第26話
「やっぱり、この世界は殺風景だねー」
「……」
「こんなんじゃ、歩いてても飽きちゃうよー」
僕とセカイは町に向かって歩いていた。
「ワタシ、やっぱりあの扉の向こうの世界に行ってみたい」
この世界に来て二人が自分たちの近況を話した後、セカイは僕にそう告げた。
「ごめんね圭太。もちろん圭太があの扉の先を見てああなっちゃったのは覚えている。でも、ワタシはここで止まっていたくないし、あの扉の先の世界も、やっぱり忘れられない」
「……」
「きらきらしてて、みんなが話して笑っていて。……ワタシがこの世界で、ずっと憧れていた、そんな景色だったの」
「……」
率直に言うと、僕はセカイの意見に賛成したくはなかった。僕は未だに、あの扉の先にいた怪物たちが脳裏に焼き付いている。
だが、この終わった世界に居るだけというのも、セカイにとって辛いことだともわかっていた。それ故に、僕の中でジレンマが生まれていた。
「……わかった。セカイがそう言うなら僕も協力するよ」
「……ありがとう、圭太」
しかしセカイにそう言われた以上、いまここでとりあえず僕の、一つの答えを出さなければならない。僕はそう答えた。
でもセカイ、ごめん。僕は君を欺いた。正直、僕はあの扉の向こうになんて行って欲しくない。だけど鍵を探している間は、セカイにも生きる目的が生まれる。僕は、君の辛い表情を見るのが、もう嫌なんだ。
目的の場所は、すでに半壊していた。お店の看板は傾いて、ペンキの色も、ほこりや砂で色褪せている。それはもはや、看板としての機能を果たしているとは言い難かった。
安直な考えだった。餅は餅屋で、鍵は鍵屋。昔は活気づいていたであろう商店街を、点在する瓦礫を避けつつ進んでいくと、ひっそりとその鍵屋は存在していた。
「……ワタシが提案しといて何だけど、ホントにあるのかな?」
「……わからない」
正直、ここにあの扉の鍵はないだろうと思っていた。だけど僕自身、あの扉だけでは有益な情報を手に入れることはできず、セカイより良質な案を出すことは出来なかった。
……でも、それでいいんだ。僕は、セカイのやりたいことをやらせてあげたい。
「……これ、開かない」
セカイは両手で必死に、自動ドアをこじ開けようとしていた。
「圭太、圭太! 絶望だよ! このドア開かないし、鍵穴もないよ! 何のためにあるのかもわからないよ! あいでんてぃてぃくらいしすだよ!」
……セカイはたまに、スゴい言葉を覚えている。
「これは電気で、自動的に開閉するタイプの扉なんだ。だから、こじ開けようとしても無駄だと思う」
「えー、じゃあどうすれば……」
動揺するセカイとは対照的に、僕の心情は極めて平静だった。
「簡単だよ。僕の後ろにきて」
「う、うん」
僕は近くにある、手頃な瓦礫を両手で何とか持つ。
「……ごめんセカイ、コレ、投げるからもっと後ろにいてくれる?」
言い方が悪かった。セカイは、僕の背後にぴたりとくっついていた。
「……えっ、それ投げるの!?」
「う、うん」
そんなに意外そうなリアクションを取られるとは思ってなくて、僕は少し戸惑った。
「……圭太、グレた?」
「……鍵を探すためだよ」
冷めた目でそういうと、セカイは「だよねー」といってパタパタと後ろに駆けていき、次に「オッケー」と大きな声で叫んだ。……次は次で、離れすぎな気もするけど。
「……まあいいや。よい……しょっと!」
石を投げるとガラスは粉々に、雨のように小さな粒となり落ちていった。
「うん、大丈夫。セカイ、行こ――」
セカイを促し駆けた途中、僕はふと、セカイが裸足だった事実に気が付いた。
「……あっ」
「? どうしたの?」
セカイがゆっくりと僕の方に近づいてくる。その足は、やはり素足の状態だった。
「……なに、圭太」
セカイは両手で足を隠して恥ずかしそうにした。
「い、いや違うよ。そういう意味で見てたんじゃないよ。セカイ裸足だから、どうしようかなって」
僕の言葉にセカイは「あ~」と納得して口を開けてうなずいた。
「大丈夫だよ! いままでケガなんてしたことないもん!」
「いやそういう問題じゃ……」
僕は改めてセカイの方を見る。
「……やっぱり鍵屋の中、入りたいよね?」
「??? 当たり前じゃん。何言ってんの」
キョトンとした表情で、予想通りの返答が返ってきた。
「うん、そうだよね。……じゃあ」
その言葉を聞いた僕は、中腰になって背中をセカイに向けた。
