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壊れた魔法、直します。~魔法の糸が見える修理屋、世界のほつれまで請け負います~  作者: 雪月 夜狐
第一章:百年目の故障

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第05話 守り神が守りたいもの

「――リゼ! あいつを止めるぞ!」


「止めるって、どうやって!」


「そこは元騎士の腕の見せどころだろ!」


「作戦を丸投げしないで!」


 ごもっともである。


 だが、守護竜の口には真っ赤な炎が渦巻いていた。狙われているのは、焼き窯へ向かって駆けていくトトだ。


 考える時間なんて、一秒もない。


「トト、伏せろ!」


 リゼが駆けた。


 守護竜の顎が下がる。あの口から炎が出れば、トトも、パン屋の奥に残ったものも、まとめて焼かれる。


 リゼは崩れた壁を蹴って跳び上がり、守護竜の下顎へ剣を突き立てた。


 ぎいん、と鈍い音。


「くっ……!」


 石の顎は砕けなかった。それでも刃が鱗の隙間に引っかかり、守護竜の顔がわずかに上を向く。


 直後、炎が噴き出した。


 頭上を赤い熱が駆け抜け、通りの向こうの看板が燃え上がる。


「うおっ、あっぶな!」


「感想より、トト!」


「わかってる!」


 俺はトトの背中へ飛びつき、石畳の上を転がった。


 膝をしたたかに打つ。目の前で火の粉が散った。腕の中のトトは、驚いて声も出ないようだった。


「トト! 怪我は?」


「……ない」


「よし。じゃあ、もうあっちへ行くなよ」


 返事がない。


 トトは崩れた店を見つめていた。


「……あの窯、じいちゃんが直したんだ」


「窯?」


「ばあちゃんが、毎朝パンを焼くやつ。じいちゃんがいなくなってからも、ずっと大事にしてたんだ」


 声が震える。


「壊れちゃったら、ばあちゃん……」


 そこで言葉が途切れた。


 俺はトトの頭に手を置いた。


「トト。大事なもんなのはわかった。でもな」


 視線を合わせる。


「お前までいなくなったら、ばあちゃんが一番悲しむだろ」


 トトの目に、じわりと涙が浮かんだ。


「……うん」


「よし。今度こそ避難だ。これは修理屋からの命令」


「修理屋って命令できるの?」


「今日からできることにした」


 そこへ衛兵が駆け寄ってきた。俺はトトを預け、今度こそ広場の外まで連れていくよう頼む。


 トトは何度も振り返りながら、衛兵に手を引かれていった。


 広場の端では、メル婆さんが衛兵の手当てを受けていた。肩には白い布が巻かれている。トトの姿を見つけると、痛むはずの腕を上げて大きく手を振った。


 トトが駆け寄り、二人が抱き合う。


 その光景に、ようやく息を吐けた。


 もっと早く危険に気づいていれば。そう思いかけ、首を振る。


 後悔なら、全部終わってからでもできる。


 その背中を見送った途端、足の痛みが戻ってきた。


「いっっ……! 膝! 俺の膝が!」


「生きてるなら動いて!」


 屋根から降りてきたリゼが俺の腕を引く。


「元騎士って、怪我人に厳しくない!?」


「あとでちゃんと心配するから!」


「予約制なの!?」


 文句を言いながら立ち上がった、そのとき。


 守護竜が、また翼を動かした。


 崩れた柱が跳ね、焼き窯のほうへ倒れる。


「危な――」


 言い終える前に、守護竜の翼が柱を受け止めた。


 ばきん、と石の羽が一枚折れる。


 守護竜は倒れた柱を脇へ押しやると、何事もなかったように俺たちを見下ろした。


「……今の、見たか?」


「ええ。自分から翼を傷つけた」


「そうじゃなくて、あの窯だ」


 丸く盛り上がった古い焼き窯。屋根も棚も壊れた店の中で、そこだけが妙に原形を保っていた。


 偶然にしては、できすぎている。


 守護竜の赤い目が、俺たちに向いた。


 黒い靄が、鱗の間からあふれ出す。


「また来るわよ!」


 リゼが俺の前へ踏み出した。


 俺は銀の針を抜き、守護竜を見上げる。


 青い糸が無数に走っている。その奥に、ほかの糸を締めつける一本の黒。


 あれさえほどければ、止まるのかもしれない。


