第5話
「でさー、ホント孝史がさ」
「それマジ!? はやく別れた方がいいって」
「……」
日直が一周したことでつい先日、席替えが行われた。日当たりのいい窓際の中間席を獲得したことに当初喜んだ僕だけど、思わぬ問題が発生した。
それは、隣の千葉さんが昼休みの度に、隣の席で恋愛話を始めることだ。
最初は少し賑やかだなぐらいに思っていた。だが、千葉さんたちは割と立ち入った恋愛話をすることも少なくない。そこで僕が自分の席に座っていると、必然的に僕が盗み聞きしているような形が完成してしまう。
「でもさ、あいつ、ホントビッグ……あのね」
「……」
僕の存在を視認したのち、千葉さんは声を潜めた。やり場のない気まずさに襲われた僕は、一心不乱に弁当をかきこむ。
弁当を風呂敷に包んでわざとらしく時計をみた。そのまま鞄からハンカチを取り出し、机から離れる。
「……ねえ、聞いてたかなあ」
「えー、聞いてたでしょ絶対」
僕が廊下に出ると、そんな声が後ろから聞こえてくる。
……せめて本人に聞こえないように、噂話はして欲しい。
ためいきをついて、行きたくもないトイレに向かって歩き始めた。その間、僕は今後のために、新しい食事場所を脳内で必死に探す。
トイレは……嫌だな、そもそも汚いし。他の教室は……食べようにも友達がいないし、図書室じゃ……食べるわけにもいかない。
思索は迷走していた。だが上の階へ続く階段を見た時、ふとある考えが浮かんできた。
……そうだ。五階の空き教室はどうだろう。あそこは最早、ただの机置き場と化しているし、それを少しどかせば、人が一人座れるぐらいのスペースは確保できる。
そうと決まれば足取りは軽い。行きたくもないトイレをスルーして、僕は一直線に空き教室に向かった。
五階は基本的に資料室や、映像をみるための教室など、特殊な目的の教室しかない。それ故に、人の気配を感じることはなかった。僕の目論見はなかなか的を得ていたんじゃないかと、期待が膨らむ。
放置されている教室なので、ホコリがひどくないかといった懸念はあるが、どうだろう。
目的の教室にたどり着き、開いていた扉から中をのぞき込む。
「……おお」
入り口前方にいきなり積まれた机のタワーが現れて面を食らった。しかし意外にも中はホコリっぽさがなく、雑多としているが、清潔感すら感じた。
窓から心地よい風が吹いてきて遮光カーテンが揺れる。居心地も悪くなさそうだ。これなら今後、昼休みに困ることはないかもしれない。
……でも、ここって前来たとき、カーテンも閉まっていて、ものすごく暗かった気がするんだけど。
――ガタン
その時、教室の奥から物音が響いた。
……そういえば噂話を耳にしたことがある。うちの学校は、飛び降り自殺が多発した教室があって、そのために、今では使われてない教室があるって。
……まさか。いや、でも、元々ここは生徒が立ち入るようなフロアじゃないし……いや、だからこそか。
「……あんまり霊とかは信じない主義だし、調べてみるか」
推測の末に結論の出なかった僕は、行動で答えを探す。
机をズラしながら中の方に進むと、中心に机はなく空洞のような形になっていた。
その不自然な机の配置に段々と、心なしか恐怖が増してくる。
音のした方向に目を向けると、机がどかされ、人が通れる道になっている。そして、その先にあるのは、掃除用具を入れるロッカーだった。
「……」
開けるかどうか一瞬、思いあぐねた。だけど確かに音はしたし、万が一誰かが監禁されていたらどうしようとか、有り得もしない邪推を重ねた結果、僕は折衷案として声をかけてみることにした。
「あ、あのーすいません。誰か入ってますかー?」
「……」
反応は返ってこなかった。
……ただの物音だったのかなと考えながら、恐る恐るロッカーに耳を近づけると、そこからは、微かにだが息づかいがきこえてきた。
――人がいる。
僕は直感で、そう確信した。
「だ、大丈夫ですか?」
ロッカーの扉を勢いよく開ける。
「ひっ!」
「わあぁ!」
扉の先には、本当に人が入っていた。なおかつ相手は驚いて突然声を出すしで、思わず僕の方が驚いてしまう。
「……ん?」
そしてそこにいたのは、どこかひっかかる面影の人だった。
「ご、ごめんなさい! ……え」
その人は、逸らしていた目を恐る恐るこっちにむけながら、声を漏らした。
「と、図書館の人」
「……あっ、と、図書委員の人」
その言葉で僕も気づいた。見覚えがある。そこには、身を屈ませて震える、図書委員の子の姿があった。
「……」
「……」
中心に空いたスペースで、僕と図書委員の子はちょこんと座っている。
「……」
「……」
