第4話 白銀の魔剣姫アリシアの依頼
全5話完結。
短めの追放系作品となります。
ブレイブライトが瓦解した日の翌朝。
エリスは制服の襟を整えながら、一昨日の夜のことを思い返していた。
(……カナメ様、やっぱり優しい方……)
夕食の時に見せた穏やかな笑顔。
さりげなく氣遣ってくれた言葉。
思い出すだけで、胸の奥がほんのり温かくなる。
その温もりを抱えたままギルドの扉を開くと――
受付嬢たちが、どこか沈んだ表情で振り返った。
「エリスさん、おはようございます……」
「昨日……色々あったんです……」
普段は明るい彼女たちの声が、今日は妙に重い。
「……?」
エリスが首を傾げたその時、
ギルド奥から重い足音が近づいてきた。
「エリス、少し来てくれ」
レオンが姿を見せる。
その表情はいつもより厳しく、どこか疲れていた。
「はい、ギルドマスター」
エリスは胸のざわつきを抑えながら、レオンの後に続いた。
執務室に入ると、レオンは椅子に腰を下ろし、
しばらく黙ったまま机の上の書類を見つめていた。
やがて、静かに口を開く。
「昨日な……ブレイブライトの連中が新人受付嬢に絡んでな。
仕方なくDランク常設依頼を渡したんだが……」
そこから語られたのは、
エリスが想像していた以上に惨めで、痛ましい顛末だった。
オーク討伐での惨敗。
ギルドへ逃げ帰ってきた醜態。
その場で責任を押し付け合い、罵り合い、
最後には内部崩壊して解散したこと。
エリスは息を呑み、そして静かに目を伏せた。
「……カナメ様を追放した翌日に……?」
「そうだ。
だが、命が助かっただけでも幸運だった。
現実を知る良い機会だっただろう」
レオンの声は淡々としていたが、
そこには“怒り”でも“嘲り”でもなく、
ただ深い“失望”が滲んでいた。
エリスの胸が痛む。
(……カナメ様は、あの人たちを……ずっと支えていたのに……)
優しさも、実力も、誰よりも知っているからこそ、
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
エリスが受付に戻ると、
カウンターの端でリィナがぐったりと座り込み、
Fランク依頼の束を無造作にめくっていた。
「……くそ……金にならない……
でもやらないと食えないし……」
昨日までの強氣は跡形もない。
髪は乱れ、目の下には濃いクマ。
指先は震え、紙をめくる動作すらぎこちない。
(……リィナさん……)
エリスは声をかけようと一歩踏み出す。
だが――
ギルドの扉が、静かに開いた。
キィ……。
その瞬間、
ギルド内の空氣が“変わった”。
まるで風向きが変わったかのように、
冒険者たちのざわめきが一斉に止まる。
「……アリシア……?」
「本物だ……」
「なんで王都のSランクが……?」
ざわり、と空氣が揺れた。
エリスは思わず息を呑む。
会ったことはない。
だが――
その佇まい、纏う氣配、歩き方の一つひとつが、
“只者ではない”と告げていた。
(……この人が……
姪が憧れている、アリシア様……)
扉の向こうから現れた少女は、
凛とした氣品を纏いながらも、
どこか柔らかい微笑みを浮かべていた。
銀糸のような髪が光を受けて揺れ、
深い蒼の瞳は澄み切っていて、
その一歩ごとに周囲の冒険者たちが道を開ける。
誰もが息を呑む中、
アリシアは迷いなく受付へ歩み寄った。
その姿は、
“王都のSランク冒険者”という肩書き以上に、
人としての格そのものが違っていた。
そして――
その光景を遠巻きに見ていたリィナは、
顔色を失い、手に持っていた依頼書を落とした。
(……なんで……
なんでアリシアが……ここに……?)
受付に辿り着いたアリシアは、
周囲のざわめきを氣にも留めず、
柔らかな微笑みを浮かべたままエリスへ視線を向けた。
「すみません。
こちらのギルドに……
カナメさんは来ていませんか?」
その名を呼ぶ声は、
澄んだ鈴の音のように静かで優しい。
「……っ!」
エリスの胸が大きく揺れた。
“カナメ様”ではなく――“カナメさん”。
その親しげで温かい呼び方に、
なぜか胸の奥がざわつく。
遠巻きに見ていたリィナは、
その瞬間、顔色を失った。
(……なんで……
Sランクのアリシアが……
カナメの名前を……?)
