↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れた魔法、直します。~魔法の糸が見える修理屋、世界のほつれまで請け負います~  作者: 雪月 夜狐
第一章:百年目の故障

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/39

第17話 西門の消えない防護灯

西門が見えたとき、俺は思わず目を細めた。


 昼過ぎだというのに、門の両脇の防護灯が青白く輝いていた。光は門の前に薄い壁を作っている。


「……ずいぶん熱心に仕事してるな、あの灯り」


「感心してる場合じゃないでしょ」


 リゼが門前の荷車を指した。荷馬は耳を伏せ、御者は手綱を握ったまま途方に暮れている。門の外には行商人が何組も足止めされていた。


 防護灯は本来、夜間に危険が近づくと光の幕を張る設備だ。昼間は待機状態のはずだった。


 ところが今は、光の幕が消えないらしい。


「修理屋、こっちだ」


 衛兵隊長が門番の詰所から出てきた。


「灯りは停止させた。だが消えん。門を開ければ通行人が焼かれるおそれがある」


「光で焼かれるんですか?」


「今朝、荷箱を近づけたら革の留め紐が焦げた。人間では試さん」


 ぞっとする話だ。


 門の横ではイネスさんが検査器を据えつけていた。防護灯の柱から太い銅線が伸び、計器の針が忙しなく揺れている。


「ジオさん。手は使わなくて結構です。あの灯りの内部、見えますか」


「見てみます」


 目を凝らす。


 柱の中を巡る青い糸。その途中に、黒い糸が細い輪を作っていた。見覚えがある。守護竜の胸にも、東の揚水場にもあった、ほかの魔法を無理に引っ張る糸だ。


「……黒い糸があります。柱の根元から、予備の魔晶石へ伸びてる」


「やはり」


 イネスさんは計器を見下ろした。


「通常の電源に当たる魔力供給は切っています。でも、非常用の魔晶石から力が流れ続けているんです」


「そっちも切れば?」


「普通はそれで止まります。ただ、いま接続を外すと、蓄えた魔力が光の術式へ一気に流れるおそれがあります」


 そういうことか。


 守護竜では、守ろうとする魔法が暴走していた。揚水場では、水を送る弁が閉じなくなっていた。


 今度は、門を守る光が、誰も通さない。


 黒い糸は魔法の役目を、無理やり押し進めているらしい。


「イネスさん。黒い糸が、非常用の供給を止める線まで巻き込んでます。停止の命令が届く前に、別の糸が引っ張られてる」


「停止しようとすると、非常用が働く……」


 彼女はすぐに配線図を広げた。


「なら、命令で止めるのはやめます。魔晶石の力を安全な場所へ逃がしましょう」


「できるんですか?」


「放電器ならあります。ただし、門の外の排水溝にある接地端子まで、導線を引かなければ」


 彼女は門の向こうを見た。


 光の幕のすぐ外で、行商人たちが身を寄せ合っている。そのうちの一台に、布を巻いた大きな荷が積まれていた。よく見れば、耐火煉瓦だ。


 御者が詰所へ向かって声を張る。


「すみません! 下街のパン屋へ届ける荷なんですが、今日は通れませんか!」


 俺は思わず顔を上げた。


 メル婆さんの店だ。煙突を組み直すための煉瓦を、親方が注文していた。


 すぐ届かなくても命には関わらない。それでも、パンの匂いを取り戻すために必要な荷だ。


 その後ろにも、帰りを待つ人たちがいる。


「隊長さん。接地杭の設置、門の外へ出ないと無理ですか」


「外壁に保守用の通路がある。だが、防護灯のすぐ脇だ」


「俺が――」


「お前は行くな」


 言い終えるより先に止められた。


 隊長は俺の包帯へ目を落とす。


「仕事を増やすな。技師の指示を聞け」


 ぐうの音も出ない。今は右手で靴紐を結ぶことさえ怪しい。


「私が行きます」


 リゼが一歩前へ出た。


「導線を運んで固定するだけなら、できます」


 隊長は門壁の上を見上げた。


「剣士、単独では出すまい。部下を一人つける。危なければ戻れ」


「了解です」


 イネスさんは地面にしゃがみ、導線の両端を示した。


「この留め具を排水溝の接地端子へ。水には入らず、石の縁から固定してください。導線は光の幕に触れさせないで」


「わかりました」


 リゼは余計なことを聞かなかった。一度だけ俺を見て、軽く顎を引く。


 あれは「心配するな」じゃない。「自分の仕事をしろ」だ。


 だから俺も、頷き返した。


 隊長は門番に命じ、排水溝の周囲から行商人たちを下がらせた。


