神弓
「この、アシンメトリーな装飾の配置……気になるな」
柄に施された彫刻と、埋め込まれた宝石が、左右で微妙に異なる。
剣の鞘の方を見ると、似たような装飾になっているけど、こちらは左右対称だった。
こんなヒントがあったのに、ネプォンの奴……。
俺もこんなにマジマジと見てなかったから、あの時は気づかなかった。
「装飾を触っても、ぴくりとも動かないな」
俺は埋め込まれた宝石を指の腹で押して、左右対称にしようとしたけど、びくともしない。
その部分だけ触っても、意味がないのか。
他には……と。
剣を前後左右に回転させながら、あちこち調べていると、剣の鍔がクルリと回った。
あ!
剣の柄の一番底を押し上げながら、鍔を回すとカチリと装飾が動いた。
それと同時に、剣の刃が亀裂にそって変形していく。
そのまま装飾を、左右対称になるまで動かすと、剣の刃が全く違う形に変形していった。
「こ、これは、なんだ?」
「ベル……?」
楽器になるなんて、予想外だ。
軽く振ると『リーン……』と、心に染み渡るような美しい音がする。
「いい音ニャ。神々が愛でそうな音ニャ」
ニャルパンが、そう言った時だ。
目の前に光が集まり始め、光り輝く何かが形作られていく。
「おお!」
「な、なんだ?」
「わぁ」
「これはこれは……」
みんな口々に、感嘆の声をあげた。
俺も驚いてる。
この形……弓!?
それは、大帝神龍王を模したような彫刻が施された、見事な弓だった。
弓は俺の手の中に自ら降りてくると、ゆっくりと輝きが鎮まっていく。
すごく手にしっくりくる弓だ。
「すごいニャ……これは、神々の愛でる神木『シュラルドグ』から切り出した弓じゃニャいか?」
「わかるのか? ニャルパン」
「師匠が教えてくれた特徴に、よく似てるニャ。紛れもなくこれは、兄さんの神器ニャ!」
「俺の……? 俺は、ネプォンじゃないぞ?」
「神器は自ら持ち主を選ぶニャ。この弓が兄さんの手に降りてきたのだから、問題ないニャよ」
「これが、本物の神器……」
みんなも集まってくる。ケルヴィン殿下も、興味津々で眺めていた。
「精巧な作りだな……なぁ、ちょっと貸してくれないか?」
「え? ええ、どうぞ」
ケルヴィン殿下は、構えて弓を引こうとしたけど、弦がぴくりとも引けなかった。
「びくともしないぞ」
それを聞いた聖騎士ギルバートも、ケルヴィン殿下から受け取って弓を引く。
「う……く! 何これ。鋼のように硬い。アーチロビン、引いてみて」
俺は驚きながら弓を受け取って、弦を引く。
弦は簡単に引けて、淡く輝きだした。
「まさに神器。アーチロビンだけにしか使えぬ、本物の神弓じゃな」
魔導士ティトが、感心したように俺を見る。
お、俺が神器を持てるのか?
天の選定がなかったはずなのに。
「よかったね!! やっぱり、あなたがふさわしいんだ!!」
フィオが、花が咲いたような笑顔で喜んでくれた。
つられて、俺も嬉しくなる。だけど……。
「アーチロビン? 嬉しくないの?」
フィオが顔を覗き込んでくる。
嬉しさよりも、戸惑いの方が上回っているんだよな。
「いや、あの……」
「?」
「俺は、ただの弓使いだ。伝説では、天が選ぶ英雄はその時代に一人だけ。幾重にも重ねた、転生前の苦労によって魂を鍛えた存在」
「そうだけど、それが?」
「納得できないんだ」
「ネプォン王が健在な現状に、あなたが選ばれるのはおかしい、と言いたいの?」
「ああ。あいつは、戦えないほど怪我を負ったわけでも、死んだわけでもない。なぜ、俺が神器を手にできたんだろう」
「英雄が世界を裏切った時、英雄は交代するニャんよ。『稀有な魂を持つ者』に」
「!!」
「!?」
「!!!」
「ええ!?」
裏切った? ネプォンが?
それに、稀有な魂?
