↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れた魔法、直します。~魔法の糸が見える修理屋、世界のほつれまで請け負います~  作者: 雪月 夜狐
第一章:百年目の故障

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/36

第21話 十年前の異常記録

先代が残した《別紙七号》は、見つからなかった。


「……ない、ですか」


「正確には、元の保管場所にありません」


 イネスさんは、分厚い索引帳を閉じた。


 魔導具組合の資料室。高い棚が壁を埋め尽くし、古い紙と乾燥剤の匂いがする。窓の外では荷車が行き交っているのに、ここだけ十年前から時間が止まっているみたいだった。


「点検票の本体は残ってるのに?」


「添付書類は別に保管する場合があります。特に、安全上の問題を報告したものは」


 なるほど。俺が店の帳面へ修理代を書き忘れるのとは、事情が違うらしい。


「ジオ。今、妙な比較をしてない?」


 隣でリゼが俺を見る。


「してない。心の中で事務仕事を尊敬してた」


「それなら帳面をつける習慣も尊敬して」


 なぜ心の中まで読まれるんだろう。


 俺たちが探しているのは、十年前、先代ロアン・セイルが守護竜の点検に立ち会った際に残した異常記録だ。


 先代は魔法の糸を見ることはできなかった。それでも、誰よりしつこく検査器を覗き、数字が一つでもおかしければ調べ直す人だった。


『確かめるまで、直ったと言うな』


 作業帳に残っていたその言葉が、まだ耳の奥にある。


「別紙が破棄された可能性は?」


 リゼが尋ねた。


「あります。ただ、破棄したなら処分記録が残ります。今のところ、それも見当たりません」


 イネスさんの額に小さな皺が寄った。


 そこへ扉が開いた。


「進んだか」


 衛兵隊長だ。外では部下が廊下の出入りを確認している。


「保管先を照合しています。もう少し時間をください」


「構わん。資料室は封鎖してある。見つけても勝手に持ち出すな」


 短く指示を残し、隊長は棚の反対側へ回った。


 俺も索引帳へ顔を寄せる。


 細かい字がびっしりだ。先代なら嬉々として読み始めただろう。俺は三行で眠くなる。


「……あれ?」


 リゼが紙の端を指した。


「この印、さっきの一覧にもあったわ」


 小さな三角の印。俺には汚れにしか見えなかった。


「保管場所を移した印です」とイネスさん。「たしかに。こちらの書類にも……」


 彼女は別の棚から、さらに古い索引帳を持ってきた。


 項目をたどる指が止まる。


「ありました。《危険判定・未解決》の資料庫へ移されています」


「未解決?」


 十年前の点検票には『作業完了』とあったはずだ。


 イネスさんは首をかしげた。


「設備の点検は完了。でも、見つかった異常の原因は解明されなかったのかもしれません」


 胸が妙にざわついた。


     ◇


 地下の資料庫は、上の部屋よりずっと冷たかった。


 鍵の掛かった棚から、イネスさんが薄い封筒を取り出す。表に、赤い文字が残っていた。


『別紙七号 守護竜緊急停止試験・異常応答』


 間違いない。


 隊長が封の状態を確認し、開封を許可した。取り出された紙は三枚。端が黄ばんでいるが、文字は読める。


「……あった」


 俺の声が、ひどく頼りなく響いた。


 一枚目には試験の手順が書かれていた。


 守護竜へ危険を知らせる。人を守る動作を始めさせる。その途中で緊急停止を命じ、止まるまでの時間を測る。


「十年前にも、こういう試験をしてたんですね」


「守護竜は巨大な魔導具ですから。止められるかどうかの確認は必須です」


 イネスさんが二枚目をめくった。


 表には細かい数値が並び、一か所だけ赤く囲まれていた。


『停止指示後、七呼吸相当の動作継続を確認』


「七呼吸……?」


 俺は思わず、自分の息を数えた。ひとつ、ふたつ。それだけの間にも、守護竜なら通りを一本壊せる。七つ数え終わる頃には、いったい何人が逃げ遅れるだろう。


「危険な長さです」とイネスさん。「攻撃動作中なら、命令を出してから七呼吸も動かれたら被害が出る」


