第25話
「加賀君は、リングダムとか読んだことあります?」
「……ごめん、読んだことないや」
「ああ、そうなんですか」
「……どうして?」
「あっ、テレビで特集してて、面白そうだなと思ったので。読んでたら面白いか聞きたかったんです」
「ごめん、力になれなくて。出来たら読んどくよ」
「ふふっ、そこまでしなくても大丈夫ですよ」
あれから結局、河野さんがセカイの話題に触れることはなかった。触れてはいけない話題だと思われてしまったのだろうか。河野さんの真意は掴めない。
「……」
「……」
そしてその一件から、僕たちの間では、会話の齟齬が発生していた。
会話の合間に、変な間が空くようになった。僕が言葉を選んで、会話に詰まるようになった。お互いにスマートフォンを見つめる時間が、少し長くなった。要するに、僕たちの会話は、出会った当初のように、ぎこちないものになっていた。
僕は沈黙が気まずくて、必死に脳内から会話の種を探した。様々な候補が浮かんでくるが、会話の流れは自然かとか、河野さんの嫌がる話題ではないだろうかとか、そんなフィルターを通す度に、どんどん会話の種はなくなっていく。
「……そういえば、河野さんって妹が居るんだっけ?」
そんな中、僕なりに必死に絞り出した唯一の話題がこれだった。
「……あっ、はい、いますいます! あれ、私そのこと言いましたっけ」
問いかけが突然すぎただろうか。河野さんは不意を突かれたように、矢継ぎ早にそう返答した。
「ああ、確か映画誘ってくれたのって妹さんが模試で来れなくなったからだったよね」
「ああ、そうです、確かに言いましたね。いますよー、生意気な妹が一人」
そういって一瞬だけ、河野さんは目を逸らした。
「羨ましいな。僕一人っ子だから、あんまり兄弟がいるって感覚、わからないんだ」
セカイは容姿的には妹に近かったが、あまりそういった感情は抱かなかった。そもそも、兄弟がいたことがないから、そういった感情がわからないだけかもしれない。
「うーん、大半の人は、邪魔だとか、いらないって照れ臭くて言いますけど、私は居てくれて良かったって心から思ってます。そりゃあ、部屋とかは自動的に狭くなるし、何もかもが半分ずつですけど、それ以上に多くのものを貰っていますから」
正直で、優しい意見だと思った。
「河野さんらしい、優しい意見だね」
だから僕も、正直な意見を河野さんに返した。
「……ふふっ」
河野さんは、少しふきだすように笑った。
「……ははっ、笑わせようとしたわけじゃなかったんだけどな」
「ふふっ、すいません」
また変なことを言ってしまったかと一瞬考えたが、不思議と河野さんの笑みから、嘲笑のようなものは感じられなかった。
「加賀くんは、兄弟欲しいとかって、思ったことないんですか?」
「……んー、僕はそんなに思ったことないかな」
本当のところ、小さい頃にはよく、お母さんにそんなお願いをしていた。当時は、子供が一人できるというのがどういうことか、よくわかっていなかったから。
「えー、小さい頃、お母さんにおねだりとかしなかったんですか? 友達は、みんなしたって言ってましたよ」
河野さんは、さらに踏み込んでくる。多分、何となく嘘だと勘付かれているのだろう。
「正直言うとね。……ちょっと暗くなっちゃうかもしれないけど、いい?」
「……はい」
これ以上、嘘を塗り重ねることにも疲れて、僕はそんな切り出し方をした。
「すごく欲しかった時期もあったよ。小さいときはよくそんな話を家族としていた。だけど僕の家は幼稚園のときに、両親が離婚してて」
「……」
「それから僕は、母さんと一緒に暮らしてるんだけど、お母さんが精神的に参っちゃってるのもあって、あんまりそういうお願いをしなくなって。そしたら、段々僕もそういう欲がなくなってきてさ。……だからあながち間違いじゃなかったかもしれない。兄弟に、そんなに憧れがないっていう話」
「……」
河野さんの方を見ると、河野さんは気まずそうに顔を下に俯けていた。
その様子を見て、僕はひどく後悔した。本当に、僕は空気が読めない。いま求められているのは、そんな話じゃないじゃないか。
僕にとってこんな過去は、小さいときから転がっていた日常に過ぎない。だけど他人にとってみれば、僕の日常は悲劇だ。何度も同じような過ちを犯している癖に、僕はまた繰り返した。
「……ごめん。空気読まずに暗い話しちゃって」
「……いえ、話してくれて嬉しいです」
「えっ……?」
「……ごめんなさい、変なこと言ってるのはわかってるんですけど、嬉しかったんです。そういう話って、その、あんまり仲が良くないと、話してくれないのかなー……って」
河野さんはそういって顔を赤くした。僕はまさかそんな反応が返ってくるとは思わなくて、思わず狼狽してしまった。
「……うん、そうだね」
河野さんは、僕側の人間じゃない。河野さんは、いまは学校でそんなに目立たない存在かもしれないけど、人の気持ちに寄り添おうとしてくれる、優しい子だ。いつか、彼女の魅力に気づく人が、必ず多く現れる。
こっち側の人間も気に留めてくれる、あっち側の人間。でも、あくまで彼女はあっち側。そんな初めての存在が、河野さんなのかもしれない。




