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壊れた魔法、直します。~魔法の糸が見える修理屋、世界のほつれまで請け負います~  作者: 雪月 夜狐
第一章:百年目の故障

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第4話 修理屋に火炎耐性はありません

 炎が、通りいっぱいに広がった。


「うおおおっ、熱い熱い熱い!」


 俺はリゼに襟首をつかまれ、石壁の陰へ放り込まれた。背中を打って息が詰まる。直後、目の前を真っ赤な炎が通り過ぎた。


 道端の荷車が燃え上がる。看板が黒く焦げ、窓の硝子がぱきんと割れた。


「助かった! でも投げる必要あった!?」


「受け止めてほしかった?」


「優しく抱き留める選択肢は!?」


「今度余裕があったらね!」


 ないだろうな、今度も。


 壁の向こうで、炎が石畳を舐めた。頬がひりつく。守護竜が口を開けただけでこの有様だ。あいつが本気で暴れたら、下街の木造部分はひとたまりもない。


 しかもパン屋は崩れたまま。トトとメル婆さんを救い出せたからって、安心している場合じゃなかった。


 笑いかけた口が止まった。逃げ遅れた男が、道の真ん中で転んでいる。すぐ横には、熱で曲がり始めた荷車の車輪。


「リゼ、あそこ!」


「見えてる!」


 彼女は壁を蹴り、炎の切れ間へ飛び出した。男の上着をつかんで引き起こし、そのまま荷車の陰を滑るように駆け抜ける。


 元騎士の身のこなしは、こういうとき本当に頼りになる。足の運びに無駄がない。俺ならあの距離で三回は転び、四回目で人生を諦めている。


 だが、今は見とれている場合じゃない。


 守護竜の頭が動いた。再び喉の奥が赤くなる。


 まずい。二発目が来たら、あの二人は逃げ切れない。


 俺は通りの角へ目を走らせた。


 あった。赤い取っ手のついた、腰ほどの高さの鉄柱。街の火事に備えた《消火柱》だ。地下の貯水槽につながっていて、取っ手を引けば水を勢いよく吹き出す。


 ただし、守護竜が落ちた衝撃で柱はひしゃげ、魔晶石の灯りも消えていた。


「壊れてる場合かよ!」


 思わず文句を言ってから気づく。


 壊れたものを直すのが、俺の仕事だった。


「リゼ! そっちへ水を送る! ちょっとだけ耐えてくれ!」


「ちょっとって何秒!?」


「直してみないとわからん!」


「最悪の返事!」


 リゼは男を石壁の向こうへ突き飛ばし、自分も転がるように身を伏せた。直後、守護竜が炎を吐く。


 俺は消火柱の前に膝をつき、銀の針を取り出した。


 糸が見える。


 青い光が地下から柱の内部へ伸びていた。幸い、貯水槽からの魔力は生きている。途中の縫い目が衝撃で外れ、弁を開く命令が届かなくなっただけだ。


「そこか!」


 針を差し込み、切れた糸の端を引き寄せる。


 指先が熱い。触れているのは金属なのに、皮膚の内側を火でなぞられたようだった。


 それでも針を離さない。


 ぷつり、と何かがつながった。


 鉄柱の魔晶石に青い光が戻る。


「開けええっ!」


 俺は取っ手に全体重をかけた。


 ごぼっ、と間抜けな音がした。


「……ごぼっ?」


 嫌な予感がする。


 次の瞬間、鉄柱の継ぎ目から水が噴き出し、俺の顔を正面から殴った。


「ぶはあっ!?」


「ジオ!?」


「水圧! 水圧が俺に敵意を!」


「直す場所を間違えたんじゃないの!?」


「間違えてない! 柱が曲がってるだけだ!」


 俺はびしょ濡れのまま噴出口を蹴り、守護竜のほうへ向けた。


 水の帯が炎にぶつかる。


 蒸気が爆ぜ、白い煙が通りを覆った。消火柱一本で守護竜の炎を消せるわけじゃない。それでも、熱を弱めて逃げ道を作るには十分だった。


 消火柱を抱えた俺の腕にも熱が伝わる。濡れた服が肌に貼りついて気持ち悪い。助かったのか、むしろ自分から茹でられに行ったのか、だんだんわからなくなってきた。


 ただ、蒸気の向こうで誰かが「通れたぞ!」と叫んだ。


 それだけで、濡れ鼠になった甲斐はあった。


「今だ、みんな! 広場の向こうへ!」


