第17話 一件落着?
ゼロスは去った。
アルンの足取りも問題なさそうだ。
だが、決して安心できる状況とは言えない。
まだ一層とは言えダンジョンのど真ん中であり、ここにいるのはたった二人の新人冒険者なのである。
「フィン、しばらくは戦闘に協力してくれる?」
「ああ、サポートしよう。アルンにはまだ疲労が残っているだろうからな。だが、入り口に近くなったら消えるぞ。不人気とはいえ、ここはカルディアからさほど離れていない場所にあるダンジョンだからな。誰と鉢合わせするかわからん」
「それでいいよ。たぶん行けると思う」
本調子ではない以上、アルンは戦力として期待できない。
優馬は自分一人で魔物の相手をするつもりだったが、フィンのサポートは欲しい。姿を消しても念話は通じるが、精霊の力だけでは心許ない。姿を見せていれば牽制することもできるし、魔法による攻撃も可能なのだ。
「いえ、僕も戦います。さっきゆっくり休ませてもらいましたので」
一瞬迷ったが、チラッと横を見るとフィンがうなづいている。
どうしようか。
アルンは冒険者に登録してから挫折もなくいくつかの仕事をこなし、それなりの自信を持っていた。
それが今日、徹底的に打ちのめされたのである。
信じていたゼロスに騙された。新人としてはやれる方だという認識は、アンデットとの戦闘で打ち砕かれた。
なんとか無事だったのは、自分の力量ではなく親が買ってくれた装備のおかげだった。
こういう時、人は何かしないではいられない。
困っている人と相対することが多かった優馬は、そういう気持ちを察することがうまい。
「……やってみようか。魔物を恐れて、何が冒険者だ!」
「はい!!」
フィンは先行して帰りの経路を選択していく。
敵と遭遇する数が増えたとしても、強いモンスターを避けるという方針だ。
角を曲がったところで、止まれの指示がきた。
次の通路に魔物がいるらしい。
「きたぞ。優馬は先頭の骨ども、アルンは影を打ち払え」
「「了解」」
ガキッッッ、ザン
シュッ
優馬がスケルトンを一刀両断、アルンは剣を横なぎに振り抜きウィルオーウィスプを雲散霧消させた。
スケルトンは「骨ども」、ウィルオーウィスプは「影」とずいぶん乱暴な呼び名だが、二人は惑うことなく対応していく。
「ほう。なかなかやるな」
「アルン、慣れてきたんじゃないか?」
「そ、そうですかね」
ぎこちなく笑うアルンであったが、少しずつ緊張から解き放たれているようだ。
会話にはまだ硬いところも感じられるが、戦闘は安定している。
この分なら大丈夫だろう。
それにしても綺麗な剣筋だ。
魔物に切り込む時に迷いはなく、敵の急所に的確に切り込んでいく。
やはり、ゼロスに戦わされていた行きの道中は、余裕がなかったんだな、と優馬は思った。
「批評できる立場か」
「人の心を読むなよ……」
優馬はぼやきながらも集中を切らさず、ダンジョンの中を進んでいる。
前だけでなく、左右にも後ろにも気を配り、目視確認を忘れず。
「まあ、新人としては合格だな」
フィンは二人を見てそう評した。
それを聞き、ニヤッと笑ったところに数匹のジャイアントラットが襲う。
「うわっ! ちゃんと指示をくれよ。デカネズミが来るなんて聞いてないよ」
「大丈夫です。優馬さん、盾で止めてくれたら僕が対処します」
「あいよ」
噛まれれば毒をもらうことになる。侮っていい相手ではないのだ。だが、慌てた口調の割に二人の動きには淀みがない。
優馬が挑発し、数匹のジャイアントラットを盾で弾く。正面の敵をいなして優馬の横に走り込み、盾に弾かれ勢いを殺された敵をアルンが切り伏せていく。
さらに数匹の敵が増えはしたものの、連携が取れてくると魔物を倒すペースも上がり、二桁の魔物を退けた時間はわずか二分だった。
「ふう、優馬さん終わりましたね」
