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第14話 冒険者の危機(1)

 その日の冒険者ギルドはどこか雰囲気がおかしかった。


 まず、知らない人がいつもより多い。

 優馬はまだこのギルドにおいて新人なので、知らない人もたくさんいる。

 カルディアでは遠征帰りの冒険者も多く、初対面は珍しくない。


 それでも大抵は誰か入ってくれて、挨拶を交わしたりするものだ。このギルドの冒険者はとても優しい。

 だが、今日の空気は変だ。何かよそよそしい雰囲気が漂っていて、まるで自分がこの空間から疎外されているかのようだ。


 その正体はおそらく違和感。


 いつもと違う何か。


 例えば、エルフィナ。

 彼女がこの時間にギルドにいるのは珍しいことではない。

 だが、いる場所がいつもとは違う。


 窓口の近くにいて、いつものように酒場が開くのを待っているわけではなさそうだ。

 何より、女の子を一人連れている。親しくしているようだが、何か言い合いをしているようにも見える。

 優馬はその女の子を見たことがないが、エルフィナは紹介してくれる気はないようだ。


 そして、もうひと組。

 これもベテランと新人の組み合わせのようだが、こちらは二人とも見たことがない。

 新人は仕立てのいい革鎧に新品の背嚢、ブーツも耐久力の高い素材が使われたものを履いている。

 ベテランの方は軽装だが、腰に使い込まれたダガーを差していていかにも戦い慣れた雰囲気を醸し出している。


(注意しろ、優馬。あのダガーの男はおかしい。念の為ステータスを見ておけ。特別な方でな。話し込んでいる今がチャンスだ)


 フィンの念話から緊張が伝わってくる。


 相手はただものではない。

 明らかに格上だ。それだけは優馬にもわかった。


 だが躊躇している暇はない。

 とにかく、指示された通り新人と話し込んでいるダガーの男の一瞬の隙を付きステータスの力を行使する。


(リーヴァス・アルタ)


 魔法は新人には通り、ダガーの男には弾かれた。

 最低限のステータスしかわからない。


 新人の名前はアルン。

 まだ、どこにも属していない本当の新人だ。こちらの方は何も変わったことはない。

 ステータスは低く冒険者としてはまだまだだが、性格は素直で向上心がある。

 装備は新人にしても充実しており、剣や盾、革鎧は質が高く、何らかの魔術によるバフがかかっている。


 問題はダガーの男の方だ。

 ほとんどの善悪ステータスは見ることができない。

 見た目通りかなりのベテランで魔力耐性があるのだろう。


 それ自体はある意味予想通り。

 だが、問題は善悪を示す画面がどす黒く染まっていることだ。

 魔法が弾かれた以上、個々のパラメータは見ることはできないが、神の力により背景色から人間の品性を読み取ることは可能。



 この暗いステータス画面の示す内容は明らかだ。


 まともなヤツではない。


 盗みや誘拐、殺人のどれか又は複数。

 もしかしたらその全てを犯している可能性さえあるのだ。


(もう少し情報が欲しい。優馬、先ほどの魔法から他に得られないか?)

(わかった。確認してみる)


 優馬はリーヴァス・アルタによって表示される善悪以外のステータスを再確認することにした。

 この魔法は一度実行すれば、相手の姿が見える限りはその取得内容を確認することができる。


 柱の影から覗いていることには気づいていないらしく、一般的なステータス情報のいくつかを見ることができた。


(名前はゼロス・アーケイン。冒険者パーティ『漆黒の牙』のリーダー!? まずいぞ。フィン!!)

(優馬、感情を揺らすな、気付かれる。ステータスを切って、二人に近づけ。何を話しているかを確認するんだ)


 『漆黒の牙』は仲間の冒険者リュークが属しているパーティだ。

 この凶悪な犯罪者がそのリーダーであることに優馬は動揺した。


 リュークは今日、休んでいる。

 二人の会話に集中しなければいけないのにリュークのことで頭がいっぱいになっている。


 果たしてリュークは大丈夫なのか?



