interlude2 女神の理由
あの少年を地球から連れてきて、もう一週間になる。
今日、ようやく報告を聞くために、精霊であるフィンを呼ぶことにした。
あっ、ちょうど来たようね。
「ご用命により、まかり越しました」
「ご苦労様。楽にしてちょうだい」
「はっ!」
緊張しているようね。罰を与えるために呼んだわけでもないのに。
「どう? 優馬は」
「はっ! ようやく冒険者としての一歩を踏み出したところです。実力の程はまだまだと言うところで」
「そう、順調そうで何よりだわ」
「………今日はどのような要件で私は呼ばれたのでしょうか」
そう言えば、話してなかったわ。
安心させるためにもすぐに話を始めましょう。
私はフィンにフィレンティア王国が危ない状態であることを改めて話した。
もちろん、それについてフィンも把握済みなのだけれど。
「ですが、そうなりますと優馬を選んだ理由がわかりません。見どころはありますが、政治力も腕力もありません。不正を正して国を正常化させることができるようには……」
「思えない?」
「……はい」
当然ね。
彼はフィレンティア王国のことなんて何も知らない。まだ学生で政治も戦闘どころか職についた経験もないんですもの。
将来性を含めても全くの未知数。
「私も優馬が正面から不正を正すなんてできるわけないと思う」
「はあっ!?」
フィンが困惑している。ちょっと意地悪だったかしら。
「ごめんなさい。でも、これはある意味理屈じゃないの。私が地球という世界でフィレンティア王国を救うため、誰かをスカウトしに行ったことを話してもいいかしら」
「ぜひ!」
私はフィレンティア王国の問題が、あらゆるところで蔓延っている組織の腐敗であることに気づいた。これを解決するために地球から優れた人材を連れてくることを思いついたの。
そのためには能力が高い人間が必要だった。
体制を立て直すことのできる政治家。または、絶大な武力を行使する力を持つ軍人。
「なるほど、ですがどちらも優馬とは縁がありませんな」
「ええ、彼には政治的手腕も武力も期待できない」
本当にガッカリしたわ。
政治家は誰も彼も少なからず腐敗に関わっていた。
それに文化も制度も違いすぎる。民主主義が当たり前の世界に王政の政治は務まらない。候補から外さざるを得なかった。
軍人も同じ。
大きな軍を指揮する能力を持った者がいた。強大な軍と武器を指揮して、組織的な力にも対抗することができる。
でも、これもダメ。
「なぜなのでしょう」
「確かに素晴らしい能力も持つ軍人はたくさんいたわ。けれど、彼らがアルティーリアの軍と戦っても負けると思う」
それはなぜか。
フィンは気付いたらしい。
「……わかりました。魔法ですね」
「そうよ」
地球には魔法が存在しない。
スイッチ一つで振るうことができる大きな力はスイッチ一つ封じれば、どうにでもなる。彼らは魔法を防ぐことは不可能。
地球の文明にスイッチを守り切る力はないわ。
「……つまり人材の確保に失敗したのですね」
「だから、優馬を連れてきたんじゃない」
「彼がですか?」
フィンがそう思うのも無理はないわ。
彼には政治的手腕はない。優れたアスリートでもないし、科学者というわけでもない。
「では、アリシア様が優馬を選んだ理由は………」
「感よ」
「えぇぇぇぇーーー!!」
私は人材を地球で探すことに疲れ、半ば諦めかけていた。
そんなとき、風変わりな男の子を見つけたの。それが篠崎優馬だった。
彼は信号が変わって車に轢かれそうになった老人の前に飛び出し、運転手に罵声を浴びていた。
警官に注意されたが、老人が困っているのに助けない方がおかしいと言って聞かなかった。
かと思うと、ボッタクリで騙された人のために、ヤクザまがいのチンピラが経営している店に単身乗り込んで行った。
「そんなことが………無謀ですな」
「私もそう思う。第一印象は『なんて無茶な子なんだろう』ってね」
これだけなら、今までも何人も見てきた。『バカ正直な正義漢』は地球に行かなくてもたくさんいるわ。
アルティーリアの世界にもね。
