第22話 カルディアの歴史とジョルジュ商会
メインストリートの外れに見た目の派手な建物がある。
古くからあるビルに手を入れたもので片田舎のカルディアにしては小洒落ていると感じる人もいるにはいるが、ほとんどは趣味が悪いという印象を抱くだろう。
看板には ”ジョルジュ商会” と書かれている。
店内にはそれなりに品物もあるが、目を引くのはいくつかのブースに分かれた相談スペースである。
商会とは言っても直接モノを売るより、サービスを提供する店なのである。
店の奥にはとびきり豪奢な部屋がある。
そこに座っているのはヴィクトール・ジョルジュ。商会の会頭である。
派手なスーツに趣味の悪い大柄な指輪やネックレスなどギンギラギンの装飾品を身につけていて、とても堅気には見えない。
周りには部下が数人詰めているが、打って変わってツナギ風の制服姿である。
いかにも作業員といういでたちでありサービス内容からすれば妥当なのだが、ヴィクトールに媚びへつらいながら歩く姿はどう見ても反社会組織の下っ端組員である。
彼らは緊張していた。
会長の機嫌がすこぶる悪いのだ。
「おい、下水清掃独占の件はどうなった」
「そ、それなのですが、町と冒険者ギルドの関係が強固でなかなか進んでおりません」
「何をやっとる。一気に業績を上げるにはあそこを抑えないと始まらんぞ!」
このジョルジュ商会は清掃サービスを取り行っている新興企業なのである。
店舗では清掃用品も販売しているが、メインは人を派遣してのサービス業務である。さまざまな清掃の種類に対応でき、急ぎの依頼も引き受けるためそれなりに重宝されている。問題は値段で他の清掃サービスやギルドで引き受けてくれる下水清掃に比べるとかなり高い。
商会の一般的な評判はまあまあ。
確かに落ちにくい汚れを処理してくれるありがたいサービス会社ではあるが、いかんせん値段が高すぎる。
会長があまりにも胡散臭い。単にアクが強いだけでなく、たびたび暴言を吐き問題になっている一方で、管理職の一人 ルヴァン・クラージュが町の名士として有名であり、なんとか体裁を保っている状態である。
「いけませんなぁ、会長。急いては事を仕損じるというでしょう?」
「お前のペテンに引っかかるのを待っていては仕事など進みはせんわ」
「それは失礼を。では、私は退散するとしましょう。下水清掃については私にお任せを」
ルヴァンは会長室を退出した。
……と同時に、ヴィクトールは忌々しげに大きく舌打ちをする。
清掃事業とその利権。その確保にルヴァンは必要だ。
“カルディアでは清掃は金になる”
この生意気な小僧を排除することはできない。
なぜなら、このルヴァン。商会内では慇懃無礼な物言いをしているが、世間では腰の低い柔和な常識人として通っている。前職は町の役人であり、地道な政策で町の美化に貢献している。特に職人通りのスライム大発生では、陣頭指揮を取り速やかに事態を収束させたことで町から表彰されていた。若い頃は冒険者として仲間の危機を何度も救った英雄と言われたこともあると言う。
もっとも人当たりが良い人格者。カルディアの誇り。などと言うのは、かなり贔屓目な見方と言えるかもしれない。
その正体は、金にうるさい俗な男にすぎないのだ。
十数年前、元勇者パーティの一人ロイ・エルバートが冒険者ギルドマスターに就任した。
その時、彼が感じたのは「町並みも人も汚い町」であるということだ。
下水もロクに処理されておらず、汚物の匂いは蔓延し、数年に一度は大きな伝染病に見舞われていた。冒険者ギルドも小さく町の役人も私利私欲に走っており、毎年人は減り続けていた。町は荒れ果て入口の門番はあるはずのない入町税を旅人からむしり取っていた。
そこで治安維持と町の衛生管理の両方に着手することにした。
元々、この町の冒険者ギルドには拡張が必要だった。
周りには狩り場も多く、討伐依頼が途切れる心配はない。しかし、討伐依頼が大量にこなされるようになれば,ゴミも大量に発生することは避けられない。しかも増えるゴミの種類は魔物の内臓や腐肉や血液や毒性の高い体液である。バイオハザードを巻き起こしたら、町全体が悪臭と病魔に侵され崩壊する。
