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第十四章 あなたを裁くために

王宮地下の通路は、古い王国の墓のようだった。  

黒い石壁には、建国以前の文字が刻まれている。  

足元には青い魔力が脈打ち、遠くから巨大な獣の唸り声に似た振動が伝わってきた。  

王都結界の暴走は、すでに中枢へ達している。  

壁の亀裂から蒼い炎が漏れ、通路の形さえ少しずつ変えていた。


「中央制御室は、この先です」  


ローウェンが古い図面を確かめる。


「ですが、入口の前に防衛結界があります」

「公爵家の魔力で解除します」

「その先は」

「分かりません」  


エレオノーラは金色の鍵を握りしめた。  

掌の傷から流れた血が、鍵の溝へ入り込んでいる。


「戻ってください」

「今さらですか」

「鍵は手に入りました」

「あなたが同行する必要はありません」

「私は、自分の意思でここにいます」  


ローウェンは歩みを止めない。


「あなたは、私を恨んでいるのでしょう」

「ええ」

「東方の兵士を危険へ晒したことも」

「小麦の放出を遅らせたことも」

「ガストンを見殺しにしたことも」

「今のあなたを、許せないと思っています」

「それでも」

「それでも、死んでほしいとは思わない」  


エレオノーラは彼の横顔を見た。


「あなたは、愚かですね」

「二年前、川へ飛び込んでから気づいています」  


二人は、わずかに笑った。  

それがあまりに久しぶりだったため、エレオノーラは自分がどんな顔をしているのか分からなかった。  

通路の先から、魔力の波が押し寄せる。  

ローウェンがエレオノーラを庇い、壁へ叩きつけられた。


「ローウェン」  


彼の肩から血が流れる。


「骨は」

「折れてはいません」

「ここから先は、一人で」

「同じことを何度も言わせないでください」  


立ち上がろうとするが、右脚に力が入らない。  

エレオノーラは彼の前へ膝をついた。


「あなたには、地上でしていただくことがあります」

「何を」

「灰色商会の隠し財産を、被害者へ」

「東方の村」

「暴動の犠牲者」

「慈善院の子どもたち」

「すべて補償へ使ってください」

「ご自分でなさるべきです」

「私は王都を救った後、クラリッサへ投降します」

「本当に」  


ローウェンは驚いたように彼女を見る。  

エレオノーラは答えるまでに、一瞬の間を置いた。


「ええ」

「生きて償うつもりです」  


それは半分だけ真実だった。  

王都を救えたなら。  

その先に、自分の命が残っているなら。  

ローウェンは納得していない顔だったが、それ以上は追及しなかった。


「必ず、戻ってください」

「命令ですか」

「お願いです」  


エレオノーラは返事をせず、彼を壁際へ座らせる。  

そのまま一人で、制御室へ続く通路を進んだ。


巨大な石扉の前には、建国王と五人の貴族を描いた彫刻がある。  

中央の王が剣を掲げ、その周囲で五人が手を重ねている。  

アルディス公爵家の始祖も、その一人だった。  

王家の力だけでは国は成り立たない。  

異なる力を持つ者たちが契約を結び、互いに責任を負う。  

結界は、その古い誓いの上に築かれている。  

エレオノーラは父の指輪を石扉の窪みへ嵌めた。


「アルディスの血を継ぐ者として、契約の履行を求めます」  


指輪が紫色の光を放つ。  

石扉に刻まれた貴族たちの目が開き、防衛結界が解除された。  

続いて金色の鍵を中央へ差し込む。  

重い音とともに、扉が開き始めた。


「そこまでよ」  


背後から、クラリッサの声がした。  

エレオノーラは振り返る。  

煤に汚れた侯爵令嬢が、剣を手に立っている。  

右腕には火傷の痕があり、呼吸も乱れていた。


「リリアーヌは」

「騎士へ預けたわ」

「助けたのね」

「ええ」

「彼女は罪人よ」

「だからこそ、法廷で裁く」

「炎の中で死なせれば、彼女は罪から逃げることになる」

「あなたは、どこまでも正しいのね」

「正しくありたいだけよ」  


クラリッサは剣を下ろしたまま、ゆっくり近づく。


「エレオノーラ」

「結界を止めたら、一緒に戻りましょう」

「あなたの冤罪は、正式に認定される」

「アルディス公爵家の名誉も回復するわ」

「そして私には、穀物操作と暴動誘発の罪を認めろと」

「そうよ」

「死刑になるかもしれない」

「死刑にはさせない」

「あなた一人に、何ができるの」

「諸侯会議へ働きかける」

「王国を救うためにここへ来たことも証言する」

「生きて、犠牲者へ償うの」

「それが最も苦しい道だと分かっているから、選んでほしい」  


エレオノーラは開きかけた石扉へ手を置く。


「あなたは、私に苦しめと言うのね」

「ええ」  


クラリッサは躊躇わない。


「アレクシスへ、生きて罪を背負えと言ったのでしょう」

「なら、あなたも同じことをしなければ」

「王家の残党は残っています」

「私が投獄されれば、証拠を消すでしょう」

「私の仲間も狙われる」

「帳簿と証言は、複数の場所へ保管した」

「もう、あなたが一人で戦う必要はない」

「今さら」

「今からでも」  


クラリッサが手を差し伸べる。  

三度目ではなかった。  

中央広場を含めれば、これで四度目になる。  

エレオノーラは、その手を取る自分を想像した。  

地上へ戻り、拘束される。  

法廷で死者の名を読み上げられる。  

ミレイユの前で罪を認める。  

弟の目に映る自分を見る。  

何年、何十年とかけて、決して埋められない穴へ償いを注ぎ続ける。  