「……何してんの?」
「……お、おんぶだよ、おんぶ。僕はスニーカーだからセカイより安全だし」
そう疑問の目を向けられてしまうと、こっちも恥ずかしくなってくる。
「え~、変なとこ触らないでね~」
「さ、触らないよ!」
いたずらな目でセカイはこっちを見ていた。
「んじゃ、お言葉に甘えますかなー」
セカイが勢いよく僕の背中に乗ってくる。
「軽っ……」
「そう? ありがと~」
重くはないだろうとは考えていたけど、その軽さは想像以上だった。
……こんな少女が、何年も何年も、ひとりで。
「ん、どうしたの圭太? 重いー?」
「……いや」
……セカイを絶対に離さないように、僕は細心の注意を払いながら、鍵屋の中に入っていった。
ドアや窓自体は閉まっていたからなのか、鍵屋の中は比較的キレイで、セカイがケガをしそうなものが落ちているといったことはなかった。
セカイは駆け足で、カウンター後ろに位置する従業員部屋に入っていった。僕もカウンター付近に目ぼしいものがないか確認したのち、セカイの後を追う。
「……うわ」
中の様子は圧巻だった。鍵という鍵が壁一面に並び、僕たちを取り囲む。
「……千個、いやそれ以上かもね」
「……」
セカイは一言も声を発することなく、ポカンと口を開けていた。
……確かに、ここから一つの鍵を探すことは一筋縄でいくことじゃない。増してや、そこにあの扉の鍵があるとは限らないのだから、セカイが唖然とするのにも納得がいった。
「……よーし」
しかし、即座にセカイは自分の頬をたたき、目の前の鍵を見つめ始める。
「圭太、鍵を出来るだけ多く持っていける、おっきい鞄みたいなの探してくれない?」
セカイの眼差しは一点の曇りもない、真剣なものだった。
「ちょ、ちょっと待って、これ全部調べる気?」
その眼差しと言動に、僕は戸惑った。
「? そうだけど?」
当たり前だと言わんばかりに、セカイは首を傾げた。
「な、ないかもしれないんだよ? あったとしても、鍵屋は他にもいっぱいあるし、誰かの家に鍵がある可能性もある……そしたら何千、何百万ってある家中を探さなきゃいけないんだよ」
「??? いいじゃん探せば」
セカイはますます首を横に傾げた。
「……心が折れるよ」
セカイはすでに、鞄を探す作業に戻っていた。
「……それでもね、ここにずっと居るよりかは遥かにマシ。ここに居たんじゃ、死んだも同然だもん」
セカイは手を止めることなく、僕にそう告げた。
……侮っていた。セカイの、この世界を抜け出すための渇望を。セカイを取り囲む孤独を。何も僕は、わかっていなかった。
♪♪♪
「まもなく五時になります。外で遊んでいる子供たちは、安全に気をつけて家に帰りましょう」
鍵が大量に入った鞄を持って例の扉に向かうと、あの放送が流れる。
「……時間」
「……」
セカイは抱えていた鞄を離して、僕の方に体を向けた。
「……じゃあね圭太、また明日」
僕の方に向き直して放たれたその笑顔は、屈託のないものだった。今までの辛さも、恐怖も、微塵に感じさせない、そんな笑顔だった。
「……セカイ」
……どうして。
どうして、君はそんなに強いんだ。
「……どうしたの、圭太」
両手に持っていた鞄を離して、僕はセカイを抱きしめていた。荷物を運んでいたからか、体が互いに、少し熱い。
「……帰りたくない」
「……どうしたの、いきなり」
僕の言葉に、セカイの声のトーンは低くなる。
「あっちの世界に、帰りたくない。セカイの側に、ずっと居たいんだ」
「……無理だよ。もう放送が鳴ってる」
セカイはその白く華奢な腕を、僕のうしろにまわした。
「……君は、ずるい」
「……」
「……ずるいんだ、こんな世界に、ずっと一人で居て、夜は一人で、おかしくならないはずがないんだ。怖くならない……はずがない。なのに、何で君は、僕にそんなに優しくできる……っ、何でそんなに、気丈に振る舞える」
「……」
「どうして僕は、君の力になれない」
「……ううん。圭太が居てくれるからこそ、だよ」
セカイは僕の肩を手でつかんで、僕を見つめる。
「圭太が私を必要としてくれるから、私は夜を乗り越えられる。明日を迎えることに、期待を持てる。新しい世界に行くために、頑張れる。……その気持ちは、ニセモノじゃないよ。本物だよ」
「……」
「生きてくれてるだけで、もう嬉しいの」
セカイが僕を見つめて、笑う。
「圭太が生きてくれる、それだけで、私は希望を持てるの」