アリシアはエリスの反応に氣づいたのか、
ふと表情を和らげた。
「……カナメさんを探している理由は二つあります。
一つは……どうしても、お会いしたいからです」
「……会いたい……?」
エリスは思わず聞き返していた。
アリシアは胸にそっと手を当て、
静かに、しかし確かな想いを込めて続ける。
「私は……カナメさんの教え子なんです。
冒険者としての基礎も、心構えも……
全部、カナメさんに教えていただきました」
「……!」
エリスの目が大きく見開かれる。
リィナはその場で膝が震え、
依頼書を握る手が汗で滑った。
(……教え子……?
あのカナメが……Sランクのアリシアを……?
そんな……そんなわけ……)
アリシアは遠くを見るように目を細めた。
「カナメさんは……いつも突然いなくなるんです。
でも、必ずどこかで誰かを助けている。
だから……今回も、きっとそうだと思って」
その声音には、
深い親愛と敬意、
そして隠しきれない淡い恋心が滲んでいた。
「……どうしても、お礼が言いたいんです。
そして……もう一度だけ、お会いしたくて」
エリスの胸がきゅっと締めつけられる。
(……この人……
カナメ様のことを……)
アリシアは懐から小さな革袋を取り出し、
受付台の上にそっと置いた。
アリシア
「そしてもう一つ。
ギルドにお願いがあって参りました」
――チャリン。
袋の口から白金貨が三枚、淡く光を放つ。
「し、白金貨……三枚……?」
「家が建つ額じゃねぇか……」
冒険者たちがざわつく。
アリシアは静かに告げた。
「流行り病で体力を落としている方々の情報を、
ギルドの力を借りて集めたいのです。
特効薬が完成するまでの間……
せめて、私の回復魔法で体力だけでも支えたい」
エリスは息を呑む。
アリシアは続けた。
「準冒険者の皆さんに、
“聞き込み調査”の依頼を出したいのです。
困っている方の家を一軒一軒回り、
私が直接、回復魔法を施します。
必要であれば……治療費の支援も」
その声音は静かで、しかし揺るぎない決意に満ちていた。
「……助けられる命があるなら、助けたい。
それが、カナメさんから教わったことです」
エリスの胸が強く締めつけられる。
(……この人は……本当に……)
リィナは震える声で呟いた。
「……カナメ……そんな……とんでもない人だったの……?」
だが、その声は誰にも届かない。
その時、ギルド奥からレオンが姿を見せた。
「アリシア……話は執務室で聞こう」
「レオンさん。ありがとうございます」
レオンはエリスに視線を向ける。
「エリス、アリシアを執務室まで案内してくれ」
「は、はい……!」
アリシアとエリスが並んで歩き出すと、
遠巻きに見ていたリィナの肩がピクリと揺れた。
(……なに?
なんでアリシアが……
カナメの名前なんて……)
胸の奥がざわつく。
それは恐怖なのか、後悔なのか、嫉妬なのか――
自分でも判別できない。
ただ一つだけ分かるのは、
“このまま知らないままでいるのが怖い”ということ。
リィナはそわそわと立ち上がり、
氣配を殺すようにして二人の後を追おうとした。
(……ちょっとだけ……
聞くだけ……)
だが――
アリシアがふいに足を止め、
ゆっくりと振り返った。
「……ついてきますか?」
「ひっ……!」
その瞳は穏やかだが、
底の見えない深さを湛えていた。
まるで、リィナの心の奥底まで見透かしているような視線。
アリシアの氣配察知能力は桁違い。
リィナの隠し事など、最初から通用していなかった。
逃げようと一歩下がったその時――
背後からレオンの低い声が響く。
「リィナ。
お前も来い。
元パーティーメンバーだ。
聞いておくべきだろう」
「……は、はい……」
リィナは肩を震わせながら頷くしかなかった。
逃げたい。
でも、逃げられない。
そして――
その背中には、
“知りたくないのに、知るべきだという予感”が
かすかに芽生えていた。
執務室の扉が閉まると、外の喧騒が嘘のように静まり返った。
レオンは机の前に腰を下ろし、三人に向かい合うように視線を向ける。
アリシアは姿勢を正し、
エリスは緊張で背筋を固くし、
