↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れた魔法、直します。~魔法の糸が見える修理屋、世界のほつれまで請け負います~  作者: 雪月 夜狐
第一章:百年目の故障

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/33

第22話 一か月前の閲覧者

《別紙七号》が一か月前に閲覧されていた。


 その事実を知った翌朝、俺たちはまた魔導具組合へ来ていた。


「……そろそろ組合の廊下に、俺専用の椅子が欲しいな」


「置いてもいいけど、そこで居眠りしないでよ」


「座る前から用途を制限された……」


 リゼは返事をせず、俺の右手の包帯を確かめた。腫れはかなり引いたものの、強く握ればまだ痛む。銀の針を使える状態じゃない。


 今日は手を動かす仕事じゃない。書類を読む仕事だ。


 ……そっちもあまり得意じゃないけどな。


 資料室にはイネスさんと衛兵隊長が待っていた。机の上には、昨日見つけた閲覧台紙と、新しい帳面が並んでいる。


「申請した部署がわかりました」


 イネスさんが帳面を開く。


「設備安全審査室です。古い魔導具の停止装置が、現行の基準に合っているかを調べる部署ですね」


「だったら、守護竜の資料を読むのは普通の仕事なんじゃ?」


「ええ。閲覧自体は不自然ではありません。ただ、申請票の記入方法が通常と違うんです」


 彼女は欄外の小さな印を指した。


「本来は担当者の署名も要ります。今回は部署印だけで通されていました」


 隊長が腕を組む。


「許可した者は」


「資料室の当番です。本人に確認したところ、審査室から急ぎだと言われ、受け付けたそうです」


「規則違反だな」


「はい。本人も認めています」


 イネスさんは言い訳を添えなかった。こういうところは、信用できる。


「でも、誰が読んだのかはわからないんですよね」


 リゼが尋ねると、イネスさんは別の帳面を開いた。


「直接の署名はありません。ただ、資料を受け取ったときに使われた職員証の番号が残っています」


 名前の欄には、一人の男の名があった。


『セヴァン・オルド』


「審査室の主任技師です。今も組合に勤めています」


 胸が、どくんと鳴った。


 ようやく、人の名前が出てきた。


「隊長さん。話を聞けますか」


「もう呼んである。先に言っておくが、閲覧者と細工をした者は別だ」


「……はい」


 何度も聞いた言葉だ。


 でも今は、ちゃんと意味がわかる。


 守護竜の胸にあった黒い糸も、揚水場の金具も、防護灯の異常も、誰かが仕組んだ可能性が高い。だからこそ、名前が一つ出たくらいで犯人扱いはできない。


     ◇


 セヴァン・オルドは、思っていたよりずっと普通の男だった。


 四十代半ばくらい。灰色の髪を短く刈り、袖口には古い油染みがある。机に向かうだけの技師じゃなく、実際に設備を触ってきた人の手だった。


「資料を見たのは私です」


 向かいに座るなり、男はそう言った。


 あっさりしすぎて、俺のほうが拍子抜けする。


「申請書に名前を書かなかった理由は」


 隊長が問う。


「急いでいた。部署の印で通ると思い込んだ。そこは私の落ち度だ」


 セヴァンさんは頭を下げた。


「ただし、守護竜に細工をした覚えはありません。調査の目的は、むしろ逆です」


「逆?」


「止まれなくなる危険がないか、確認したかった」


 男は鞄から一枚の紙を出した。


「一か月前、審査室にこんな照会が届いたんです」


 隊長の許可を得て、紙が机に置かれる。


 古い設備の停止試験について、過去の事例を確認したい。そういう依頼文だった。


 差出人の欄は空白。封筒にも返送先はない。


「匿名の手紙だけで、危険判定の資料を調べたんですか?」


 リゼの声には、少し疑う響きがあった。


「最初は取り合いませんでした」


 セヴァンさんは、きっぱり答えた。


「ですが、その紙には十年前の守護竜試験で、停止が七呼吸遅れたことが書かれていた。公開されていない数字です。無視できなかった」


 俺は顔を上げた。


 昨日の《別紙七号》に、まさにその数字があった。


「……じゃあ手紙を書いた人は、十年前のことを知っていた?」


