第16話 冒険者の危機(3)
ダンジョンには階層があり、深層に向かうほど強力な魔物が存在する。
冒険者は自分の力量に見合った階層を探索することで、ある程度安全性を担保することができる。
なぜなら、出現する魔物はだいたい一定だからである。
もちろん、イレギュラーケースは存在し、その階層では現れないはずの強力な魔物が出ることはある。
アルンは疲れていた。
ゼロスに連れて来られた『シェルノックスの洞窟』というダンジョンの魔物のレベルが安定しないからである。
一階層に出現する魔物といえば、ゴブリン、グリーンスライム、ジャイアントラットといったところが一般的だが、『シェルノックスの洞窟』ではスケルトン、ウィルオーウィスプ、ゾンビなどのアンデッド系が頻出する。
このような不死の魔物と戦うということは単なるレベル以上の緊張を強いられるのだ。
ゼロスはこのダンジョンに入り、最初の部屋でスケルトンに遭遇してからというもの、アルン一人に戦わせ続けていた。
すでに肩で息をしており、手足には複数の傷を負っている。
尽きそうになっている気力を振り絞って周りを警戒して剣を構えている。
それをやれやれという態度で見ていたが。
「この程度でへたばっているんじゃ困るんだが、まあ仕方ないか。少し休憩する」
「すいません……」
アルンには自分が酷い仕打ちを受けていると気づいていない。
本来なら初心者に任せずベテランが露払いを担うべきなのであるが、ゼロスはこれを修業と称し、相当追い込まれるまでは手を出さず自分は悠々と見物していたのだ。
アルンがなんとか持ち堪えていたのは、子煩悩な両親に買ってもらった武具・防具が優秀であるせいである。
革鎧には魔物よけの魔法陣が刻印されているし、仕立てのいいブーツはポイズンビッグラットの毒を防ぐ。
何より、剣には決して少なくない量の銀を含有しており、普通なら苦戦するはずのファントム、ウィルオーウィスプなどの実体のない魔物を寄せ付けなかった。
ゼロスはここまでアルンが粘るとは思って居なかったが、それが優れた武器と防具のおかげであるとわかっているので、心の中ではニンマリと笑っていた。
アルンは水筒を出し一口飲んだ後、傷口を洗っている。
ゼロスはそれを見ながら、あとは荷物をいただいて置き去りにするだけだと思っている。
もう限界は近い。
革鎧は惜しいが、剣とあの背嚢の中身があればかなりの金になるだろう。
あとは、隣にある剣と背嚢を頂くだけ――そう考えアルンに近づいたところで、とてつもない違和感に包まれた。
何かいる。
この階層でお目にかかる魔物どもとは一線を貸す威圧感。
とてもこの階層の魔物とは思えない。
突然、前方が激しく明滅し、雄叫びが上がる。
グォォォォォォオオオーーッ
そして、巨大な斧を叩きつけると周囲の岩が割れ、粉塵が舞う。
現れたのはミノタウロスだった。
「うわぁぁぁぁぁ、ゼロスさん!! たっ、助けて下さい」
「バカ言ってんじゃねぇ。こんなヤツ相手にできるか。俺はズラかるぜ」
吐き捨てるような声。だがその語尾には、かすかに含みがあった。
わずかに目を細め、ミノタウロスの方へと視線を向ける。
その口調には恐れとは違う何かが混じっているようであった。
「ちっ、面倒な……」
「ゼロスさん、待って下さいよぉ」
立つこともできないアルンを置き去りにして、ゼロスはすでに部屋の入り口まで移動している。
持ち去る予定だったアルンの剣も諦めて、全力で逃げるつもりだ。
アルンの持っていた背嚢を拾い上げ、最後に一声かけて走り去った。
「あばよ。せいぜい俺が逃げ切れるまで、そいつを惹きつけておいてくれよ。甘ちゃんの新人くんよぉ」
その声に呼応して、ミノタウロスは再度、雄叫びを上げる。