リィナは椅子の端で小さく縮こまっていた。
レオンは深く息を吸い、静かに口を開く。
「これから話すことは……あくまで私の推測だ。
確証はない。
だが、長年の経験から導いた結論だ」
その声音は低く、重く、
“覚悟して聞け”と告げているようだった。
アリシアは真剣に頷き、
エリスは喉を鳴らし、
リィナは青ざめたまま固まっている。
レオンは視線を机に落とし、
まるで遠い昔を掘り起こすようにゆっくりと語り出した。
「私は若い頃……無謀で、愚かだった」
エリスが小さく息を呑む。
「Fランクの頃、
“オークの巣を一人で潰せる”と豪語し、
単独で突っ込んだ。
結果は……死を覚悟した」
リィナが思わず口元を押さえる。
レオンの声は淡々としているのに、
その一言一言が胸に刺さるほど重かった。
「その時だ。
私を救ったのは――」
レオンはゆっくりと顔を上げ、
三人を順に見つめた。
「今と全く姿の変わらないカナメさんだった」
エリスの肩がビクリと震える。
「……っ!」
アリシアは静かに微笑んだ。
その表情は“知っていた”と言わんばかりに穏やかだ。
「カナメさんらしいです」
レオンはゆっくりと背もたれに寄りかかり、
まるで胸の奥にしまっていた記憶を一つずつ取り出すように語り始めた。
「私はカナメさんに救われ、叱られ、教えられ……
冒険者としての基礎をすべて叩き込まれた」
その声には、懐かしさと敬意が入り混じっていた。
「盾の構え、足運び、呼吸の仕方。
読み書きや計算、地図の読み方。
戦術の組み立て方、仲間を守る心構え……
全部だ。
あの人は、私の全てを作り直した」
エリスは息を呑み、アリシアは静かに目を細める。
レオンは続けた。
「厳しかったが……優しかった。
怒鳴ることは一度もなかった。
ただ、間違えば淡々と指摘し、
できれば静かに褒めてくれた。
あの人がいなければ、私はここにいない」
その言葉は、決して誇張ではなかった。
レオンの声には、命の恩人への深い感謝が滲んでいた。
アリシアは胸に手を当て、静かに頷く。
「……私も同じです。
カナメさんに教わって……今の私があります」
その声音は、弟子としての誇りと愛情に満ちていた。
リィナは震える唇を押さえながら呟く。
「……そんな……
カナメって……そんな人……」
昨日まで“役立たず”と罵っていた相手が、
実は二人のSランク級冒険者を育てた人物だった――
その事実が、リィナの胸を締めつけていた。
レオンは深く息を吐き、
次の言葉を慎重に選ぶように口を開いた。
「だが……年月が経つにつれ、
私は一つの疑問を抱くようになった」
エリスが眉を寄せる。
「疑問……?」
レオンは自分の白髪に触れ、苦笑した。
「私は歳を取り、白髪も増え、皺も刻まれた。
だが――
カナメさんは、二十年前と全く変わらない。
いや……私が初めて会った時と同じ姿だ」
エリスの目が大きく見開かれる。
アリシアは静かに頷いた。
「……はい。
私も、そう思っていました」
その表情は、驚きではなく“確信”に近かった。
レオンの言葉が、
執務室の空氣をさらに重く、深く沈めていく。
レオンは机の引き出しに手を伸ばし、
丁寧に扱うような仕草で、一冊の古びた絵本を取り出した。
表紙は擦り切れ、角は丸くなっている。
長い年月、誰かに大切に読まれてきたことが一目で分かる。
「これは……昔、私の娘に読み聞かせていた絵本だ。
アークライト伝記の絵本だな」
エリスは驚き、そしてどこか嬉しそうに微笑んだ。
「……その物語、私の姪も好きな話です……」
アリシアも優しく頷く。
レオンは絵本を開き、
ページに描かれた“英雄”の姿を指でなぞりながら言った。
「そこに描かれているエルダーヒューマンの特徴は――」
ページには、光を纏う青年の姿が描かれていた。
「不老長寿。
高い精神性。
優れた肉体と魔力。
魔王討伐に関わった英雄。
人々を導く存在……」
レオンはゆっくりと絵本を閉じ、
三人を見渡した。
「……そして、カナメさんはその特徴と、あまりにもよく似ている」
エリスの胸が大きく揺れた。
「……!」
アリシアは静かに目を閉じ、
