第11話 防具の価値
「えーい、何しに来やがった。お前のせいでウチは商売あがったりだ!!」
いきなりである。
店に入るなり怒鳴られるとは思わなかった。
優馬の脳裏には「ここには来るべきではなかったんじゃないか」という後悔の念が。
(フィン。帰ろうか)
(いや、気が変わった。もう少し、この親父と話をしてみろ)
不思議なことにフィンが乗り気だ。
とりあえず話だけは聞いてみることする。
「えー、僕のせいというのはどういうことなんでしょう」
「その背嚢からはみ出して見えている鉄板の事だ。お前がそんなもんを使ってるせいで、誰も盾を買いやがらねぇ。商売上がったりなんだよ。どうしてくれる」
こんなところで鉄板が関わってくるとは夢にも思わなかった。
確かにあれだけ使っているヤツがいれば装備屋にも影響はあるかも知れない。
そうは言っても優馬としてはどうしようもないのだが。
「僕に何をしろって言うんですか」
「そうさな……罰としてお前に売る防具は定価の二割増しだ」
それは困る。
狩りをしたばかりで多少懐は暖かいとはいえ、ただでさえ高い防具の値段を上げられてはたまらない。
(フィン。やっぱり帰ろうか)
(いや、面白い。とりあえず防具を見せてもらえ。物がよければ高くても買っておけ)
意外なフィンの反応に戸惑う。
さっきまでの機嫌の悪さはなんだったんだのだろう。
今は、面白がっている風にさえ見える。
どう言うことなのかわからないが、とりあえず優馬は言われた通りに。
「わかりました。それでは革鎧と木製の盾を見せてください」
「ほう、それでも買う気があるか……わかった。お前さん向きの奴を出してやる」
親父は店に並んでいる品とよく似た物をわざわざ奥から出して、優馬の前に並べる。
手に取ってみると確かに良い品だが、若干重め。
今なら扱えるが、冒険者になりたての頃の優馬には無理だっただろう。
(フィン、これどう思う。思ってたのよりゴツい感じなんだけど)
(とりあえず革鎧から着てみたらどうだ。それとよく似たものが店に並んでるから、さりげなく触って比べてみろ)
フィンの意図が分からず、困惑しながらも革鎧を装備する優馬。
途端に顔色が変わる。
ずっしりとくるが、確かな防御力が実感できる。
(どう言うことだ? フィン)
(親父が言っていた通りだ。優馬向きの一品だな)
それを見た店の親父が満足そうに語り始めた。
「ほお、気が付いたか。それはお前さんのせいで、最近店がヒマだから作ってみた試作型さ。重いが防御力が段違いだ」
「確かにこの装備には安心感がありますね」
「フン、気に入ったんなら責任取って買ってもらおうか。さっき言った通り従来型の二割増しだ」
(これ買うと予算オーバーなんだけど)
(言われた通り金を払っておけ。盾はあとでもいいだろう)
優馬はため息をつき、店主に購入すると言った。
すると今度は木製のバックラーを勧めてきた。
「本命はこっちだ。鉄板なんぞが広まったせいで、一番売れ行きが落ちたのがそれだからな」
「いや、もう買えません、て」
「まあ、そう言わずに、これも従来型と見比べてくれないか」
なんだか雲行きが変わっている。
さっきから店主の表情が柔らかくなってきているのだ。
優馬は二つのバックラーを手に取ってみた。
一つは従来型の木製バックラー。もう一つは同じ木製でも裏から要所に鉄の補強が入ったもの。二つの盾の大きさはほぼ同じ。鉄板とは桁違いに広い範囲を守れる。大きな違いは重さ。使いこなすには、かなりの腕の筋肉が必要にはなるだろうが、持っただけでわかる大きな安心感がある。
「悪かったな。確かにあの鉄板の話を聞いた時は血が上ったが、後から反省したんだ」
「反省?」
「ああ、今まではな……」
そこから後の店主の親父の話は、このカルディアの若手冒険者全体が抱えている問題にまつわるものだった。
