第17話 西門の消えない防護灯
西門が見えたとき、俺は思わず目を細めた。
昼過ぎだというのに、門の両脇の防護灯が青白く輝いていた。光は門の前に薄い壁を作っている。
「……ずいぶん熱心に仕事してるな、あの灯り」
「感心してる場合じゃないでしょ」
リゼが門前の荷車を指した。荷馬は耳を伏せ、御者は手綱を握ったまま途方に暮れている。門の外には行商人が何組も足止めされていた。
防護灯は本来、夜間に危険が近づくと光の幕を張る設備だ。昼間は待機状態のはずだった。
ところが今は、光の幕が消えないらしい。
「修理屋、こっちだ」
衛兵隊長が門番の詰所から出てきた。
「灯りは停止させた。だが消えん。門を開ければ通行人が焼かれるおそれがある」
「光で焼かれるんですか?」
「今朝、荷箱を近づけたら革の留め紐が焦げた。人間では試さん」
ぞっとする話だ。
門の横ではイネスさんが検査器を据えつけていた。防護灯の柱から太い銅線が伸び、計器の針が忙しなく揺れている。
「ジオさん。手は使わなくて結構です。あの灯りの内部、見えますか」
「見てみます」
目を凝らす。
柱の中を巡る青い糸。その途中に、黒い糸が細い輪を作っていた。見覚えがある。守護竜の胸にも、東の揚水場にもあった、ほかの魔法を無理に引っ張る糸だ。
「……黒い糸があります。柱の根元から、予備の魔晶石へ伸びてる」
「やはり」
イネスさんは計器を見下ろした。
「通常の電源に当たる魔力供給は切っています。でも、非常用の魔晶石から力が流れ続けているんです」
「そっちも切れば?」
「普通はそれで止まります。ただ、いま接続を外すと、蓄えた魔力が光の術式へ一気に流れるおそれがあります」
そういうことか。
守護竜では、守ろうとする魔法が暴走していた。揚水場では、水を送る弁が閉じなくなっていた。
今度は、門を守る光が、誰も通さない。
黒い糸は魔法の役目を、無理やり押し進めているらしい。
「イネスさん。黒い糸が、非常用の供給を止める線まで巻き込んでます。停止の命令が届く前に、別の糸が引っ張られてる」
「停止しようとすると、非常用が働く……」
彼女はすぐに配線図を広げた。
「なら、命令で止めるのはやめます。魔晶石の力を安全な場所へ逃がしましょう」
「できるんですか?」
「放電器ならあります。ただし、門の外の排水溝にある接地端子まで、導線を引かなければ」
彼女は門の向こうを見た。
光の幕のすぐ外で、行商人たちが身を寄せ合っている。そのうちの一台に、布を巻いた大きな荷が積まれていた。よく見れば、耐火煉瓦だ。
御者が詰所へ向かって声を張る。
「すみません! 下街のパン屋へ届ける荷なんですが、今日は通れませんか!」
俺は思わず顔を上げた。
メル婆さんの店だ。煙突を組み直すための煉瓦を、親方が注文していた。
すぐ届かなくても命には関わらない。それでも、パンの匂いを取り戻すために必要な荷だ。
その後ろにも、帰りを待つ人たちがいる。
「隊長さん。接地杭の設置、門の外へ出ないと無理ですか」
「外壁に保守用の通路がある。だが、防護灯のすぐ脇だ」
「俺が――」
「お前は行くな」
言い終えるより先に止められた。
隊長は俺の包帯へ目を落とす。
「仕事を増やすな。技師の指示を聞け」
ぐうの音も出ない。今は右手で靴紐を結ぶことさえ怪しい。
「私が行きます」
リゼが一歩前へ出た。
「導線を運んで固定するだけなら、できます」
隊長は門壁の上を見上げた。
「剣士、単独では出すまい。部下を一人つける。危なければ戻れ」
「了解です」
イネスさんは地面にしゃがみ、導線の両端を示した。
「この留め具を排水溝の接地端子へ。水には入らず、石の縁から固定してください。導線は光の幕に触れさせないで」
「わかりました」
リゼは余計なことを聞かなかった。一度だけ俺を見て、軽く顎を引く。
あれは「心配するな」じゃない。「自分の仕事をしろ」だ。
だから俺も、頷き返した。
隊長は門番に命じ、排水溝の周囲から行商人たちを下がらせた。
リゼと若い衛兵が外壁の保守通路へ登る。足元は狭く、風に煽られた外套がばたばた鳴っている。
防護灯が一度、強く脈打った。
