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第3話 要を失った元パーティーの瓦解

全5話完結。

短めの追放系作品となります。

翌朝のギルドは、依頼を受けに来た冒険者たちで早くも賑わっていた。

ざわめきと足音が絶えず、受付前には列ができている。


その最前で、まだ制服の袖が少し余っている新人受付嬢・ミーナが、緊張した面持ちで書類を抱えていた。

エリスは今日は非番。代わりにミーナが朝の受付を任されている。


そんな中――

ギルドの扉が勢いよく開いた。


昨日カナメを追放した元パーティー「ブレイブライト」の四人が、当然のように胸を張って入ってくる。


ガルドがカウンターにドンと手をつき、怒鳴った。


「おい新人! 俺たちの依頼はどこだ!」


突然の大声にミーナは肩を跳ねさせる。


「あ、あの……本日のDランク向けの依頼はこちらで……」


震える手で依頼書を差し出すが――


「Dランク? ふざけんな! 俺たちは昨日までCランクだぞ!」


ガルドが机を叩き、ミーナはさらに萎縮する。


ミレナも苛立った声を上げた。


「そうよ! なんでランクが下がってるのよ!」


リィナが腕を組んで睨みつける。


「Cランクの依頼持ってきなさいよ!」


ドルガンは舌打ちしながら低く唸る。


「さっさとしろ。時間がねぇんだよ」


四人の圧に、ミーナの顔は真っ青になる。


「で、ですが……ギルドの判断で……ランクは……その……」


言葉が震え、今にも泣きそうだ。


ガルドは鼻で笑い、怒鳴り返す。


「ギルドの判断? 知るか! 俺たちはCランクの実力なんだよ!」


その声はギルド中に響き渡り、周囲の冒険者たちがざわつき始める。


「……なんだあれ」

「朝から騒がしいな」

「ブレイブライト、昨日も揉めてたよな……」


ミーナは必死に耐えていたが、手は震え、視線は泳いでいた。


ギルドの空氣が、じわじわと不穏なものへ変わっていく――。



ギルド内のざわめきが一段と大きくなったその時――

奥の方から、重く落ち着いた足音が響いてきた。


その足音だけで、場の空氣が一瞬で引き締まる。


姿を現したのは、ギルドマスター――

レオン・ハルバード。


白髪混じりの髪を後ろで束ね、鋭い眼光を持つ男。

冒険者たちの間では“元Sランクの盾”として知られる存在だ。


レオンは状況を一瞥し、低く呟いた。


「……朝から随分と騒がしいな」


その声に、ブレイブライトの四人はビクリと肩を跳ねさせる。


ガルドが慌てて振り返り、声を裏返らせた。


「ギ、ギルドマスター……!」


レオンは彼らには目もくれず、まずミーナの前へ歩み寄る。

怯えた新人受付嬢を庇うように立ち、優しく声をかけた。


「ミーナ、下がっていなさい。ここからは私が対応する」


「は、はいっ……!」


ミーナは救われたように頭を下げ、後ろへ下がる。


レオンはゆっくりと四人へ向き直った。

その視線は静かだが、逃げ場のない重圧を帯びている。


「君たちのランクはDだ。これはギルドの正式な判断だ。覆ることはない」


ガルドが食い下がる。


「な、なんでだよ! 俺たちはCランクの実力が――」


レオンはその言葉を切り捨てるように、淡々と告げた。


「実力があるなら、昨日のクエストで証明できたはずだ」


四人の表情が固まる。


レオンは続けた。


「ギルドカードのログには、君たちの行動がすべて記録されている。

採取対象を焼却し、護衛も索敵も放棄し、

クエスト成功に必要な行動を――

“誰一人として行っていない”とね」


ミレナが青ざめた顔で口を開く。


「そ、それは……!」


しかしレオンは冷たく言い放つ。


「言い訳は不要だ」


その一言が、四人の胸に重く突き刺さった。



レオンの冷たい一言が落ちたあと、空氣がさらに重く沈んだ。


その沈黙を断ち切るように、レオンは机の上から一枚の依頼書を取り上げると、

ためらいもなくガルドの胸へ押し付けた。


「本日の君たちの依頼は――Dランク相当のオーク討伐だ」


紙が叩きつけられた音が、やけに大きく響く。


ガルドは目を見開き、声を裏返らせた。


「オ、オーク!? なんでだよ!」


レオンは淡々と答える。


「Dランクの依頼だからだ。それとも……オークすら倒せないのか?」


その言葉は挑発ではなく、ただの事実確認。

しかし、ガルドは返す言葉を失い、喉の奥で呻くように声を漏らす。


「……っ」


四人の顔に、悔しさと苛立ちが同時に浮かぶ。

歯を食いしばり、拳を握りしめ、しかし反論はできない。


(オークなんて雑魚だろ……)

(なんで今さらこんな依頼を……)

(ふざけんなよ……俺たちはCランクだぞ……)


そんな内心の叫びが、彼らの表情にありありと滲んでいた。


だが――


レオンの前では、誰一人として声を上げられない。


ギルドマスターとしての圧倒的な威圧感が、

彼らの虚勢を一瞬で押し潰していた。


四人は依頼書を握りしめたまま、悔しさを噛み殺すしかなかった。



レオンは四人の反応を見ても、表情ひとつ変えずに言葉を続けた。


「安心しろ。オークは鈍足だ。逃げようと思えば、いくらでも逃げられる」


その一言に、四人の顔がわずかに緩む。


彼らの胸に広がったのは安堵ではなく――

“オークを雑魚と見下しているがゆえの油断”だった。


(だよな……オークなんて遅いだけの雑魚だ……)

ガルドは鼻で笑う。


(こんなの余裕よ……)

ミレナは髪を整えながらため息をつく。


(さっさと終わらせて帰ろ……)

リィナは退屈そうに視線をそらす。


(オーク程度なら盾なしでもいけるだろ……)

