第9話
「母さん」
「あら、圭太」
家までの帰り道を歩いていると、途中の通りにベンチがある。そこで母さんが、二つの大きな買い物袋を隣に置いて座っていた。
「……どうしたの」
そう聞きながらも、僕は何となく察しがついていた。
「いや、やっぱり私このままじゃダメだと思ってね。圭太にも迷惑かけっぱなしだし。何か小さなことからでもいいから前進していこうと思って、とりあえず買い物してきたの。そしたら……ふふっ、買いすぎちゃってね。とりあえず今休憩しているとこ。今夜はご馳走よ」
ひとりでに母からどんどん言葉が出てくる。
「……とりあえず休憩が終わったらそれ、僕が持つよ」
「あらそう、じゃ、もう十分休憩したから行きましょうか」
そう言いながら、母が腰を上げた。
「じゃあお言葉に甘えて、これ、ひとつもってくれる?」
「うん」
僕は母の手から、買い物袋を受け取った。
母と、家までの道のりを歩く。僕の歩くペースが少し速くて、度々距離が生まれてしまう。
「こうやって、圭太と二人で夕飯前に帰るのなんて何年振りかしらね」
「……覚えてない」
そう言いながらも思い出せる限りの記憶をたどると、僕の記憶は小学校高学年の辺りで止まっていた。同じ学校の人間に合わないかを、やたらと意識していた気がする。
「……ごめんね圭太、学校忙しいのに、いつもご飯作らせちゃって」
突然の謝罪に、反射的に僕は笑みを浮かべた。
「ははっ、どうしたのいきなり。大丈夫だよ。結構好きだしね、ご飯作るの」
普段とは対照的に、母の方から合間を埋めるように話題が提供されていることに気が付く。
母は時々、こうやってハイな状態になるときがある。そして、この時の高ぶりがすごいほど、後でその分落ち込む。
「……いつの間にか、もう一人前の、男の子なのね。圭太は」
僕の方を見て母は弱々しく笑った。よくよく見ると、以前よりしわが増えたように感じる。
「ところで今日何作ろうとしてるの? ……ずいぶん買い込んでるけど」
二つのビニール袋は両方ともパンパンで、重さもずっしりとある。
「今日はね、とりあえずオムライス。明日はハンバーグとか、お弁当用のウインナーも」
「ちょ、ちょっと待って。今日だけ作るんじゃないの」
母は不思議そうにこちらを見た。
「違うわよ。言ったでしょ。少しずつ前進していくって。これからは母さんが、またご飯作るから。圭太は学校に集中していいわよ」
確かにこの量は、今日だけの分じゃないとは思ったけど……。単純に僕が作る明日の分も、買ってきただけだと考えていた。
「……うん、わかった」
「ふふっ、明日のお弁当期待しててね。あっ、あと今日のオムライスもね。圭太、オムライス好きだったでしょ」
「……うん」
確かに僕は小学生ぐらいの時まで、母のオムライスが大好きで、何度もおかわりをせがんで父と母に笑われた。でも、それは過去の話だ。お母さんのつくるオムライスは確かにおいしいけど、何かある度毎回作るため、正直のところ飽きてしまっていた。でも母は毎回嬉しそうにオムライスを作るので、言い出すことは出来なかった。
「……圭太、お父さんいなくて、学校で何か言われたりしてない?」
一拍間を開けた後、母は本題を切り出すかのようにそう問いかけた。
「……高校生にもなってそんなこと言ってくる人いないよ。最近は、そういう家も増えてるしね」
「寂しくない?」
やけに追求してくる母の心境を、僕はいまいち掴めずにいた。
「……どうしたの今更? 全然。もう慣れたよ」
父と母は、僕が幼稚園のころに離婚していた。物心がつく前の僕には、いったい何が起きているのかがわからなくて、何で一緒に暮らさないのか、母に何度も質問を繰り返してしまった覚えがある。今考えると、ひどく残酷なことをしてしまっていたのだろう。
「お母さん、圭太のために、今後は頑張るからね。だから、圭太もお母さんを信じてくれると嬉しい」
母が僕の目をしっかり見据えて、そう告げた。
「……うん。無理はしなくていいからね」
そう返事を返したが、僕は正直その言葉を真に受けていなかった。
母はいうなればいまハイな状態で、多分、一種の万能感に捕らわれている。深夜のテンションに近い状態。だから話半分ぐらいで聞いておかないと、僕が振り回されてしまう。母には悪いけど、期待したい気持ちを押し殺して、そう考えた。
「大丈夫よ、任せて!」
だけど僕はこの時、久しぶりに母の笑顔をみた。




