interlude3 初めまして、フィン
これは僕が冒険者パーティを結成することになって一週間ほどたったある日のお話。
しばらくはソロでやっていくつもりだったが、思いがけずアルンとミリアの二人と組むことになった。
パーティー名は『エリシオンの灯火』。ギリシャ神話に由来するこの名前は、この世界では通じないはずが、なぜだか二人はこの名前をいたく気に入りあっさりと決まった。
問題はフィンについてである。
本当は誰にも知らせたくはない。エリシア様がサポート役として付けてくれたことについては説明のしようがないし,本当の目的である『この国の腐敗を正す』ことを考えるとなるべく伏せておきたいことだからだ。
けれどこのまま黙っては置けない相手がいるのである。
まずはミリア。パーティーメンバーに隠し事をする気はない。
次にギルド。どういう登録形態になるのかわからないが、このままというわけにはいかない。
それ以外の誰にも知らせたくはない。
ああ、どうやって知らせよう。
決めるのは僕。
アルンは既にダンジョンで顔合わせ済みなのだから、何か知恵を貸してくれよとは思うが、そのつもりはないらしい。
まあ、事情をわかってくれて勝手に話したりはしないだけマシか。フィンは僕の連れだから頼るのも変な話だ。
だが一つ目は取越し苦労に終わる。
ミリアはとっくにフィンの存在に気づいていたのだ。
その日は珍しく午前中のみの仕事が終わり、町に一軒しかないちょっとおしゃれなカフェで、優雅な遅い昼食を取ることに。天気もいいのでベランダの席にくつろいでいた。こんな田舎町では平日に他の客はいない。すでに食事が終わり、コーヒーを飲み……
会話が途切れて少したった頃、ミリアが切り出した。
「ねぇ、優馬って私に隠していることがあるでしょう」
「べ、別に何も隠してなんて……」
「嘘」
やばい。
アルンは隣で平気な顔をしているが、僕はこういうの苦手。黙ってお茶を飲むしかないが、手が微妙に震えている。
「たぶん精霊ね、優馬に連れ添っている何かがいるのがわかるもの」
「……………」
(優馬、もうバレておる。私のことを紹介するいい機会だろう)
(いや、フィン。僕だってそうは思うけど、まだミリアの性格も完全にわかったわけじゃないんだ。もしギルドに駆け込まれて面倒なことになったら困るぞ)
仕方ないか。
聖霊や魔物を冒険に連れ出すならギルド登録が必要なのだ。打ち明けるタイミングを逃してしまったのだが。
あー、でもミリアが杓子定規で隠し事を由しとしない性格だったらどうしよう?
腹を括るつもりが全然できてない……
(フッ、心配性だな。案ずるより産むが易しだ)
(ちょっ、ちょっとフィン!!)
僕が迷っている間に、フィンは自ら机の上に姿をあらわす。
勝手なことすんなよ! ここはタイミングを測ってだな……と思っていたのだが、取り越し苦労だったようだ。
「可愛いぃ! あなたなのね。優馬、名前はなんていうの」
「フィン。………一応精霊だ」
「一応とはなんだ。一応とは」
「ふふふ、やっぱりそうなのね。私はミリア。初めまして、フィン」
ミリアは最初は物珍しそうに、次に愛おしい感じでフィンの姿を見つめている。
フィンは机の上に降りず、空中に浮かんでいて目の高さにいる。
「私は女神アリシアに仕える風の高位精霊のフィンだ」
「いつから高位精霊になった?」
「文句でもあるのか、優馬」
「………なんでもない」
アルンが吹き出した。
ミリアが「いつもこんな感じなの」と聞くとアルンは腹を抱えながら、うんうんと首だけで返事をする。
「ひとつ。聞きたいことがあるけれどいいかしら。もしかしたら失礼に当たるかも知れないけれど……」
「構わない。わかる範囲で答えよう」
「私は神官だから神気については敏感なの。それで精霊のフィンが優馬のそばにいるのはわかったわけなんだけど。実はエルフィナに最近魔法を教わっているせいで、そのう……」