「っ、光が濃くなった!」
俺が叫ぶと同時に、リゼが壁に身を伏せた。青白い光が通路のすぐ上を走り、石の角を白く焼く。
背筋が冷たくなった。
「剣士、動くな!」
隊長の声が響く。
イネスさんは検査器の針を見ながら、冷静に指示を出した。
「あと三呼吸待ってください。供給の波が下がります」
一つ。二つ。三つ。
光がわずかに薄くなった。
「今です!」
リゼが滑るように進み、鉄柵へ留め具を押し込んだ。若い衛兵が導線のたるみを取る。
「固定しました!」
「戻って!」
リゼたちが通路を引き返すのを見届けてから、イネスさんが接地器の蓋を開けた。
「これで、蓄えた魔力を少しずつ逃がせます」
彼女は計器の横のつまみを、慎重に回した。
じじじ、と低い音がした。
青白い光が導線を走り、接地端子で火花が散った。防護灯の光が細くなる。
「……消えるぞ」
誰かが呟いた。
だが、次の瞬間、柱の内側で黒い糸がぎゅっと締まった。
非常用の魔晶石が、もう一度光り始める。
「イネスさん! 黒い糸が、また魔力を引いてる!」
「供給の切り替えが繰り返されているんですね」
彼女は眉一つ動かさず、別の弁へ手を伸ばした。
「では、非常用の補充経路も閉じます。今なら蓄積は十分下がっています」
かちん、と金属音がした。
防護灯が、ふっと暗くなった。
門の前に張っていた光の幕がほどけ、日差しの中へ消えていく。
昼の石畳が、やっと元の色に戻った。
「……止まった」
思わず呟く。
俺は針を一本も使っていない。それでも目の前の設備は、ちゃんと止まった。
リゼが通路から降りてきた。
「ジオ。手、出してないでしょうね」
「今日は目が働いた。手には有給休暇を与えてる」
「それなら、そのまま休ませてあげて」
彼女の剣の鞘には、光がかすめたらしい白い跡があった。本人は気づいていないのか、気にする様子もない。
手が治ったら、鞘も確かめてやろう。
隊長は部下へ安全確認を命じた。
「通行はまだ再開するな。技師の点検が済んでからだ」
「了解!」
イネスさんが防護灯の底部を開く。魔力の抜けた金具を工具で外し、布を敷いた皿へ置いた。
ねじ山の根元に、三本の線。
番号も一致していた。
「……四つ目ですね」
「ああ。これで全部だ」
隊長が皿を見下ろす。
守護竜の胸に一つ。組合の検査室に一つ。東の揚水場に一つ。そして西門に一つ。
四点すべて、見つかった。
なのに、俺は妙に落ち着かなかった。
「イネスさん。その金具……」
「ええ。金具は同じですが、加工の跡が違います」
彼女が検査鏡を寄せる。
「廃棄時にはなかった溝が、後から刻まれています。守護竜の金具にも、似た追加加工がありました」
俺は目を凝らした。黒い糸は魔力が失われて消えかけている。けれど、その溝に沿ってごく淡い光の傷が残っていた。
不良品を拾っただけじゃない。
誰かが手を加え、守護竜にも、揚水場にも、防護灯にも取り付けた。
隊長が低く言った。
「同じ手口だな」
イネスさんは首を横に振った。
「似ています。ただ、加工者が同じかどうかは、まだ調べないと」
「わかった。三つとも照合しろ。検査室の一つもだ」
指示を出す隊長の背後で、西門の重い扉が少しずつ開き始めた。
点検を終えた衛兵が合図を出し、荷車がゆっくり進んでくる。先頭の荷台には、耐火煉瓦。
御者が俺たちに深々と頭を下げた。
「助かりました! これでパン屋に届けられます!」
俺は返そうとして、包帯の手を中途半端に上げた。
「……焼けたら、一番乗りで買いに行くからな」
誰に言ったのかわからない言葉だった。
リゼが隣で小さく笑う。
「行けるといいわね、今度は二人で」
「ああ」
そのとき、隊長が俺たちを呼んだ。
「修理屋。四つ揃ったからといって終わりじゃない。仕掛けた奴がいる」
「……そうですね」
俺は空になった防護灯を見上げた。
誰かの暮らしを守るために作られた魔法が、誰かの手で、暮らしを邪魔するものに変えられていた。
金具が戻っても、仕掛けた手は見つからない。
だったら、次に直さなきゃいけないのは――。
この街のどこかに残された、見えないほころびだ。




