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壊れた魔法、直します。~魔法の糸が見える修理屋、世界のほつれまで請け負います~  作者: 雪月 夜狐
第一章:百年目の故障

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第2話 守り神に修理代は請求できますか?

 共同井戸は、下街の中央広場にある。


 古い井戸には魔晶石をはめ込んだ滑車がついている。取っ手に触れるだけで水桶が上がってくる。


 ただし、今日は動かない。


「さて、患者の具合を診ますか」


 俺が工具箱を開くと、隣でトトが背伸びをした。


「ねえ、ジオ兄ちゃん。なんで針が七本もあるの?」


「ふふふ。よくぞ聞いてくれた。これこそ俺の秘密兵器――」


「縫い物するの?」


「最後まで聞いてくれない!?」


 リゼが横で吹き出した。


 なんだよ。秘密兵器はもう少し格好よく紹介させてくれよ。


「魔法を縫うんだよ。俺には、普通の人に見えないものが見えるんだ」


「お化け?」


「そっちは見たくないな」


 針を一本抜き、井戸へ顔を近づける。


 目を凝らすと、魔晶石から青白い光の糸が何本も伸びているのが見えた。


 糸は滑車の内部で複雑に結びついていた。


 魔法の《縫い目》だ。


 こんなものが見えるのは、俺だけらしい。


 ほかの修理屋は検査器で魔力を測り、検査鏡で術式の働きを調べる。部品の故障なら交換し、術式が傷んでいれば刻み直す。


 腕のいい職人には、俺より早い人だっている。


 俺は縫い目を直接見つけられる。その分、普通の工具では触れないところに針を入れられる。


 でも、見えるだけじゃ何の役にも立たない。


「……お。いたいた」


 輪の奥で一本、青い糸がねじれていた。


 針先を差し込み、絡まった部分を少しずつほどく。


 指がちりっと熱くなった。


「いっ……」


「ジオ、大丈夫?」


 リゼが手元を覗き込む。


「平気。ちょっと熱かっただけ」


「昨日もそう言ってたわよ」


「修理屋の指先は繊細なんだ。いたわってくれ」


「じゃあ無茶しないことね」


 まったくもって正論だ。


 糸を無理に引けば身体を傷めるし、壊れた部品や空の魔晶石は別の方法で直すしかない。


 だから、普通の修理技術も欠かせない。


 それを教えてくれたのは、育ての親でもある先代だった。


 あの人には、糸が見えなかった。


 それなのに、俺が幼い頃「魔法が糸になって見える」と言っても、笑わなかった。


『お前だけに見えるなら、俺には確かめようがない。だから教えろ。どこにあって、どう動くのか』


 そう言って、遅くまで一緒に研究してくれた。


 今握っている銀の針も、あの人が作ってくれたものだ。


『才能に頼って仕事を雑にするなよ。直したあとも使うのは、お前じゃなくてお客さんなんだからな』


 何度も聞かされた言葉を思い出し、俺は結び目を慎重に整えた。


 青い光がすっと落ち着く。


 滑車が、きい、と小さな音を立てた。


「よし、完了!」


 取っ手を押すと、水を満たした桶がゆっくり上がってきた。


「わあっ! ジオ兄ちゃん、すごい!」


「もっと褒めろ」


「天才!」


「いいぞ」


「かっこいい!」


「その調子だ」


「でも朝は起きない!」


「そこは褒めなくていい!」


 リゼが声を上げて笑った。


 将来有望な敵を育ててしまった。


 水桶は俺が持った。


 トトには重すぎる桶だった。


「ぼくも持てるよ!」


「知ってる。でも今日は俺が持ちたい気分なんだ」


「変なの」


「そう。大人は大体変だぞ」


「そこまで言わなくていいでしょ」


 リゼがもう一つの桶を持って並ぶ。


 水を届け、そのまま修理代を受け取ることにした。


「まったく。トトのお小遣いを出させるなんて、とんでもないね」


 事情を聞いたメル婆さんは、店の奥から焼きたての丸パンを二つ持ってきた。


「出させてませんって。ちゃんと返しました」


「知ってるよ。だから今日は、これで勘弁しておくれ」


 差し出された紙袋から、小麦の甘い香りがふわりと立つ。


「……神様」


「何を拝んでるんだい」


「メル婆さん、一生ついていきます!」


「じゃあ明日の朝も井戸を見ておくれ」


「修理代は別料金で!」


「現金な子だねえ!」


 メル婆さんが笑う。