「ああ、アルンもご苦労様」
「問題ないようだな」
「あるよ! フィンの選んだ道、ずっと魔物と連戦続きじゃないか!」
確かに、行きの道より魔物との戦闘回数は増えていた。
優馬は何かフィンに意図があると気付いていたが、それには気づいてないフリで文句を言った。
「それじゃあ、もっと魔物が少ない道にするか? 会敵の可能性は低いがレイスの出現報告がある道なのだが」
「ウッ、流石にそれは」
「僕も勘弁です」
レイスはレアで上級の魔物だ。その恐ろしさはドレイン攻撃にある。
倒せたとして体力を奪われ足腰が立たなくなる。
まだまだ初心者である優馬とアルンには荷が重く、今の疲労度を考えると間違っても会いたくない相手である。戦闘に協力すると言いながらフィンが指示に徹していたのは、先読みに神経を集中したためである。ヤバイ魔物と会敵させないように細心の注意を払っていたのだ。だが、もう出口まですぐだ。ここまで来ればもう危険な魔物の心配はない。
「だが、ここまでくれば大丈夫だ。私は消えさせてもらう」
「ちょっと待って、フィン。えーと、アルンにお願いしたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「フィンのことはギルドには伏せて欲しいんだ」
「……わかりました。助けて頂いたことをきちんと報告したい気持ちはありますが、事情があるのですね」
「まあ、そういうこと。悪いね」
「構いません」
フィンは姿を消した。
あとは二つ部屋を抜けるとダンジョンの入り口に辿り着く。
(このアルンという新人。筋はいいな)
(おー、フィンもそう思ったか……。でも珍しいじゃないか。僕以外の冒険者に気を使うなんて)
(気にしてなどおらん。疲労も溜まっていたし、帰路で魔物と戦えるか見定めていただけだ)
(ふーん、そうなんだ)
優馬はフィンがアルンを気にする理由がわからなかったが、問いただしてもこれ以上言うとは思えない。
それ以上は何も聞かないことにした。
幸いにも最後の部屋に魔物はいなかった。
新人二人で危険なダンジョンの帰り道を無傷で切り抜けたことを考えると、これ以上ないくらいに帰り道は順調だったと言える。
うっすらの明るさのあるダンジョンが終わり、闇の中に月明かりが見える。
ダンジョンの出口だ。
「ついたぁー」
「お疲れさまです」
「アルンもね。これから、冒険者ギルドに戻るけど休憩しなくて大丈夫」
「平気です。でも……報告が大変ですね」
「違いない」
はしゃぐ二人とは裏腹に、フィンは入り口に着いた後もしばらくは慎重に周囲を見渡していた。
だが、感知できる範囲には罠も待ち伏せもないことを確認し、ようやく警戒を解いた。
(どうやら大丈夫なようだ)
(そうか。良かったあぁぁ! 実はゼロスが騙されたとわかって仕返ししてきたらどうしようかと思ってたんだ)
アルンと共にはしゃいで見せたものの優馬は半分、気が気でなかった。
贅沢な装備が詰め込まれていた背嚢を狙ったゼロスは、フィンの幻術に騙されズタ袋をつかまされた。
復讐を企む可能性はゼロではなかった。しかし、ここまでくれば大丈夫だ。
町までの道は開けていて見通しがよく、フィンの探知を阻害するものはない。
少なくともベテランの冒険者が襲ってくるとは考えられないからである。
二人は笑ってカルディアの町に戻って行く。
「ダンジョンの入り口で待ち伏せされてるかと思ってヒヤヒヤしましたよ」
「いや、流石に諦めるだろう。まあ、粘着質な男だったけど」
優馬はアルンを安心させようとそんな風に答えはしたが、内心では疑問を抱いていた。
(本当に、ゼロスはただ逃げただけなのか?)
その心のつぶやきを聞いたフィンは何も言わなかった。
そしてその通り、この事件は終わりではなかったのである。




