第8話
「太宰はみんな暗いって思いがちだけど、実はものすごく明るい人だと思うんだ。その要素は御伽草紙やグット・バイとか色んなところに散らばっているし、僕から言わせれば、人間失格も明るい作品に見える。何でかっていうと世の中に対する皮肉というのかな」
「ふんふん」
「……ごめん。興味ないのに、いきなり語っちゃって」
「いえ! すごく面白いです!」
河野さんはそういって目をキラキラさせていた。素直に良い人だと思った。
「前にも好きな本を聞かれて、熱心に答えちゃったんだ。けど、『怖っ』ってひかれちゃって」
「ああ、それは日陰フィルターの弊害もありますね」
「日陰フィルター?」
初めて聞く言葉に思わず聞き返す。
「普段物静かな人というのは、他の人にとってその姿がデフォルトです。だけど勿論テンションが上がることも、人間である以上あるわけで」
「……うん」
「そのテンションの上がった状態を、突然みた人たちはビックリしてしまうんです。自分たちが見たことない、自分の想像の範疇に及ばないテンションの私たちに。で、ドン引かれてしまうという」
「ああ、確かにそうだね。はははっ」
河野さんの言い方には、苦労をもろともしない清々しさみたいなものがあって、思わず笑ってしまう。
「これ、逆に私たちからしたらどんな気持ちなんでしょう? イケイケの人たちが、私が話しに入った瞬間いきなり黙る、みたいな驚きですかね?」
「それはそれで、また違う怖さを感じるけど……」
感じたままの意見をいうと河野さんは「確かに、何か違いますね……」と首をひねった。
「……でも、すごいね。河野さんは」
「えっ、何がですか?」
「その、何というのかな。逆境にもめげない感じ、っていうのかな? 僕だったら沈んじゃうところを、プラスに変えちゃうところ」
心の底からでた言葉だった。単純に僕より彼女は、優れていると思ったからこそ出た言葉だった。
だけど、僕の思惑は彼女の心には届かず、河野さんの表情には僅かに翳りが生まれる。
「……逆ですよ。こうでもしないと、心が耐えられないんですよ」
箸でつまんだ卵焼きを見ながら河野さんは言った。
「何ていうんでしょう。マイナスをプラスに、無理矢理捉えようとしている感じでしょうか」
「……それ、詳しく聞きたいな」
僕にとって、単純に、興味のある話だった。
「えっ!? い、いや、やっぱ忘れてください。恥ずかしいんで」
赤面しながら河野さんは卵焼きを口に運ぶ。
「……」
僕は逡巡した。ドラマの中の主人公ならそれでも「聞きたい」といって河野さんが、「言わない」の押し問答を始めてもいい。
だけど、所詮、僕は僕だ。
本当に恥ずかしがっていて、無理矢理問いただして、河野さんに嫌われたらどうしようとか、そんなことを考え始めていた。
だから、僕はこんな言葉を選んだ。
「そっか」
それが正しいのか、間違っているのかはわからない。
「じゃあ、もし河野さんが話してもいいと思ったら話してよ」
いや多分、間違っている。
だけど、これがどうしようもなく、僕なんだ。




