第29話
「親孝行できなくて、本当にごめんなさい」
殴り書きで、紙にその一言だけを記した。それ以外の言葉は思い浮かんでこなかった。
「……」
すぐにバレてしまわないよう机の上に、紙を裏に伏せて置いた。最後に少しだけ母の顔が見たくなって母の部屋に顔を出す。
「……母さん、ちょっと出かけてくるね」
僕がそういうと、自室で寝ていた母がこちらを見た。部屋の電気を消していた影響で、僕が扉を開けると眩しそうに目を凝らした。
「うん、いってらっしゃい」
それでも、しっかり母は僕のことを見てくれた。それだけで僕は満足だった。
「うん」
部屋の扉を、音がしないよう静かに閉めていく。
「圭太」
その途中で声をかけられた。心臓がドクンと音を立てる。
「……なに?」
扉をほぼ閉めた状態で、僕はそう聞いた。。
「ちょっと待って」
母はゆっくりと立ち上がり、そのまま扉に手をかけた。
「……どうしたの。その口?」
「えっ……」
口元を触ると指先に血がつく。走っている時に拭いきったはずの血は乾燥に伴ってじんわりと唇に滲みはじめていた。
「……乾燥で切れちゃったんだ。ははっ」
「……おでこもタンコブで赤いわよ。どうしたの?」
「……実は階段でこけちゃって。運動神経がなくて困るよ」
ジンジンと痛みが引かなかった左側の額は、触ると明らかに腫れているのが分かった。
「……じゃあ、いってくるね」
早足で僕は玄関に向かっていった。どう考えてもその様子は不自然だったが、止まることは出来なかった。
「……圭太!」
再び、母が呼びかける。
「……いまは言いたくないのかもしれないけど……お母さん情けないし、頼りないから」
「……母さん、一体何の話」
「でも、いつか話してくれたら……嬉しい」
母は僕をしっかり見据えそう言った。
「私はいつでもいいから。心が整理できたらでいいから」
……母が僕が今度どうしようとしているのか。その意図を見透かしているかはわからない。だけど、母が何かを感じていることは確かだった。
「……うん、わかった。ありがとう」
それは、僕の中で二つの含みを持った言葉だった。
ぎこちないのを承知で、僕は精一杯笑った。おそらく変な顔をしているのだろう。傷だらけの、ぼろぼろの顔で。
「いってくるね」
……最後に、感謝の丈だけは伝えられてよかった。
二年前の小説なのですが、自分の中に持っているだけなのも「なんか…なんかなあ」なので、更新していくことにしました。意外と良い小説だと個人的には思っています。
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