「ネプォンが、世界を裏切った、てどういうことだ?」
「歴史的には珍しくないニャよ。過去の英雄たちの中には、魔王と取引をして、世界と引き換えに永遠の命や富を得ようとした人もいたニャ」
「なに!? じゃ、ネプォンも?」
「あり得るニャよ? トドメを刺そうとした直前に、魔王から何か提案された可能性もあるニャ」
「でも、ネプォンはトドメを刺してる。魔王の復活を認めないくらい、完膚なきまでに倒したと自負していたのに」
「何か契約したかもニャ」
「ん?」
「例えばニャ。ネプォン王も魔王も、彼の剣が神剣ではないことに気づいた、と、するニャよ? 戦う直前になって」
「!!」
「そうなると、ニャ。今更引き返せないネプォン王と、魂までは砕かれないことに気づいた魔王は、ある一点で利害が一致するニャ」
「まさか……」
「仮初の魔王の消滅」
「!!」
「肉体は消滅するから、明確に倒したと言う実績にはなるニャ。魔王も肉体を捨てて転生ができるニャ」
「そこまではわかる。契約、って?」
「復活した魔王が真っ先にすることは、なんだニャ?」
「世界征服?」
「違うニャ。倒した勇者に復讐ニャ。自分を倒す可能性を持つ勇者を真っ先に狙うニャ」
「!!」
そういえば、以前シャーリーがそんなことを言っていたな。
“魔王は、倒した私たちを忘れない”と。
「魔王は、このままこの剣で倒してくれたら、復活してもネプォン王を見逃す、と提案したかもニャ」
「でもそれだと、復活をあそこまで否定しないだろ? 自分は安全なんだから。身分は失うかもだけど」
「もしくは、ネプォン王が『復活は自分が死んだ後にしてくれ』と頼んだかもしれニャいよ? 対決しなくて済むように」
「!!」
「だから、あいつ、復活を否定していたのか!? 早すぎる……て!!」
「かもニャ。それにこの契約は、寿命が来て死んだ後なら、魔王に世界を好きにしていいと、約束したようなものニャ」
「世界を売ったことと、同じ」
「そうニャ。世界に対する裏切り」
「あいつ……!!」
「こうならないための、お助けや導きはあったはずニャんよ。英雄には天の助けがつきものニャ」
「?」
「この剣の哭声は聞こえていたはず。倒すではなく、封印のためのアイテムも、持っていたはず」
「!!」
俺は胸を押さえた。
あの、三叉のクリスタルだな。
シャーリーが、本来は魔王ダーデュラの封印のために大聖女オベリア様に託されたと言っていた。
ところが奴は、ハクをつけるために大帝神龍王に挑み、クリスタルをそこで俺に埋め込んで封印に使ってしまった。
剣の哭声も聞こえていたはずなのに、無視して仲間に相談もしなかった。
最終的にピンチになって、魔王と取引をして世界と引き換えに自分の安全を約束させた。
なんてことだ…!!
「魔王ダーデュラは、約束を反故にしたんだな」
「ネプォン王が、なぜ、魔王が約束を守ると思ったか、理由はわからないニャ。それでも……」
「?」
「やり直すことは出来たニャンよ。もう一度この剣を調べて、彼の神器を手に取り、魔王に立ち向かうことは」
「だが、奴は売ってしまった。魔王が以前より強い相手になると、わかっていたから」
「そうニャ。戦いから逃げたニャ。だから、兄さんに順番が来たニャよ。兄さんは、神々すら予測出来ないほど、『稀有な魂を持つ者』なんニャ」
「実感ないよ。ただの弓使いなのに。それに、稀有な魂と言われても……」
「兄さんの力は、『ただの弓使い』じゃないニャん」
「はは……まあな」
「このニャルパン様の見立てでは、兄さんの魂は、突然変異ニャと思う」
「突然変異?」
「魂を管理する神々ですら、予測不可能な変異を遂げた魂。だから『稀有な魂』として、次の英雄に選ばれたニャよ」
「いや……それだけじゃないよ」
俺は、手にした神弓を見つめた。
俺がここに辿り着けたのは、俺だけの力じゃない。
大帝神龍王と、それから……。
そこにいる仲間たちを、改めて見回す。
この人たちが、いたからだ。
そして、何より。
そばにいるフィオを見る。
彼女が、俺を呼んでくれたからだ。
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