ドルガンは軽く肩を回し、まるで準備運動のように構える。


しかし――


レオンの目が鋭く光った。


「ただし――正面から棍棒の一撃を受け止めようなどとは考えるな。

鈍足でも、怪力は馬鹿にできない。

無防備に受ければ……骨ごと砕かれる」


その声音は低く、重く、逃げ場のない迫力を帯びていた。


四人は一瞬だけビクリと肩を震わせる。

だがそれは、オークへの恐怖ではない。


“レオンの威圧感”に反応しただけだった。


ドルガンは小さく呻く。


「……っ(ギルドマスター、こえぇ……)」


レオンは最後に短く告げた。


「……以上だ。行ってこい」


拒否権など存在しない声音だった。


四人は渋々依頼書を握りしめ、ギルドの扉へ向かう。

背中には不満と苛立ちが滲んでいるが、レオンの前では何も言えない。


扉が閉まると、周囲の冒険者たちがひそひそと声を交わした。


「オークか。まぁDランクならそんなもんだよな」

「昨日は騒いでたけど……オークくらいなら問題ないだろ」

「まぁ、せいぜい足を引っ張らないようにな」


誰も危険だとは思っていない。

むしろ“オークなんて雑魚”という認識が一般的だった。


ただ一つだけ、冒険者たちの間に小さな疑問が残る。


「……でも、あのパーティー、なんか昨日と雰囲氣違わなかったか?」

「さぁな。まぁオークくらいなら大丈夫だろ」


こうして――

誰も危険を予想しないまま、

元パーティー「ブレイブライト」は地獄へ向かっていった。



草木が生い茂る薄暗い林の中。

ブレイブライトの四人は、オークの出没地帯へと足を踏み入れていた。


先頭に立つのは、得意げな表情のリィナ。


「へっ、オークなんて雑魚よ雑魚。あたしの索敵にかかれば一発で見つかるっての」


自信満々に草むらをかき分け、耳を澄ませ、地面の痕跡を確認する。

その動きは一見すると慣れているように見えた。


だが――

本来のリィナは、ここまで精度の高い索敵ができるタイプではない。


今まで問題なく索敵できていたのは、カナメの支援魔法が“当たり前のように”彼女の感覚を底上げしていたからだ。


聴覚の微細な調整。

視界の明暗差の補正。

集中力の維持。

そして、危険を察知する第六感の強化。


それらすべてが、カナメの魔力によって自然に働いていた。

リィナ自身は、その恩恵に一度も氣づいたことがない。


だからこそ――

今の彼女は、ただの“普通の索敵能力”しか持っていなかった。


そして――


「ほらね、一体だけ。こんなの余裕じゃん」


茂みの向こうに、のそのそと歩く一体のオークを発見する。


だがリィナは氣づいていなかった。


風向きが悪く、オーク特有の臭氣が流れてこなかったこと。

足跡が重なり、複数の個体がいた痕跡を一つに見誤ったこと。

そして何より――カナメの支援がない今、集中力が続いていなかったこと。


(カナメがいないと索敵が不安? そんなわけないでしょ)