 そして、そのすぐ下。


『主回路遮断後も、旧式保護系統より動作指示あり』


 俺は紙から顔を上げた。


「主回路を切ったのに、守護竜が動いた?」


「完全に動き続けたわけではありません。停止まで時間がかかった、という記録です」


 イネスさんは続く欄を指した。


「そのとき、共同炊事炉からの危急信号も試験で入れていたようですね」


「……パン屋の、あの窯か」


 百年以上前、街のみんなのために作られた炉。


 守護竜はあの日、壊れた店の中でも焼き窯だけを庇い続けた。


「古い保護系統が、炉の信号を受けたまま働き続けた可能性があります。でも、十年前にはその原因を特定できていません」


 リゼが静かに言った。


「十年前は七呼吸で止まった。でも今回は、止まろうとしても止まれなかったのね」


「ああ」


 俺は守護竜の胸で見たものを思い出した。


 金色の糸が伸びようとするたび、黒い糸が締め直していた。普通の停止命令とは別に、何か古い働きが残っている。そこを、誰かが強引に引っ張ったんじゃないか。


 けれど、それは俺の推測だ。


「イネスさん。今の細工が、これを利用したって証拠はありますか」


「まだありません。ただ、古い保護系統が残っていたことを、知る手段はあったわけです」


 そう言って、最後の紙を開いた。


 そこには守護竜の胸部断面図が描かれていた。


 赤い丸。先代の帳面に挟まっていた図と、同じ位置だ。


『旧式保護系統は単独で作動する場合あり。停止確認を二系統で実施すること』


 さらに、試験担当者が独立遮断器を操作してようやく停止させた、とあった。何もせず七呼吸待てば勝手に止まったわけじゃない。


 先代はそんな危険を見逃さず、止めるための道を別に残そうとしたんだ。


 その横に、見慣れた右上がりの字で追記がある。


『止まれない守り神を、守り神と呼べるのか』


 ……先代だ。


 ぶっきらぼうな字なのに、妙にその人らしい。


 思い出すのは、仕事場での背中だった。


 小さな炉を直したあとでも、先代は必ず火を落とし、ちゃんと消えるか確かめていた。急いで帰ろうとする俺を呼び戻し、最後の確認をさせた。


『明日も使うんだぞ。今日動けばいいってもんじゃねえ』


 俺は長いこと、それをただの小言だと思っていた。


「……あの人、ここでも同じこと言ってる」


 リゼは俺の横に立ち、追記をしばらく見つめた。


「ジオが守護竜を壊したくなかった理由、少しわかった気がする」


「俺は単に、請求書の宛先がわからなかっただけかもな」


 リゼは笑わなかった。


「そういうことにしておくわ」


 それだけ言って、紙の端を押さえてくれた。


 隊長は三枚を見比べていた。


「この資料に触れた者の記録はあるか」


「閲覧簿を確認します」


 イネスさんが封筒の裏から小さな台紙を抜き取る。


 十年前の入庫日。その下には、いくつかの古い閲覧記録。古い帳面を読みたいだけなら誰でもいいわけじゃない。取り扱いが制限された資料なので、申請には理由が要るらしい。


 そして一番下に、比較的新しい日付があった。


「……一か月前に閲覧されています」


 室内の空気が変わった。


「誰が見た」


「申請は、旧式設備の保守資料照会。名前の欄は……」


 イネスさんが目を細めた。


「組合の部署印だけです。個人名は残っていません」


 隊長の表情が険しくなる。


「その部署の照会記録を出せ。許可した者も調べる」


「はい」


 俺はもう一度、先代の追記へ目を落とした。


 十年前にわかっていた危険。七呼吸だけ、止まれなかった守護竜。


 それが今回、街を焼きかけた。


 先代は止め方を残した。


 誰かは、その反対をやった。


 資料を見た人間が細工をしたとは、まだ言えない。けれど、古い異常を知っていた人間が、少なくとも最近いた。


「……なあ、先代」


 声に出さず、心の中で尋ねた。


 あんたの書いた警告を、誰が読んだんだ?


 そして、どうして――守るための魔法を、止まれないようにしたんだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。