そして、巨大な斧を叩きつけると周囲の岩が割れ、破片が周囲に飛び散っていく。
グォォォォォォオオオーーッ
ズガァァァン、バリバリバリバリ
どうすることもできないアルンは頭を抱えていた。
だが、それ以上は何も起こらない。
そして静寂が訪れ、ミノタウロスは立ち尽くしたままだ。
そこにひょっこり、冒険者が顔を出した。
「もういいよ、フィン。成功だ。ゼロスは戻ってこない」
「私にこんなことをさせおって」
ミノタウロスの姿は一瞬で掻き消え、一匹の小さなオオカミが現れた。
「へっ!?」
アルンは何が起こったのかもわからず、座り込んでいる。
「アルンさんですね。僕は冒険者の優馬です。あなたを助けに来ました」
「えっ!? あのっ! ミノ、ミノタウロスは? 僕はゼロスさんと……あれっ!?」
「こっちは僕の相棒で精霊のフィンです」
「どうも………じゃなくて!! さっきの巨大な魔物はどうなったんですか?」
「ああ、それについては順を追って説明しますね」
優馬はゼロスを冒険者ギルドで話している時からマークしていたことを告げた。
ゼロスは実は悪人で今までに何人も若い冒険者を騙し、手にかけていること。
他にもアルンを心配してくれた人もいたが、ここに駆けつけることができなかったこと。
それを心配して、このダンジョンでフィンに幻影を出してもらい一芝居打ったこと。
「あれが幻影だったなんて信じられません」
「うーん……フィン。もう一回できる」
「見せ物じゃないのだがな」
フィンの姿がかき消え、一瞬だけミノタウロスの幻影が映し出される。
「うわぁぁ! 本当なんですね……」
「わかってくれたか」
「ええ……でも、信じられません! 少なくともゼロスさんはいい人で」
優馬はフィンと顔を見合わせる。
アルンはまだゼロスに騙されていたとは思っていない。
「じゃあ、あの背嚢を持ち逃げしたのは? ミノタウロスが現れた時、アルンの剣を拾える位置にいたのは何故……それに聞いただろう。最後の奴の捨て台詞を」
「……そうでした。それじゃあ、本当に……あの中には両親が買ってくれた大事な物がたくさんあったのに……」
アルンはゼロスが逃げ去った方向を見つめていた。
だが、フィンが近くの岩陰にかけた隠蔽の魔法を解くと、そこには持ち去られたはずの背嚢があった。
駆け寄ったアルンはそれが自分のものであることを確かめた。
「えっ! これ僕のだ。確かに持って行かれたはずなのに」
「あれは、僕が仕込んでおいたズタ袋さ。今、君が持ってるのが本物。なあ、フィン」
「フン。この術を唱える手間さえなければもっと上手くやれたのに」
フィンは精霊術と魔法を並行して実行していたのだ。
「だからかぁ、岩を砕くのになんで雷撃魔法なんだと思ったよ」
「仕方ないだろう。同時に精霊術と魔法を使うとなれば、手持ちの術をすべて自由に、とはいかないからな」
「わかったわかった。本当に助かったよ。フィン」
勝手に話を交わす優馬とフィンをポカンとした顔で見ていたアルンだったが、我に返って一言。
「あのー、そろそろ帰りません?」
「そうだな。そうしよう」
つい熱くなってフィンと魔法について興奮して語る優馬。
それを見てアルンはクスクスと笑い始める。
「どうやら落ち着いたようだな」
フィンはこれでダンジョンからの脱出も大丈夫だろう、と心の中で安堵していた。
帰り道を慎重に進む。
時間をかけ、余力を残しているのは魔物を撃退するためだけではない。
この後に及んでも、一番危険なのはゼロス。
ダンジョンを出たところで待ち受けている可能性は依然として捨てきれない。
この過剰なほどの警戒は、最大の敵を気にしなければならないダンジョン探索において正しい行動だった。