「少なくとも、試験の中身を知る手段があったんでしょう」


 イネスさんが静かに答える。


 セヴァンさんは紙の続きを指した。


『旧式保護系統は、停止よりも継続を優先することがある』


 背筋が冷たくなった。


 守護竜が街を焼きかけた理由と、あまりにも近い。


「この警告が本当かどうかを確かめるために、別紙七号を見たんです」とセヴァンさんは続けた。「記録と一致したので、審査室として守護竜の再点検を提案しました」


「提案はどうなった」


 隊長が短く問う。


「正式な検査日の調整中でした。担当者と装備を揃えるには時間がかかります。ところが、その前に事件が起きた」


 セヴァンさんは唇を結んだ。


「もっと早く動いていれば、と考えています」


 その言葉には、軽く口を挟めなかった。


 俺だって、守護竜が落ちる前に異常に気づけていたらと思う。過ぎた時間をどうにかできる道具があれば、と何度考えたことか。


 でも、壊れたものを直すより、過去をやり直すほうがずっと難しい。


「セヴァンさん。手紙を受け取ったあと、誰かに資料を見せましたか」


 俺が尋ねると、男は少し考えた。


「別紙そのものは渡していません。審査室の二人に、結果だけを報告しました。名前は記録に残っています」


 隊長がうなずき、衛兵に報告書を取り寄せるよう命じる。


「それから、ひとつ妙なことがありました」とセヴァンさんが言った。


「閲覧した翌日、審査室へ伝声具で問い合わせがあったんです。『停止を確かめる試験は、どこまで進んだか』と」


「相手は?」


「名乗りませんでした。声も雑音がひどくて。ただ、試験を急がせるような口ぶりでした」


 俺は依頼文を見た。


 危険を知らせた人間が、検査を急がせた。


 親切な警告に見える。


 でも、そうとは限らない。


 誰かが俺たちに危険を知らせ、その直後に同じ危険を作り出したのだとしたら。


 何のために?


「ジオ」


 リゼが低い声で呼んだ。


 俺は、自分が包帯の上から拳を握っていたことに気づく。慌てて力を抜いた。


 隊長が依頼文を持ち上げる。


「修理屋。この紙、見覚えはあるか」


「いいえ。……字は、先代のものとは違います」


「筆跡は調べさせる。それ以外は」


 俺は端から読み直した。


 文章は短い。専門用語が多く、普通の職人なら読み飛ばしそうな内容だ。


 けれど、最後の一文だけ、妙に引っかかった。


『守るための命令は、最後まで果たされねばならない』


「……これ」


 俺は指を止めた。


「先代なら、こんなこと言わないです」


 隊長が眉を寄せる。


「どういう意味だ」


「先代は、止めるのも仕事だって教えてくれました。守りたいからって、何があっても動かし続けろなんて……そんな修理はしない」


 イネスさんが紙を見つめた。


「確かに。これは不具合の報告というより、考え方を示す文章にも読めますね」


 リゼが腕を組む。


「警告を送ってきた人が、わざわざ危険な考え方まで書いてきたってこと?」


「わからん。ただ、相手が何を考えていたかは調べる」


 隊長は依頼文を証拠袋へ収めた。


 書類を読んだ人間は見つかった。


 でも、書類を読ませた人間は、まだわからない。


 しかもその人は、守護竜が止まりにくいことを、事件の前から知っていた。


 セヴァンさんが立ち上がりかけて、思い出したように口を開いた。


「そういえば、封筒の裏に一つだけ印がありました」


「印?」


「丸の中に、三本の短い線です。封筒は審査室に保管しています」


 俺は顔を上げた。


 三本線。


 廃棄された金具に刻まれていた、《再使用禁止》の印。


 もちろん、同じ意味だと決まったわけじゃない。


 けれど、胸の奥で何かが音を立ててつながった。


「隊長さん。その封筒、今すぐ確認できませんか」


「できる。行くぞ」


 隊長は立ち上がり、扉を開けた。


 俺はリゼのあとを追いながら、包帯の右手を見つめる。


 修理する前に、壊した相手を見つける。


 こんな仕事、先代は教えてくれなかったぞ。


 ……いや。


『確かめるまで、直ったと言うな』


 そういう意味なら、ちゃんと教わっていたのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。