そんなある日、私はある事件に遭遇したの。
繁華街の路地で女の子が襲われていた。商店街からちょっと離れた寂れたところで人通りは少なく、助けを呼ぶことも難しい。襲った男は武術の心得があり、喧嘩慣れしているようで余裕がある。
そこに優馬が立ちはだかっていたの。
「なんだお前は。その女を寄越せ」
「そうはいかないよ。嫌がっているじゃないか」
「大人しく渡せ」
力が強く体格のいい男だった。そのくせ小心者で何か言われるとすぐに激昂する。そんなタイプ。
そういう男を止めるのは難しいわ。
ヒョロっとしていて少しも強そうには見えない優馬が相手ならいくらでも強気に出られるから。
でも、この暴漢はすぐに襲って来なかった。
それには理由があったの。
「いい加減、こんなことやめたらどうなんすかねぇ。嫌がってるじゃないすか、その娘」
「うるせぇ」
引く様子のない優馬にイライラし始め、激昂して顔が赤らんでいる。
それなのにそれほど大きな声を出していないのは、そこが特殊な場所だったから。
通称「静御前」。
昔気質の無骨な一人の男を揶揄してつけられた名前よ。
この裏ぶれた路地で騒ぎを起こすのは厳禁。
物音を立てるとドカドカとやってきて、誰であろうとボコボコにしてしまう。
昔、インターハイに出た柔道部の猛者が血だるまにされたと言う話は、この辺では語り草らしいわ。
脅しをかけながらも手を出さないのは、それを知っていたから。
でも、それも我慢の限界。
優馬を叩きのめすことに決めたの。
押さえ込めば勝ち。腕でも折れば、おとなしくなるだろう、ってね。
騒がれてもその女の子を攫って逃げ出す時間ぐらいはある、と。
暴漢は前に出たわ。
でも、優馬はひらりひらりとその突撃をかわしていく。
「そんなパンチじゃ当たらないなぁ」
「うるさいわ!」
微妙に挑発しているのは、女の子を人質に取られないためね。
血が昇っていれば、優馬を殴ることしか頭にないだろう、と。
「確かに優馬にはそんなこざかしいところがありますな」
「まあ、そうね」
フィンの優馬評は辛辣だけど的確ね。
私もそれには同意する。
でも風向きが変わったの。
流石に暴漢も疲れてきたのよ。そこで、優馬を叩きのめすことは諦め、女の子を人質に取ろうと攻撃方法を変えてきた。
そして、優馬はそこでちょっとした失敗をした。
女の子に逃がそうとしたんだけどつまづいてしまったの。
暴漢に追い詰められ、女の子はいよいよ危なくなった。
ところが。
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
信じられないぐらい大きな声で叫んだの。
ガタンとドアが開く音がして、件の親父が出てきた。
「バカ、お前! ここでその声は」
襲っていた暴漢は、血相を変えて逃げ出した。
その親父は残った優馬をボコボコにしたの。
「痛い! 痛いですってぇ!」
「そうです。その人は私を助けてくれて」
女の子はその親父を怖がりながらも、一生懸命に取りなしてもらおうとしたの。
それを見ていた私は、怒られてペコペコ謝っている優馬を見て笑ってしまった。
その後、親父が癇癪を治めて立ち去った時、優馬はどうしたと思う。
「わかりませんな。恨み言でも言ったんですか?」
「いいえ、彼は笑ったの」
「痩せ我慢したんですな」
「それが違うのよ」
あれだけ殴られたら何箇所も骨折していてもおかしくなかった。
でも違った。
彼は思ったより強靭な体を持っていたの。
何より殴られる時にその方向を微妙に変えて、大きな怪我をしないように立ち振る舞っていた。
スポーツとは縁のなさそうな彼は必要なだけ体幹を鍛えていた。
無謀に見えて、最低限は自分を守る術を持っていたのよ。
このとき、初めてこの優馬と話をしてみたいと思ったの。
本当の強さを知っている。勇気も体力も必要だけど、一番大事な物を持っている。
この子なら腐敗した組織に屈することなく、自分を犠牲にすることもなく、私の望みに応えてくれるかも知れない、と。
一人になった優馬に私は声をかけた。
けれど、私を見た優馬の第一声は「コスプレの方ですか?」というものだった。