 でも、守護竜の胸の奥は遠い。しかも動くたびに糸の位置が変わる。今飛び込んだところで、串刺しにされるのが落ちだ。


「ジオ! あの黒い煙、普通じゃない!」


「俺にも見えてる!」


「原因は?」


「まだわからん!」


 不意に、守護竜が片方の翼を引きずった。さっき柱を受け止めた側だ。石の羽の間に亀裂が走り、砕けた欠片が落ちる。


 翼が壊れても、動きを止めようとはしない。


 俺が針で触れている魔導具なら、こんな使い方はさせない。どんなに頑丈な道具だって、無理を重ねれば、いつか取り返しがつかなくなる。


 守護竜の尾が横薙ぎに迫る。


 リゼが俺の肩を押し、二人で石畳へ身を投げた。頭上を石の尾が抜け、後ろの塀が粉々になる。


 破片が降ってくる。俺は腕で頭をかばった。


「せめて少しは止まってくれよ! 修理の見積もりもできやしない!」


「今さら請求するつもりなの!?」


「請求先がわからんから困ってる!」


 守護竜は答えず、前脚を振り上げた。


 そこへ、広場側から男の怒鳴り声が飛ぶ。


「おい、修理屋! こっちへ下がれ!」


 盾を構えた衛兵が三人、駆けつけていた。先頭の壮年の隊長が、太い鎖を巻いた器具を掲げる。


「捕縛鎖だ! 魔導馬車を止めるためのものだが、脚に掛ければ少しは持つ!」


「じゃあお願いします!」


「ただし、射出機の術式がさっきの衝撃で止まった!」


「先に言ってくれ!」


 どうして今日は、動いてほしいものから順番に壊れるんだ。


 俺は器具を受け取り、側面の点検蓋を外した。


 魔晶石は無事。歯車も欠けていない。


 目を凝らすと、起動用の糸だけが留め具から滑り落ちていた。


「三秒!」


「本当だな?」


「……たぶん!」


「お前も隊の連中と同じことを言うのか!」


 知らんがな。


 銀針で糸を拾い、留め具へ戻す。手のひらが熱を帯びた。何度も針を使った指は赤く腫れ、うまく曲がらない。


 それでも、かちり、と魔晶石に光が戻った。


「動く! 隊長さん、頼んだ!」


「任せろ!」


 隊長が射出機を構える。ほかの衛兵が鎖の端を近くの石柱へ固定した。


 弾けるような音とともに、鉄の錘が飛ぶ。


 鎖が守護竜の前脚へ巻きつき、石畳に食い込んだ。


 守護竜が身をよじる。


 石畳が持ち上がり、鎖に沿ってひびが伸びていく。衛兵の一人が思わず後退したが、隊長はその肩をつかみ、柱から離れるよう合図した。


「鎖に近づくな! 切れたら巻き込まれるぞ!」


 足を止めていた住民も、隊長の声でようやく後ずさった。


 鎖が軋み、固定した石柱にひびが走った。


「長くは持たん! やるなら今だ!」


「ジオ!」


 リゼが守護竜の前へ走り出した。


 彼女は尾をかわして脚の内側へ入り、剣の峰で胸の鱗を打つ。守護竜の注意が、ほんの一瞬だけ彼女へ向いた。


 俺はその隙に横へ回った。


 胸の内側には、一本の黒い糸が食い込んでいる。


 そのさらに奥に、別の光があった。


 金色の、細い糸。


 黒い糸に締めつけられながらも、消えずに震えている。


 銀針を握る手が、ひとりでに伸びた。


 触れれば、何かわかるかもしれない。


 けれど先代の声が頭をよぎる。知らない術式に、むやみに手を出すな。仕組みも知らずに切れば、直せるものまで壊してしまう。


 俺は奥歯を噛んで、針を止めた。


「……何だ、これ」


 ほかの糸とは、まるで違う。


 見ていると、なぜだか胸の奥が苦しくなった。


 俺は無意識に、その光の先を追った。


 金色の糸は、守護竜の胸の奥で折り返し、ある方向を向いている。


 パン屋の、焼き窯だった。


 その瞬間、守護竜の前脚が大きく持ち上がった。


 鎖が千切れる。


「ジオ、離れて!」


 リゼの声が響く。


 だが、俺は目を離せなかった。


 あいつは店を壊した。人に火を吐き、トトまで危険にさらした。


 なのに、どうして。


 焼き窯だけを、何度も庇うんだ?


 守護竜の赤い目が、俺を捉えた。


 逃げるべきなのに、身体が動かない。


「……お前、本当は何を守りたいんだよ」


 石の喉が、低く唸った。


 俺は初めて、守護竜が怒っているのではなく、苦しんでいるように見えた。

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