第13話 ミリア
カルディアのギルドに、一人の少女が入ってくる。
白い法衣の裾を気にしながら、受付の列に加わった。
彼女の名はミリア。
アリシェン正教の神官である。
平民に愛されているこの宗教は、フィレンティア王国では三番目の影響力に甘んじている。
無償で治癒魔法を提供するという方針が、何かというと対価を求める貴族や役人とは反りが合わないのだ。
神官たちはみな人当たりがよく、ともするとのほほんとした印象を与えるが、その内情は違う。
治療行為を行うために近隣の村にも頻繁に出向き、野宿することも少なくない。
彼らは毎日過酷な生活を送っているのである。
アリシェン正教の神官が冒険者に転身することは少なくない。
大抵は ”神官の仕事が辛すぎるから” とか、”無償の奉仕に嫌気がさした” などが理由だが、ミリアの場合は違う。
広い世界を見たいというのがその転身理由なのだ。
しかも、冒険者としての役割区分を 治癒師ではなく、攻撃魔法師を希望している。
それが登録を複雑なものにしていた。
窓口にいるのはデスモンドという男。
ベテランではあるが、何事もやや杓子定規に運ぼうとする職員である。
「うーん、実績がありませんからねぇ。それだとパーティーを組むのに苦労しますよ」
「そうなんですか。わかりました。ちょっと考えさせて下さい」
「では、登録はどうしますか?」
「今日はなしで。また、出直してきます」
どうやら今日は冒険者登録を諦めたらしい。
ミリアが窓口から離れたとき、デスモンドにある男が話しかけた。
この冒険者のギルドマスターであるロイ・エルバートである。
「あいつは確か教会の神官だったよな。何があった」
「冒険者登録に来たんですが、攻撃魔法師になりたいと。経験が生きると思って『治癒師としての方がパーティーに入りやすい』とアドバイスしたんですが、気に入らなかったようで……まずかったですか」
「いや? 間違っちゃいねーよ。しかし、そうだな……ああ、お前は仕事に戻ってくれ」
ロイは「教会……神官……ああそういえば」などとつぶやきながら、腕を組む。
視線の先にあるのは、ミリアが話しかけたのとは違う窓口である。
ひと段落すると、その職員に話しかけた。
「おーい、フィオナ」
「はい、ギルマス。何でしょう」
「今日、ミリアって新人が登録に来たんだが、やめて帰ったそうだ。もし、明日きたらお前、相手してやってくれねーか」
「何か問題が?」
「そうじゃねーが……。ほら、教会の女の子だからよ。やっぱいろいろ難しいこともあるだろ? だから、お前が相手してやった方がいいんじゃないか、ってね。それにあの鉄板の小僧も担当してるんだろ」
「優馬さんですか? なんの関係が」
「まだ、確定的なことは言えないんだが……たぶん、エルフィナがらみだ」
「あっ、わかりました。私が担当します」
ロイは手を振りながら事務室の奥に消えていった。
「察しのいい窓口担当がいるってのは楽で助かるぜ」とひとりごちながら。
一方、ミリアは冒険者ギルドを出たあと、教会の居室棟に戻らず職人通りの店の一軒に入って行った。
「エルフィナ、いる?」
「ああ、ミリア。ギルド行ってきたんでしょ。これであなたも新人冒険者ね」
「それが……登録はしなかったの。治癒師じゃないと難しいって」
とても残念そうな様子を見てエルフィナは、こんなことなら一緒に行ってやれば良かったと思った。
わざわざ普段の真っ白な法衣ではなく、冒険者風のジャケットと小さなワンドまで持って出かけたというのに。
これも安い買い物ではなかったはず。
「明日はギルドについてってあげる。格好はいつもの法衣で行った方がいいわ」
「なんで? 私は後衛で治癒魔法だけ使って仕事するつもりはないのよ」
「ええ、ちゃんと魔法使いで登録できるように取り計らってあげるわよ。私を誰だと思っているの?」
「ふふっ、わかりましたよ。エルフィナ先生」
「よろしい。ふふ」
カルディアの職人通りは何をしているのかわからない怪しい店が多い中で、このエルフィナの店は冒険者の間では確かな魔道具を売る店として知られていた。
しかし、魔道具というものは高価であり、いつも客がたむろしているわけではない。
ちなみに今の客数はゼロである。
「それじゃあ、今日は少し応用編の魔道具について教えてあげる」