まるで答え合わせをするように小さく息を吐いた。
「……カナメさん、ですね」
レオンは頷く。
「確証はない。
だが……
カナメさんはエルダーヒューマンである可能性が高いと、私は考えている」
エリスは震える声で呟いた。
「……カナメ様が……
昔話のような存在だったなんて……」
その瞳には驚きと、
どこか誇らしさのような光が混じっていた。
アリシアは静かに微笑む。
「……カナメさんらしいです。
そういうことを……一言も言わないところが」
その声には、深い信頼と親愛が滲んでいた。
一方、リィナは膝を抱え、
肩を震わせながら呟いた。
「……私たち……
とんでもない人を……追放したんだ……」
レオンは冷たくもなく、
しかし甘くもない声音で言った。
「ようやく氣づいたか」
その言葉は、責めるでもなく、
ただ“事実”として突きつけられた刃のようだった。
重い沈黙が落ちた執務室で、
アリシアがそっと口を開いた。
「……レオンさん。
実は、もう一つお願いがあります」
レオンは眉をわずかに動かし、静かに促す。
「……聞こう」
アリシアは懐から革袋を取り出し、
机の上にそっと置いた。
袋の口から、白金貨が淡く光を放つ。
「流行り病で体力を落としている方々の情報を、
ギルドの力を借りて集めたいのです。
特効薬が完成するまでの間……
せめて、私の回復魔法で体力だけでも支えたい」
エリスは息を呑んだ。
「……アリシア様……」
アリシアは真っ直ぐな瞳で続ける。
「準冒険者クラスに、
“聞き込み調査”の依頼を出したいのです。
困っている方の家を一軒一軒回り、
私が直接、回復魔法を施します。
必要であれば……治療費の支援も」
レオンは腕を組み、深く頷いた。
「……なるほど。
だが、これは一パーティーでこなせる規模ではないな」
エリスもメモを取りながら頷く。
「この街だけでも、老人や子供のいる家庭は数百件……
準冒険者だけでは、とても回りきれません」
アリシアは静かに頷いた。
「はい。
ですので、可能であれば……
準冒険者全員から希望者を募り、それでも足りなければ、
一般冒険者の方々にも協力をお願いしたいのです」
レオンは顎に手を当て、考え込む。
「……となると、報酬の配分が問題だな。
白金貨三枚を丸ごと使うとして……
準冒険者は現在、三十名ほど。
一人頭、銀貨十枚では安すぎる」
エリスが補足する。
「ですが、銀貨三十枚では……
ギルド側の負担が大きくなります」
アリシアは静かに首を振った。
「ギルドの負担にはしません。
必要であれば、追加で資金を用意します」
レオンは思わず目を細めた。
「……アリシア。
君は王都でも重要な任務を抱えているはずだ。
そこまで背負う必要は――」
アリシアは微笑んだ。
その笑みは柔らかく、しかし揺るぎない。
「助けられる命があるなら、助けたい。
それが……カナメさんから教わったことです」
レオンは息を呑み、
エリスは胸を押さえた。
(……この人は……本当に……)
レオンはしばらく沈思したあと、深く頷いた。
「……分かった。
では、こうしよう。
準冒険者には一人あたり銀貨二十枚。
一般冒険者の協力者には銀貨五十枚。
これなら、街全体を三日で回れる」
エリスがすぐにメモを取りながら確認する。
「依頼ランクは……“特別依頼”扱いにしますか?」
「ああ。
ギルド全体で動く案件だ。
正式に“街全域支援クエスト”として発注しよう」
アリシアは椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。
本当に……助かります」
その声音には、安堵と決意が混じっていた。
その時だった。
部屋の隅で縮こまっていたリィナが、震える声で呟いた。
「……私……
私も……この依頼、手伝わせてください……」
レオンは驚いたように目を細める。
「リィナ……?」
リィナは唇を噛みしめ、涙をこぼしながら続けた。
「私……カナメに……
何も返せなかった……
でも……せめて……
できることがあるなら……」
その声は弱々しいのに、どこか強い。
逃げ続けてきた少女が、初めて自分の足で立とうとしていた。