「はあぁ!?」
流石にこれには私も面食らったわ。
まさか、女神の私がコスプレ扱いされるとは……
これはもう実力行使しかないと思ったわ。
けれど、大勢のいる前で神の力を使うわけにはいかない。
そこで、路地全体に結界を張り誰にも邪魔されないその空間を作り、優馬にヒールの魔法を使ったのよ。
ボコボコになった顔や血だらけの手足を癒してね。
「おー、凄え。傷が治っていく。こんなの見たことねぇ」
「これで大丈夫ね」
「はい。ありがとうございます……その格好、本物の神様だったんですね」
どうやらやっと信じてくれた。
これで、やっと異世界の事情を話すことができる。
だけど、その前にひとつ優馬に聞いておきたいことがあった。
「あなたはなぜ大声をあげたの? 他にもあの女の子を逃す方法はあったと思うけど」
「ああ、それですか。女の子はかなり怯えていたんです。あの男が執着してたので、逃げきれずに捕まったらヤバいと思って。完全に頭に来てましたからね。仕方なくああいう方法を取ったんスよ……迷いましたけどね。あの頑固親父は長い間病気の娘さんの看病をしてて、大きな音を聞くと飛び出してくるんですよ」
「その娘さんの迷惑になるからやりたくなかったと」
「ええ、でも別に物音を立てたぐらいで病気が悪くなったりはしないでしょ? まあ、頑固親父の気持ちもわかるんで、後でもう一回謝りに行くつもりなんすけど」
「そう」
彼はそんな事情まで掴んでいた。
ビビっていたわけじゃない。
乱暴されそうな女の子の安全度と頑固な親父さんの事情までちゃんと把握して、殴られる危険も天秤にかけて最善の方法を判断して正しく判断する力もある。
「思ったよりクレバーだったと言うわけですな」
「そうなの! 小さなことかもしれないけど私にとっては大事なことよ。いざとなったら自分を犠牲にすればいいなんて人を呼びたくはないもの」
「優馬を選んだのは頭の良さ、ってことですか?」
「いいえ、彼を選んだのは最初に言った通り感よ」
フィンは頭を傾げていたけれど、私はこの時、優馬をアルティーリアに呼ぶことを決めた。
来てくれるかはわからなかったけど。
とにかく、異世界の事情を優馬に話して、ある国が内部からの腐敗により滅びようとしていることを告げた。
このままでは大勢の人が死に、または路頭に迷う。
そうなる前になんとかしたいので力を貸してもらえないか、と優馬に頼んだの。
その答えは、思っても見ないものだった。
「いいっすよ。人助け嫌いじゃないし」
「いいの? 生きて帰れないかも知れないのよ」
あまりに軽い答えに私は聞き返してしまった。
だが、彼の答えは変わらなかった。
「困っている人がいるんでしょ? 行くっきゃないじゃないじゃないですか」
「わっ、わかったわ。引き受けてくれるならあなたがこの依頼を成し遂げるために力を授けるわ」
あまりにも軽いOKに面食らって、本当なら彼を説得するために用意していた話が後になってしまったわ。
しどろもどろになりながらも、異世界の腐敗を正すための力を説明したの。
異世界ではステータスを見る魔法がある。
それを与えるが、さらに善悪のステータスを見る特別な力を授ける、と。
最初はよくわからないという顔をしていた優馬だったけど、理解した途端「特殊能力もらって異世界行き! クー、燃える展開、っすね」と言った。
流石に呆れ、本当にこの子で大丈夫かと訝しんではみたけれど、彼を選んだことをこれっぽっちも後悔していないわ。
しかし、そこまで話してもうまくは伝わらなかったらしいわ。
「すいません。私にはなぜ優馬が選ばれたのかやっぱりわかりませんでした。アリシア様が随分と気に入られていること以外は」
「そ、そんな………別に気に入ってるなんて。………でもフィン、優馬のことはよろしく頼むわね」
「はっ!」
というと、フィンは一礼して地上に帰って行った。
帰り際のフィンがなぜか嬉しそうな顔をしていたのが、とても印象的だったわ。
あなただって気に入ってるんじゃない。
いいのよ。きっとこれで。
優馬を選んだことを後悔してないもの。