「わかっている。私から魔物の気配を感じると言うのだな。お前の言うことは正しい。このオオカミの姿で顕現してからと言うもの魔物としての属性を私は持っているのだ。正確にはオオカミの上位種としての魔物という位置付けになる。中位の魔法使い程度の術を使うことができる」
「やっぱりそうなのね。わかったわ。それでギルドにはもう登録したの?」
「いや、それが難しくてさ……。ミリアも考えてくれないかな」
問題は複雑だ。
フィンを冒険者ギルドにどう知らせ、どう登録するか。
元々精霊であるから召喚した冒険者を召喚師として登録するのが普通。
だが、僕はもちろん召喚師ではない。
精霊でダメなら魔物として登録することになるが、僕は使役師でもない。
第一、肝心のフィンが許すわけがない――
「私が優馬に使役されるだと!! ふざけるな!!」
きっと、こうなる。
結局、この案も取れないとなると八方塞がりである。
「黙っておこうか」
「無理よ。私だって気づいたんだもの。冒険者の中には私よりずっと能力の高い神官も魔法使いもいるわ」
「仕方ない。正直に打ち明けて、どうすればいいかギルドで聞いてみるか」
「「うん」」
なぜかアルンとミリアはひどく乗り気な様子。
僕はなんとなく気が進まない気持ちのままカルディアの町を歩き、冒険者ギルドの扉を開く。
黒く大きい扉が今日は特にいつもより重く感じる。
どうしよう。
窓口にフィオナの前でいるが、話すには人目が多すぎる。
どう切り出そうか迷っていたのだが……
「あら、三人揃ってなんて珍しいわね。今日のご用件は? いい依頼が見つかりませんか?」
向こうから話しかけられてしまった。
「いえ、依頼じゃないんですけど……ちょっとここでは話しづらくて……」
「わかったわ」
しどろもどろで話を切り出したのだが、ほんとフィオナは察しがいい。
別の職員を呼んで窓口業務を交代すると会議室を予約し、秘匿の魔道具利用も手配してくれた。
「こっちよ」
僕らは用意してもらった会議室に移動。フィオナは早速、扉を閉めて秘匿の魔道具を作動させた。
これで外から覗かれたり盗聴させる心配はない。
「それで、一体何があったの」
「実は今まで隠していたことがあるんです。フィン、出てきてくれ」
フィンが姿を表す。
流石に場慣れしたフィオナは驚きはしないものの、一筋縄ではいかない問題であると把握したようだ。
「なるほどね。この子はどういう存在なの?」
「精霊のフィンです。冒険者になった時から俺につき添ってくれていたんです」
「初めてお目にかかる。フィオナには感謝の言葉もない。こやつのことで世話になりっぱなしだからな」
「まあ、でも一度も見かけたことはありませんでしたよ」
「ギルドでは姿を消している。だが、優馬の側にずっといたのだ」
「わかったわ、問題はフィンの登録をどうするかってことなのね」
フィオナは本当に有能だ。
この短いやり取りの間に問題の本質にすぐに気づき、優馬たちが何に悩んでいるのかを正確に把握したのだ。
「それより、もっと大事なことがあるんじゃないかしら」
「大事なことって?」
「どういう形にしろフィンを正式に届け出るとなると他の冒険者にもその存在や能力を知られることになるわ。それは大丈夫なの」
「「「「う〜ん」」」」
僕らは頭を抱えた。アルンも、ミリアも、そしてフィン自身も。
短期的には隠しておくことも可能かも知れないが、優秀な魔法師や精霊使いならそのうち気づくものも出てくるだろう。
見つけた時に騒がれたりすると『エリシオンの灯火』の活動に支障がでる。フィオナにしても知っていながら隠しているとわかればギルド職員として困ることになる。
あーでもないこーでもないと様々な意見は出たが、結論は出なかった。
「ギルマスに相談しましょう」
「えっ! ギルマスですか。僕らまだ会ったことがなくて……どんな人か知らないんですが」