現状の浄化システムの整備とギルドの拡張は、双方にとって切っても切り離せない絶対条件だったのである。
そこでロイはまず非協力的な町長を説得し、町の美化をする許可を取り付けた。
決して金を出そうとしない町長に対し、彼は私財を投じ、川の水を引き込みスライム浄化槽を備えた上下水道を整備した。施工には冒険者を登用し、彼らに食い扶持を与えたのだ。
最初は懐疑的であった町の住人も町に活気が戻ってくると好意的になった。それまで反対していた町の役人たちもギルドに協力するようになり、幾分かは町の予算によって投入した資金を回収することに成功する。だが、手綱を緩めることはなく、町の門番の不正を正し、回収した資金を街道の整備にまで回して町の良化を推し進めたのである。
浄化工事の終盤にはあらゆるギルド仕事が順調に推移し、冒険者ギルドを拡張する資金も十分となった。ここでも建築の人足として冒険者を登用したため、工事は一気に進み、二つの工事はほどなく完成した。
町には冒険者が溢れ、浄化システムの運用の仕事も請け負った。
町の有力者たちは利権を得ようと画策したが、その試みは失敗に終わる。出資者はロイで工事の大半は冒険者だ。懐柔しようにも金でなびく相手ではない。ギルド組織は強力であり傘下の衛兵を使って脅すことも不可能であった。
ここにロイの政策は成功したのである。
住民は健康で過ごしやすい環境を手に入れた。
清掃意識を高め、自発的に協力するようになった。
“たかが田舎町の掃除”
普通ならそう考えるところだが、それこそが発展の鍵であることは誰でも知っている。
ロイ・エルバートの名声は否が応にも高まっていったのだ。
すると今度は担ぎ上げようとするものが出てくる。
「あなたこの町の町長をやってみないか」
彼らにとって手が出せないギルドにいるから問題なのだ。
周りを子飼いの小役人で固め、孤立させてしまえば、町の実権を握れると踏んだのだ。
だが、彼は首を縦に振らなかった。
そして、驚いたことに上下水道事業全体を町に移管したのだ。
町の役人たちは表では神妙な顔つきでこの申し出を受け、裏ではまた甘い汁が吸えるとほくそ笑んだ。
一番の利権である浄化システムを握れば、やりたい放題であると。
だが、それはうまくいかなかった。
既に町の組織はもう冒険者ギルドにとって脅威ではなくなっている。汚職が進むようなら、ギルドの力で罰することができるのである。さらに、冒険者ギルドは町に冒険者のために一つだけ仕事を残すことを約束させた。
ダークスライムの回収である。
スライムによる汚水の浄化では定期的にメンテナンスが必要であり、それを冒険者が受けられるようにしたのだ。これは初心者の仕事を確保する意味もあったが、仕事を受けた冒険者に報告させることで上下水道事業全体がうまくいっているかギルドが町を監視する狙いがあった。
そうとは知らない町の役人たちは二つ返事で了解した。
元々人が嫌がる汚くてつらい重労働であり、率先してやるものはいなかったのである。依頼料を安くすると人が集まらずシステムの動作に支障が出るため、常識的な賃金が確保された。この就労形態は、町の他の清掃業務についての規範となり,多くの清掃仕事を冒険者も町の住人も「大変だがそこそこお金になる仕事」として定着していった。
だが、町が健全に見えるのは、健全であろうとする者がいたからに過ぎない。
組織とは、その「健全さ」すら利用されうるものなのだ。
衛生管理への意識が高いこの町に目をつけたルヴァンは、まさに切れ者と言える。
それまでの「ゴミをなくす」といったレベルとは一線を画した、高品位な清掃を提供した。部屋やオフィス、机や椅子、家の壁や窓などをピカピカに磨き上げたのだ。料金は最初は安く,そして徐々にサービス向上と称して高くなっていく。
他の町ならこんな事業は成功などおぼつかないだろう。
衛生に対する意識の高まったカルディアではジョルジュ商会は受け入れられ、事業は確実に拡大していく。
商会は更なる一手を打っていた。
それはとてもクリーンとは言えない代物だったのである。