 パンを一つ取り出す。きつね色の表面は、指で押すと柔らかく戻ってきた。


 一口かじる。


 香ばしい皮がぱりっと割れ、熱い湯気が口いっぱいに広がった。


「……うっま」


「本当に幸せそうね」


 リゼももう一つを食べて、目を細めている。


「今日もおいしいわ、メルさん」


「そりゃよかった。トト、次の粉を持ってきておくれ」


「うん!」


 トトが奥から小麦粉の袋を抱えて出てきた。足元がふらつき、慌てて踏みとどまる。


 メル婆さんが笑って、そっと袋の下に手を添えた。


「この子ね、最近よく言うんだ。早く大きくなって、あたしを楽にしたいって」


「ほう」


「まだ八つなのにね。あたしは、あの子が毎日笑ってくれたら、それで十分なんだけど」


 皺だらけの指が、トトの小さな頭を撫でる。


 トトは少し照れくさそうに笑った。


 俺は二人を見ながら、もう一口パンをかじった。


 美味いものを食べられて、明日も同じ人に会える。


 そういう朝が続けばいいと思う。


 大げさな願いなんかじゃない。


 店に戻る途中、リゼが立ち止まった。


「ねえ、ジオ。看板、まだ直さないの?」


 見上げると、《針と火種》と書かれた木の看板が右に傾いていた。風が吹くたび、ぎい、と頼りない音を立てている。


「俺は魔法修理屋だぞ。大工じゃない」


「釘を一本打ち直すだけでしょ」


「専門外だ」


「便利な言葉ね、専門外って」


 笑ってごまかしながらも、看板から目を離せなかった。


 三年前、先代が出かけていった日も、あれは同じように傾いていた。


『帰ったら看板を直すぞ。お前も手伝え』


『俺は大工じゃねえって』


『修理屋がそんなこと言うなよ』


 笑いながら頭をくしゃくしゃに撫でてきた、大きな手。


 あれから、三年。


 先代は帰ってこない。手紙も届かない。


 もう帰ってこないかもしれない。


 それでも看板を直してしまえば、あの人が帰ってきたとき、約束した仕事が一つなくなる。


 だから、ずっと手をつけられずにいる。


「……ジオ?」


「ああ。悪い」


 リゼは少しだけ俺を見つめ、工具箱を持ち上げた。


「今日は私が持つわ」


「なんで?」


「持ちたい気分なの」


 さっき俺がトトに言った言葉だ。


「変なやつ」


「あなたほどじゃない」


 リゼはそれ以上、看板の話をしなかった。


 だから俺も、いつもの調子で笑った。


「じゃあ、ついでに午後の仕事も全部頼める?」


「工具箱、返すわね」


「申し訳ありませんでした」


 即座に頭を下げた。


 命は大切にしたい。


 ――そのときだった。


 ごおん。


 大きな鐘の音が、下街に響いた。


「……ん?」


 顔を上げる。


 広場の向こうにそびえる鐘楼。その頂には、巨大な石の竜が翼をたたんで座っていた。


 守護竜グラウ。


 百年間、ベルナを守ってきた魔法仕掛けの守り神だ。危険が迫れば目覚めるらしいが、動く姿を見た者はほとんどいない。


「今、鐘の時間じゃないよな?」


「うん。しかも、変な音……」


 ごおん。


 今度の鐘は、ひどく濁っていた。


 耳障りな音に、通行人が足を止めた。


 ごきり。


 何かが割れた。


 守護竜の首が、ゆっくり動いた。


「……おい」


 石の鱗がぱらぱらと落ちる。


 たたまれていた両翼が広がり、その目に赤い光が灯った。


「ジオ、あれ!」


 リゼが剣の柄に手をかける。


 俺は癖で銀の針を抜き、目を凝らした。


 魔法の糸が浮かび上がる。一瞬、見慣れない色が混じった気がした。


 けれど、確かめる間はなかった。


 ばきん、と鐘楼が砕けた。


 守護竜が大きく傾き、翼を広げたまま宙へ飛び出す。


「うわっ、ちょっと待て!」


 巨大な石の身体が落ちてくる。


 広場ではない。


 俺たちの店でもない。


 その先は――メル婆さんのパン屋だった。


 窓の向こうに、トトの姿が見えた。


「おい、そっちは――!」


 轟音。


 地面が跳ね、熱い風と白い粉塵が押し寄せる。


 さっきまでパンの匂いがしていた屋根が、目の前で砕け散った。


 リゼが何か叫んでいる。


 でも、頭が追いつかなかった。


 俺は見ていた。最初から、最後まで。


 なのに、何一つ理解できない。


 百年間街を守ってきたはずの竜が、パン屋に突っ込んだ。


「……は?」

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