第18話 ゼロスの暴挙
「あなたたち無事だったのね!」
冒険者ギルドに帰ってきた優馬とアルンが扉を開けると、すぐにエルフィナが飛んできた。
いつも酒場が開くのを静かに微睡みながら待っている彼女とはとても思えない行動だ。
カイ、レオンも駆け寄ってくる。
彼らの眼差しにはいつもとは異なり真剣で必死な様子が現れていた。
優馬はどれだけ周りに心配をかけていたのかを知った。
「大丈夫です。怪我もありません」
「心配したんだよ。なあ、カイ」
「俺は別に心配なんて……」
恥ずかしいのか、ブツブツ言っているカイの後ろには大柄なベテラン戦士がいる。
どこかで会ったことがあると思ったら、ゴロつきを木刀で一掃したあの男だ。
あの威圧と剣筋の鋭さは忘れるはずもない。
優馬は会釈をしようと思ったところで向こうから話しかけてきた。
「お前が優馬か。ギルドではちょくちょく顔を見ていたが、ちゃんと挨拶したことはなかったな。俺はラグナ・フェルハート。『暁の守護者』のリーダーをやってる。いつもカイとレオンが世話になっているな。それと新人くん、君とも初めましてだな」
「初めまして、優馬です」
「初めまして、アルンです」
フェルハートは不良中年を追い払った件を覚えていないらしい。
まあ、優馬は木陰から見てただけだから仕方がないが、あの時、なぜか見られているような気がしたのだ。
そして、今も心なしかじっくりと観察されているように思う。
なぜだろう?
とにもかくにも優馬とアルンはフェルハートと握手をし、促されるままに奥のテーブル席に移動した。
エルフィナとカイ、レオン、そしていつの間にか窓口からフィオナもついてきている。
その後ろには少し元気のないリュークがいる。
「それでは聞かせてくれ、優馬が見た全てをな。一体何があった」
「まず、俺がギルドに来た時に新人がベテラン冒険者に誘われていたんです」
「その新人がアルンでベテラン冒険者がゼロスなのね」
「ええ、そうです。二人はダンジョンに行く相談を割と大きな声で話していたので、自然と耳に入ってきたんですが、何か大きな違和感を感じてですね……」
優馬は『シェルノックスの洞窟』であったことを説明した。
ステータス能力については伏せ、エルフィナが警戒していたゼロスに危険なものを感じてゼロスとアルンの後を追ったことにする。
ミノタウロスの件については、ゼロスが逃げ出したが後ろから見ていたので、どんな魔物かはわからないといって誤魔化すことにした。
「少し妙だな。『シェルノックスの洞窟』の一階で奴が逃げ出すほどの魔物が出るとは思えないんだが……アルン、お前はその魔獣の姿を見たんだろ?」
「ぼ、僕はまだ冒険者になったばかりなので魔物の名前とか詳しくなくて……」
「うーん、まあ仕方ないか。ダンジョンに向かうのに魔物の名前を知らないというのは勉強不足も甚だしいが、お前の場合、半ば無理やり連れて行かれたんだものな。わかった。それはひとまず置こう。他に気づいたことはないか。仔細なことでもいい」
アルンは先頭を歩かされて、ほとんどの魔物を一人で処理したこと。
大型の魔物と出会ったのは、入り口から約一kmぐらいであったことを話した。
「よく無事でいられたな」
「いえ、もう限界で。優馬が助けてくれなかったら危なかったです」
「そうか、では次は優馬に聞こう」
優馬は、ずっと二人の後をつけていたので自分で魔物を処理することがほとんどなかったこと。
急にゼロスが逃げ出したので、アルンを連れてその部屋から自分たちも退出したと言った。
「そうか。あの野郎! 強い魔物を新人にぶつけて逃げ出したのか。計画的にやったとしか思えん。だとすると、荷物が無事だったのが解せないな。あのゼロスが手ぶらで帰るとは思えないんだが」
「それなんですけど、あの魔物がおかしな術を使っていたんだと思うんです」
優馬はハラハラしながらアルンの話を聞いていた。
何を話す気なのだろうか。納得のいく説明などできるはずはない。フィンの使った術を話されては困ってしまう。
だが、それは取り越し苦労だった。
「おかしな術? アルン、それはどんなものなんだ」
「僕もよくわからないのですが、ゼロスさんは僕の背嚢をずっと見ていたのですが、隣にあるズタ袋を掴んで逃げたんです。背嚢を持ち逃げされたと錯覚していたんですが、近くで見ると僕の背嚢は無事で」
「なるほど、おかしな術というのは幻術の類だというんだな」
「ええ、たぶん」
うまい!