アリシアは優しく微笑み、そっと手を差し伸べるように言った。
「ありがとうございます。
あなたの力が必要です」
リィナは涙を拭い、深く頭を下げた。
「……はい……!」
その姿は、昨日までの彼女とはまるで別人だった。
こうして――
アリシア発案の“街全域支援クエスト”は、
ギルド総出の大規模依頼として動き出した。
四人が席を立とうとした、そのまさに瞬間――
コンコン、と控えめなノックが静寂を破った。
レオンが短く返す。
「入れ」
扉がゆっくりと開き、
新人受付嬢のミーナが顔だけを覗かせた。
普段は明るい彼女が、今日は明らかに緊張している。
その視線は迷うことなくエリスへ向けられた。
「あ、あの……エリスさん……!」
「どうしたの、ミーナ?」
ミーナは胸元で両手をぎゅっと握りしめ、
喉の奥で言葉を転がしながら、ようやく声を絞り出した。
「さ、先ほど……カナメ様が……いらっしゃって……!」
その名が出た瞬間、
アリシアの肩がピクリと震え、
リィナは息を呑み、
レオンは目を細めて空氣の変化を察した。
エリスは思わず一歩前に出る。
「カナメ様が……? どこに?」
ミーナは慌てて説明を続ける。
「えっと……受付の前に、ふらっと現れて……
『これをアリシアに渡してほしい』って……
そう言って、すぐに……いなくなってしまって……」
その手には、小さな木箱。
両手で抱えるように、大切そうに持っている。
エリスは慎重に受け取り、
蓋に触れる指先がわずかに震えた。
カチリ、と小さな音を立てて蓋が開く。
――中には、三つの小瓶。
淡い光を放つ、澄み切った液体が静かに揺れていた。
まるで瓶そのものが呼吸しているかのような、神秘的な輝き。
「……これは……」
エリスの声が震える。
「……最高品質の……魔力回復ポーション……
しかも……三本も……」
レオンも思わず身を乗り出した。
「馬鹿な……これは王都でも滅多に出回らん代物だぞ。
一本で白金貨一枚は下らない……!」
アリシアはそっと小瓶を手に取り、
胸に抱きしめるように大切に抱えた。
「……カナメさん……」
その名を呼ぶ声は、
感謝と驚きと、胸の奥の温かさが混じった、震える囁きだった。
アリシアの瞳が、そっと潤んだ。
光を受けて揺れるその涙は、悲しみではなく――
胸の奥から溢れた温かさの証だった。
「……私が……魔力を使い果たすかもしれないって……
そう思って……」
震える声は、カナメへの深い信頼と、
言葉にしきれない想いを滲ませていた。
エリスの胸がぎゅっと締めつけられる。
(……カナメ様……
アリシア様のことを……
こんなにも……)
その優しさが痛いほど伝わってきて、
思わず胸に手を当ててしまう。
リィナは唇を震わせ、かすれた声で呟いた。
「……カナメ……
あんた……どこまで……」
昨日まで見下していた相手が、
実は誰よりも静かに、深く、人を支えていた。
その事実が、リィナの心を容赦なく揺さぶる。
アリシアは小瓶を見つめ、
そっと両手で包み込むように持ち上げた。
その表情は涙を含んでいるのに、
どこか凛としていて、美しかった。
「……これで……
どれだけの人を救えるか……分かりません。
でも……カナメさんが託してくれたなら……
私は……絶対に……魔力を切らさない」
その声は静かで、しかし揺るぎない。
まるで一本の剣のように、真っ直ぐで強かった。
レオンは深く頷き、
その決意を真正面から受け止める。
「……これで、街全域の支援が現実的になったな」
エリスも力強く頷いた。
その瞳には、尊敬と希望の光が宿っている。
「はい……!
アリシア様なら……きっと……!」
アリシアは小瓶を胸に抱きしめ、
そっと目を閉じた。
その仕草は祈りのようで、誓いのようでもあった。
(……カナメさん……
必ず……お会いしに行きます……)
静かな決意が、彼女の胸の奥で確かに燃えていた。
こうして――
カナメの“静かな支援”が、
アリシアの大規模支援クエストを力強く後押しする形となった。
次回予告(最終話)
エリスの姪を救うため、アリシアが動く。
その光は、街全体を巻き込む大規模支援へと広がっていく――。




