第18話 四つ揃っても、事件は終わらない
四つ目の金具が見つかった翌朝、俺は魔導具組合の検査室で、ひどく不本意な役目を与えられていた。
「ジオさんは、その椅子で見ていてください」
「見てるだけって、昨日もやりましたよ」
「昨日より包帯が減っていないので」
イネスさんが淡々と言う。
俺の前には机。その上には、ガラスの箱が四つ並んでいた。守護竜、東の揚水場、西門の防護灯。それぞれから回収した金具が三つ。残る一つは、組合の検査室に保管されていた未使用品だ。
全部、同じ製造ロットの不合格品。
そして、全部に『再使用禁止』を示す三本線が刻まれている。
「現場に付いていた三つは、取り外す前の位置や向きも記録してあります」
イネスさんは図面を広げた。
「大事なのは、三本線とは別に刻まれた、この細い溝です」
守護竜のものには、ねじ山の根元に曲がった傷があった。揚水場のものにも、防護灯のものにもある。肉眼では、製造時についた擦り傷と見分けがつかないほど小さい。
「未使用品にはないわね」
リゼが箱を見比べて言った。
「そうです。廃棄判定のあと、誰かが追加で加工した可能性が高い。ただ、三つとも完全に同じ形ではありません」
「同じことをしたいのに、形が違う?」
「取り付け先の術式が違いますから。守護竜と揚水場と防護灯では、動かす仕組みがまるで違うんです」
イネスさんは三枚の図面を横に並べた。
最初の一枚には、守護竜の胸を巡る術式。次には水を送る弁。最後は門を覆う光の幕。
それぞれ別の設備だ。
「共通点、ありますか?」
俺が尋ねると、イネスさんは一か所ずつ印をつけた。
「あります。三つとも、安全装置へ続く回路の近くに取り付けられていました」
「安全装置?」
「守護竜なら、異常が起きたとき攻撃を止めるための制御。揚水場なら、圧力が上がりすぎたとき弁を閉じる仕組み。防護灯なら、危険な出力になったら光を消す制御です」
指された場所を順に見る。
守護竜は止まれなかった。
揚水場の弁は閉じなかった。
防護灯は消えなかった。
「……全部、止まるための魔法が邪魔されてる」
「ええ。ただし、それがこの溝の働きだと断定するには、まだ足りません」
イネスさんの言葉に、俺はうなずいた。
俺の目には黒い糸が見えた。でも今、箱の中の金具をどれだけ眺めても、糸は見えない。魔力が抜け、あの異様な結び目も消えてしまっている。
見えたことを伝えるだけじゃ、ほかの技師は同じ異常を確かめられない。
「だったら、図面で比べましょう」
リゼが言った。
「ジオが見た黒い糸の場所、覚えてるでしょ。守護竜のときは何度も説明してたもの」
「まあな。見たくないくらい覚えてる」
「その場所を三枚とも示して。イネスさんが調べた回路と重なるか、確かめればいい」
俺はリゼを見た。
剣で戦うことだけが、こいつの得意なことじゃない。俺が痛みや焦りで見落とすものを、案外あっさり拾ってくれる。
「……いい案だ」
「その驚いた顔は何?」
「いや、褒めるときの表情を練習してなくて」
「今から覚えなさい」
机の向こうで、イネスさんが小さく咳払いした。
「始めてよろしいですか」
「すみません」
俺は大人しく三枚の図面へ目を落とした。
それからしばらく、俺は見たものを口で伝え続けた。
守護竜の黒い糸は、胸の奥で金色の糸を締めつけていた。揚水場では弁を閉める命令へ食い込み、防護灯では非常用の魔晶石を動かし続けていた。
イネスさんは聞き取った位置を図面へ書き込み、検査記録と照らし合わせる。
話が食い違う箇所は、曖昧にせず何度も確認された。
「ここは、右からですか? 左からですか?」
「ええと……右、ですね。守護竜が暴れたとき、糸が引かれた向きがそうでした」
「自信がなければ、そう書きます」