 リゼと若い衛兵が外壁の保守通路へ登る。足元は狭く、風に煽られた外套がばたばた鳴っている。


 防護灯が一度、強く脈打った。


「っ、光が濃くなった!」


 俺が叫ぶと同時に、リゼが壁に身を伏せた。青白い光が通路のすぐ上を走り、石の角を白く焼く。


 背筋が冷たくなった。


「剣士、動くな!」


 隊長の声が響く。


 イネスさんは検査器の針を見ながら、冷静に指示を出した。


「あと三呼吸待ってください。供給の波が下がります」


 一つ。二つ。三つ。


 光がわずかに薄くなった。


「今です!」


 リゼが滑るように進み、鉄柵へ留め具を押し込んだ。若い衛兵が導線のたるみを取る。


「固定しました!」


「戻って!」


 リゼたちが通路を引き返すのを見届けてから、イネスさんが接地器の蓋を開けた。


「これで、蓄えた魔力を少しずつ逃がせます」


 彼女は計器の横のつまみを、慎重に回した。


 じじじ、と低い音がした。


 青白い光が導線を走り、接地端子で火花が散った。防護灯の光が細くなる。


「……消えるぞ」


 誰かが呟いた。


 だが、次の瞬間、柱の内側で黒い糸がぎゅっと締まった。


 非常用の魔晶石が、もう一度光り始める。


「イネスさん! 黒い糸が、また魔力を引いてる!」


「供給の切り替えが繰り返されているんですね」


 彼女は眉一つ動かさず、別の弁へ手を伸ばした。


「では、非常用の補充経路も閉じます。今なら蓄積は十分下がっています」


 かちん、と金属音がした。


 防護灯が、ふっと暗くなった。


 門の前に張っていた光の幕がほどけ、日差しの中へ消えていく。


 昼の石畳が、やっと元の色に戻った。


「……止まった」


 思わず呟く。


 俺は針を一本も使っていない。それでも目の前の設備は、ちゃんと止まった。


 リゼが通路から降りてきた。


「ジオ。手、出してないでしょうね」


「今日は目が働いた。手には有給休暇を与えてる」


「それなら、そのまま休ませてあげて」


 彼女の剣の鞘には、光がかすめたらしい白い跡があった。本人は気づいていないのか、気にする様子もない。


 手が治ったら、鞘も確かめてやろう。


 隊長は部下へ安全確認を命じた。


「通行はまだ再開するな。技師の点検が済んでからだ」


「了解!」


 イネスさんが防護灯の底部を開く。魔力の抜けた金具を工具で外し、布を敷いた皿へ置いた。


 ねじ山の根元に、三本の線。


 番号も一致していた。


「……四つ目ですね」


「ああ。これで全部だ」


 隊長が皿を見下ろす。


 守護竜の胸に一つ。組合の検査室に一つ。東の揚水場に一つ。そして西門に一つ。


 四点すべて、見つかった。


 なのに、俺は妙に落ち着かなかった。


「イネスさん。その金具……」


「ええ。金具は同じですが、加工の跡が違います」


 彼女が検査鏡を寄せる。


「廃棄時にはなかった溝が、後から刻まれています。守護竜の金具にも、似た追加加工がありました」


 俺は目を凝らした。黒い糸は魔力が失われて消えかけている。けれど、その溝に沿ってごく淡い光の傷が残っていた。


 不良品を拾っただけじゃない。


 誰かが手を加え、守護竜にも、揚水場にも、防護灯にも取り付けた。


 隊長が低く言った。


「同じ手口だな」


 イネスさんは首を横に振った。


「似ています。ただ、加工者が同じかどうかは、まだ調べないと」


「わかった。三つとも照合しろ。検査室の一つもだ」


 指示を出す隊長の背後で、西門の重い扉が少しずつ開き始めた。


 点検を終えた衛兵が合図を出し、荷車がゆっくり進んでくる。先頭の荷台には、耐火煉瓦。


 御者が俺たちに深々と頭を下げた。


「助かりました! これでパン屋に届けられます!」


 俺は返そうとして、包帯の手を中途半端に上げた。


「……焼けたら、一番乗りで買いに行くからな」


 誰に言ったのかわからない言葉だった。


 リゼが隣で小さく笑う。


「行けるといいわね、今度は二人で」


「ああ」


 そのとき、隊長が俺たちを呼んだ。


「修理屋。四つ揃ったからといって終わりじゃない。仕掛けた奴がいる」


「……そうですね」


 俺は空になった防護灯を見上げた。


 誰かの暮らしを守るために作られた魔法が、誰かの手で、暮らしを邪魔するものに変えられていた。


 金具が戻っても、仕掛けた手は見つからない。


 だったら、次に直さなきゃいけないのは――。


 この街のどこかに残された、見えないほころびだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。