした。
キリッとしたスーツ姿に着替え、店を出て、職人通りに入って行く。
何を売っているかもわからないような小さな汚い店を並ぶ一角。
その中のある魔道具店の前でルヴァンは立ち止まった。
ここで新薬の調合を依頼するつもりだ。
店主の名はエルフィナ。冒険者ギルドでは飲んだくれの魔法使いとして知られているが、実力者の間では彼女が魔道具師であり、錬金術を含めた魔法薬の生成にも長けた存在であることは有名だった。
「すいません。こちらは薬の調合を請け負ってもらえますか」
「あなたは?」
「ジョルジュ商会のルヴァン・クラージュと申します」
それを聞いてにこやかに応対していた店主の微笑みが微妙に曇った。
会長の悪名高いジョルジュ商会からの注文は断りたい。だが相手が悪い。ルヴァンは町の名士であり、とりわけこの職人通りでは悪く言う者はいない。この町の成り立ちを知っていれば、注文を断ることは難しい。
「それで、どんな薬が必要なのですか?」
「清掃に使う洗剤の一種なんですが、魔力が必要でして」
ジョルジュ商会の仕事柄から考えて洗剤を使うというのは自然なことに思える。だが、魔力が必要な洗剤というのも奇妙な話だ。内容によってはホイホイと受けるわけにはいかない。
「なるほど。魔力を使うから私どもに注文なさるということですね」
「ええ、そうです。それに特殊な薬草も必要でして」
「薬草……ですか?」
「はい。但し、それはこちらで用意してもいいし、ギルドに依頼して取ってきてもらってもいい。入手にかかった費用は別途お支払いしますし」
そう言って、一枚の紙を店主に渡した。それは薬草の一覧と製法についてが書かれていた。
それを見た途端、店主の顔はさらに険しくなる。
薬草の一つ一つは大したことはない。
製法もそれなりに複雑だがそれほど難しいわけでもない。但し、一気に魔力を使わないと成功がおぼつかないところがあり、なぜこんな小さな魔法使いが経営している店に来たのかがわかった。
問題は薬草と製法の組み合わせである。
普通は同時に使わない材料と手法なのだ。経験豊富な魔法使いでもその影響を完全に把握することは難しい。確かにこれを使えばどんな汚れも落ちるだろう。
だが、これは本当に清掃に使うものなのだろうか?
「これはかなり危険なものだと思うのですが」
「はい。こちらとしても扱う人間を制限するつもりです。希釈率、使用条件、換気や手洗いなどを含む使用手順を作成してからの運用になります」
一見、まともなことを言っているようで詳しい使い道については何も言っていない。
問えば答えるだろう。
確かに落ちにくい汚れはある。魔灯にこびりついた魔素を含んだシミ、冒険者が使う銀製武器に付着した魔物体液。一般的に落とすのが難しいとされている種類の汚れはいくらでもある。
この薬草と製法の組み合わせなら、それらの汚れは綺麗に落とせるだろうが、あまりにも強力すぎる。
他に考えつかない用途があるだろうか。
悪事に転用される可能性は……
例えば、換気が不十分な室内でこれを使えば体調を崩すものが出るだろうが、それぐらいは他の薬品でもあり得る。
あとは他の石鹸などと安易に混ぜると……。
『そうか!』
エルフィナは気づいた。
この薬の怖さは ”混合” にあるのだ。
魔物の血を混ぜれば爆発の危険がある。
眠り草に混ぜて散布すれば家中の人間を昏倒させることができる。
混合により何に化けるかわからない劇薬。
その可能性こそが頭の中で警鐘を鳴らしている物の正体なのだ。
「やはり危険です。他の薬品と混ぜた場合,何が起こるかわかりません」
「ほっほっほ。そんなことはしませんよ」
「いや、ほんの小さな不注意で……」
「ああ、確かに安全には十分配慮する必要がありますな。これはマニュアルで厳密に運用方法を検討することにしましょう」
「………」
そう言われて何も言い返せなかった。
まさか「あなたの商会のマニュアルなど信用できない」とは言えない。
エルフィナは迷った。迷った末に受けた。
報酬は十分すぎるほどだが、それに目が眩んだわけではない。
断る理由が見つからなかった。
相手は町の名士だ。金もある。ツテもあるだろう。
何よりあの製法は確かに難しいが、受けられる魔道具師はゼロではない。
頭に浮かぶ “金のためなら何でもやる” 食い詰め魔導士のことが頭をよぎる。
『あの連中にやらせるわけにはいかない、か』とひとりごちた。
受けざるを得ない。
「それではよろしくお願いします。まずは三日後に係のものにとりに来させますので」
「毎度あり」
帰りがけにかけたこの言葉。
どんな相手にも斟酌しないこの職人通りでは当たり前のセリフではあるが、賓客には決して使わないはずの言葉。
それを使わせるほどに、この依頼は決してありがたいわけでもなく厄介で頭の痛い仕事なのだ。
これほど嬉しくない気分で「毎度あり」を言ったことはないとエルフィナは思った。
彼女には目に見えない毒がこの裏ぶれた職人通りに広がっていくように感じられた。