それは、死ぬよりも恐ろしかった。


「できないわ」  


エレオノーラは首を振る。


「怖いの?」

「ええ」  


初めて、素直に認める。


「復讐を失えば、私には何も残らない」

「父を救えなかった」

「母も、弟も守れなかった」

「多くの人を巻き込んだ」

「それでも最後に王太子たちを倒せば、すべてに意味があったと思えるはずだった」

「けれど彼らが破滅しても、何も戻らなかった」

「私には、もう」

「私がいる」  


クラリッサの声が震える。


「セドリックもいる」

「ローウェンも」

「あなたが振り払っただけで、何も残っていないわけではない」

「友人だった人に、同情されながら生きろと」

「同情じゃないわ」

「愛しているからよ」  


エレオノーラの表情が崩れかける。


「友人として、あなたを愛している」

「だから、罪を見逃せない」

「あなたがどれほど私を憎んでも、死ぬことで逃げるのを許したくない」  


クラリッサの手は、まだ差し出されている。  

一歩進めば届く距離。  

エレオノーラの指が、わずかに動いた。  

その瞬間、地面が大きく揺れる。  

石扉の奥から魔力の奔流が噴き出した。  

二人は反対方向へ飛び退く。  

崩れた天井石が間へ落ち、差し伸べられた手を遮った。


「時間がないわ」  


エレオノーラは契約魔法の糸を展開する。  

紫色の光が石扉と床を覆い、クラリッサの足元へ絡みついた。


「何をするの」

「あなたを、ここで止めます」

「どいて」

「嫌よ」  


クラリッサは剣を抜いた。


「力ずくでも連れて帰る」  


風の刃が契約の糸を切り裂く。  

エレオノーラは指輪へ魔力を注ぎ、床から石の柱を出現させた。  

柱がクラリッサを挟み込む。  

彼女は身を低くしてかわし、剣の柄でエレオノーラの手首を打った。  

父の指輪が床へ落ちる。  

二人は同時に手を伸ばした。  

エレオノーラが先に拾い、クラリッサの顔へ魔力を放つ。  

風の障壁が受け止める。  

衝撃で割れた硝子のような光が、通路へ散った。


「学園では、あなたに一度も勝てなかったわね」  


クラリッサは息を整える。


「剣術の授業だけは、私が上だった」

「実戦は違います」

「そうね」  


クラリッサの足元から風が巻き上がる。


「だから、手加減しない」  


彼女の姿が消えたように見えた。  

次の瞬間にはエレオノーラの懐へ入り、剣の柄で腹部を打つ。  

息が詰まり、身体が床へ転がった。  

エレオノーラは倒れながら契約の糸を放ち、クラリッサの左脚へ巻きつける。  

魔力を引くと、彼女も均衡を失った。  

床へ膝をついたクラリッサへ、石の刃を向ける。  

剣が閃き、石刃が砕かれた。  

互いに立ち上がる。  

エレオノーラは魔法に優れ、クラリッサは剣と接近戦に長けている。  

長引けば、魔力を大量に使うエレオノーラが不利になる。  

それでも退かなかった。  

紫色の糸を通路全体へ張り巡らせる。  

一本に触れれば別の糸が動き、逃げ道を塞ぐ契約陣。  

クラリッサは目を閉じた。  

風が糸の間を通り抜け、その位置を伝える。  

彼女は一歩ずつ、正確に隙間を進んだ。


「どうして」  


エレオノーラが糸を増やす。


「どうして、あなたはいつも」

「何」

「私が欲しい言葉を、言ってくれないの」

「言えば、あなたは止まったの」

「分からない」

「なら、これから確かめましょう」  


クラリッサが最後の糸を切る。  

一息で間合いを詰め、エレオノーラの喉元へ剣を突きつけた。


「終わりよ」  


エレオノーラの両手から魔力が消える。


「投降して」

「あなたの勝ちです」

「ええ」

「だから、一緒に戻って」  


クラリッサは剣を下げようとした。  

その瞬間、エレオノーラの袖から細い刃が滑り出す。  

リリアーヌの命令書を得た夜から、最後の護身用として隠していた短剣。  

その切っ先が、クラリッサの胸へ向かう。  

クラリッサの目に、悲しみが浮かんだ。  

彼女は反射的に剣を突き出す。  

刃が、エレオノーラの胸を貫いた。  

短剣が床へ落ちる。  

金属音が、地下通路に長く響いた。


「エレオノーラ」  


クラリッサが剣を手放し、崩れる身体を抱きとめる。


「どうして」

「あなたなら」  


エレオノーラは血を吐きながら笑った。


「避けると思ったのだけれど」

「嘘」  


クラリッサは彼女の傷口を押さえる。


「最初から、刺すつもりはなかったのでしょう」  


短剣の刃は、途中で柄へ収納される仕掛けになっていた。  

胸へ当たっても、傷をつけない模擬刃。  

エレオノーラは、クラリッサに本物の反撃をさせるため、最後の攻撃を装ったのである。


「なぜ」

「自分で死ぬ勇気が、なかったから」

「馬鹿」  


クラリッサの目から涙が落ちる。


「生きる勇気を持ってと言ったのに」

「ごめんなさい」  


石扉の奥で、結界中枢が咆哮する。  

制御室の天井が崩れ始め、眩い光が通路を満たした。  

エレオノーラはクラリッサの腕から身を起こし、金色の鍵を拾う。


「まだ、終わっていません」

「傷を治療してから」

「間に合わないわ」  


血がドレスを濡らし、石床へ落ちていく。


「結界を止めます」

「……ちょうどいいでしょう」  


エレオノーラは開いた石扉へ向かう。


「死刑を待つ手間が、省けたもの」





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