 靴屋の爺さんが叫び、近所の人々が小さな子を抱えて走り出す。衛兵も駆けつけ、盾を並べて避難路を守り始めた。


 その光景に、張りつめていた胸が少しだけ緩む。


 俺たちだけで戦ってるわけじゃない。


 衛兵の一人が俺の肩を叩いた。


「お前、修理屋か! こっちの消火柱も直せるか!」


「できれば後で! 今は手が足りない!」


「わかった! なら、俺たちは人を逃がす!」


 短いやり取りだったが、それで十分だった。みんな自分の仕事をわかっている。俺も、俺にできることをやるしかない。


 けれど、消火柱の水が急に細くなった。


「……うそだろ」


 柱の横にある魔力計が、底を指している。地下の貯水槽は満水でも、押し出すための魔力が尽きかけていた。


 あと一回、炎を受けられるかどうか。


「リゼ! 時間切れだ!」


「こっちも!」


 彼女の声が、頭上から降ってきた。


 見上げると、リゼは崩れかけた屋根を駆けていた。守護竜の尾が壁を砕き、その後を追う。


 彼女は屋根の端を蹴って跳び、空中で身体をひねった。尾の一撃を紙一重でかわし、剣を翼の付け根へ振り下ろす。


 ぎんっ、と鋭い音。


「硬いっ!」


「石だって言っただろ!」


「わかってるわよ!」


 剣がはじかれる。リゼの身体が宙へ浮いた。


 まずい。着地する場所がない。


「右だ、リゼ! 翼の下に継ぎ目がある!」


「右ね!」


 リゼは落ちながら剣を持ち替え、守護竜の脇へ刃を突き立てた。石の板が一枚剥がれ、その反動を利用して石畳へ着地する。


 片膝をついた彼女の足元で、石が砕けた。


「……今の、けっこう怖かったんだけど」


「見てるこっちはもっと怖かったぞ!」


「じゃあ次は受け止めてね」


「俺を潰す気か!?」


 軽口を交わしたものの、リゼの呼吸は荒い。額に汗が浮かび、剣を握る右手も小さく震えている。


 長くは持たない。


 守護竜は壊れたパン屋の中央に踏みとどまっていた。黒い靄をまとった翼が上下し、石の喉がまた赤く光り始める。


 俺は目を凝らした。


 普通の魔導具なら、壊れた縫い目を探せばいい。けれど、守護竜の身体には数えきれないほどの糸が張り巡らされている。しかも、糸は守護竜が動くたびに位置を変えていた。


 青い糸の束に、一本だけ黒いものが食い込んでいる。


 さっき見たのと同じだ。


 鱗の隙間から漂う黒い靄なら、周囲の人間にも見えている。だが、糸そのものに気づいている様子はない。黒い糸は、守護竜が暴れるたびに別の色の糸を引き寄せ、ぐちゃぐちゃに絡ませていた。


 まるで、無理に言うことを聞かせようとしているみたいだ。


 だが、そこへ針を届かせるには、守護竜の懐へ潜り込まなければならない。


「……勘弁してくれよ」


 俺は消火柱の陰から身を乗り出した。


 守護竜が翼を振り上げ、瓦礫をまき散らす。大きな破片がパン屋の奥へ飛んだ。


 その瞬間だった。


 守護竜が、妙な動きをした。


 自分の爪で石畳を削りながら、翼を折り曲げる。瓦礫を受け止め、胸元に抱え込むようにして地面へ落とした。


 まるで、何かに当たらないように。


「……何してんだ、あいつ」


 そこにあったのは、パン屋の焼き窯だった。


 屋根も壁も崩れているのに、あの窯だけはまだ立っている。


 さっきは暴れる尾で壁を壊したくせに、今はわざわざ自分の翼を傷つけている。どう考えても、動きがちぐはぐだった。


 偶然か?


 俺がそう考えた直後、守護竜の喉が赤く輝いた。


 今度は、さっきよりずっと強い。


「ジオ!」


 リゼがこちらへ走る。


 守護竜の口が開いた。


 その先にあるのは、壊れたパン屋と焼き窯。


 いや、違う。


 瓦礫の向こうで、誰かが泣きながら叫んでいた。


「ばあちゃんの、パン……!」


 避難したはずのトトが、衛兵の手を振りほどいて戻ってきていた。


「トト!?」


 トトは焼き窯に向かって走っている。


 守護竜の喉に、真っ赤な炎が集まった。


 俺は針を握り締めた。


「――リゼ! あいつを止めるぞ!」

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