リィナは鼻で笑い、仲間に手で合図を送る。


ガルドが大剣を構え、ドルガンが盾を前に出し、ミレナが魔力を練り始める。


戦闘開始――その瞬間だった。


茂みが左右と背後で同時に揺れた。


「なっ……増援!? 聞いてねぇぞ!」

ガルドが叫ぶ。


「えっ、ちょ、ちょっと待って!?」

リィナの声が裏返る。


茂みから飛び出してきたのは、先ほどの一体とは別の――

二体のオーク。


側面と背後を塞ぐように現れ、低い唸り声を上げる。


三方向からの包囲。


リィナの索敵は、致命的な見落としをしていた。



三方向から迫るオークたち。

そのうち一体が、真っ先にドルガンへ突進してきた。


本来なら――

この程度の攻撃、ドルガンにとって脅威ではなかった。


なぜなら、これまでの彼は常に“カナメの支援魔法”に守られていたからだ。


耐久力を底上げする強化。

痛覚を鈍らせ、踏ん張りを強める忍耐力の付与。

そして――鉄製の大盾そのものに施された防具強化。


その三重の支援が重なれば、オークの棍棒どころか、もっと格上の魔物の攻撃すら正面から受け止められた。


だが今のドルガンには、そのどれもがない。


それでも本人は、支援が消えたことに氣づいていない。


「オークなんざ正面から受け止めてやるよ!」


焦りと虚勢で、真正面に鉄製の大盾を構える。


次の瞬間――

オークの棍棒が唸りを上げた。


――ガンッ!!


金属同士がぶつかる、耳をつんざく衝撃音。

鉄製の大盾が大きくたわみ、中央が凹む。


「……は?」


ドルガンが呆けた声を漏らした直後――


――メリメリッ。


鉄板が悲鳴を上げるように歪み、留め具が弾け飛び、盾の上部が裂けるように破損した。


カナメの強化がなければ、この大盾は“ただの鉄板”に過ぎなかった。


衝撃はそのまま左腕へ伝わり、肩の関節が逆方向に弾ける。


「ぐあああああっ!? 腕が……っ!」


ドルガンは地面に転がり、左腕を押さえて悶絶した。

痛みは容赦なく全身を襲い、立ち上がることすらできない。


戦闘不能。タンク不在。


パーティーの崩壊は、ここから一氣に加速していく。



ミレナは最初こそ余裕の笑みを浮かべていた。

いつものように魔力を練り、杖を構えれば――

敵に必中し、味方には絶対に当たらない。


それが“当たり前”だと思っていた。


だが、その当たり前はすべて――

カナメの支援魔法によって成り立っていた。


ミレナ自身の魔力を底上げする強化。

魔力の練りを速くし、暴発を抑える補助。

詠唱の精度を高め、魔法の軌道を安定させる補助。

そして何より、杖そのものに施された

“味方には当たらず、敵には当たりやすくなる精度補強”。


それらが重なって、ミレナは“才能ある魔法使い”に見えていただけだった。


今は――そのどれもがない。


三体のオークに囲まれた瞬間、ミレナの顔色は一変した。


「ちょ、ちょっと!? なんで三体もいるのよ!?