「大丈夫よ。冒険者の不利益になるようなことは決してしない。逆にこのことを先に打ち明けておくメリットの方が大きいわ」
僕は決めかねていた。最初は誰にも打ち明けるつもりはなかったのだ。
それが今はアルン、ミリア、そしてフィオナに存在を知られている。
これ以上、多くの人にフィンを知られるのはいいことだとは思えない。
「フィン、お前はどうなんだ」
「問題ない」
「……わかりました。ギルマスに委ねます」
なんか馬鹿みたいだ。フィン自身が問題視していないのならこんなに悩むことはなかったのに。
フィオナはギルマスを呼びに行った。
僕はなぜギルマスに知られても大丈夫だと判断できたのかを知りたかったが、それを聞くのはやめた。
何となく今は聞いても教えてはくれないだろうと思ったから。
“いずれ必要になれば教えてくれる”
いつかね。
それぐらいの信頼関係はあると思っているのだ。
ドアが開き、男が入ってくる。
あまり冴えない見た目、仕事ができない中年の昼行灯という感じだが、騙されてはいけない。
フィンからはかなりの緊張した波動が伝わってきた。
タダモノではないのだろう。
「待たせたな、私がロイ・エルバート。このカルディアのギルドマスターをしている」
「ギルマス。こちらは『エリシオンの灯火』の三人です」
ぎこちなく頭を下げる。緊張が丸わかり。
それに気づいてか、ギルマスはまあまあという風に手を下げて。
「そう固くなるな。君たちのことは良く知っている。このギルド期待の新パーティーだからな。それで話っていうのは何だ」
「見ていただいた方が早いと思います。フィン、出てきて下さい」
フィオナの呼びかけで一旦消えていたフィンがまた姿を現す。
僕はギョッとした。ギルマスにまだ何の説明もしていなかったからだ。
「なるほど。なんとなく事情はわかった。君たちは精霊を連れていたのか……となると登録の問題があるな」
「そうなんです」
「よし、わかった。このことは私の名前でギルド預かりとする。届出は不要。何かあったらすでにロイ・エルバートの了解済みと言うことにすれば良い」
凄い! 即断即決!
躊躇しないフィオナ。状況を即座に掴むギルマス。
実に有能な人が揃ってるな。このギルド。
とにかくありがたい。これで肩の荷が降りる。
この届け出用紙を提出したことでフィンがパーティーに所属していることがギルドに認識された。書類はギルマス預かりでフィオナ以外の職員には知らせないと言うことで決着したからだ。
それなら書類など必要ないのではないか、って?
そうはいかない。
この書類はあくまでいざという時のためのものだが、もし他の冒険者が騒いで問題視する者が現われた場合、この正式な書類が物を言う。提出済みでギルマスが承認済であれば、文句を言えるヤツなどいるはずがないからだ。実に良く考えられている。
この後、ギルマスは退出し、フィオナと僕ら『エリシオンの灯火』の三人が残された。
「よかったわね」
「本当、助かりました」
その中で、フィンだけが超然として立ちすくんでいた。
僕のこの時、何があったかわからなかった。後日「この邂逅が今後の優馬たちにとって大きなものであることを確信した」と告白してくれるまでは。
ロイ・エルバート。
彼こそが女神アリシアに「この国の腐敗を救って欲しい」と言い出した張本人。
アリシアはギルマスのことを僕に告げてはいなかったし、ギルマスもまたアリシアが願いを聞き届けるために異世界転移させた人物が僕であることは知らなかった。
フィンがこの日、その事実を誰にも話さなかったのは、安易に打ち明けていい話ではないと思っていたからだそうだ。
ただ、ロイと僕がいずれ手を取り国の腐敗と戦うことになることを予感はしていた、と。
それがそれほど遠くない未来であることも。
「何してるんだ。フィン、帰るぞ」
「わかっておる」
フィンは姿を消し、僕たちはその気持ちに気づかず会議室を後にしたのだった。