(しゃんとしろ! パーティ登録がある以上、足がつくような真似はすまい。団員は無事である公算が高い。まずは、あの新人の事を心配してやれ)

(そ、そうだな。悪い)


 気を取り直し優馬に対する悪意の有無があるかどうかを確認する。

 値は注目度、好悪度数ともにゼロ。まだ、気づかれてはいない。


 つまりこのゼロスという男は優馬を認識してはいないのだ。


 優馬はホッと胸を撫で下ろす。

 ゼロスとアルンが話している一角に近づき会話を聞くことにした。


 それが案外簡単だったのは、内緒話ではなくごくごくフランクに初対面同士のオープンな会話だったからだ。


「よお、新人くんよ。ダンジョンに行ったことはあるか」

「いえ。町中の雑務ばっかりです。エイデンシェール大草原に行きたいんですが、危険だと止められました」

「あー、あそこは新人には無理だわな。デカい魔物は出ないが、その分素早い。舐めて掛かると大怪我をする。逃げようとすると草に足を取られて、案外窮地に落ち入りやすいんだ。しかも歩いて二時間。疲れ果てていたら帰るのも厳しいぜぇ」

「へぇー、やっぱりそうなんですか。ためになる話、ありがとうございます」


 会話に不自然なところはない。

 エイデンシェールが危険であることは優馬はよく知っている。


 だが、ひとつ気になるキーワードがある。それは “ダンジョン” だ。


「俺は今からダンジョンに潜るところなんだが、やっぱり一人は良くねぇ。おまけに団員は体調不良で休みと来てる」

「はあ」

「それでな。お前さん、一緒に来ちゃくれねーか」

「ええーっ、無理ですよ。危険なところでしょう? 今の僕じゃあ……」


 優馬はこいつバカじゃないか、と思った。


 こんな誘いに新人がダンジョンについていくはずがない。

 これなら大丈夫か……。

 一瞬そう思ったが、ここで気を抜くわけにはいかない。


「いや、そうじゃない。ダンジョンで一番大事なものはなんだ」

「なんでしょう。装備かな。ポーションもいると思うし……」

「それダァ、アルン!! 俺は最初見た時から、革鎧の見事さに釘付けだ。いいか? そのお前の装備は完全に初心者の域を超えているんだ。そしてポーションは俺が持っている。たんまりとな」


 急に雲行きが怪しくなった。

 さっきは「お前さん」だったのに、今は「アルン」と名前で呼んでいる。

 距離を詰める常套手段だ。今のところ、当のアルンは腰が引けているが。


「で、でも……」

「今日行くのは一階層だけなんだ。危険なスパルトイが出てくる場所なんかに行きゃしない。それなら大丈夫だろ?」

「そ、そうかなぁ」


 これはまずい。丸め込まれる流れだ。


 とにかく止めようと飛び出そうとしたが、その前を人影を横切った。


 エルフィナだ。

 さっきの女の子も連れている。ゼロスに真っ直ぐ向かっていく。



 だが、その時。

 窓口から呼び出しがかかった。


「エルフィナさん、ミリアさん。窓口にいらして下さい。書類に不備があります」

「ちょっと待ってくれない? 今、ちょっと急用で……」

「いえ、水晶登録まで進んでしまいましたので、ここで止めるわけにはいかないので」

「ああ、この忙しい時に! ミリア。仕方ない。さっさと登録を済ますわよ」

「はい」


 エルフィナたちは踵を返し、ゼロス達から遠ざかり、窓口に向かった。


(今の聞いたか、フィン。冒険者登録で水晶登録まで行ってから不備なんて考えられるか?)