リィナ! ちゃんと索敵しなさいよ!」


「知らないわよ! 一体しかいなかったの!」


互いに怒鳴り合う中、ミレナは焦りのまま詠唱を始める。

魔力の流れは乱れ、呼吸も整っていない。


「ファイアランスッ!!」


放たれた炎の槍は、狙いが大きくブレていた。


本来なら、カナメの補助によって軌道が自動修正され、敵へ吸い込まれるように飛んでいくはずだった。


だが今は違う。


炎の槍はオークではなく、ガルドの横をかすめるように飛んだ。


「おいバカ! 俺を焼くつもりか!?」


「だ、だって! 近いんだもん!」


ミレナの声は震えていた。

魔力の制御が効かず、杖の補正も働かない。

焦りと恐怖が混ざり、魔法は完全に暴走していた。


炎は地面を焦がすだけで、敵には一切当たらない。

焦げた土の匂いだけが虚しく漂った。


ミレナの魔法は、味方を危険に晒しただけだった。



ドルガンが倒れ、ミレナの魔法も空を切る。

混乱の中、ガルドは怒りに任せて前へ飛び出した。


「どけぇッ! 俺の剣でぶった斬ってやる!」


雄叫びとともに大剣を振り下ろす。


だが――

その一撃は、これまでのような破壊力を持っていなかった。


ガルドは知らない。

自分が“強かった”のではなく、カナメが彼の才能そのものを底上げしていたということを。


筋力の強化。

反射速度の補助。

踏み込みの安定化。

そして――大剣そのものに施された切断力の強化エンチャント。


それらが重なって、ガルドは“自分の力で斬っている”と錯覚していただけだった。


今は――そのどれもがない。


振り下ろされた大剣は、オークの分厚い脂肪に浅く食い込んだだけだった。


「……っ!? 切れねぇ!?」


刃が止まり、肉を裂くことすらできない。

今までなら、軽く振っただけで両断できていたはずの相手だ。


だが今のガルドは、ただのDランク相当の剣士にすぎなかった。


手負いのオークが怒りの咆哮を上げ、反撃に転じる。


「グルァッ!」


「ぐっ……!」


ガルドは大剣で受け止めるが、衝撃が腕を痺れさせた。

カナメの補助がなければ、受け止めるだけで精一杯だ。


体勢が崩れた隙に、脇腹へ浅いが鋭い一撃が叩き込まれる。


「くそっ……なんでだ……なんで倒れねぇ……!」


答えは単純だった。


今まで倒せていたのは――

カナメの支援魔法があったから。


ガルド自身の実力では、一度も勝てていなかったのだ。



三体のオークに囲まれ、パーティーは完全に混乱していた。


「む、無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬ!」

リィナが悲鳴を上げて後退する。


「ちょっと! 置いてかないでよ!」

ミレナは半泣きで叫び、後ずさる。


「腕が……っ! 誰か助け――」

ドルガンは地面に倒れたまま、必死に手を伸ばす。


そんな中、ガルドが叫んだ。


「逃げるぞ! 全員散れぇッ!」


その声は指揮ではなく、ただの悲鳴だった。


誰も仲間を助けない。

誰も指示を聞かない。

誰も連携しない。


四人は――

バラバラの方向へ、我先にと逃げ出した。


オークたちは追いかけようとするが、鈍足ゆえに深追いはしない。

その場で唸り声を上げるだけだった。


結果として、四人は命だけは助かった。


だが――

パーティーとしては、完全に崩壊していた。



昼過ぎのギルド。

依頼帰りの冒険者たちが談笑し、受付前には軽い行列ができていた。


その穏やかな空氣をぶち壊すように――


バンッ!!