沈黙は相変わらず続いた。彼女はあいかわらず体育座りでおろおろしながら下を俯いている。……正直に言って、気まずい。
一体なぜ、あんなところに入っていたんだろう。答えが見つからない。そんな状況である以上、うかつに質問はしない方がいい気がした。……仮に趣味とかだったら、詮索しない方がいいだろうし。
「あ、あの……」
「ん、な、何かな?」
「ど、どうしてここに……?」
先に会話を促してきたのは、意外にも彼女の方だった。……気を遣わせてしまっただろうか。
「あっ、それはね――」
ありのままの事情を話そうとして止まった。一人でご飯を食べてたら、隣の席の人に盗み聞きを疑われてここに来た。だなんて言いたくなかった。自分の惨めな境遇を、改めて口にして外に発信するなんて、ただの公開処刑だ。
「……あっ、だ、大丈夫です。い、色々ありますもん、ね」
僕が言葉に詰まっていると、彼女は何かを察したようにまた目を伏せた。
「ち、ちがうよ! そういう話じゃないんだ。ちょっと、こういうところで食べるのも粋なんじゃないかなあ、ってそう思っただけで」
「わ、わかってます、わかってますから」
目を合わせないまま、僕にいう彼女は、聞く耳を全く持ってくれなかった。その決めつけるような態度に、僕は少しムッとしてしまった。
「な、何だよ! キミだって、ロッカーの中で丸まってる、その、ヤバい子じゃないか! お互い様だよ」
「え、ええっ!? ち、ちがいますよ!」
「何がちがうのさ! 実際、中にいたじゃないか!」
「あっ……。え、えーと……それは、ですね……」
徐々に徐々に彼女の声は小さくなり、最終的に掻き消えてしまった。
「……わ、わかりました。あまり話したくないですけど、素直に言います」
観念したように彼女はゆっくりと立ち上がり、ロッカーの中からピンクのランチバッグを持ってきた。
「……こ、こういうことなんです」
「……ロッカーの中でご飯食べるのが、趣味ってこと?」
「ち、ちがいます! 友達がいなくて一人寂しく、陰キャラの私は、ここでひっそりとご飯を食べてて、そしたら、あなたが来てとっさに隠れたってことですよ!」
「……そこまで、自分を責めなくても」
「いいんですよ、事実ですから……」
そういってまた体育座りになって、彼女は顔をうずめてしまった。
「やっと、誰にもバレずに、ご飯食べられるところ見つけたのに……」
身体の小ささと、直情的な行動も相まって、彼女はとても高校生には見えなかった。
「……でも、それなら僕と一緒だ」
「…‥え?」
「僕も、隣の席の人がずっと恋愛の話をしているんだ。それでいっつも一人でご飯食べてるんだけど、どうしても盗み聞きしてるような構図になっちゃてさ」
「……ああ、少しわかります。イヤホンはしてみました?」
「したよ! ……だけど、一時停止したときに『音してる?』っていう会話が聞こえてきて!」
「ああ、日陰人間の性ですね。どうしても根暗なイメージがつきまとうんですよね。……まあ、確かにどっちかというと根暗ですけど」
「僕もだ、ははは」
僕が笑うと、初めて彼女はこっちを向いて笑ってくれた。濁りがないというか、無垢というか、あどけなさが残る、心からの笑みに見えた。
「……今度から、僕もここでご飯食べていいかな?」
その笑顔を見て、僕は自然とそう口を開いていた。僕の言葉に彼女はポカンと口を一瞬開けていたが、その後すぐに閉口して、首を縦に振ってくれた。
「い、いいですよ、日陰もの同士、助け合いましょう太宰さん」
「……太宰さん?」
「あっ……ご、ごめんなさい。図書館でいつも太宰読んでいたから、心の中でそう呼んでいたんです」
「……それ、絶対良い意味じゃないよね」
「い、いやいや! そんなことありませんよ! 私も太宰好きなんで、良い意味ですよ!」
「だって傍から見て、放課後図書館でこれ見よがしに太宰読んでるやつなんて、絶対イタいやつじゃ……」
そういうと、プッと彼女はふきだして「すいません、確かに」と僕に謝った。自分からイタイと言ったが、改めて肯定されると、胸にちくりとくるものがある。
「……じゃあ、改めて名前教えてください。太宰さん」
「……加賀。加賀圭太っていうんだ。よろしくね、恋愛小説乱読さん」
我ながらセンスのない、安直なネーミングセンス。
「なっ!?」
「本を借りるときに表紙、見えるんだよね。そしたらいつも、恋愛小説読んでるから」
「……こんどからちゃんとカバーつけます。あと、私の名前は河野由宇です」
「うん、わかった。よろしく、河野さん」
「ふふっ、よろしくお願いします、加賀くん」
河野さんがしかめていた眉毛は、すぐに笑顔で横に広がった。
――やっぱり。
その笑顔を見て、僕はどことなく、誰かに似ている気がした。