バックラーは冒険者が買う最初の防具の一つだ。しかし初心者には高価でなかなか手が出ない。
だが、怪我をなくすためになるべく装備して欲しいと思っているのは、ギルド職員だけでなく防具屋の店主も同じだ。
勢い、初心者用の製品は値段を下げるため材質が蔑ろにされることが多くなり、身を守るための盾が貫かれることが少なくなかった。
「防具を買っても怪我をする奴が減らない。すると今度は防具を買うヤツが減ってしまったんだ。ところが、そんな時に新人冒険者が盾の代わりに鉄板を使って一角ウサギを仕留めたと聞いた」
「なんかすいません」
「いや、いい。あれでバックラーを強化することを思いついたんだ。それに今のお前さんの体型を見てわかったことがある」
そういえば、この親父。
最初から優馬のことをまじまじと見ていた。
「なんでしょう」
優馬は若干引き気味に答える。
「お前さん、随分と体を鍛えているな」
「いや、そんなでもないです」
「謙遜するな……まあ、いい。冒険者というのは体が資本だ。ワシは、ズブの初心者が店に来るたびに防具が重いと言って買わずに帰ることで、防具の軽量化ばかりを考えていた。だが、本当はこれぐらいの重さに耐えられなければ魔物と戦うことなどできないと言うことなんだな」
「それは、そうかも知れないですね」
防具屋の親父は若い冒険者が、せっかく買った防具を抜かれ怪我をして帰ってくるたびに心を痛めていたのだ。
防具は初級冒険者にとっては高い買い物だ。それなのに、買った防具が身を十分守ってやれていない事実。
そこに、優馬が現れた。
ただの鉄板を工夫して使い、一角うさぎを倒して見せたのだ。安くてお手軽。防具屋の親父にとっては、その安易な工夫が晴天の霹靂だった。
だが、それを認めるわけには行かなかった。
安価な鉄板で作った盾もどきが役に立つはずがない。そんなもので魔物の脅威が防げるはずがないのだ。防具は冒険者を守るためにある。それが装備屋ガルドの信念だ。どうせ、作った奴はヒョロイ体付きの新米冒険者だろう。
そう思っていた。
ところが、目の前にいる優馬はどうだろう。
短い期間で随分と鍛えられている。多少重くてもそれに耐える体幹を備えている。しかも、正規の盾を買いに来ているのだ。
ガルドは態度を改めることにした。
「改めて、お前さんには感謝する。これからは自信を持って防御力の高い防具を作ることにする。なーに、重いとか抜かす新人がいたら『ちったあ鍛えろ』とドヤしつけてやる」
「また、誰も買ってくれなくなりますよ」
「大丈夫だ。お前さんが広告塔になってくれるんだろう?」
優馬は敵わないなあ、と思いつつその革鎧を買うことにした。
いい防具を手に入れられたのは嬉しいが、実のところ二割増しは痛い。予定していた防具は革鎧ではなく盾だ。
しかし、盾は今の厚手の鉄板でも何とかなるな、と思い返し店を出ようとすると、防具屋の親父が「ほら、これ持ってけ」と言って、防刃性のある手袋を投げてよこした。優馬が戸惑いながら「これは?」というと、防具屋のは「アイデア使用料だ」と言ってニカッと笑った。
その顔を見て思い出した顔がある。優馬は確かめてみることにした。
「冒険者ギルドのガルスを知ってますか?」
「フッ、兄貴だよ」
「やっぱり! それじゃあ、また来ます」
「毎度あり」
思いもよらずいい買い物ができた。
満足して帰途に着いたが、一つだけ疑問が残っていた。
(どうして今日初めて会ったのに、最初ひょろひょろだった、って知ってたのかな)
(それは兄弟だからな。優馬のことを話すこともあったんだろう)
なるほどね、とつつぶやいた優馬の頭の中では、解体担当のガルスと防具屋のガルドが酒を酌み交わす風景が浮かんでいた。
次から二話ばかり幕間話を挟みます。