ギルドの扉が乱暴に開いた。


全員の視線がそちらへ向く。


泥まみれ、傷だらけ、息も絶え絶え。

まるで野犬にでも追われたかのような惨めな姿で、ガルドたち四人がギルドへ転がり込んできた。


その瞬間、周囲の冒険者たちの視線が一斉に集まる。


「……あれ、ブレイブライトじゃねぇか?」

「なんだよそのザマ……オークだろ?」

「オーク相手にあんな怪我するか? どうやったらそうなるんだよ」


ひそひそ声と嘲り笑いが混ざり合い、

ギルドの空氣は一氣に冷え込んだ。


そこにあるのは“心配”ではなく、

“困惑”と“失笑”の入り混じった冷たい視線だけだった。



ガルドは脇腹を押さえながら、

痛みに顔を歪めつつミレナへ怒鳴りつけた。


「てめぇの魔法が当たらねぇからだろうがッ!!

なんで俺の横をかすめてんだよ!!」


ミレナは涙目になりながら反論する。


「あ、あれは……!

リィナがちゃんと索敵してないからでしょ!!

増援なんて聞いてないわよ!!」


「はぁ!? あたしのせい!?

あんたがパニクって魔法ばら撒いたからでしょ!」

リィナも負けじと怒鳴り返す。


ガルドは苛立ちを爆発させた。


「どいつもこいつも役立たずが!!」


その怒声がギルド内に響き、

周囲の冒険者たちがざわつき始める。


「うわ……また始まったよ」

「昨日も揉めてたよな、あいつら」

「カナメ追放した翌日にこれかよ……」


冷たい視線が、四人に突き刺さっていた。



ギルド中の視線が突き刺さる中、

ミレナは涙目になりながら、必死に言い訳を探すようにリィナを指差した。


「だ、だって……!

あんな増援、聞いてなかったんだから!

急に横から出てきたら、そりゃ狙いもズレるでしょ!!

あんたがちゃんと見てれば……!」


リィナは泥を払う暇もなく、即座に噛みつく。


「見てたわよ!

あんたが勝手にパニクって撃ったんでしょ!!

あたしのせいにしないでよ!!」


「うるさい!

あんたの索敵なんて信用できないわよ!!」

ミレナは半泣きで喚き散らす。


「はぁ!? じゃあもう勝手にやれば!?」

リィナも怒りに任せて怒鳴り返す。


二人の罵声がギルド内に響き渡り、

周囲の冒険者たちは眉をひそめたり、苦笑したり、

完全に“見世物”として眺めていた。



リィナは舌打ちし、泥を払って立ち上がる。

その目には怒りよりも“呆れ”が浮かんでいた。


「もういいわ。

こんなパーティー、金にならないし。

あたしは抜ける。勝手に死ねば?」


ガルドが慌てて声を荒げる。


「おい待て! 勝手に抜けるんじゃねぇ!」


リィナは冷めた目でガルドを見下ろした。


「は? 昨日カナメ追放した時は

“抜けたきゃ抜けろ”って言ってたじゃん。

あんたが言ったんでしょ?」


「ぐっ……!」

ガルドは言い返せず、歯噛みする。


リィナはそのまま踵を返し、

ギルドの扉を乱暴に押し開けて出ていった。


残された三人の周囲には、

冷たい視線とひそひそ声だけが残っていた。



ドルガンは左腕を押さえ、脂汗を流しながら呻いた。

顔は青ざめ、呼吸も荒い。


「……っ、俺……しばらく無理だ……

腕が……上がらねぇ……」


ギルド職員が応急処置を終え、深刻な表情で診断を告げる。


「脱臼だけではありません。筋も損傷しています。

最低でも一ヶ月は戦闘不能です。無理をすれば後遺症が残ります」


「はぁ!? 一ヶ月!?

