↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れた魔法、直します。~魔法の糸が見える修理屋、世界のほつれまで請け負います~  作者: 雪月 夜狐
第一章:百年目の故障

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/34

第20話 十年前の署名

十年前の署名を見てほしい。


 そう言われて衛兵詰所へ戻った俺は、机の上の紙を見た瞬間、息を止めた。


「……なんで、これがここにあるんだ」


 黄ばんだ点検票の右下。そこには、少し右上がりの文字で名前が書かれていた。


『ロアン・セイル』


 そして、名前の横には小さく《針と火種》とある。


 俺を育てた、先代の名前だった。


「ジオ?」


 隣のリゼが俺の顔を覗き込む。


「……先代の字だ」


 口にした途端、胸の奥が妙に痛くなった。


 三年前に出かけたきり、帰ってこない人。今でも店の看板を斜めのままにして待っている、あの人の名前が、こんなところにある。


「修理屋。知っている署名か」


 隊長の声に、俺はうなずいた。


「育ての親です。俺に修理を教えた人で……三年前から行方がわかりません」


 隊長は俺を見て、それから点検票に視線を落とした。


「十年前の書類だ。今回の件とつながるとは限らん」


「……はい」


 わかっている。


 でも、どうしても目を離せなかった。


     ◇


「確認したいのは、署名だけではありません」


 魔導具組合から来ていたイネスさんが、別の帳面を開いた。


「これは旧保守工房が閉鎖される直前の点検票です。番号は四百二十。担当設備は鐘楼の守護竜」


 彼女は表題の下にある記述を指さした。


『緊急停止系統の独立確認』


「当時、安全装置の改修が行われたようです。作業責任者は組合の技師。ロアンさんは外部の修理職人として立ち会っています」


「先代が、守護竜を?」


「改修そのものを担当した記録ではありません。動作確認に協力した、というところですね」


 イネスさんらしい、慎重な説明だった。


 俺は点検項目を追う。魔晶石の出力、翼の制御、炎の緊急遮断。その一番下に、細い字で追記があった。


『危急時、継続命令より停止命令を優先すること』


 懐かしい字だった。


 先代は、難しい術式の説明になるほど字が小さくなる。俺が子どもの頃、帳面を覗いても読めず、よく文句を言ったものだ。


『読めねえなら聞け。わからねえまま客に渡すな』


 怒られた記憶まで、鮮やかによみがえる。


「……先代らしいな」


 自分でも驚くほど、声が小さかった。


「何か思い当たることがあるの?」


 リゼが尋ねる。


「昔から言われてたんだ。動かす方法より、止める方法を先に覚えろって」


 今回の細工は、その反対だった。


 守護竜も、揚水場も、防護灯も、止まるはずの魔法が押しのけられた。


 十年前の先代は、止まることの大切さを点検票に残している。


 なのに、そのすぐ次の三枚には――。


「イネスさん。四百二十一から二十三の書類、もう一度見せてもらえますか」


「どうぞ。原本なので、机に置いたままでお願いします」


 俺の包帯を見て言ったわけじゃないと思いたい。


 三枚の点検票が並べられる。


 最後の欄には、どれも『継続系統、調整済』。


 四百二十番の『停止命令を優先』と、まるで逆の言葉だった。


「……これ、わざと書き換えたんじゃないか?」


 俺の呟きに、リゼが首を傾げる。


「何を?」


「同じ書類で、止めるための確認を、動かし続けるための調整に変えてる。偶然にしちゃ、できすぎてる」


 イネスさんは四枚を順に見た。


「もともと四百二十番まで使って、その次の白紙を十年間保管していたのでしょう。新しい三枚に別の文言を書いたのは確かです。ただ、それが古い記述への対抗なのかは、まだ判断できません」


 そのとおりだ。


 似た言葉が並んだからって、犯人の考えが読めるわけじゃない。


 隊長が四百二十番を指で示した。


「この署名が本物か、確かめられるか」


「店に、先代の帳面が残っています。字は比べられます」


「持ってこい。お前が運ぶ必要はない。部下を行かせる」


「……そこまで俺の手、信用ないですか」


「ない」


 即答だった。


 リゼが横で静かにうなずいた。否定してくれ。


     ◇


 しばらくして、若い衛兵が《針と火種》から古い作業帳を運んできた。


 リゼが場所を説明し、店の鍵を預けていたものだ。


 帳面を開くと、昔の修理記録が詰まっていた。魔晶石の交換、魔法炉の不調、共同井戸の点検。日付の横には、使った部品と客の名前が細かく書かれている。


「この人、ずいぶん几帳面だったのね」


「仕事だけはな。家じゃ脱いだ靴を毎回違う場所に置いてたぞ」


 その靴を探すのは、いつも俺の役目だった。


 リゼが笑いかけて、ふっと口を閉じる。


 机の上に並べられた二つの署名。


 イネスさんが文字の形を確かめた。


「似ていますね。筆圧や線の癖も近い。ただ、正式な筆跡鑑定は別に必要です」


「俺にはわかります。先代の字です」


「そうかもしれません。だからこそ、慎重に扱いましょう」


 やわらかい言い方だった。


 俺はうなずいた。自分が知っている字だと思うことと、公の証拠にすることは違う。


 隊長は帳面を閉じず、別の頁をめくった。


「修理屋。この頃、お前は何歳だ」


「十二くらいです」


「この仕事の話を聞いた覚えは」


「ありません。先代はいろんな現場に呼ばれてましたから」


 嘘じゃない。


 あの人は、俺の見える糸を面白がりながら、普通の工具でも誰より丁寧に直す職人だった。組合の技師から相談を受けることも珍しくなかった。


 それなのに、守護竜の仕事をしていたとは知らなかった。


「……あの人、俺に何も話してくれなかったな」


「隠していたと決まったわけじゃないでしょ」


 リゼは声を落とした。


「十年前の仕事を全部、十二歳の子に報告しないと思うわ」


「それもそうか」


 少しだけ笑えた。


 ふと、作業帳の端から折り畳まれた小さな紙が覗いているのに気づいた。


 イネスさんが紙を開いて、机に置く。


 そこには、鐘楼の守護竜の簡単な断面図が描かれていた。


「……これ、先代の図だ」


 線は少なく、必要な部分だけが太く記されている。俺にも読めるよう、難しい術式の名前には平易な説明が添えられていた。


 そして胸の中心から少し離れた場所に、赤い丸が一つ。


『停止の確認は、ここだけで済ませるな』


 その下に、もう一行。


『別紙七号、組合保管。異常反応の記録あり』


 イネスさんの表情が変わった。


「別紙七号……?」


「心当たりが?」


「十年前の点検資料に、添付書類があったということです。今見ている四百二十番には、その別紙がありません」


 隊長が立ち上がる。


「保管場所を確認しろ」


「はい。索引から探します」


 イネスさんは図面を見つめたまま、言葉を継いだ。


「もしその記録が残っていれば、当時何を異常と判断したのかわかるかもしれません」


 十年前、先代は何かを見つけていた。


 魔法の糸は見えない人だった。それでも、俺とは違うやり方で守護竜の異常を調べていた。


 俺は図面の赤い丸に目を落とす。


 先代が帰らなくなって三年。


 なぜいなくなったのかも、どこにいるのかも、まだわからない。


 でも今、あの人が残した仕事の続きを、俺たちは探そうとしている。


「……先代。十年前に、何を見つけたんだよ」


 返事はない。


 ただ、図面の片隅には、いつもの乱暴な字でこう書かれていた。


『確かめるまで、直ったと言うな』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。