フィンが使った術をあってもいない魔物が放ったことにすり替えている。
ゼロスの口車に乗せられたものの、元々アルンは機転が効く性格なのだ。
「他に変わったことは」
「あとは、特に何も」
そこで話は一段落。どうやら別の話があるようだ。
ギルドの様子がおかしいのは、優馬たちを心配して待っていただけではないということ。
いかにも口を挟んできそうなエルフィナは話が終わるまで終始無言でやり取りを聞いていたし、フィオナはダンジョンでの話を詳細にメモを取っていた。
だが、カイとレオンの様子がおかしい。
最初に声をかけてきた後はリュークのそばにいる。まるで何かから庇うように。
優馬はそれが気になって仕方がなかった。
「あのー、すいません。さっきから気になっていたんですが、リュークに何かあったんですか?」
「それなんだけど……あまり気持ちのいい話じゃないの。でも、必要なことだし、ここからは私が話すわ」
「お願いします」
その後、エルフィナが語ったのは、優馬たちが帰る少し前のギルドで起こった出来事だった。
まず、ゼロスが駆け込んできた。
すぐにエルフィナと言い合いになったが、ゼロスは知らないの一点張り。
連れて行ったアルンはどうしたと問い詰めても「ダンジョンの中でははぐれた。探したが見つからなかった」と言い「手にかけたのか」と問い詰めたが「言いがかりだ。証拠があるのか」と言い返してきたそうだ。
優馬は奥歯を噛んだ。あの男なら、どんな言い逃れも平気でするだろう。
隣ではアルンもうなづいている。
ギルド内は騒然とし、ある職員が窓口から出てきて二人を分けたという。
だが、ゼロスは周りの視線など何も気にしてはいなかった。
冒険者パーティ『漆黒の牙』の解散を宣言し、ギルドの口座に預けてある個人資金をすべて下ろす。
「誰が応対したんですか」
「その職員なの。最近入った新しい人なんだけど……」
その職員は手続き全てを取り仕切ったと言う。
ゼロスは手続きをすべて済ますとエルフィナが止めるのを振り切りギルドを出ていったらしい。
確かにおかしい。
その状態ならギルド職員はいざこざを収めようとするはずだ。
そんな重要な手続きを全て新参の職員がやったというのもうなづける話ではない。
ゼロスが冒険者パーティ『漆黒の牙』の解散を宣言したのはわかる。
優馬とアルンが証言すれば、ゼロスの悪事は露見するわけだから。
口座の個人資金についても同様だ。
差し止められないうちにすべて下ろそうとするのは至極当然だからだ。
「話はわかりました。確かに不審な点はたくさんありますが、それがリュークとどう関係があるんですか? 自分のパーティーがなくなったのはショックかも知れませんが……」
「いや、そうじゃない。ヤツは、報酬すべてをギルドの口座に入れさせていた。小遣い程度は毎月渡していたらしいがな。だが、その口座はパーティ名義じゃなくてヤツの個人口座だった。それを全部下ろされたということは、リュークは今までの稼ぎをすべて持ち逃げされてしまったんだ」
事情を把握した優馬はかける言葉もなく佇んでいた。
リュークは気丈に振る舞ってはいるものの体は小刻みに震え、視線もどこか定まっていない。
普段から金欠気味ではあったものの『漆黒の牙』はそこそこいい宿に泊まっていたので、羨ましがる他のパーティメンバーもいたのだが、実際は稼ぎのほぼ全てを搾取されていたのだ。
きつといくつもの葛藤の中で必死に頑張っていたのだろう。
その全てをリュークは失ったのだ。
「でも、フェルハートさんは止めなかったんですか?」
「いや『暁の守護者』が依頼が終わってギルドに着いた時にはすでにヤツは事を終えていたんだ。入れ替わりで出ていくゼロスに声をかけたんだけど『今は急ぎでな』といって走っていってしまったんだ」
「リュークは?」
「僕はフェルハートさんとギルドの前でバッタリ会ったんです。ですから『暁の守護者』がゼロスさんと入れ替わった時に僕もいたんです。その時何か言えばよかったんですが、ああいう時のゼロスさんは怖くて声がかけられなかったんです」
思った以上に『漆黒の牙』は、下に厳しいパーティだったようだ。
リュークにはゼロスを追いかけるという考えは微塵もなかったらしい。
「それで、中に入ると『漆黒の牙』の解散で大騒ぎになっててよ。当事者であるリュークは急いで窓口に行き、事情を聞くなりいきなり崩れ落ちたんだ」
「そうか……」
リュークは自分のパーティーを失い、あり金すべてを持ち逃げされたことを知ったのだ。
かける言葉もなく、優馬は押し黙っている。
ただ、腹の中が煮えていた。
(優馬、お前のせいじゃない。アルンの疲労をケアして無理をしなかったのも間違いじゃない)
(わかってるよ! そんなこと!!)
使うフィンに八つ当たりをしている自分。
最低だ、と優馬もわかってはいるのだ。
(じゃあ、どうすればよかったと思う)
(それは……)
――ダンジョンからもっと早く戻っていれば。
考えも仕方がないこと。
だが、そのことが頭の中から離れなかった。