ふざけんなよ……!」

ガルドが怒声を上げる。


その声に、ドルガンは痛みに歪んだ顔のまま睨み返した。


「……知らねぇよ……あんなの相手にしたら、こうなるに決まってんだろ……俺ばっか前に出て……誰もフォローしねぇし……割に合わねぇんだよ……」


まるで自分が被害者であるかのような口ぶりだった。


「なんだと……?」

ガルドの目が吊り上がる。


ドルガンは視線を逸らし、悔しさと情けなさを誤魔化すように吐き捨てた。


「もうやってられねぇ……俺は抜ける……勝手にやれよ……」


その言葉には、責任も覚悟もなく、

ただ“痛い思いをしたくない”という幼稚な逃避だけが滲んでいた。


ギルド職員に支えられながら、ドルガンはふらつく足取りでギルドの奥へと運ばれていった。


残されたのは、怒りと困惑と、どうしようもない虚無感だけだった。



ドルガンが運ばれていった後、

ギルドの真ん中に取り残されたのは、ガルドとミレナの二人だけだった。


泥と血の跡が床に点々と残り、

周囲の冒険者たちは距離を取りながら、冷たい視線を向けている。


「……チッ。なんでこうなるんだよ……」


ガルドは苛立ちを隠せず、拳を握りしめた。

怒りというより、状況を受け止めきれない焦りが滲んでいた。


ミレナは不安げにガルドを見上げる。

化粧は涙で崩れ、泥が頬にこびりついている。


「……ガルド……どうするの……?」


ガルドは乱れた呼吸を整えようと、深く息を吐いた。

だが、吐き出した言葉は絶望そのものだった。


「どうするもこうするも……

二人じゃパーティーにならねぇだろ……」


ミレナの肩が小さく震える。


「……じゃあ……」


ガルドは天井を睨み、悔しさと虚しさを押し殺すように吐き捨てた。


「……解散だよ。クソが……」


その瞬間、ミレナの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

唇を噛み、声にならない嗚咽を漏らす。


「……カナメがいれば……」


その名を聞いた途端、ガルドの表情が激しく歪んだ。


「言うなッ!!」


怒声がギルド中に響き、ミレナはびくりと肩を震わせて黙り込む。

ガルドの怒りはミレナに向けられたものではなく、自分自身の無力さへの苛立ちだった。


だが、そんなことを理解する者は誰もいない。


二人の間に、どうしようもない沈黙が落ちた。



ギルド内は静まり返り、遠巻きに見ていた冒険者たちがひそひそと囁き合う。


「……昨日追放したばっかだよな……」

「一日で解散って……マジかよ」

「やっぱり、カナメがいないと何もできなかったんじゃねぇの……?」


誰も笑わない。

ただ、呆れと失望が漂うだけだった。


ガルドは歯を食いしばり、ミレナは涙を拭うこともできず、

二人はただ立ち尽くすしかなかった。



ガルドとミレナがギルドの床で言い争い、

周囲の冒険者たちが距離を取りながら冷たい視線を向けている中――


重い足音が、ゆっくりと近づいてきた。


ドン……ドン……。


その音だけで、場の空氣が一変する。


「……やれやれ。

朝から騒いでいたと思えば、今度はこれか」


低く落ち着いた声が響き、

ガルドとミレナはビクリと肩を震わせて振り返った。


「ギ、ギルドマスター……」

ミレナが青ざめた声を漏らす。


レオンは二人の惨状を見渡し、

深く、長いため息をついた。


「命があるだけ……まだ運が良かったな」


怒鳴り声ではない。

しかし、その静かな一言は、

どんな叱責よりも重く、冷たく響いた。


二人は言葉を失い、ただ俯くしかなかった。



レオンはゆっくりと二人の前に立ち、

淡々と、しかし逃げ場のない現実を突きつける。


「オークは鈍足だ。

逃げようと思えば逃げられる相手だ。

……だが、正面から受け止めれば骨は砕ける。

朝に私はそう言ったはずだ」


ガルドは悔しさに唇を噛み、拳を震わせる。


「……っ」