「はい」
「これは魔札と言って、術式を保存できる携帯補助魔道具の一つなの」
魔札は、二枚の薄い木の板を貼り合わせたもので、ダメージ加工が施されている。
材質も木目も安い杉か何かのように見えるが、魔力を封じ込めることに長けたトレント材である。
わざと二枚の板を貼り合わせているのは、小さな魔石を封じ込めるためである。
その魔石を中心に魔法陣が描かれ、さまざまな用途に利用することができる。
「これが? なんかみすぼらしい感じに見えるわ」
「わざとなのよ。目立たないからこそ有用なものだからね。これでファイアーボール三発分の魔力を保持できるのよ」
「へぇー、でもその程度じゃあほんとに予備の予備って感じであまり凄いとは思えない」
⸻
(変更前)
「まあ、魔力量はね。でも、この魔札は精密な作業が必要な場面でその威力を発揮するわ。罠のある宝箱の開錠、一人で野営する時にテントの周りに隠蔽の魔術を張る時とか、あとは暗号化ね」
(変更例)
「まあ、魔力量は控えめだけどね。
でも魔札は“精密な作業”で本領を発揮するの。
罠付きの宝箱の開錠とか、野営時にテント周りへ隠蔽魔術を張る時とか……。
あとは暗号化ね」
「暗号化?」
エルフィナは魔札を弄びながら、その広い用途を丁寧に説明していく。
「例えば、本やノートに大事な情報を隠すとき、魔札を噛ませれば安全に受け渡しができる。
暗号化も複合化も自由自在。冒険者は意外と、秘密文書を扱うことが多いからね」
「へぇー、凄いのね。でも、当分使うことはないと思うわ」
具体的に便利なイメージが湧かない魔道具なんてそんなものである。
だが、魔法使いにとって確実に関わることになるのも確か。
「悪いことにも使えるのよ」
「そんなことするつもりはないわ。でも、ちょっと面白そうね」
“役に立たないと思っても一応は記憶に留めておく”
ミリアには関係ないとは思っても蔑ろにしないという魔法使いにとって大事な資質を持っていた。
それはいつか彼女を救うだろう。
ものは試し。
ミリアは魔札を作ってみることにした。
トレント材を使うのも初めてだったし、ダメージ加工にも興味があったからだ。
ただ、小さい木片の内側に精密な魔法陣を書き込む練習には手を焼いているようだ。
作業を始めて三時間。
既に小さな山ができるぐらい練習で作った魔札が積み上がっている。
「あら、まだやってたの……。って、トレント材の在庫が空じゃない。まさか、全部使い切っちゃうとは思わなかったわ」
「大丈夫よ。冒険者になったら、すぐに取りにいくから。この在庫棚なんかすぐにいっぱいにしてあげる」
「調子に乗ってはダメ。トレントは初心者が一人で取りに行けるものではないのよ」
それを聞くとミリアはシュンとしていた。
エルフィナは怒っているわけではないとわかっているが、思わず在庫を使い切りしかもそれを取り戻すこともできない。
「パーティーなんて簡単には組めないわ。魔法使いでは難しい、って言われて登録せずに返ってきたんだもの」
「大丈夫。パーティーなんてタイミングが合えばすぐに組めるものよ。もう、遅いわ。このまま泊まってく?」
「いいの?」
「ええ、明日は午前中にひとつ仕事が入ってるから午後でいいわよね。お昼ご飯を食べたらギルドに一緒に行きましょう」
「わぁ、嬉しい!」
ミリアの機嫌が直り、店の奥にある仮眠スペースに入っていくのを見送った後、エルフィナは懐から一枚の紙を取り出した。
「ギルマスのヤツ、私に何の用があるっていうのよ。ミリアには言わずに午前中に顔を出せって」
ぶつくさと言いながらそのメモ紙に小さな魔法を掛けると、それは空中に溶けるように消えてしまった。
それが済むとエルフィナはわざとミリアに聞こえるように大きな声で。
「あーあ、朝から仕事じゃお酒も飲めやしない。せっかく美味しい地酒が手に入ったのに」
「エルフィナ、ほどほどにした方がいいわよー。教会にくる治癒希望者にもアルコール中毒多いからー」
「わかったわよ」
エルフィナは店を閉め、すでに寝入っているミリアを起こさないように仮眠スペースに入って行った。
翌日、ミリアは冒険者となった。だが、そこで待っていたのは小さな波乱。
そして、彼女のことを考えてくれた何人かの思惑。
冒険者としての運命の出会いが待っていた。