「それでお願いします。記憶だけで断言したら、先代にどやされる」
イネスさんは余計な感想を言わず、欄外に『本人の記憶による』と書いた。
やがて三枚の図面が、机いっぱいに広がった。
黒い糸の位置と、安全装置の回路。
重なる場所が、どの図面にもあった。
「……つながりましたね」
イネスさんの指が止まる。
「三つとも、止める命令を後回しにして、動作を続ける側へ力を回しています。通常の故障なら、こうも都合よく同じ場所が変わることは考えにくいです」
「つまり、細工した人間は、何を止めれば危険になるか知っていた?」
リゼの問いに、イネスさんは慎重にうなずいた。
「少なくとも、設備ごとの制御を理解していた可能性があります」
俺は三つの金具を見た。
守護竜の胸にあったものは、黒く煤けている。揚水場のものには水垢がつき、防護灯のものは熱で変色していた。
違う場所で、違う壊れ方をした。
それなのに、壊された場所は同じだった。
「……なんで止めさせないんだ?」
思わず声が漏れた。
守護竜が街を守ろうとするのも、揚水場が水を送るのも、防護灯が危険から門を守るのも、本来はいいことだ。
でも、止まるべきときに止まれなければ、人を傷つける。
「働き続けろって命令が、一番上に来ちまってるのか」
「命令を優先する順番が変わっている、という説明なら、検査結果とも合います」
イネスさんはそう答えた。
「ただし、金具だけで全部を起こせるとは思えません。現場には別の細工が残っていた可能性もあります」
俺は右手の包帯を見た。
守護竜の胸で黒い糸をほどいたとき、糸は金具を抜いただけでは消えなかった。最後に俺が針で輪を返して、ようやくほどけた。
あの黒い糸は、何なんだ。
誰が、どうやって結んだんだ。
机に置かれた三つの金具は、何も教えてくれない。
そのとき、検査室の扉が開いた。
「調査は進んだか」
隊長だった。
イネスさんが図面を示すと、隊長は黙って最後まで説明を聞いた。
「つまり、三か所とも停止機能を狙っていた可能性が高い、と」
「はい。複数の設備に合わせて加工を変えています。部品を拾って取り付けただけの者には、難しい仕事です」
「なら、技術を持つ者を洗う。工房への出入りと、三か所の保守記録を照合させる」
隊長は部下を呼ぼうとして、ふと止まった。
「修理屋。お前はどう見る」
「……正直、わかりません。守護竜には金色の糸もあった。あれを締めつけた意味までは、まだ」
「わからんことは、わからんでいい」
隊長は短く言った。
「今必要なのは、次を出させないことだ」
俺はうなずく。
守護竜は助かった。揚水場も、西門も止められた。行方不明だった四つの金具も、全部見つかった。
それでも、同じ細工ができる人間がいるかぎり、別の部品を使われない保証はない。
隊長が去ったあと、イネスさんは図面を重ね、封筒へ収め始めた。
「この加工、よくある修理方法なんですか?」
「いいえ。少なくとも組合の標準手順にはありません」
彼女は手を止めた。
「ですが、気になることがあります。この細工は、安全装置を壊してはいないんです」
「……え?」
「回路は残してあります。止める命令を消したわけではなく、別の命令で押しのけている。わざわざ、そんな面倒なことをしています」
俺は、守護竜の胸で見た金色の糸を思い出した。
守護竜は、止まりたがっていた。
それを黒い糸が許さなかった。
「……壊すだけなら、もっと簡単にできたはずですよね」
「ええ」
リゼが口を開いた。
「じゃあ、その人は、壊したかったんじゃなくて……」
言いかけて、黙る。
俺にも、その先は言えなかった。
誰かは魔導具を壊すためではなく、動かし続けるために細工をした。
守る魔法が、何を犠牲にしても守ろうとするように。
でも、それで守られるのは――いったい誰なんだ。