ミレナは涙を浮かべ、か細い声で呟いた。


「……ごめんなさい……」


レオンは首を横に振る。


「謝る相手は私ではない。

自分の判断の甘さに謝れ。

そして、仲間に迷惑をかけた自分自身にな」


その言葉は、

二人の胸に深く突き刺さった。


ガルドもミレナも、

何も言い返せなかった。



レオンは二人の前で腕を組み、淡々と事務的に告げた。

その声音には怒りも嘲りもなく、ただ冷徹な現実だけがあった。


「今回の依頼は“Dランク常設依頼”だ。

報酬はないが……罰則金もない。

ギルドとしては損害が出ていないからな」


ミレナは縋るように顔を上げる。

涙で濡れた頬が震えていた。


「ほ、本当に……罰則金は……?」


レオンは短く首を振った。


「ない。

だが――」


一拍置き、二人の目をまっすぐ射抜く。


「実力不足で失敗した事実は消えない」


その言葉は、罰則金よりも重くのしかかった。


ガルドは拳を握りしめ、悔しさに歯を食いしばる。

ミレナは肩を震わせ、視線を落とした。



レオンは二人を見据えたまま、静かに続ける。


挿絵(By みてみん)


「Fランク相当の依頼なら、ソロでもこなせるものが多い。地道にやり直すつもりがあるなら……ギルドは追放まではしない」


ミレナは呆然と呟いた。


「……やり直す……?」


ガルドは信じられないものを見るようにレオンを見上げる。


「俺たちが……Fランクから……?」


レオンは淡々と頷いた。


「そうだ。それが“現実”だ」


その瞬間、二人の表情から血の氣が引いた。

昨日までCランクを名乗っていた自分たちが、

一夜にして“最底辺”へ逆戻りするという宣告。


ガルドもミレナも、

言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。



レオンはしばらく二人を見下ろしていたが、

やがて静かに背を向けた。

その背中には怒りも苛立ちもなく、ただ深い失望だけが滲んでいた。


歩き出しながら、低く、しかし確実に届く声で告げる。


「昨日、君たちは一人の仲間を追放した。

その判断が正しかったかどうか……

今日、身をもって知ったはずだ」


ガルドの肩がビクリと震える。


「……っ!」


ミレナは唇を噛み、かすれた声で呟いた。


「……カナメ……」


レオンは足を止めず、淡々と続けた。


「パーティーは“信頼”で成り立つ。

それを失った時点で……

もうパーティーではない」


その言葉は、

怒鳴り声よりも鋭く、

刃物のように二人の胸へ突き刺さった。


レオンはそのままギルド奥へと歩き去り、

重い沈黙だけが残された。



レオンの足音が完全に消えるまで、

ガルドとミレナは動けなかった。


ギルド内の視線は冷たく、

誰も声をかけようとしない。

ただ、遠巻きに“終わったパーティー”を眺めているだけだった。


やがて、ガルドがぽつりと呟く。


「……もう無理だ。

二人じゃ……どうにもならねぇ」


その声には怒りも虚勢もなく、

ただの敗北者の弱々しい響きしかなかった。


ミレナは震える声で名前を呼ぶ。


「ガルド……」


ガルドはうつむいたまま、

力なく言い放つ。


「解散だ。

終わりだよ……俺たちは」


ミレナの目から、また涙がこぼれ落ちた。


「……カナメがいれば……」


その名を聞いた瞬間、

ガルドの感情が爆ぜた。


「言うなって言ってんだろ!!」


怒声にミレナは怯え、

それ以上何も言えなくなる。


二人の間には、

もう修復できない亀裂だけが残っていた。


こうして――

カナメ追放の翌日、

ブレイブライトはあっさりと瓦解した。

次回予告

そして翌朝。

王都のSランク冒険者アリシアが、

“ある人物”を探してギルドを訪れる――。

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