(確かにおかしいな。書いた書類の通りに水晶に登録する訳だから、その後の確認で違いなど出るはずは……いや、今はエルフィナたちに構うな。ゼロスを見張る方が重要だ)


 優馬はエルフィナ達のことを頭から追い出し、再びゼロスと新人の様子を注視する。

 どうやら、ダンジョンに向かう相談はさらに進んでいるらしい。


「どうか人助けだと思って一緒に行っちゃくれねぇか」

「えぇーっ、僕で役に立ちますかね」

「立つ立つ。おまけにそれだけの防具がありゃ、怪我の心配もねぇ。お礼にスケルトンの骨を戦果として五つは持ち帰らせてやるよ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、請け合うよ。そういやあ、紹介がまだだったな。俺はゼロス。このカルディアじゃあ長い方だ。任せといてくれ」

「はい!」


 まずい。

 この新人、ゼロスと一緒にダンジョンに行く気だ。


(どうしよう、フィン。強引に止めようか)

(いや。それはムリだ。行かせるしかあるまい)

(でも、あの新人、放っておいたら無事に帰れるかどうか……)

(仕方ない、私が尾行しよう。どうせ、行き先はダンジョンとわかっている。優馬は誰かを連れてくるんだぞ)


 フィンとはダンジョン前で落ち合うことを決めて、優馬は冒険者ギルドに残った。

 一緒に行ってくれる冒険者を見つけるためだ。


「あのー、すいません。今からダンジョンに一緒に行ってくれませんか」

「いや、元々今日は休みなんだよ。流石に今からは」

「今日、遠征から帰ってきたばかりなんだよ。勘弁してくれ」


 どうにも見つからない。

 手当たり次第に声をかけていたが……


「あのー、すいません……って、エルフィナさん。血相欠いて……」

「ああ、優馬。さっきダガーの男がいたでしょう。どこ行ったかわかる?」

「新人を連れてダンジョンに行くとか」

「まずいわ。あの男はゼロス。裏で冒険者潰しやPKを仕掛ける極悪人よ」


 エルフィナも知ってるのか。

 とすると益々このまま行かせるわけにはいかない。


「これは放ってはおけませんね」

「新人が騙されそうだったから止めようと思って見張ってたんだけど、ちょうど手放せない用事で窓口に呼び出されて……ああ、どうしたらいいのよ!」


 エルフィナは目を伏せ首を振る。

 そして、一度天を仰いだあと、爪を噛みながら言った。


「優馬はどうするつもり?」

「追いかけなきゃと思ったんですけど、ベテラン相手にするなら一緒に行く人が必要だと思ったんです。でも、今からダンジョンについてきてくれる人が誰もいなくて。しょうがないから一人で行こうか、と」

「ダメよ。危険すぎる。あなたまでやられる可能性があるわ」


 すると、そこにエルフィナと一緒にいた女の子が駆け込んできた。


「エルフィナ。書類がダメになっていたそうです」

「どういうこと?」

「それが窓口に持って行った時は、記載事項に問題がなかったんですが、少し経って文字が乱れ出して最後にはシミだらけで読めない状態になってしまって」

「それ……魔炭粉ね。ミリア、あなた今日その書類を持っているときに、何か違和感を感じたことはなかった?」

「ありましたよ。あのエルフィナが見張っていたダガーの男に軽く。ぶつかった時に『ああ、すまん』って言われました」

「やられたわ」


 エルフィナはゼロスが自分を遠ざけるために仕組んでいたことを知った。

 魔炭粉をぶつかった時に、書類に振りかけたのだ。


 その時は無色、そして任意の時間に書類は意味のないインクのシミになってしまう。



 それなら水晶登録した後に問題が起こったのもうなづける。

 書類に記載された通りの内容で水晶登録までは済ませたが、肝心の書類がその後魔炭粉でメチャクチャになったのでは登録内容の照合ができないのも当たり前だ。


(優馬、あのゼロスという男。一筋縄ではいかんぞ)

(わかってる)


 優馬はギルドを飛び出した。


   “あの男を、このまま放ってはおけない”


 頭にあったのはただそれだけで、エルフィナが止めようと掛けた声に気づくこともなかった。

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